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『「こころの時代」解体新書2』

香山 リカ 20030728 創出版,228p.


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香山 リカ 20030728 『「こころの時代」解体新書2』,創出版,228p. ISBN-10:492471853X ISBN-13:978-4924718531 1575[amazon]

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(「MARC」データベースより)
「こころの時代」とはいったい何か。だれもが「こころ」や「自分」といったことを考えるようになったことで、本当に何かが良い方向に変わったのか。雑誌『創』の連載コラムをまとめたもの。2000年刊に次ぐ第2弾。

■目次

教育はアメリカに学べ?
少年犯罪を起こさない“少女”
精神科医とピンボケ写真
再びテレビゲーム有害論を考える
衰退する「現世」の求心力
「脳の時代」の始まりを喜ぶべきか
回る回るよ時代は回る
すべての人は見られたい?
主婦だって解離する
女性の過労死どう防ぐ
自己愛か死か
メディア精神科医・再考
「テレビの影響」とトラウマ
分裂病の名称が消える
米テロ事件はリアル?非リアル?
米国が初めて直面したメランコリー
「それはそれ」ですまない人々
雪印食品はなぜウソをついたか
二〇〇二年のワイドショー的「現実」
“がんばる女性”はどこに消えた?
辻本問題とタイプE
iモード日記のその果ては
日本人は変わったのか――ふたつの“祭り”から
再び・メディアと精神科医
真紀子のアオンナ街道
矛先のわからない「憎しみ」とは
超おかしい日本語ブーム
あなたは本当に「うつ病」ですか?
“心に穴が開いた”人たち
天才・岡崎京子も予想しえなかったこと
なぜ武力行使に“戦慄”しないのか
どっちを向いても右傾化
誰もが気になる〈好き・きらい〉
デブラ・ウィンガーになれずに

■引用

・本質主義的な名づけへの危惧
 「生物学的決定論をすんなり受け入れる彼らの傾向を、単純に今の精神科医への不信任票だと考えることはできない。変化はもう少し体局的な次元で起きているようである。最近、出版されて話題になっている本にも同様の傾向が認められる。たとえば、ソルデン・サリというセラピストが書いた『片づけられない女たち』(WAVE出版)。」p.42
 「著者は、こういう“症状”を呈する女性たちの多くは、ADHD(注意欠陥多動性障害)とかADD(注意欠陥障害)と呼ばれる器質性障害を患っている、と主張するのである。一般の人にとっては「AC(アダルト・チルドレン)」も「ADD」も同じように聞こえるかもしれないが、どちらも精神化領域で扱われる問題とはいえ、前者と後者には決定的な違いがある。すなわち、「AC」は育っていくプロセスの中で生じた目に見えない心の問題であり、乗り越えることも解決することも可能だ。(…)雑な言い方をすれば、「いかようにもできる」のだ。ところが、「ADD」や「ADHD」はまったく別。定義や用語もまだ統一されていないが、幼児期から落ち着きがない、ウソをつくことや乱暴を平気でする、情緒的交流がむずかしい、といったさまざまな特徴を持つこれらの疾患は、現在のところ脳の微細な機能障害だとされている。つまり、遺伝性なのか突発性なのかはわからないが、彼らは避けようのない生物学的刻印が押された人たちなのだ。」p.43
「これが本当に仮説通り何らかの“脳の異常”だとしたら、もちろんまわりがヒューマニスティックな理解や同情を示しただけで患者の問題がすべて解決するわけではない。(…)それだけに「この子はADHDですよ」という診断は慎重になされなければならない。(…)それなのに、「片づけられない女性はADHD」と言い切ってしまうこの本のおおらかさには驚かされた。」p.44
 「おそらくここには、「心のケアでどんな人間も癒される」というメッセージに背中を向け、「迷惑な人や反社会的な人は脳がやられているんだ」というメッセージの方により共感を覚え始めている人々のムードが反映されているのだと思う。それを果たして「世の中がより科学的になった」と肯定的にとらえてよいのだろうか。私はむしろ、ここに優生学的な発想につながりかねないような非常に危険な動きの萌芽を感じている」p.45

◇Solden, Sari 1995 Women with Attention Deficit Disorder: Embracing Disorganization at Home and in the Workplace, Underwood Books=20000531 ニキ・リンコ訳,『片づけられない女たち』,WAVE出版,392p. ISBN:4-87290-074-X 1680 1680 [kinokuniya][bk1] ※ adhd a07.

・物語化
「アダルト・チルドレン、リストカッター、広い意味でのPTSDなどトラウマが原因となって起きる一連の心の問題について知ることで、理由もわからないまま“生きづらさ”を抱えて右往左往していた自分の人生に見通しがつけられた、という人も少なくないだろう。とりあえずそういう人たちに「そうだったのか」とほっと一息してもらうという役割は、たしかにこのトラウマ理論にはあると思う。しかし、繰り返しになるが、問題はこの理論によって再構成しなおされた自分の人生の物語があまりに強力であるために、今度はその物語に支配されて生きなければならなくなるということだ」p.86
「ではそもそも、なぜそこまでして人は物語にしがみつかなければならないのだろう?(…)ひとつにはやはり、「すべてを起承転結があり、整合性のある物語にしたい」というメディア、中でもとくにテレビの欲望の影響を無視することはできないのではないか」p.86
「物語が人間の内部にも外部にもない時代、ある人はナショナリズムの台頭を危惧している。また「かわいそうな私」「トラウマを抱えた私」といった“偽の物語”をそれぞれが語り出す傾向も見られる。いずれにしても「物語は要らない」と言い切れるところまで、私たちは個人の自立をはたしたわけではないのである」p.145
言及文献:大塚 英志 1994 『人身御供論――供儀と通過儀礼の物語』新曜社
→物語がなくても生きていける存在とは、自立した個人なのか。

