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『安楽死のできる国』

三井 美奈 20030720 新潮社,新潮新書,189p.

last update:20151210

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■三井 美奈 20030720 『安楽死のできる国』,新潮社,新潮新書,189p. ISBN: 4106100258 714 ※ [amazon] ※ b d01 ts2007a

■内容(「BOOK」データベースより)
大麻・売春・同性結婚と同じく、安楽死が認められる国オランダ。わずか三十年で実現された世界初の合法安楽死は、回復の見込みのない患者にとって、いまや当然かつ正当な権利となった。しかし、末期患者の尊厳を守り、苦痛から解放するその選択肢は、一方で人々に「間引き」「姥捨て」「自殺」という、古くて新しい生死の線引きについて問いかける―。「最期の自由」をめぐる、最先端の現実とは。

■著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
三井 美奈
1967(昭和42)年奈良県生まれ。読売新聞記者。89年、一橋大学社会学部卒業、読売新聞社入社。東北総局、本社社会部、同外報部を経て98年から2001年までブリュッセル支局特派員。EU、NATOの動向に加え、オランダ安楽死問題を精力的に取材。現・東北総局勤務

■目次
第1章 「死ぬ権利」がある国
第2章 オランダ安楽死の歩み
第3章 世界初の「安楽死法」
第4章 医療・福祉システムの基盤
第5章 制度を支える人たち
第6章 子供と痴呆高齢者
第7章 自殺との境界線
第8章 赤ちゃんの安楽死
第9章 安楽死を可能にした歴史
第10章 ベルギーとスイスの場合
第11章 日本で安楽死制度は可能か


◆三井執筆の『読売新聞』記事
 2000/11/28 「オランダが安楽死を合法化へ」 読売
 「【ハーグ28日=三井美奈】オランダ下院は二十八日、医師による安楽死を認める刑法改正を盛り込んだ安楽死法案を賛成多数で可決した。上院での可決も確実で、年内にも成立する見込み。国家レベルで安楽死が合法化されるのは世界初。
 オランダではすでに安楽死が事実上、広範囲に認められているが、これまでは形式上、医師も嘱託殺人で書類送検されていた。また同法案は十二歳以上の未成年者にも安楽死の権利を認めており、これも世界的に類例がない。同法施行は来年後半とみられるが、今後、安楽死合法化をめぐる国際的論議に影響を与えそうだ。
 オランダの安楽死法案は、〈1〉患者の自発的意思〈2〉耐え難い苦痛〈3〉治癒の見込みがない〈4〉担当医師が第三者の医師と相談――などの条件を満たす安楽死について、医師の刑事訴追免除を刑法で定めるといった内容。また、こん睡状態などで意思表示が出来なくなる事態に備え、患者が事前に安楽死希望を表明すれば、医師は原則として、患者の希望に従わねばならないことも条文化されている。
 また未成年者(オランダでは十八歳から成年)の安楽死についても、十二―十五歳では親の同意が必要、十六歳以上は親の同意がなくても、医師が必要と判断すれば安楽死できるようになる。
 オランダでは九四年施行の改正埋葬法で、今回と同様の条件があれば、安楽死の措置をとった医師に対し、嘱託殺人容疑で書類送検されるものの、刑事責任を問わないことが法的に可能になった。以後、安楽死の社会的な受け入れが進み、年間の全死者のうち3%が安楽死で亡くなっている。今回の安楽死合法化についても、世論調査で92%が支持している。
 ただ現行制度では、安楽死させた医師は形式的とはいえ例外なく容疑者にされるため、医師の反発も強く、無届けでの安楽死も多かった。
 世論の支持があるため、下院での審議での焦点は、改正の是非よりも、「子供や意表明ができない痴ほう老人にも安楽死を許容すべきか否か」に絞られた。
 労働党を中心とする連立与党は当初、「患者の自己決定権」尊重の立場から、十二歳以上の子供も親の同意なしに安楽死できる権利を盛り込んだ。しかし議会に約二万通の反対の投書が殺到したため、十二―十五歳は親の同意を条件に加える修正を行った。
 痴ほうについては、政府は今月初旬、「病気」と診断された場合に限る、との法案解釈を示し、アルツハイマー病患者への安楽死を事実上認める立場をとった。オランダでは九四年、最高裁判決で精神病患者への安楽死が事実上容認され、すでに、強度の痴ほうやアルツハイマー患者を安楽死させた医師が不起訴となるケースも相次いでいる。先月には「もう生きる価値がない」と訴えた健康な高齢者(86)を安楽死させた医師に対し、「刑事責任を問えない」との地裁決定も出ている。
 安楽死合法化は、オーストラリア北部準州(一九九五年)や米国オレゴン州(九七年)の州レベルで成立したことはあるが、いずれも連邦議会が「違法行為」として無効法案を可決している。」
(11月28日23:34)

