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『老い衰えゆく自己の/と自由
――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』

天田 城介 20040330 ハーベスト社,394p.


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天田 城介 20040330 『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』,ハーベスト社,394p. ISBN:4-938551-68-3 \3990 [amazon][kinokuniya] ※ a06

文献表、言及などはこちらも参照ください→http://www.josukeamada.com/bk/books2.htm


■内容

□「MARC」データベースより
一見不自由に見える「老い衰えゆくこと」にはもっと積極的に掬い出されるべき「自由」もあるのではないか? 高齢者ケアの現場にある老い衰えゆく当事者との「呼びかけ」と「応答」のあいだにある「自由」について考察する。
□ハーベスト社のHPより「「序」の抜粋」
 http://www.harvest-sha.co.jp/books/0068amadaPre.html


■目次

序 老い衰えゆく当事者の〈語り得ぬもの〉を「語る」ということ

第1章 高齢者ケアの現在性――小規模多機能サービス拠点論で拾象・忘却される〈現実〉
  第1節 小規模多機能サービス拠点論
  第2節 高齢者介護倫理のパラダイム転換――ケア倫理の高度化
  第3節 宅老所運動とグループホーム展開
  第4節 宅老所・グループホーム・ユニット化・小規模多機能ホーム・地域分散型サテライト化へ

第2章 〈老い衰えゆくこと〉の語り難さ・語り得なさ――〈老い衰えゆくこと〉と〈ケア〉の根源的暴力性
  第1節 〈老い衰えゆくこと〉の根源的暴力性
  第2節 〈ケア〉をめぐる根源的暴力性
  第3節 「抜き差しならぬ関係」の強化という悪循環
  第4節 老い衰えゆく身体を生きる

第3章 老い衰えゆく当事者のアイデンティティの保ち方――施設介護・家族介護・高齢夫婦介護の困難
  第1節 施設介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
  第2節 家族介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
  第3節 高齢夫婦介護の場における当事者たちのアイデンティティの保ち方
  第4節 「公/私の境界設定」によるアイデンティティの政治学

第4章 高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論――自己で在る/他者で在ることの可能性
  第1節 受動性への能動的志向
  第2節 「よりましな場」への志向性
  第3節 弱さの情報公開
  第4節 場の力 
  第5節 承認と葛藤の場――主体と主体がぶつかる場
  第6節 ケアの意味と過剰性の脱色
  第7節 関係性の緊縮と弛暖――〈ケア〉の偶然性
  第8節 脱自己制御化/脱相互依存化
  第9節 「べてるの家」の社会学的実践論・当事者論

第5章 老い衰えゆく自己の/と自由――《他者》との邂逅
  第1節 〈自由〉の/という空間
  第2節 自己と自由――「自由」と「社会」の順接/逆接
  第3節 自由と正義――〈他者〉と邂逅する場所で
  第4節 分配による贈与と承認・肯定について
  第5節 老い衰えゆく自己の/と自由へ

おわりに
文献
索引


■引用

田島 明子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)による紹介
 http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/hon005.htm


◆引用 http://d.hatena.ne.jp/K416/20050621
 「私は存在を引き渡され、与えられているという意味で、受動的である。が、この受動性それ自体を能動的に措定する。というのも、私の存在を与えるところのもの、私の存在を受動性として構成するところのものは、私の能動的な規定には完全に従わず、疎遠性・他者性を解消できない。(略)(しかし:引用者注)その根源的受動性を起点にした「受動性=能動性の不均衡を孕んだ循環」を介して、私たちは「人間以下」の状況に曝されながらも沈黙するしかない「ゴースト・ドッグ」のことを忘却しているという事実によって、あるいは忘却可能ならしめている空間に私たちが立っているという事実によって、自らの立場性を痛感するであろうことから(共振=「蜂起」(フーコー)が:引用者注)始まるのではないか、と思う。こうした事実によって、私たちはそれまで忘却してきた「ゴースト・ドッグ」からの声(それは沈黙であるしかない声であるのだが)に当然曝されることで、自らのアイデンティティを脱臼=転位(dislocating)することが可能となるのである。現在、私たちに問われているのは、自らの〈アイデンティティ自己同一性〉を脱臼=転位させながら、他者のその「呼びかけ」の声にいかに応答するか、そしてどのように根源的偶有性を自らの内に開口することが可能であるのかである。こうした他者の根源的受動性を前にして私たちに根源的偶有性が触発されることを通じて、自らが受動的であることを能動的に志向する回路が開かれたとき、〈わたし〉と〈あなた〉の〈あいだ〉に「呼びかけ―応答」の交通が可能となるのである―不可能としてありながら。」(pp.342-8)


■書評・紹介

◆立岩 真也 20060325 「天田城介の本・1(医療と社会ブックガイド・58)」『看護教育』 47(3)

■言及



*作成:中倉 智徳 
UP:20090313 REV:20090710,20100717
天田 城介  ◇老い  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
 
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