『降りていく生き方――「べてるの家」が歩む、もうひとつの道』
横川 和夫 20030312 太郎次郎社,229p.
last update: 20110822
製作:植村要*/
青木慎太朗
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http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/g/uk01.htm
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■横川 和夫 20030312 『降りていく生き方――「べてるの家」が歩む、もうひとつの道』,太郎次郎社,229p. ISBN:4811806697 2100
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◆内容説明[bk1]
引きこもりも病気も不安も、逆転の発想で糧にする「べてるの家」の人々。一度は人生のどん底の悲哀を味わい、絶望した数人のメンバーに焦点を絞り、彼ら自身、そして親達の証言を軸に、その回復のプロセスを克明に追った記録。
◆著者紹介[bk1]
1937年小樽市生まれ。共同通信社社会部記者、編集・論説委員などを経て、現在、フリージャーナリスト。著書に「もうひとつの道」「不思議なアトムの子育て」など。
◆目次
まえがき 2
T章 それは社会復帰ではない 9
非・援助の思想
混沌と葛藤のなかのはじまり 10
北海道・浦河べてるの家●病気を語ろう、自分を出そう
向谷地さんの足跡をたどって●アイヌの人びとの苦しみの渦中に飛びこむ
差別と葛藤のなかで生きる子どもたち●教会に住みこみ、そこを拠点に
キヨシどんと向谷地さん 26
イライラ、ムカムカ、キヨシどんとの10数年●援助とは、関係づくりを支援すること
キヨシどんが浦河へやってくるまで●病気でも、なにもしなくても生きられるんだよ
自分と社会の不条理に向きあった中学生時代●ホームで死を待つお年寄りたちと
自分ひとりだけ、しあわせにはならない●難病の人びとから当事者活動の重要性を学ぶ
商売の苦労、買います 49
人間らしい苦労をとり戻すために●年商1億、利益は100万、そのヒケツ
“弱さ”を元手に所得倍増計画●病気よりも生き方への反響を呼んで
べてる、大通り商店街の一員に●社会参加ではない、社会進出だ
降りていく生き方 66
足し算でなく引き算で生きる●苦悩する存在として人とつながる
虚しさや不安も大切な栄養素●あなたの苦労こそが時代のテーマ
U章
この生きづらさを語る 75
暴力から言葉へ
引きこもり、破壊、後悔の連鎖 76
「爆発学」でキレる自分を研究発表●おれは“爆発”に依存していた
この家があるかぎり自立できないと思いつめて●引きこもっては暴れ、自暴自棄に
謝りたかったのにうまく伝えられず、爆発●ひと暴れごとに言葉を見つけながら
キレてしまった自分にとことん絶望して
変化の兆し 100
ふと空を見た。星がまばらに光っていた●新たな人間関係をつくりはじめる
父さん、母さんと離れたほうがうまくいく
経験を語るということ 111
「爆発救援隊」結成、その隊長になる●自分の妄想か現実かを仲間と確認しあう
爆発のメカニズムを精神科医にレクチャー●治療の手前にもっとだいじなことがある
V章
愛の暴風雨をくぐりぬけろ 121
依存と愛情と自立と
壮絶バトルの恋愛生活 122
なま傷の絶えないカップル●一触即発で臨戦態勢に入るふたり
「どうしたいの」と聞かれて答えられない自分がいた
自己否定感との闘い 132
現実逃避の婚約を解消して●自分を語れと言われても
まるで自傷行為のような恋愛●女であるだけで私が悪いと
マイナス評価しかない家●「親を超える人間になれ」
唯一の味方だった祖父の死
和解への準備 150
ふたりの危機にメンバーは知恵を出しあう●ハッピーな女になろう
下野さんは、はじめて自分をふり返る●傷つかぬようにこころを閉じて
故障車でスピード競争するように生きていた●エンジンをふかしすぎず、自分のペースで
仲間とのミーティングで言葉を獲得する●自分と和解し、語っていきたい
W章
しあわせは私の真下にある 173
「治る」よりも豊かな回復
ゴージャスな入院への処方せん 174
襟裳岬から宇宙船に乗ります●メンバーは、宇宙に旅立とうとする一郎さんを引きとめる
すばらしい、最高の入院をしたね●「治せない医者」の真意
先生、そんなに治さなくていい、気楽にやれ
友だちが増える病気 188
メンバーの説得と励ましのなかの入院●つらい、苦しいって言っていいんだ
SOSを出せるのがつぎのステップ●どんなに病状が悪くても、きっと大丈夫と思える
先生、どうして薬飲まさないの?●分裂病は友だちが増える病気だ
治療とは、回復とは 203
水産学部を中退して、医者を目指す●医者が一生懸命やりすぎるとよくならない
失敗とトラブルぬきには回復しない
笑いといっしょに苦労を連れて 213
世界精神医学会で、メンバーたちが実践報告●しあわせは、私の真下にある
苦しみを語って、笑いながら考えていく
当事者がきめる、言葉にする あとがきにかえて 222
◆引用
そんな不安な状態に陥っている寛さんのところに、向谷地さんから「寛さんと話がしたい」と電話が入った。「寛が出て、かなり長いこと話をしてました。寛は向谷地さんから、自分の病気とつきあっていく意思があるかどうかを聞かれ、最後に『きみはセンスがあるよ、やってみるか』と言われ、『やってみたいですね』と答えたというんです。絶望状態にある寛に、やる気を出させてくれたんです」p.90
当時、寛さんは六月の総会で爆発学を発表したのにひきつづき、向谷地さんとともに爆発学の自己研究をさらに深めていた。「ぼくは河崎くんと、『自己研究、自分を助ける研究というのはほんとうに本腰を入れてやっていかないと、家族とともに、きみもダメになっていくよね。そんな生やさしい、簡単なテーマじゃないね』と、その切実さをあらためて確認する話しあいをしたんですね。電話機を壊したときのように練習し p.97
て謝るとか、そんなレベルを超えて、火をつけようとした事実の重大さ――実際に火をつける気はなかったとしても、親にとっては究極の脅迫ですよ。そういう古いやり方をする自分自身に河崎君が絶望し、なにもできない無力な自分を知る必要があるわけですね。そういうパターンにはまってしまう自分に、あらためて彼自身が絶望しなければならない。それで、きみ自身にとっても深刻なテーマであると同時に、同じようなことで苦しんでいる人たちにとっても深刻な問題だから、これを契機に河崎寛の生きづらさの研究を徹底してやっていく必要がある、それがきみの役割ではないか、と訴えたんですね」
「べつな言い方をすれば、彼との肯定的な関係のなかで、悪いところを見ないで、いいところだけを見るという二者択一のプラス思考ではなく、いいところも悪いところも含めてトータルに、根本的に、本質的に、自分と向き合っていく作業そのものを共有して、受け入れていくという深い営みだったんです。」p.98
UP:20070506 REV:20110822
◇浦河べてるの家
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