■引用

◆オランダには三種のパスポートがある。/一つは、海外旅行の出入国時に使う国籍証明のパスポート。残る二つは、「安楽死パスポート」と「生命のパスポート」。いずれも死への旅立ちに使う。/「安楽死パスポート」は、長時間、昏睡状態に陥った場合、医師に安楽死させて欲しいと意思表示するためのカードだ。「生命のパスポート」は、その逆で、昏睡状態に陥った場合、「絶対に安楽死はいや」と意思表示するためのものだ。つまり、この二つのパスポートは、「どう死にたいか」を示すための携帯用のリビング・ウィル(生前意思)の通称である。両方ともハガキ大で、NGOが発行。取得者は、外出中に事故にあって意識不明になった時に備え、自動車免許や財布と一緒に持ち歩く。[2003:15-16]

◆安楽死パスポートに挟み込まれたリビング・ウィルには、「昏睡状態が数週間続いたり、完全な植物状態になったりした場合、私の死の希望をかなえるため、致死薬を注射するよう医師に求めます」と書かれ、…署名が添えられている。/ここまでは「基本形」。続いて「こういう場合は、『耐え難い』ので安楽死させて欲しい」という項目が選択肢で示されている。/「飲食や排泄などを行うのに他人の世話が必要になった場合」「完全な痴呆に陥った場合」などの項目から、希望するものに署名する仕組みだ。オランダでは、患者の自発的要請に基づく安楽死が認められているが、実施にあたっては、法律で厳格な要件が課されている。その一つが、「患者に耐え難い苦痛がある」ことなので、パスポート保持者は選択肢によって、自分にとって耐え難い苦痛とは何かを具体化し、「その時」に安楽死希望をできるだけ確実にする目的がある。[2003:17-18]

◆「安楽死パスポート」の発行部数は二十万枚。安楽死が人生最後の選択肢の一つとして社会に認められている実態を映し出す。安楽死の浸透は統計にも表れている。/オランダの民間調査機関NIPOが二〇〇一年に行った世論調査では、「回復不可能で死期が迫っており、耐え難い苦痛にさらされている患者は、自分で希望するときに死ねる」という意見に同意した人は、全体の八五%にのぼった。[2003:22]

◆生命の自決権の主張は、自発的安楽死協会が発行するリビング・ウィル文書にはっきり示される。法律によれば、医師に安楽死の実施を強制することはできない。だが、法が「患者の権利」として認める延命治療や蘇生の拒否については、このように医師に迫る。/「私の意思に反する医療行為は、損害賠償請求や刑事訴追につながります。私は法的代理人に、私の希望が守られるよう措置をとることを指示しました」――ここには、医師に「お願いする」という気持ちはない。勝手に延命措置などとったら、しっぺ返しを食うぞという権利の主張があるだけだ。[2003:25]

◆…「生命のパスポート」は、「安楽死拒否宣言」だ。発行するのは、安楽死法制化に反対する「オランダ患者協会」。「安楽死パスポート」に対抗するためのものだけに、文面は「いかなる生命停止措置もとらないで欲しい。人は他人の生命を決めるべきではない」など、真っ向から反対の主張を盛り込んである。ただし、「生命のパスポート」の発行部数は二千枚程度で、安楽死パスポートのおよそ百分の一にすぎない。[2003:26]

