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『清陰星雨』

中井 久夫 20020405 みすず書房,268p.


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中井 久夫 20020405 『清陰星雨』,みすず書房,268. ISBN-10: 4622048191 ISBN-13: 978-4622048190 \2625 [amazon][kinokuniya]

■内容

(「BOOK」データベースより)
冷戦の終結から阪神淡路大震災、オウム真理教、犯罪の数々、そして「9・11」…心のケアが主題となってきたこの10年に精神科医は何をみたか。エッセイ47篇。

(「MARC」データベースより)
冷戦の終結から阪神淡路大震災、オウム真理教、犯罪の数々、そして「9・11」…。心のケアが主題となってきたこの10年に精神科医は何をみたか。エッセイ47篇を収録。『神戸新聞』連載をまとめる。

■目次

一九九〇年以後の世界――はじめに

人間であることの条件――英国の場合
ささやかな中国文化体験
「故老」になった気持ち
戦後に勇気づけられたこと
ロシア人
花と時刻表
国際化と日の丸
一夜漬けのインドネシア語
ワープロ考
外国語が話せるということ
冷戦の終わりに思う
一医師の死
ある少女
戦時中の阪神間小学生
新制大学一年のこと
雲と鳥と獣たち
旗のこと
日本に天才はいるか
文化を辞書から眺めると
阪神大震災に思う
震災後一五〇日
学園の私語に思う
震災後の動植物
移り住んだ懐かしい町々
いじめについて
医師は医療の媒介者
ロサンゼルスの美しい朝
日本の心配
定年を迎えて
秋田に行く
昭和七十二年の歳末に思う
日本人は外国語がなぜぜきないことになっているのか
「良心」をめぐって
本棚一つの詩集たち
気骨ある明治人の人生――父方祖父のこと
もう一人の祖父のこと
文化変容の波頭――米国で続発する大量殺人の背景
国民性とこれからの日本
神戸の含み資産
「起承転結」「起承"承"結」――日米文化の深い溝
二十世紀を送る
大国に囲まれた「経済大国」
「バカげた質問」ない米国――日米の「問う文化」
二〇〇一年九月十一日深夜
記憶の風化ということ

■引用

一九九〇年以後の世界――はじめに

「四十年以上続いた冷戦の終了は何をもたらしたか。「社会主義」という壮大で過酷でもあった実験が失敗の烙印を押されて終わっただけではない。対抗社会主義であった福祉国家も終わった。ケインズ主義も終わった。そして、冷戦の文脈における日本の存在価値も終わった。零千二おける最前線基地であり、西側世界の一つのショウウィンドウでもあった日本は、それに関するかぎり「無意味化」した。(@)」
「アジアに対する日本の戦争責任が大問題となったのは、長い猶予が撤回されたかた起った事態である。(A)」
「第二次大戦において中立を維持し、そのことによって大いにうるおったポルトアルが、その利益を自国の土地に投資して消尽したことをおぼえているものは少なかった。(B)」
「アメリカの世界覇権は、二〇〇一年九月十一日勅語の事態で明らかになった。ロシアを含む世界各国が、テロ否定、米国擁護の声明の順序を争ったのである。それは「いざ鎌倉」に際して幕府への先着と忠誠表明の早さを競う小領主たちを思わせた。この感じ方、(C)この比喩はいくらなんでも時代錯誤であろうかと思ったが、外務省高官が自衛艦のインド洋派遣によって湾岸戦争のトラウマから回復し、日本が「外様大名」から「老中」に出世したという表現をして喜んでいるという記事を読んで(二〇〇二年一月十六日、『朝日新聞』朝刊)、わが国の要路の人がそのような感受性を以て外交に当たっていることを知った。」
「日本では一九七一、二年ごろに一つの転機があっただろう。鮮烈な泰園派連合赤軍事件であった。(D)」
「実際、あの事件とともに、日本には急速な「解熱」が起こったと思う。皆がしらけた。殺人数が急激に三分の一に減った。代わりにいじめが増えたという見方もある。同じころからの「癒し」すなわち個人的救済を求める動くも革命幻想(共同的救済)の消滅によるのだろうか。(D)」
「個人的救済がその極端にまで至ったのが「オウム」である。「オウム」事件とともに第二の「解熱」が起こったと私は感じる。同じしらけがあった。/同時期、阪神淡路大震災を契機に何かが起こった。それはヴォランティアリズムの普遍化であり、また心的外傷(トラウマ)への関心である。(E)」
「日本語では論理的な主題展開を行うには最低一二〇〇字が必要だとされる(E)」

