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『司法的同一性の誕生――市民社会における個体識別と登録』

渡辺 公三 20030226 言叢社,461+27p


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『司法的同一性の誕生――市民社会における個体識別と登録』
渡辺 公三 20030226 『司法的同一性の誕生――市民社会における個体識別と登録』,言叢社,461+27p. ISBN-10: 4905913861 ISBN-13: 978-4905913863 \3990 [amazon][kinokuniya] ※

■内容(「BOOK」データベースより)
指紋やDNAなどによる「司法的同一性」の技術が識別し、追跡し、告発し、拘束する「個人」とは、「私さがしゲーム」におけるアイデンティティーや個人主義の「個人」と、どのように重なりどのように異なるのか。いま世界中で急速に進められている個人情報のデジタル化は、「司法的同一性」の究極の姿ではないか。個人のアイデンティティー幻想が、近代システムとしての市民管理技術と表裏一体の相補性をもつことを明らかにした問題提起の本。

■内容(「MARC」データベースより)
「身体計測の人類学」にはじまる同定・識別・登録技術の思想的系譜を「歴史人類学」の手法で精細に跡づけ、「指紋法」の発見による近代市民管理技術の成立、歴史と現状、限界を問う。


■著者紹介

→リンク渡辺 公三を参照

■目次

まえがき
序章 西欧における同一性の系譜

第1部 人類学と行刑学のあいだ
 第1章 ベルティヨンと司法的同一性の誕生@――不肖の息子
 第2章 ベルティヨンと司法的同一性の誕生A――公僕の務め
 第3章 ベルティヨンと司法的同一性の誕生B――地下室からの眺め
  断章1 「自己」という未知の世界――『免疫の意味論』から読み取れること
  断章2 布に織りこまれた精神と歴史――『衣服の精神分析』、『悪魔の布』、『マドラス物語』を読む
  断章3 いつまでも他者に触れることあきらめないために――『考える皮膚』書評
  断章4 ド・クレランボー――布と熱情と死

第2部 個体――市民社会の光学
 第4章 近代システムへの〈インドからの道〉――あるいは「指紋」の発見
 第5章 顔を照らす光・顔に差す影――写真と同一性
 第6章 スフィンクスへの問い――コンプレックス以前のエディプス、エディプス以前のフロイト
  補章1 ポール・ブロカ『頭蓋学の手引き』――死を見失わせる実証主義の「死者の書」

第3部 群集・兵士・原住民――市民社会の暗闇の斜面
 第7章 帝国と人種――植民地支配のなかの人類学的知
 第8章 人種あるいは差異としての身体
 第9章 19世紀末フランスにおける市民=兵士の同一性の変容
  補償2 人類学と徴兵制
  断章5 旅する狂気

第4部 日本への刻印
 第10章 戸籍・鑑札・旅券――明治初期の同一性の制度化と川路利良の「内国旅券規則」案
 第11章 「個人識別法の新紀元」――日本における指紋法導入の文脈
 第12章 指紋と国家――管理と差別の交差する場所

終章 西欧的同一性は解体するか――技術とその限界
あとがき


■引用

序章 西欧における同一性の系譜

「 「朝には四本足、昼には二本足、夕方には三本足で歩くのは何か」という、答えが「人」に他ならない謎を人に問いかけ、答えられない者を、谷に突き落とし、あるいは抱きしめて圧死させたというスフィンクスの神話は、「それはお前自身なのだ」という、西欧における同一性の探求への強迫観念を象徴してはいないだろうか。スフィンクスのイマージュはなぜか、19世紀西欧の歴史の隠れた屈折店のそこここに身を隠して人を待ち構え、「お前は何者か」「それはお前自身なのだ」という問いによって人を脅かしていたようにも思える。それはまた、オイディプスという近代の悩める主人公を古代ギリシアの流刑地から呼び戻したアンチ・ヒーローの名でもあった。したがって、この論文集の多くの部分が19世紀西欧というスフィンクスへの反問という形をとっている。これは、「同一性」「同一化」という鍵の言葉を用いて、西欧という名のスフィンクスへの反問を投げ返す試みである(第6章を参照)。」(p.4)