◆…オランダ最北フリースランド州の小都市オストステリングベルフで一九七一年に起きた安楽死事件が、オランダの安楽死合法化運動の発端となった。/事件の主人公は、この地で開業するヘルトルイダ・ポストマ女医。脳溢血のため半身マヒ状態にあった七十八歳の母親に請われ、二百ミリグラムのモルヒネを注射して安楽死させた。…一九七三年レーウワールデン地裁判決は、患者の死期を早めても、患者の苦痛をとるための鎮痛剤投与は容認されるとの立場を示し、その要件として、
@患者は不治の病にある
A耐え難い苦痛がある
B患者は死にたいと希望している
C実施するのは医師で、他の医師と相談した
の四つを示した。ポストマ医師は、患者を即死させる致死量のモルヒネを使ったことがとがめられ、一年間の執行猶予付き禁固一週間という「形式刑」が下った。/秘密裏に行われていた安楽死に、「違法だが理解可能」というお墨付きを与えたのだ。…七三年二月、判決が下った二日後、「自発的安楽死協会」が千六百人で設立され、延命治療の拒否や将来の安楽死希望を表明するアドバンス・ディレクティブ(事前指示)の普及活動を開始した。五年後には、会員数は一万人を突破。「安楽死宣言書」の協会への預託者数は二万人に達し、名実共に、オランダ安楽死運動の中心的存在に成長する。/また、ポストマ裁判判決を受けて、オランダ王立医師会は七三年、患者が不治の病にあり、本人が自発的に要請したことを前提に、生命を縮めるおそれがあっても患者にモルヒネなどの苦痛緩和薬を与えることを認める立場を打ち出した。[2003:27-30]

◆オランダで、安楽死容認が大きな流れになったのは、一九八二年に起きた事件と、それに対する判決だった。…この裁判では、九十五歳の女性患者を安楽死させた北ホラント州の開業医スホーンへイム氏が嘱託殺人罪で起訴された。/問題の患者は、一九八〇年、安楽死を求めるリビング・ウィルにサインしていた。…八二年七月、容体は急変して意識を失った。その後、意識を取り戻したが、…かかりつけ医だったスホーンへイム氏に安楽死を求めた。医師の同僚や、患者の息子は安楽死に同意した。…スホーンへイム医師は、患者は「耐え難い苦痛にさらされながら生きている」と判断し、同月患者を安楽死させた後、自ら警察に届け出た。/八三年、第一審のアルクマール地裁は、医師に無罪判決を下した。ポストマ判決から、さらに進んで、安楽死容認の道を拓いた。/無罪判決の根拠はオランダ刑法四〇条が定める「不可抗力によって罪を犯した者は処罰されない」という条項。これによれば、被告が相反する二つの利害のはざまに立たされ、被害が小さいと思われる選択をした場合、罪は問われない。判決は、これを安楽死に適用し、医師の行為は嘱託殺人罪に相当するが、「生命を救う義務と、患者を苦痛から救う義務のはざまに立たされ、不可抗力による選択を迫られたため、違法性は阻却される」と論理づけた点で、画期的だった。/検察は上告し、アムステルダム高裁では一転して刑罰なしの有罪判決。裁判は最高裁に持ち込まれた…/ここで、王立医師会が動いた。最高裁判決を待たず八四年に発表した報告書で、「患者の自決権」をもとに「無益な延命治療の自粛」を打ち出した。安楽死については、
@患者の自発的要請による
A患者の要請は、熟慮された継続的なもの
B患者には耐え難い苦痛がある
C安楽死を行う医師は、事前に別の医師と相談する
の要件を満たして医師が行った場合、容認されるという見解を示した。七三年の報告書では、安楽死が正当化され得るのは終末期の患者の場合に限るとしていたが、八四年の報告書は「終末期」を要件からはずし、患者の自決権に比重を置く内容だった。/同年十一月の最高裁判決は、この医師会方針をほぼ受け入れた。「医師の行為は医療倫理に沿っており、不可抗力によるものとみなされる」と結論付け、一審判決を支持。ハーグ高裁での差し戻し審で、無罪が確定した。/判決は安楽死容認の道筋を大きく開いた。それでも安楽死は刑法の嘱託殺人罪であることに変わりはない。だから、最終的には不起訴になるにせよ、安楽死を行った医師が死亡届に事実を示せば、死者の枕元にパトカーが駆けつけ、医師は殺人容疑者として警察の取り調べを受ける。こうした状況では、安楽死を病死と偽って報告する非合法安楽死がはびこる危険性があった。…民主66は八四年、刑法改正して安楽死を合法化する法案を国会に提出した。この後押しをしたのが、国家安楽死委員会だった。八五年に発表した報告書は…刑法改正して安楽死合法化に道を開くよう求め…政府を揺るがした。…司法省は八五年、判例に示された要件を満たす安楽死については、医師を不起訴とする方針を正式に発表した。[2003:33-37]

