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『医療と裁判――弁護士として、同伴者として』

石川 寛俊 20040326 岩波書店,222p.


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■石川 寛俊 20040326 『医療と裁判――弁護士として、同伴者として』岩波書店,222p. ISBN-10: 400022140X  ISBN-13: 9784000221405 [amazon] ※ f02/d02/r06

■内容

■目次

はじめに
 【実例紹介】ある日突然被害者に
 【実例1】娘を失った母親 3
 【実例2】子どもを亡くした夫婦 11

第一章 なぜ裁判に訴えるのか
 一医療過誤訴訟の現状 23

 二 医療被害の特殊性 37
 1 医療被害の重さ 37
 2 相談役を求めて 41
3 なぜ被害が無視されるのか 46

 三 提訴に備える 51
 1 弁護士事務所へ 51
 2 一体何が起きたのか 57
 3 責任を問えるか 61

第二章 裁判の実際
 一 提訴に至るまで 69
 1 提訴までの時間 69
 2事実関係を確かめる 73
 3 専門知識をいかに得るか 83
 4 訴訟にかかる費用 88

二 審理の流れ
 1 訴訟の概要 96
 2 複雑な事実を確かめていく―主張整理その@ 99
 3 過失を特定する――主張整理そのA 103
 4 ミスと結果はつながるか――主張整理そのB 106
 5 人証調べの実際 113
 6 医学専門家による鑑定 119

三 和解か判決か 126
 1 判決と和解の差 126
 2 控訴して争う 132
 3 敗訴した当事者の思い 138

第三章 勝敗を超えて
一 医療と裁判をくぐりぬけて 147
 1 変わらない医師・医療 147
 2 原告たちを繋ぐ力 149

二 裁判所は機能しているか 154
 1 改革への課題 154
 2 裁判官の資質 163

三 医療は機能しているか 174
 1 専門家の説明責任 174
 2 専門家集団の自律 179
 3 警察とマスコミの過渡的役割 185

終章 弁護士として、同伴者として
一 弁護士に向けられる視線 191
 1 社会の現実とのルールを繋ぐ 191
 2 依頼者とどう向き合うか――同伴者 194

二 弁護士が果たすべき役割 199
 1 ルールを生み出す 199
 2 事故が教訓とされるために 202
 3 失敗から学ぶ 205
 4 弁護士の新しい仕事 211

あとがき 215
参考文献 223
索引

■引用

二 審理の流れ
1 訴訟の概要
訴訟の仕組み(96-98)
訴訟の三段階(98-99)
@双方の主張の整理(一年-二年)「患者の言い分とこれに対する医師側の反論を、診療に関わる事実関係と意思が負う注意義務との両方面から、少しずつ進めて双方の違いを詰めていく」
A人証調べ(半年-一年)「双方の対立点を中心に、診療の経過と医師の注意義務違反の有無について、医師や看護師、患者家族などを法廷に呼んで、直接質問して証言させる」
B鑑定意見の聴取(半年-一年)「診療事実がほぼ明らかになり、注意義務違反の有無について、原告被告の双方の言い分が出揃った段階で、中立的第三者である医学専門家に意見を求める」
@AB後に、弁論終結(「結審」)
二、三ヵ月後、判決
全体をあわせて、最短で二年数ヶ月、平均的には三年-四年、長いのでは七年-八年

2 複雑な事実を確かめていく―主張整理その@
経過事実を争う意味(99-101)
・弁論準備手続きいわゆる「書面交換」は、一ヶ月半に一回のリズムで行われる。
・医療過誤訴訟の事実認定の特殊性
→ 「不作為」の責任/間違った注射をした、手術で身体に傷をつける等の外的な力による致傷・致死(「作為」)ではない場合、悪化は患者の病気の進行によるという弁明がなされる。この場合、医療過誤裁判では、医師が診断や治療について注意義務を果たしたかが問われ、患者の病状が悪化したときに必要な診断や治療を怠ったという「不作為」の責任が追及される。
事実の再現と判断の複合体(101-102)
事実関係を絞る危うさ(102-103)

3 過失を特定する――主張整理そのA
医師は何をすべきであったのか(103-104)
医療側の訴訟態度(104-105)
過失は事実から見える(105-106)