ささやかな中国体験
「以前読んだ「孤舟」(The Solitary Boat)という論文を思い出した。筆者は中国系である。一本の竿に身を託して急流を流れ下る小舟は、われわれも知る、中国の詩画のよい題材であるが、筆者によれば、あれが中国人の自己像なのだそうである。わが国と違い「甘え」と「もたれかかり」を許さない文化である。(p. 8)」
「中国が時に現実離れをする時、この対志向に幾分の責めがあるのかもしれない。「陰」あれば必ず「陽」がなければならない。これは一種の楽天主義と平衡感覚をも生むが、われわれに見えにくいものである。(p. 10)」
「日本の「病院」は中国では「医院」だが、いや、なに、順天堂だけが大学病院を「順天堂医院」と呼んでいる。明治以後の違いなのだ。もっとも、それ以前には「病院」という概念がなかった。治療中心の病院が生まれるのは何と大正時代で、大原財閥による「倉敷中央病院」が最初である。」
「科学や経済用語では日本製の漢語がいっぱい中国語に入っている。和製の漢語を採用しつづえるかどうかで論争があって、毛沢東が「よい」という判定を下したように聞いている。向ソ一辺倒と言いながら、中国語のアルファベット表記に、ロシア文字でなくラテン文字を選んだのも彼の決定だったと記憶する。彼の壮年期の現実主義的な側面である。(p. 11)」
「漢字を指す中国語は何と「文字」であった。(p. 14)」
「中国においては、王朝は次々に交代しても、裏社会は数百年あるいはそれ以上続いるらしい(p. 15)」
「中国をゆるがせた文化大革命の底には、中国知識人候補あるいは半知識人の精神的葛藤がないであろうか。文化大革命の発端の一つは北京大学の一学生が白紙の答案を出したことである。(p. 15)」
「「文化」が中国では「個人的教養」の意味をも指すことを思い出してみる(「文化程度」とは「教養程度」のことである)。革命によって「経済的平等」は(建前上)成ったが、教養程度による社会的格差は残り、むしろきびしい入試によって鏡花されて、科挙が千五百年来行われてきた国に新しい特権階級が再生してきた。「文化程度」を問わない平等が次に求められる順序ではないだろうか――。これが「文化大革命」という言葉の意味するところではなかったかと素人の私は考えてしまう。(p. 16)」
「反乱の主な参加者は戦争中から戦後に生まれた学生である。(p. 16)」
「日本では、この世代の大部分は、レポートを出すぐらいで大学をめでたく卒業している。この「寛容」に支えられて一部は官僚になった。私の僅かな見分の限りだが、その一部には「とびきりむきだしの官僚」を感じさせる人びともいた。その後を社会の地の潮として生活している多くの人にはたいへん失礼であるが、一部官僚の起こす不祥事件の野放図さは、「社会をなめる」を紛争の最中あるいはその後の社会側の処理によって覚えたためもあるのではないか。日本の殺人者のピークは、世界を見渡しても全く例外的に五十歳であり、しかも幼稚な動機によることが特徴だという。自殺者もまた多いのであるが――。(p. 17)」

「故老」になった気持ち
「老人が昔話をしあうのは人格の煤はらいをしてボケを防止しているとも言える。(p. 20)」

ロシア人
「「わかる」ということばほど「わかって」いないものはない。われわれは何を以てわかりあえたとするのであろうか。(p. 29)」

国際化と日の丸
「逆にいえば無名の人までが酔った時が危機であった。それは、歴史をふりかえると、マスコミにあおられて、日露戦争直後の日比谷の焼き打ちに始り「排英運動」「暴支膺懲」に続く。子どもの雑誌絵本の類が真っ先に軍国主義化したことも忘れないでおこう。/経済援助も留学生十万人計画もよいが、日本でなければというものではない。では、日本が独自なのは何だろうか。目下アジアでもっとも言論の自由な地域だということである。留学生が感銘するのはまず言論の自由と治安のよさである。かつてマッカーサーは日本の目標を「極東のスイス」と言った。彼の言った意味はともかく、今のアジアが真に必要としているのは「スイス」を象徴する安全地帯であり、日本の貢献の第一は、この意味での「極東のスイス」となることである。これがアジアへのもっとも有意義な借財変換でもあるのではないだろうか。/ヨーロッパの十七世紀においてオランダがそうであったような、言論の自由な国がアジアに一つでもあるのと全然ないのとでは大違いである。あの時期の西欧に、みし出版と言論の自由なオランダという小国がなかったら、デカルトもスピノザもなく、西欧文明のレベルはぐっと低くなったであろう。(p. 41)」

一夜漬けのインドネシア語
「それぞれの言語には、母音と子音の組み合わせの最小単位が決まっている。「あいうえお、かきくけこ」と数えていく日本語は百ちょっとで、ハワイ語と並んで世界でもっとも簡単な音体系だそうである。四声を勘定に入れると千数百という中国語からは赤子のようなものだろう。英語は数千、本によっては万を超えるとある。日本語から見上げると、そそり立つ崖のようなものだ。/むろん、言葉の難しさは音だけではない。日本語は、文の終わり近くにたくさんの助動詞が重なってくる。(p. 46)」

ある少女
「これはわが国の長い伝統かもしれない。中国で湮滅した書で、日本に残ったものはいくつもある。明治初期の中国外交官の仕事に、金沢文庫を初めとする日本の文庫に、中国でなくなっている本を探すということがあった。中国は戦乱もあり、以外に昔の本を大切にしないのだという。/選択して受容し伝統の中に繰り込むということは、外国の製品を模倣しても、全くのコピーは作らず、どこか工夫して手を加えたところがあるのと、通じるところがあるかもしれない。(p. 82)」