「 エリクソンの「自我同一性」という観念は、「集団同一性」というもうひとつの鍵となる観念と対を成すものとされている。「自我」と「集団」を対として考えるとい発想はある意味ではありふれている。集団対個人という「二元論」はさまざまに変奏されて近代社会を考えるための枠組みを与えてきたといえるだろう。それらが「同一性」という観念で媒介されるところにエリクソンの思考の特徴がある。この観念はいくつかの仕方で定義されているが、エリクソンは自我と集団の両極を繋ぐ「同一性」観念が、師と仰ぐフロイトにおいてもそれほど多用されたものではないことを示唆しつつ、1926年、ウィーンのユダヤ人友愛団体、ブナー・ブリースに宛てたフロイトの挨拶文(フロイト自身は欠席し代読された)を二度にわたって典拠としてあげている。ほぼ十年の間をおいて刊行されたその文章への二つのコメントには、微妙だが興味をひかずにはいないニュアンスの違いが見出され、そこにエリクソンの「同一性」論の特徴を読み取ることができる。」(p.5)

「 したがって、同じテクストに依拠しながら、エリクソンはかなり振幅のある理解を示しているといえる。「内的同一性」は集団の「本質」の共有ということ、共有された本質の個人における開花ということにほかならない。エリクソン自身の表現によれば「この同一性という言葉は、自己自身の中の永続的な同一(自己同一、原語はself sameness)という意味と、ある種の本質的な性格を他者と永続的に共有するという意味の双方を暗示するような相互関係を表している」。「本質的な性質」あるいは本質的な特徴は、エリクソン自身にとっては「人種」、宗教から民族、歴史を経て「価値観」あるいは1950年の著作で用いられている「文化的同一性」までの変異を許容し、矛盾なく包含しうるのである。」(p.7)

「 「人種」と「価値」ないし「文化」がともに許容されることは、エリクソンの「同一性」概念がいわば内容の点ではきわめて緩いものであることを示している。しかしそのことは後に同一性の系譜に照らしてあらためて検討したい。内容にはいくつかの位相を異にする「特徴」が代入しうることを確認したうえで、「同一性」は、いわば形式のレベルでは、集団と個人の両極の「相互関係」から生成し、基本的には集団が個人に先行すると見なされているエリクソンによる同一性認識の形式の側面と、その方法論の関係にまず注目したい。
 こうした「集団的同一性」の認識は、人類学を導入したエリクソンの方法論と密接に関連している。エリクソンは、『幼児期と社会』に示されたとおり、幼児期のしつけと成長の観察記述と分析を同一性の議論の実証的な根拠としている。[……]
 「集団的同一性」とは集団が、まだ不定形な子どもに刻印する経験の組織化のあり方から生成する何かである。エリクソン自身はその組織化の過程を、たとえばアルフレッド・クローバーなどの人類学者からフィールドにおける参与観察の手ほどきを受けて自らおこなった、アメリカ・インディアンのスー族とユーロク族の調査から学んだという。人類学的調査が「集団」を全体としてとらえうる背景には次のような理由がある。すなわち「そこ(いわ>0008>ゆる未開社会、原語はprimitive society)では、子どものしつけが、境界のはっきりした経済システムと小規模で静的な社会的標準形(原語は、social prototype)の基準にうまく統合されているからである」。
 同じ章のさらに先には、子どものしつけという意味での集団的同一性が形成される背景が、「未開」と「文明」の対比から議論されている。[……]
 以上に拾い上げてきたエリクソンの文章から「集団同一性」と「自我同一性」が相互補完的な対をなす構図の概略は理解されよう。同じ集団に属する個体は人間のあり方についての標準的なモデルを共有し、とりわけ幼児期にこのモデルにのっとった身体の組織化が課せられるという点に、モデルが集団と自我を媒介する働きが表れている。その組織化の様相はとりわけ「未開社会」の観察によって実証され一般化される。とはいえ「文明世界」においては「標準型」はかなりの程度有効性を失い、そこに住む人々は同一性の拡散ともいうべき困難な状況に陥りやすいのである。」(pp.8-9)

「すでにふれたように、集団対個人という「二元論」は近代社会について考察するときには避けることのできない問題系といえるだろう。とりわけ後継者マルセル・モースによる独自の展開によって現代人類学の源泉のひとつとなったデュルケームの社会学もまた「二元論」によって貫かれていた。」(p.11)