4 ミスと結果はつながるか――主張整理そのB
患者に応えさせる不条理(106-108)
「因果関係」という不可思議(108-109)
・医療過誤訴訟に特殊な被告側の反論
→ 仮に過失があっても因果関係がないという反論/「更に訴訟は証拠に基づいて判断すべきであり、被告の不手際が患者の死につながった可能性があったという推測だけでは不十分であり、そうであったに違いないという確からしさ(「高度の蓋然性」と言われる)が要求される(中略)/勝村さんの例では、確かに一審判決で帝王切開の決断が遅かったとは認められたが、もし実際より早く帝王切開術を実施していたとしても、赤ちゃんが仮死を免れて元気に出産されたかどうかははっきりしない、だから過失がなければ仮死分娩もまた生じなかったという可能性は否定できない、しかし確実に仮死を免れたとは言えないから、医師の過失と仮死分娩との間の因果関係が証明されていないので、原告の請求は認められないとされた。/このように、近年、確かに過失は認められるとしても、結果発生との因果関係についての証明が不十分であるから、結局のところ医師の責任は問えない、との判決が増えてきている。」
→ 強い因果関係の証明
明らかな過失でも責任否定(109-111)
・強い因果関係の証明を要求しない判例
→ 「肝癌見落とし事件」/消化器内科開業医が肝硬変患者を二年七ヶ月の間に計七七二回も診療したが、早期発見のための検査を一度も行わず、患者が肝臓癌の破裂で死亡した事件。第一審・第二審では、過失は認定されたが因果関係が争われ、検査した時点ですでに手遅れになっていた可能性があるので、過失と死亡とに因果関係はない、という医師側の言い分が認められ、患者の請求が退けられた。その後最高裁の一九九九年二月二五日判決で、医師が早期発見の検査をしていれば、患者の癌が治癒したとは言えないまでも、長生きするか回復していた可能性が高い、訴訟での因果関係の証明は、実際に脂肪した何月何日の時点ではなお生存していたことは確実であることが証明できれば十分である、と一審・二審の因果関係の考え方を破棄した。
→ 弱い因果関係の証明
「因果関係」は個別判断(111-112)
裁判は過去を判断するもの(112-113)
・因果関係をめぐる議論に解消できない当事者の直感
「どうせ悪質な癌だからあれこれ経由してもやはり切除が必要になっただろうとか、早期に発見したにしても見つかった肝癌が治療可能な種類であったとはかぎらないと言えば、医療を施す側からはそうかもしれない。しかし、目前の患者は、一回限りの切除手術を受けてしまったのであり、そのため乳房を失った事実は動かしようがない。間違った手術がなければ避けられた損害は、賠償されるべきなのである」

5 人証調べの実際
人証調べと所要時間(114-115)
・医療過誤訴訟の場合
→ 原告、担当医師である被告には、必ず尋問がなされる。原告側は家族、被告側は、診療を受け持った別の医師や看護師など医療関係者。医療専門家による鑑定証人。一人につき三〇分から二時間。調べる人が四人以上になると、三回から四回の裁判期日が必要。「陳述書」を予め提出する場合もある。
法廷での尋問(115-118)
被告医師への反対尋問(118-119)

6 医学専門家による鑑定
鑑定に頼る傾向(119-120)
専門家追随の恐れ(120-122)
・裁判官の交代が帰結させる専門家への依存
→ 医療訴訟は提訴から判決まで四年から五年。裁判官の転勤が原則三年。訴訟の途中で裁判官が変わる。そのような場合、裁判官は専門家の鑑定を追随する傾向が強い。
なり手が少ない鑑定人(122-123)
中立公平はない(123-125)

三 和解か判決か
1 判決と和解の差
裁判の終局(126-127)
和解の勧め(127-128)
→ 一般訴訟では約四割が和解、医療過誤訴訟でも約五割である。
強引な和解勧告(128-129)
→ 裁判官の原告に対する無理解と強引な和解勧告がしばしば見られる。
意義深い和解(130-131)
→ 意義深い和解例として、「担当医がなくなった患者の仏前にお参りして、家族と率直な話ができる機会を和解交渉の中で実現できた例」や、「裁判での指摘を受けて自己の検証を改めて病院が行い改善点をまとめて患者側に報告した例」がある。
気になる訴訟の取り下げ(131-132)

