『成長と人材――伸びる企業の人材戦略』
佐藤 博樹・玄田 有史 20030210 勁草書房,146p.
last update: 20151022
■佐藤 博樹・玄田 有史 20030210 『成長と人材――伸びる企業の人材戦略』,勁草書房,146p. 2800
・この本の紹介の作成:O(立命館大学政策科学部2回生)
■目次
●第一章
「成長戦略と人材ニーズ―ガゼルの経営戦略」
著者・・・高橋徳行
1・はじめに―ガゼルによる雇用創出
2・ガゼルがもつ二面性
3・経営活動の人材
4・おわりに―ガゼルの人材育成
●第二章
「人材育成がかぎを握る中小企業の成長」
著者・・・玄田有史・佐藤博樹
1・はじめに
2・経営戦略としての能力開発
3・能力開発のための課題
4・雇用創出からみた能力開発の重要性
5・能力開発と定着のための知恵
6・おわりに
●第三章
「右腕が中小企業の経営業績に与える影響」
著者・・・脇坂明
1・はじめに―問題意識と先行研究
2・右腕の存在とプロフィール
3・右腕の経営業績に与える影響の多変量分析
4・経営戦略と右腕の関係
5・右腕がいない企業
6・おわりに
●第四章
「転職と情報―成功した転職者にみる情報収集」
著者・・・大木栄
1・はじめに―問題意識
2・情報収集活動と転職後の成果
3・職業経験・求職方法と情報入手の程度(クロス分析)
4・情報の量の規定要因(重回帰分析)
5・おわりに―残された課題とその課題を解決するためには
●第五章
「円滑な転職のための環境整備―知らせる仕組みと知る仕組み」
著者・・・黒澤昌子
1・はじめに
2・マッチングの状況
3・従業員属性・経験と満足度
4・情報収集と満足度
5・おわりに
●結章
「成長企業の人材戦略」
著者・・・玄田有史・佐藤博樹
1・はじめに―キーワードは「人材育成」と「情報開示」
2・育成に成功する経営者像
3・成長企業で働くために
4・成長企業のための環境整備
5・おわりに
■内容紹介/解説
第一章「成長戦略と人材―ガゼルの経営戦略」
この章では経営戦略(新製品開発やマーケティングなど)に大きな差がみられない企業間で、なぜ経営パフォーマンスには大きな差がみられるのかという問題に迫っている。ガゼル(Gazelle)とは砂漠地帯に砂漠地帯に住む群れのなかで抜きんで行動力をもった哺乳類で、突出した成長力と雇用創出などをもつ企業の意味で用いられる。ガゼル企業とそうでない企業を決める要因とは何なのだろうか。ガゼル企業の経営者は、従業員をよく考察し、コミュニケーションをとりながら、社員のやる気ややりがいを引き出し、育成することに成功している。情報化が進み、経営戦略に大きな差がなくなってきた今、経営パフォーマンスの良し悪しは、最終的には人材育成戦略の差に帰着する。ガゼル企業は全体の4%たらずであるが、雇用創出全体の40%を生み出している。
第二章「人材育成がカギを握る中小企業の成長」
この章では成長拡大している中小企業ほど能力開発に積極的な場合が多いことを、第一章とは別の視点かが確認している。そこからは、自社の競争力の高さを誇っていたり、事業拡大を志向している場合ほど、人材育成を重視しており、競争力の基盤と考えている成長企業の姿が浮かび上がっている。しかし、そういった企業では少なからず、指導人材の不足という課題に直面している場合が多い。一方、能力開発に積極的でない企業では、指導者不足の問題とあわせて、教育訓練のために割ける時間が確保できないために、能力開発に取り組めない場合が相当である。そこでは中小企業の成長環境を整備する政策上の課題として、職場の管理職など教育訓練の担い手である人材の育成や、計画的なプログラムの提供などが求めあれる。さらに育成した人材が会社に定着するかどうかも、企業が積極的な人材育成を推進していくうえでのポイントとなる。
第三章「右腕が中小企業の経営事業に与える影響」