「「集団」と「個人」を媒介し、社会にダイナミックな運動を与えるものとして晩年のデュルケームは宗教表象の体系を研究の主題とした。
 後継者モースは、宗教表象の体系が重要であるという視点は引継ぎながら、社会的凝集性を生み出す体系の統合機能の本質を性急に解明しようとするデュルケームの傾向から脱却し、世界各地の「未開民族」が示す多様な宗教体系そのものの細部の豊かさを精緻にあとづけ味わいながら、さまざまな宗教現象の位相に見出される統合機能>0011>の現われ方自体の多様性と複雑さをみきわめようとした。そして、そのことを通じて、単純化し硬直化した同時代の西欧を中心とした世界における社会関係とは別の可能性を探求しようとしたとも思えるのである。」(pp.11-12)

「 人類学的な一群の主題のなかで、デュルケームとの共同署名で1903年に『社会学年報』に公刊した論文「分類の未開形態」は、個人表象と集合表象との関係を明らかにするための有効な主題として分類的思考を取り上げている。分類すなわち分けて秩序づけるという思考操作がどのようにして人間に獲得されたかという主題は、20世紀初頭の西欧では、文明と未開の二分法という枠組みのなかで議論されていた。「真の」つまり「科学的な」分類思考は近代西欧において初めて達成されたのであり、それ以前には、人間の思考は「偽の」つまり「呪術的な」分類思考、分けるよりも混同し、秩序づけるよりも根拠のない連想に身をゆだねる思考に支配されていたという、当時、レヴィ=ブリュルやフレイザーに代表される論調によって議論されていた。
 [……]
 「分類の未開形態」は、こうした議論に一石を投じ、集合表象の重要な一環を構成する分類体系がいかにして人間の集団の骨組みを形成し、親族関係という社会の基本となる関係のネットワークに個人を織り込み、さらに、集>0012>団と自然(今風にいえば集団の生きる生態環境)を媒介するかという問題に焦点をあてている。そのためにオーストラリアのトーテムと結合した親族体系、アメリカのインディアンにおける方位観と結びついた分類体系、中国の森羅万象をとりこむ宇宙論的分類体系を取り上げ、よりシンプルなオーストラリアの体系から自律的な宇宙論の様相を帯びた中国の体系へと一定の複雑化の過程として配列している。とはいえこれらの分類体系はすべてトーテムと結合した親族体系からの発展として理解できる。そうした分析を経てモースは「フレイザー氏が認めていると思われるように、事物の論理的関係が人間の社会的関係の基礎となったのではなく、その反対に人間間の社会的関係が事物の論理的関係の原型となった」のであり、「人間は自分たちが氏族にわかれていたが故に、事物を分類した」のであるという結論を引き出している。
 そしてこうした問題意識は「名」の問題やモース晩年の1938年の「人格論」の主題に結合され展開されてゆくことになる。というのも、トーテミズムの体系に見られるとおり大きなまとまりとしての「類」レベルの下にはより小さな「種」としてのトーテムが位置付けられ、さらにその下位には「個体」としての人が下位トーテムによって名づけられるというように、親族関係と結合したトーテム体系は、カテゴリー間の秩序づけという意味での「分類」とともに、「個体化」の体系としての意味ももっていることをモースは指摘しているからである。そして「名」の問題は、1904年の「エスキモー社会」論以後、しばしば主題化され「人格」と結び付けて論じられることになる。
 こうした「分類」と「個体化」の主題は、同一性、同一化の主題に直接関わっていたことも確かめられる。」(pp.12-13)


「 ここでいう「司法的同一性」とは、犯罪者の確定された身元という意味でのアイデンティティーである。犯罪者の同一性は、犯罪者が誰であるかを、逃れようのない形で明らかにする。こうした身元確定の技術の必要性を痛切に感じたのは、19世紀後半、パリのような大都市で大量の軽犯罪者が発生し、彼らの身元が確認できず窮地に陥った警察であった。」(p.19)


第4章 近代システムへの〈インドからの道〉

「 個人の同定(アイデンティフィケーション)の決定的な手段としての指紋がまだ発見されていなかった時代から、右手の拇指ひとつの指紋へ、そして1906年の両手の十指の指紋に至るまでのあいだには、南アフリカ在住の外国人の登録管理技術における飛躍的な強化がある。一本あるいは十本の指の先という、この一見とるにならない細部に宿された歴史の深さを測るためには、わたしたちは19世紀における「近代」の形成過程の、いわば暗闇に隠された斜面を手探りで降りてみなければならない。そして下降した地点からふたたび現在にまでもどりながら、新たな遠近法の中で、わたしたちの「今」が、帝国の人間管理システムを生んだ「近代」にどれほど拘束されているかを考えてみなければならない。」(p.116)