2 控訴して争う
判決の構成(132-133)
裁判の結果が「判決」、医療過誤訴訟は「患者側が医療側に損害賠償を請求する」。
「判決」は、
「主文」/「被告は原告にいくらいくら払え」「原告の請求を棄却する」
「理由」/「原告被告双方のそれぞれの言い分」の認められる点に根拠になる証拠を、認められない点に反対趣旨の証拠を示す。普通の民事裁判では省略される。
「判決書」/主文と理由を記載したもの。裁判当事者に直後に渡される。医療過誤訴訟では、A4横書きで一五-一〇〇頁。
裁判への不服(133-135)
不服の申し立ては、判決文を受取った日から起算して一四日以内。詳しい理由付けは、その後五〇日以内。
控訴審での審理(135-136)
実質は二審まで。控訴審で調べるのは、新しい証拠、新たな「専門家証人」(当事者が私的に依頼した鑑定人)などに限られる。医療側が一審敗訴した場合はまずほとんどが控訴する。
判決の余韻(136-138)

3 敗訴した当事者の思い
敗訴になる理由(138-139)
不満は結果ではなく過程(139-140)
「そしてようやく出された判決の六割から七割は、原告の敗訴となっている。そしてその理由のほとんどは、医師の過失といえるだけの証拠はないとか、医師の過失は十分に疑えるが過失がなければ不幸な結果が発生しなかったとは断定しがたいから、結局医師の責任は説明されていない、というものである。医師の措置は正しかったとして原告が敗訴になる判決は非常に難しい。」
納得できない結論(140-141)
弁護士の苦悩と責任(141-144)

第三章 勝敗を超えて
一 医療と裁判をくぐりぬけて
1 変わらない医師・医療
裁判を終えて(147-148)
判決の後のむなしさ(148-149)

2 原告たちを繋ぐ力
被害者の集まり(149-150)
裁判の傍聴(150-151)
刑事処罰の要求(151-153)

二 裁判所は機能しているか
1 改革への課題
非効率な医療過誤訴訟(154-156)
・医療過誤訴訟は裁判所にとって大きな負担
・支払い保険金の高騰
・裁判の原則
→ 当事者弁論主義/当事者の言い分を平等に十分聞く
証拠裁判主義/争っている部分は証拠に基づいて事実を認定する
法の支配/確定した事実に対して法を適用する
→ 時間と費用がかかる。
→ 民事事件としての医療過誤訴訟の逆転現象
「専門家責任といえないまでも、社会生活上不可欠な科学技術によって社会が恩恵を受けている反面、そこから生じる人身事故について被害の救済と加害者への制裁と処分、それに再発防止の手立てがいくつも要求されてくる。そしてこれらすべての要求を満たす共通の前提は、事実関係の調査である。医療事故では、それがすべて民事裁判である医療過誤訴訟において要求されており、その裁判結果から刑事事件の取調べがなされ、医道審議会等の行政処分が検討され、被告医師の反省を求めるという逆転現象が起こっている。」
世界的課題と日本的特徴(156-157)
・裁判所の負担を増やす要因
→ @事実関係が複雑で医学の素人には把握しがたいA医師が専門家として払うべき注意が素人には把握しがたいB医師の義務違反と結果発生との間の因果関係の判断が困難である。
・医療過誤訴訟の構造
→ 「民事法としての医療過誤への規制は、危険な医療行為を規制しようとしている点では、交通事故や労災事故の防止策と共通している。多面、医療は多かれ少なかれ人体への侵襲をともなう行為であるから、予定外の被害が発生した事実だけでの結果責任を問うことはできない。被害の発生を防止すべき注意義務があったのに、これに違反して結果を発生させたという因果関係が必要になる。」「@事実関係がどうであって、A医師に何々をする義務の違反があって、Bその結果発生した損害と義務の違反との間には因果関係があること、をそれぞれ訴訟の原告側が立証すべき責任があるとされている。」
・立証の対象である注意義務の二つの性質
→ @債務不履行責任(患者との医療契約に基づく義務)A不法行為責任(契約があってもなくても診療を引き受けえた医師に付随する責任)
・立証の程度
→ @どこまで厳格に事実関係を解明すべきかA意思の義務違反をどの程度詳しく特定しなければならないか、B因果関係があるなしの立証は科学的な証明まで必要か。「高度の蓋然性」を要請するか否か。日本では、事実の特定も正確であること、注意義務違反や因果関係の認定も詳細であることを要求される。
厳格な事実認定(157-158)
診療経過の立証を促す(158-159)
証拠の開示と改竄抑止(159-160)
→ 「かつてはカルテ等の医療記録を入手するのは、あらかじめ証拠保全手続きを行うことしか方法がなかった。情報公開法や自治体の情報公開条例によって、公立病院においてはカルテ開示が認められる時代になった。また民事訴訟法二二〇条の改正により、文書提出命令の対象が病院での事故関連文書などの記録にも拡大され、また訴訟予定の被告に対しても原告側からの紹介が可能になったことなど、自己情報開示への流れは拡大してきている。もっともこうした情報公開の制度や、訴訟が予定される場合の関連文書の開示要求では、開示された文書類が(改竄のない)真正な物であるとの保障がない。(中略)/医療事故についていえば、自己の解明義務、説明責任はまず被告医療側にあると考えるのが自然であり、かつ訴訟遂行上も合理的である。これを自ら隠匿改竄によって妨害しているのに、何らかの訴訟上の制裁もなさずに放置してきた長年の経過が、医療側のカルテ改竄を慣行化させている大きな誘引になっている。」
鑑定裁判(160-163)

