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『泣いて、笑って、ありがとう』

海老原 けえ子 20030420 碧天舎,158p.

last update:20131122

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■海老原 けえ子 20030420 『泣いて、笑って、ありがとう』,碧天舎,158p. ISBN-10:4883462323 ISBN-13:978-4883462322 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ n02

■内容

(「BOOK」データベースより)
足で歩む。
車椅子で歩む。
白杖で歩む。
盲導犬と歩む。
ベッドの上で歩む…人生を歩む手段はたくさんある。
脊髄性筋萎縮症の娘と共に歩んだ24年のお母さんの胸のうち。

■目次

第1章 宏美と共に歩んだ二十四年(宏美の誕生、そして宣告;宏美の病気;なごみ保育所;宏美が見たお父さん;小学校長へ宛てた手紙;宏美のおともだち;宏美が祖父母に宛てた手紙;私の想い;小学校のプール授業;宏美の作文 ほか)
第2章 二十四年の胸のうち

■著者略歴

(「BOOK著者紹介情報」より)
海老原けえ子[エビハラケエコ] 茨城県出身。天台宗文殊院で育つ。元銀行員。元いのちの電話相談員

■引用


■書評・紹介

NPO法人日本せきずい基金ホームページ[外部リンク] より
☆ 書評(中島虎彦)

 作者の海老原けえ子氏は茨城県生まれ、天台宗文殊院で育つ、元銀行員、元「いのちの電話」相談員。昭和49年に結婚。52年に長女宏美氏が生まれ、一歳のとき「脊髄性筋萎縮症」と診断される。そのとき内心「これは私の子ではない」と考えるなど、差別感が何よりもまず身内から湧き起こることに気づき、それを克服するのに長い年月が必要となる。

 それから母子一体となった保育、通学、進学の闘いが始まる。運良く普通の小中学校に進むことができるが、当時は母親が付き添っていなければ通学を認められなかった。おおかたの教師たちも見て見ぬふりで、『勝手にやれ』という感じだったという。
 のみならず運動会や水泳大会など行事のたびに、「事故が起こったとき責任問題が生じる」ということで、暗に遠慮してくれと言われる。

 しかしけえ子氏はカチンときながらも笑って聞き流し、母子ともに懸命に車いすを押しながら参加してゆく。それを見ているうちほかの生徒たちもいつしか手助けしてくれるようになる。また客席からも拍手がもらえるようになる。宏美氏もニコニコと笑顔で楽しんだという。ことほどさようにけえ子氏のタフさは凄まじい。

 そんな宏美氏は身体にマヒが強くても、知的には何の障害もなく、イベント好きで幼いときから才気走った作文などを書き残している。たとえば小6のときの入院中、学校の宿題で「母親への感謝状」を書いている。

 「あなたは六年間、私に遠足、林間学校や修学旅行、運動会、一年生の時には、私を片手にドッジボールまで、いろいろな経験をさせてくれて、どうもありがとう。又、六年間、私をドッジボールのようにしっかりうけとめていてくれて、ありがとう」

 というふうに、母への信頼感は絶対のものがある。とはいえ本音の部分では「母がいつも付き添っていることが正直に言うといやだった」「だから母のついてこないイベントの時など本当に友達と楽しめた」とも語っている。母親にしてみれば拍子抜けだろうが、ちゃんと成長している証でもあっただろう。

 それくらいのことでめげるけえ子氏ではない。本の後半では子育ての途中で書き記した詩ともエッセーともつかぬものをたくさん載せている。

 ある意味では、昨年話題になった天才脳障害児の日木流奈クンの詩集やエッセーよりもすぐれたものがある。

■言及



*作成:矢野 亮
UP: 20131122 REV:
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