「…指紋は、…近代的な個人情報の記録、保存、検索、照合、すなわち総体的な個人登録システムそのものに脱皮することになったのである。しかもこの登録は、嘘をつく言葉、にせの表情、年齢による変容という人間の現実の豊かな影を与える要素をいっさい剥ぎ落とし、厚みも奥行きも欠いた、凝固した同一性を表示する表面、すなわち指紋によって保証されるのである。単なる指先の螺旋の紋様は、指紋と呼ばれる表象=制度に変容した。指紋を通じて、人は国家によっていつでも召喚しうる「主体」に変容したのである。」(p.140)

「19世紀末から今世紀初頭にかけての指紋という表象=制度の生成によって、人間のありかたは眼に見えぬ、しかし何か決定的な変容を蒙ったのではないだろうか。そして、わたしたちは今も、ガンジーの運動によってすらゆるぐこともなかった、「帝国」の遺産としての近代のなかに生きているのではないだろうか。」(p.143)


第6章 スフィンクスへの問い

「 他者の同一性について問い続ける人類学者という名のスフィンクスと、フロイトのエディプスはどこで、どのように交差するのか。そのことを確かめるために、スフィンクスとフロイトの関係の複数の側面に照明を当てる試み>173>としてこの小論は書かれている。」(pp.173-174)

「 ルボンにとって、群集は無意識の基体としての「種族の精神」の顕現する場であり、さらに種族の精神は「遺伝」によって生物学的な基礎を与えられる。後にふれるように、こうした思考は、ある基本的な部分で、19世紀の「人種論的」人類学を経て博物学的生物学に源をたどると思われる「類型」の概念という論理的枠組みによって保証されていたと考えられる。
 いっぽうフロイトにとって群衆は、群集のなかのひとりの個人と指導者の対関係にいわば余すところなく分解されるべきものであり、この対関係そのものは、同一化という心的な機制によって構造化され保持され、またそこから同じ指導者を仰ぐ同位の個人間の対関係としての同一化も生起する。」(p.177)

「極度に単純化していえば、群集から始まるフロイトの行程は、「種族的なもの」あるいは遺伝による集団への帰属の否定を起点として、徹底した対関係への還元に移り、さらに個体意識の局所論に帰着するといえるだろう。同一化による現実の対関係>177>は、個体意識における超自我という審級に転化される。これを、現実の対他者関係から個体意識内の関係の現実性へと移行と呼べば誤解になるだろうか。ただこうした行程は、すでにどこかで見たというかすかな既視の印象を与えるように思われる。
 筆者にとっては、『集団心理学と自我の分析』から「自我とエス」へとたどられるこのフロイトの思考の身振りは、エディプスの発見に至る分析家フロイトの誕生の行程の再現とも見えるのである。種族的な同一性が現実的なものであることを否定したフロイトは、この位相を対関係とエスという両極に分解し、個体意識の局所論の図式に組み込むいっぽう、同一性という静的状態の概念から実体性を抜きさって、同一化という動的な心の機制に転化したともいえるのかもしれない。こうした同一性の解体と変容と並行する、現実の対関係から個体意識への移行という作業は、1890年代半ばのフロイトによってすでに一度完遂されていたと筆者には思える。その作業の重要な帰結のひとつが、神経症研究からエディプスの発見への移行なのだ。」(pp.177-178)

「哲学的思想、生物学とりわけダーウィン主義的あるいはラマルク主義的進化論、遺伝学とその展開としての優生学、医学とりわけ精神医学、政治思想とりわけ民族主義の思想的基礎づけ、犯罪学等、19世紀末の西欧を形づくる思考のそれぞれが、何らかのしかたで自己および他者の同一性を問い、その問いに、生物学的あるいは生理的存在としての同一性という視点からそれぞれの回答を与えていた。文化的・社会的同一性が正面から問われるのは、20世紀に入って現代の社会学、文化人類学の形成以後である。
 こうした錯綜した思考体系のゴルディアスの結び目をどう解くかという余りに大きな課題は別の機会に譲るしかないが、ここで注目しておきたいことは、19世紀末の西欧においては、未だ形成途上にあった人類学が、ある固有の方法と視角をもった自律した学の領域という以上に、むしろ、今ふれたような自己および他者の同一性への問いを、各分野から持ち寄られたそれぞれの方法と視角を付き合わせて検討する、いわば多様な声の交差する開かれたフォーラムのようなものとして存在していたと思われることである。さまざまな色彩と傾向の知の技法のパッチワークとしての人類学によって発せられる同一性への問い。スフィンクスが、多種の動物からなるキマイラであったと語る伝説もあったことを考えると、それがさまざまな名をもって現れて、人々を誘いまた脅かしてもいたということも意外ではなくなるだろう。」(p.189)


