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『いのちキラキラ重症児教育――堺市立百舌鳥養護学校分校からの発信』

落合 俊郎・杉本 健郎・橘 英弥・松本 嘉一・重度重複障害児教育のあり方を考える会 編著 20020630 クリエイツかもがわ,203p.


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■落合 俊郎・杉本 健郎・橘 英弥・松本 嘉一・重度重複障害児教育のあり方を考える会 編著  20020630 『いのちキラキラ重症児教育――堺市立百舌鳥養護学校分校からの発信』,クリエイツかもがわ,203p. ISBN-10:4876996792 ISBN-13:978-4876996797 \2100 [amazon] [kinokuniya] ※ m02a.

■内容

「BOOK」データベースより
小規模校のよさを生かした重症児教育の実践「あそび学習」を中心にたくさんの写真とともに紹介。障害児教育・医療の第一線で活躍されている研究者と医師が、百舌鳥養護学校分校を通して重症児教育のあり方と方向性を提起。

「MARC」データベースより
障害児教育・医療の第一線で活躍する研究者と医師が、百舌鳥養護学校分校を通して重症児教育のあり方と方向性を提起。生徒数12人、日本で一番小さい養護学校の重症児教育の実践「あそび学習」を紹介する。

■目次

グラビア

はじめに

第1部 生きぬく力をつくる──百舌鳥養護学校分校の教育

百舌鳥養護学校分校の子どもたち
「あそび学習」の取り組みの基本姿勢

第1章 「あ・そ・び」──分校の一日

はじめに 分校の日課表

1 朝の会(つばさ学級)「お届けものがあります」
2 個別学習「機能訓練を通して」
3 学級の取り組み(あゆみ学級)「宇宙へ行こう!」
4 課題別学習(Cグループ)「かくれんぼ」
5 給食(あゆみ学級)「給食大好き」

・コラム/食べることは“元気”のもと

6 午後の取り組み(あゆみ学級)「ゆったり楽しく」
7 終わりの会

第2章 わくわく・どきどき──分校の行事

1 修学旅行──小学部6年
   分校の年間行事表
2 はじめての遠足──小学部1年

・コラム/僕の妹

3 分校うんどう会
4 人とのふれあいを大切に──交流

・コラム/くつがいっぱい

第3章 こころ豊かに──ゆっくりでも着実に発達

1 心地よい表情から笑顔に

・コラム/大切な秀平

2 ぼくの言葉で伝えたい

・コラム/この子の代弁者になって

3 心に寄り添うことから始まる

・コラム/わが子の姿

第4章 教育を援助する立場から──理学療法士・養護教諭・栄養士……

1 学校生活のあらゆる場面で、援助できる理学療法士
2 とまどいからの始まり

第5章 教育を保障するために──医療的ケアへの取り組み

1 医療的ケアを取り組むまでの経緯
2 医療的ケアの内容
3 医療的ケアを行うにあたっての手順
4 医師法17条について

・コラム/通学保障の環境を整えてほしい

第6章 教育条件の充実をめざして──楽しく元気がでる学校づくり

1 短時間で安全な通学──タクシー通学
2 居心地のよさが何より
3 安全で、楽しい給食を願って
4 人的な保障が子どもたちの教育をひろげる

・コラム/技術職員・事務職員・調理担当

第7章 保護者の思い──分校の歩みから

1 藤谷学級ができるまで
2 藤谷学級から神石小学校分校へ
3 生きていく力
4 娘に学ぶ──友子の母として

第2部 重度重複障害児教育のあり方を考える──百舌鳥養護学校分校の教育を通して

1 障害児教育の動向と重症児教育のあり方を考える
2 子どものニーズに即した養護学校に
3 障害の重い子どもには「横の発達を」
4 小規模養護学校のよさ──原初的コミュニケーションを基盤にしたティームティーチング
5 百舌鳥養護学校分校の教育を世界的視野で検証する──障害児医学の立場から

あとがき

■引用

 「医療的ケアについてもう少し言及します。私が医療的ケアのキーパーソンと考える養護教諭の問題に触れないわけにはいきません。養護教諭はわが国独自の職種で60年の歴史があります。
 重症児が多く通う学校では、私は養護学校は看護師免許をもち、ケアについては教師を指導できる力量が必要というのが持論です。この点では、百舌鳥分校には残念ながら学校内に看護師免許を持った人がいません。その結果、絶対的医療行為にあたるケアを行っている子どもたちの保護者の母親が、付き添い通学をしなければならない状況があります。
 わが国では、道義的には、「親だったら、いいではないか」という独自の考え方があります。私は、これは江戸時代に押しつけられた儒教的道徳観である五倫思想が根底にあると考えています。現在の医師法と突き詰めれば、親が行う絶対的医療行為がわが子へは合法であるという根拠は見いだせません。子どもの権利、障害者の権利を問いかけるとき、「親が負担して当然」という考えを、もう一度しっかり理屈で討論しなおす必要を感じています。
 この点については、障害に対する国の考え方の違いがあります。
 私は、北欧のように24時間体制で数人の個人ヘルパーが入れ替わり立ち替わり、医療的ケアの子どもを支援すべきであり、その費用はもちろん公費で保障すべきだと考えます。学校へも個人ヘルパーが付き添えばよいのです。そのヘルパーの医療行為はたとえ医療職でなくても、障害児者の自己決定の論理から、「本人の了解」があり、その行為に本人が満足すれば十分合法的となる考え方です。このことは、わが国でも憲法によって子どもや障害児者の権利を認知していない現状の証しでもあります。
 わが国の現在の法律では、絶対的医療行為を校内で学校で学校保健として行うには、原則として、医師(主治医、学校医)の指示と、それを実施するには看護師免許が必要なのです。もちろん現在、大阪府下で実施されつつある養護学校への看護師導入も一時的な補完的解決法ではあります。しかし、北米のような保健室=医務室のように、小児科の処置室を学校内に移した状態だけで、すべての重度児への教育的保障が解決したことになるのか。それならば、わが国の養護学校に隣接する病院がある場合、医療的ケアを要するすべての重度児への教育的保障が解決したことになるのか。それならば、わが国の養護学校に隣接する病院がある場合、医療的ケアを要するすべての障害児が受け入れられて、クラスで十分な障害児教育が行われているのかというか、そうではありません。
 根本的な問題は、すべての子どもたちにいかに教育を保障するかということです。そのためにどのような学校保健体制をつくられるということなのです。」(pp195-6)

■書評・紹介

■言及



*作成:三野 宏治 
UP:20100114 REV:2010028
障害者と教育  ◇医療的ケア  ◇杉本 健郎  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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