・「人格障害」における名づけの弊害
「ひとりの人間の固有性と多様性を認めるという近代社会の基本原理に照らし合わせたときに、果たしてある人格を“障害”と診断し、それを“治療”することが許されるのか、という本質的な問題がある。また、この議論をクリアしたとしてもなお、精神医学の側にも人格障害の概念の裏づけをめぐって大きな混乱が残されていることが指摘されている。この分野の第一人者である精神医学者の林直樹氏は、その混乱の原因のひとつは「人格障害を一般的な人格特性の病的に強調されたものととらえる視点」と、「従来の一般的な意味での精神障害(注:分裂病やうつ病など)の不全型と捉える視点」とが混在していることだとしている。(…)しかも、その境目は連続的で機械的にどちらかに分類できるものでもない」p.93-94
「「精神分裂病」と書かれた診断書を職場に提出できない。(…)病状よりも病名そのものが原因になってさまざまな支障が起きるのは、臨床家ならだれでも経験していることだ。そのかわりとして使われがちなのが、自律神経失調症、心身症といったより“マイルドにきこえる病名”である。しかし、今度は実際の心身症(正確には、心理的な原因が大きく関与して、身体的・機能的異常が起きる病態を指す。つまり、心身症の症状は心臓などの循環器、胃腸などの消化器などある器官にでる)が幻想や妄想を支配を呈する疾患だと誤解されるという弊害が生じる」p.95

・「心の問題」の名称変換と「うつ病」への回収…SSRIという薬と「未熟型うつ病」
「七〇年代から八〇年代にかけては神経症、自閉症、分裂気質、といった漢語が流行、その後、拒食症、境界例といったやや目新しい名前が登場したと思っていると、九〇年代になる頃にはPTSD、サイコパス、アダルトチルドレンといったローマ字、カタカナ用語が脚光を浴びるようになった。その後は、ローマ字(例ADHD)、カタカナ(リストカットシンドローム)、漢語(多重人格)などが入り乱れてブームも細分化を呈していた。ところがここに来て、「うつ」というあまりに古典的な単語にすべて回収されようとしている動きがあるのだ。(…)この問題には、ひとつはSSRIという新しい作用機序を持つ薬剤の登場が関係していると思う。」p.181
「SSRIが一般的になってからは、診断名投薬はほとんど意味をなさなくなった。なぜなら、診断はさておき、ほとんどの疾患でSSRIは効果を表してくれるからだ。精神科に来る患者さんたちは、「診断はともかく、とにかく症状を取ってほしい」と思っているはずであるし、医師の方も大学病院などで統計データを取ったりする必要さえなければ、「正確な診断より有効な治療を」という姿勢で診療に挑む場合がほとんどだ。(…)そこでほとんどの疾患は、境界があいまいな「抗うつ薬が効く病気=うつ」にまとめられてしまった。」p.182-183
「「うつ病」が勢力を取り戻そうとしている原因(実際のところ古典的なうつ病が増加しているというデータはない)にはもうひとつ、「未熟型うつ病」の増加という問題が隠されていると思う。未熟型うつ病とは、人格的な未熟さを根底に持ち、従来のうつ病とは異なり、他者に対して激しい依存と攻撃性を示し、不安・焦燥、自殺衝動が高いうつ病のことである。(…)彼らが呈する意欲低下、不安・焦燥、そして強烈な苦悩の訴えを「うつ病」と判断してよいのかも実は議論の対象となるところであるが、この点について阿部氏[阿部隆明:引用者]現代という社会規範のゆるい時代には、うつ病もこういう未完成な形でしか出現しえないという仮説を述べている」p.183

・整形(変えること)は感動の物語として受け入れられる
「りりこ[岡崎京子『ヘルター・スケルター』の主人公:引用者]の時代、つまり九五年には美容整形や風俗嬢の過去は大スキャンダル。それが二〇〇二年には誰も無関心。ただ、そのあいだにはもう一段階があったはずだ。つまり、「そういうつらい過去を乗り越えてここまでになったのは立派だ」と、暗い過去を逆に美化したり、変化を賞賛したりする姿勢だ」p.194-195
「「うそつき」という非難から、「感動的だ」という賞賛へ。その激しい変化を一度経たあとで、今の「べつにどうでもいい」という無関心がやってきた、と私は考えている。」p.195

■言及

◆立岩 真也 2008- 「身体の現代」,『みすず』2008-7(562)より連載 資料,

◆立岩 真也 20140825 『自閉症連続体の時代』,みすず書房,352p. ISBN-10: 4622078457 ISBN-13: 978-4622078456 3700+ [amazon][kinokuniya] ※


*作成:山口真紀
UP:20080704 REV:20081102, 20090506, 20140824
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