2 裁判官の資質
神様でなく職員(163-166)
専門家への過剰な配慮(166-169)
転勤による弊害(169-173)

三 医療は機能しているか
1 専門家の説明責任
専門家の資質(174-176)
カルテの改竄(176-177)
組織的隠蔽(177-179)

2 専門家集団の自律
社会的役割(179-181)
医療専門家への規制(181-182)
→「個々の医療行為はその医師の技量・見識と自主的裁量に任されており、医療行為の途中で外部から干渉されることはない。外部からの規制があるとすれば、そうした医療に従事できる者の資格(医師法、保険師助産師看護師法など)と医療を行う施設人員(医療法など)、診療報酬の定め(国民健康保険など)など外形的要因に関してである。/それ以外には、刑法二二一条の業務上過失致死傷の規制が及ぶが、ここで「業務」というのは必ずしも仕事に限らず、反復継続して行う自動車運転などの危険行為を含むから、医療行為にとどまらず交通事故や商売での事故等も含まれる。第二次大戦後の五〇年で医療事故で提訴された件数はわずかに一三七件にとどまる。このことからも、刑事裁判による医療への規制が、ほとんど機能していないことは明らかである。」
自浄作用は期待薄(182-183)
どうして事故を防ぐか(183-184)
→「多発する医療事故が、謬員の評価にからめて議論されるようになってきた。二〇〇〇年に厚生労働省が「リスクマネージメントマニュアル作成指針」を出して病院指導に乗り出し、同じく二〇〇〇年に国立大学医学部付属病院長会議による「医療事故防止のための安全管理体制の確立」についての「中間報告」が、二〇〇一年には最終報告がまとめられ、事故の公表基準が打ち出された。/二〇〇三年四月厚生労働省は、「医療に係わる事故事例情報の取扱いに関する検討部会報告書」に基づき、第三者機関である日本医療機能評価機構に医療事故情報の提供をさせることを決定し、まもなく省令改正の予定である。」
資格の実質を問う(184-185)
→「医師の場合には、いったん厚生労働大臣による医師免許が付与されれば、麻薬取締法違反や強姦、詐欺横領などの刑事犯として有罪宣告でも受ければ、「医道審議会」で免許の取り消しが決められ、大臣に通知されるものの、医師のモラルを審議する医道審議会で、患者に被害を与えた医療行為を理由に医師のモラルが議論された例は今までにない。二〇〇三年七月三〇日の医道審議会医道分科会は、今後は刑事事件とならなかった医療過誤等についても過失の度合いや結果の大小を中心に処分の程度を決定するとの方針が初めて確認された。このように中央での医道審議会の審議に頼るまでもなく、医療機関内、もしくは都道府県単位で、意思相互の同僚審査(peer review)による医師の適格性が論議されるような自立的懲戒制度の確立が待たれる。」

3 警察とマスコミの過渡的役割
事故防止対策の背景(185-186)
→「患者が必死で起こす民事訴訟は、医師の公的責任を問い質したいとの強い要望からであるにもかかわらず、医師会もマスコミも私的な紛争で個人的な損害賠償事件としてしかとらえず、医療そのものの質が問われているとして注目されることは少ないのが現状である」
民事訴訟と警察・マスコミ(186-188)


■書評・紹介

■言及


*作成:高橋 慎一
UP:20080830 REV:
医療過誤、医療事故、犯罪…   ◇医療情報・医療記録・カルテ・レセプト開示  ◇患者の権利  ◇BOOK
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