◆九〇−九一年、検事総長ヤン・レメリンク氏を委員長とする安楽死調査委員会が…七千件の死亡記録を調査した。その結果、…年間死者の二%以上が、安楽死による死であった。…安楽死調査委員会の報告後…遺体埋葬法改定案を国会に提出した。…これまでの判決に沿って、医師は安楽死を行った後、
@自治体の検視官に届け出る
A検視官に対し、報告書を提出する
B検視官は所見を添えて報告書を検察に提出する
C検察長官委員会が医師を起訴するか否かを決める
という手続きが導入された。…医師は…約五十の質問に答えなければならない。…この法改定で、安楽死は刑法犯罪だが、要件を満たしていれば「不可抗力」によって違法性が阻却され、検察が起訴しない制度が法律で裏付けられた。…法案は九三年末に成立、翌年発効した。安楽死容認の法的枠組みが、ようやく実現した。[2003:38-40]

◆一九九四年六月、最高裁は、自殺未遂を繰り返していた五十歳の女性を安楽死させた精神科医ボウドウィン・シャボット被告に対し、自殺幇助で有罪判決を下しながら刑罰を科さなかった。有罪は、安楽死を行う手続きに非があったためで、安楽死の行為自体は認めた。…女性の死後、シャボット医師は、検視官に事実を伝え、翌年秋、自殺幇助罪で起訴された。…判決は、患者の苦痛が肉体的病気に起因しない場合や、病気が終末期にない場合でも、安楽死に「不可抗力」を適用し、医師を免責することが可能だという判断を下し…患者の苦痛が精神的なものである場合、意見を下す第三者の医師は直接患者と面談せねばならないと判断した。この一点によってシャボット医師は有罪となった。/この判決は、「安楽死」の前提条件を、肉体的苦痛だけでなく、精神的苦痛にまで広げた点で画期的だった。[2003:43-46]

◆容認される安楽死の要件は、
@患者の安楽死要請は自発的で熟慮されていた
A患者の苦痛は耐え難く治癒の見込みがない
B医師は患者の病状や見込みについて十分に情報を与えた
C医師と患者が共に、ほかの妥当な解決策がないという結論に達した
D医師は少なくとも一人の別の医師と相談し、その医師が患者と面談して要件を満たしているという意見を示した
E医師は十分な医療上の配慮を行って患者を絶命させた
の六つだ。/患者を安楽死させた医師は、自治体の検視官に安楽死についての報告書を提出する義務がある。…/医師の届け出を受けた検視官は…「安楽死地域評価委員会」の一つに安楽死を報告する。…/委員会は、報告書を受け取ってから原則として六週間以内に、医師の行為が合法的安楽死の要件を忠実に満たしているかを審査する。…/また、二〇〇一年の安楽死法は、患者の安楽死についてのリビング・ウィル(生前意思)の尊重をうたった点で画期的だった。/患者が意識不明になったり、痴呆が進んで安楽死の希望が明示できなかったりした場合でも、事前に希望を書き残していれば、それを患者の意思と見なし安楽死させてもよいと定められた。もちろん、六つの要件を満たしていることが大前提だ。[2003:55-56]

■言及

◆立岩 真也 2008 『…』,筑摩書房 文献表

UP:20070321 REV:20151102 1210
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