この章では企業の人材戦略のうち、「右腕」の存在に注目する。成長する中小企業には。名経営者がいると同時に、参謀や相談相手となる有能なナンバー2、右腕社員が重要な役割をはたす。しかし、その点を実際のデータを用いて証明した例はきわめて少ない。そこで、中小企業において右腕の存在がどのよう経営実績や経営戦略に関係しているのかを分析している。その結果、成長下にある中小企業の実に4社に3社で右腕が存在していることが分かり、加えて、右腕のいる企業はいない企業に比べて、売り上げや経営利益も多く、事業拡大も強く、競争力にも自身をもっていることが分かった。右腕についての労働市場を発展・充実させることは、今後の重要な政策問題となる可能性を秘めているといえる。
第四章「転職と情報―成功した転職者にみる情報収集」
この章では転職に成功するための視点として、どのような個人特性、転職理由、職業経験や求職方法をとってきた者が、より多くの移動先に関するさまざまな情報を入手できたのかを明らかにしている。通常、転職よりも出向から転職に行こうする企業間移動のほうが、移動者と受け入れ企業の両者にとっては利点がある。たとえば、受け入れ企業からすると、移動者の職業能力を、実務を通じて判断できる。移動者にとっては、自己の職業能力を活かすことができる仕事や職場であるかを実務的に確認できる。中堅・中小企業に上級管理職として勤務する場合、仕事の内容だけでなく、経営トップとの円滑な人間関係の構造が不可欠だが、こうした点も確認できる。
第五章「円滑な転職のための環境整備―知らされる仕組みと知る仕組み」
この章では、中小企業の中途採用された人々と、採用した企業に対するアンケート調査にもとづき、採用時の職歴や教育歴、採用方法などが、入社後の企業と従業員双方の満足度に与える影響、および、初任給や入社後の業務達成度、訓練量に与える影響を検証している。その結果、以前の勤務先での就業経験や訓練で培った技能は、それが新しい仕事に関連している限りにおいて、転職後の職場での生産性を高めていることが確認される。しかし、それに加えて、その生産性が給与に反映されるためには、能力や経験、さらに業績を知る仕組みの確立が急務である。また、企業自身が経営トップの人柄や社風、能力開発、仕事の内容、労働時間などの情報を開示する知らされる仕組みを有することが、転職後の従業員の満足度に影響を与えることも確認される。
【特徴】
成長過程にある抽象企業の実態を示すデータを用いて、その人材戦略を包括的な視点から解明することを目的としてものである。用いられているデータは基本的に、1999年に通商産業省(現:経済産業省)の委託を受け、日本商工会議所が実施した「総合的人材ニーズ調査」の「特定ニーズ調査」をもとに収集されたものである。
【評価】
日本企業の99%以上は、いわゆる中小企業である。日本全体の雇用環境を左右するのは、成長過程にあり雇用を作り出す可能性をもつ中小企業がいかに豊富に存在するかにかかっている。長引く不況も、マクロ経済的には、それまでつねに増加傾向にあった中小企業の雇用者数の伸びにはじめて大きくブレーキがかかったことからもたらされたものである。このような不況下にあっても、成長過程にあるたくましい中小企業は存在し、これからの経済回復と安定軌道への復帰には、そのようなたくましい中小企業の大量な出現が不可欠であるといえる。政策もそのような中小企業の育成、発展をうながすものでなければならないし、それらの企業への円滑な転職を実現するものでなければならないだろう。その時、不況下でも成長過程にある企業は、どのような人材戦略をもっているのかが明らかにされていなければならないし、それらの企業への就職や転職がどのようになされ、課題は何なのかをしっかり知っておく必要がある。この本はそういった「人材」といった問題意識で構成されており、これから社会に出て行くであろう私たちに企業が求める人材とは、また情報とは何なのかということを示しており、評価に値するものであるといえる。