第12章 指紋と国家

「 「満洲国」においてはその「成立」の初めから指紋への強い関心があったことは、既にふれた百科事典の項目や『満洲日報』の記事からも読み取られるとおりである。それは指紋が「個人や戸を直接に掌握し、それを画一的に組織しようと」する時のもっとも有効な手段と考えられたからであったとされる[古屋、1995参照]。」(p.375)

「 ただここでいう「国民」が、国籍法が整備されず外延が不明確なまま、「出稼ぎ」のために滞在する中国籍の居住者が含まれうる一方(「年々入国する五十六萬の労働者」も対象と見なされている)、日本国籍を離脱するわけではない「日本人」が対象となるのかは判然としない曖昧な概念であることに注意すべきであろう。さらにいえば、ここには「国民」の概念のある転倒が予兆されているともいえるかもしれない。つまり指紋登録による「実体的」な管理の対象者がすなわち「国民」なのであって、それはいわゆる「国籍」の差異を問わない。「外国人」が指紋による管理の対象である限りで「国民」となるという奇妙な論理がそこに働いている。あるいは指紋登録制度そのものが対象としての「国民」を作りだしその外延を決める。ただそこでは全員が検査と管理の対象となるゴルトンのユートピアとは異なり、「日本国籍」の保有者は指紋登録を免除されていたとも思われる。」(p.376)

「 「満洲国」における指紋登録は、すでにふれた国籍と「国民」の奇妙な捻れを生じることを確かめた。労働を搾取される「外国人」こそ指紋登録の本来の対象と目されることで「国民」に擬せられ、もともと「満洲国」の領域内に居住していた人々も治安の対象として指紋による個体レベルでの厳しい管理の対象とされる。こうして潜在的には「国民全員」が指紋登録の対象と見なされる。「満洲国」統治の当事者には「全員」登録こそ最大の有効性をあげる目標という観念が根強く植え付けられたと考えてもおそらく全くの的外れではあるまい。
 ところがその「全員」に当の支配者たる「日本人」が含まれているかどうかはきわめて曖昧だ(…)。そこには登録管理の対象としての「外国人」と、本来の対象とはみなされない「日本人」居住者という区別が暗黙のうちに厳>385>然としてあったのではないだろうか。もしこうした予測が当たっているとすれば、この指紋登録のあり方は「日本国」の戦後における「外国人登録法」のあり方にそのまま引き継がれていることになろう。」(pp.385-386)


終章 西欧的同一性は解体するか

「 わたしたちは、識別され同一化される個体が、「哲学的に構築される超越的主体でも、市民社会を形而下で支える経済主体としての所有的個人でも、生の経験を担う生きられた『私』あるいは、あらゆる思考に権利上ともないうる『我」でも、また道徳的な責任主体と仮定される『人格』でも、また全体社会の像に対置されるイデオロギー装置としての個人主義の核をなす『個人』でもない」ものとして、しかし「ひとの存在の一面を表象するこれら一群の観念と少しずつずれながらそのすべてと連接し、ひとをきわめて特殊な共同性の一形態としての国家に繋ぎとめ、必要であると判断される時には法のゲームにひきこみ、国家によって召喚し管理しうる身体=主体=客体として形成」される、という視点を出発点として検討を試みてきた。
 振り返って大づかみに言えば、「識別される個体」は法的な個体と呼ぶことができるだろう。というのもそれは、まず何よりも犯罪者の存在を糧として育てられ身体を与えられていった刑法体系内部の住人だからである。また、それは財産の所有に凝縮される諸権利の源泉を保証すべき戸籍に「登録される主体」、すなわち民法体系内部の住人とも微妙な表裏一体をなしている。「身体を与えられる」という表現は単なる修辞ではなく、文字どおり、ベル>395>ティヨンによってさまざまな身体細部の特徴を確定され、ゴルトンによって指先の渦状の紋様を描かれ、最近ではDNAの特性までも検証され付与された、識別と計測の技術が生み出したある種の人造人間なのである。ここで「西欧的同一性」と呼ぶのは、技術体系によって成形されるこうした同一性のあり方に他ならない。」(p.395-396)



*作成:石田 智恵
UP:20070125 REV:20080715,0927
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