医師は治療の媒介者
「医者は触媒のようなもので治療を媒介するのがいちばんよい(p. 147)」
「かつての病院の付き添いさんのささやきに、あのセンセイは患者の運がよくなるという意味で「運のよい医者」というものがあるのだと聞いた。逆に「運のわるい医者」もあるのであろう。私はいわゆる運命論者ではないが、些細な選択や決断の積み重ねもあり、ハプニングというものもあり、その気づき方、利用の仕方というものはある。「誰でもわりとよく人に好意を持たれる時とさっぱり持たれない時とあるでしょう。持たれる時はうぬぼれすぎず、さっぱりの時には悲観して自分を安く売ろうとしないこと」と言うと、たいていの人は思い当たることがあるようで笑いだす。「運のよい医者」には、なろうと思(p. 147)ってなれるものではないが、そうであったらよいとは思ってきた。(p. 148)」

昭和七十二年の歳末に思う
「日本は石油危機を乗り切った。あれを指導したのは敗戦後の恐ろしい時期を身をもって味わった世代だった。国民も耐乏生活を知る世代だった。今、政治経済の指導層は、高度成長時代にデビューし、石油危機の時も「戦場をかけまわっていればよかった」世代ではないか。(p. 185)」
「先に戦争において指導層は「最後の含み資産」である国民の忠誠と勤勉と貯蓄傾向とに頼った。(p. 187)」
「「彼ら」はすでに「最後の含み資産」をあてにしてはいないか。(p. 187)」

「良心」をめぐって
「最近いろいろな事件があって、われわれの使う「良心」という言葉の由来が気になった。『大漢語林』によると『孟子』にある。欧米語の翻訳としては明治初期の哲学者の井上哲次郎の作った言葉だそうである。(p. 194)」

文化変容の波頭
「犯罪を犯すかどうかを決めるのに「踏み越え」(transgression)がいちばん大きな因子ではないかと思う。(p. 217)」
「南北戦争から第二次大戦まで、米国の一般兵士の「発砲率」は一〇じゃら一五パーセントであった。すなわち、後の八五パーセントから九〇パーセントは、敵を射つ場面になるとグロスマンのいう「インスタントの良心的兵役忌避者」になり、空に向かって射つか、狙いをつけてからちょっと外すか、そもそも射たないかであった。(p. 217)」
「「踏み越え」とは、一般に、ある行動のモード、最近の術語でいえば一つの「離散的行動状態 discrete behavior state, DBS」から別のDBSに移ることである。(p. 219)」
「「踏み越え」のハードルを低くするためには、さまざまな工夫がなされる。軍事訓練の相当時間がそのために割かれている。集団行動は一般に「乗り越え」をやさしくする。しかし、集団にも内部の力学があり、構造がある。兵士の残虐行為の場合、まず共犯者とすることが主な方法である。いじめも、いじめられる者を共犯者に仕立てることによって完成する。加害者となった被害者は深い自己嫌悪と倫理的失墜を感じて心理的にくずおれる。(p. 219)」
「軍隊内部における迫害や外部に対する残虐行為もストックホルム症候群に似た加害者への同一視を経て行われると考えれば理解しやすくなる。加害者と被害者との関係は複雑である。残虐行為を強いられる者は被害者にして加害者である。兵士として上官に捕虜の刺突を命ぜられた人で生涯にわたって悪夢にうなされた人は少なくない。殺人犯の自首が悪夢によることを思えば、それは生理的水準の良心と関係しているといえそうである。強いる人もかつては強いられた被害者であるおとが多い。被害者が加害者に転化する連鎖は児童虐待や姑の嫁いじめだけではない。(p. 200)」

国民性とこれからの日本
「ペイドワークがなくなれば、アンペイドワークが成り立たない。アンペイドワークノタメニペイドワークの保証が必要だと考えてもよいだろう。(p. 226)」

続く不安定と予測不能の時代
「そもそも中流階級なくして内需がありうるか。(p. 229)」
「あるいは、かつてのドイツの絶望した中産階級がナチズムの母胎になったように、かつての中流階級は狂信に身を投じるのか。(p. 229)」

犯罪の減少と少年事件
「幼い時からテレビがあり、テレビゲームがある。子どもの現実への歩みは、内面と外界の区別に始まり、自己と他者との発見に至るものだ。ところが、テレビがはいって、現実がいどく似ている架空世界と現実との区別を早くから強いられ、テレビゲームで、疑似他者と架空の現実を左右できる疑似権力者になれる。これはかつての小説や映画とは違う。映画はわが身に起こらないであろうこと、自分の力では左右できないことへの、憧れを交えた感情移入だった。それがむきだしの支配欲と権力欲に変わる。かつては可憐だった片思いもストーキングになる。たいていの少年はそれにもかかわらず無事成人になるが、それが奇跡と思えるくらいだ。(p. 242)」
「日本は世界最大のポルノ・ビデオ輸出国として世界の指弾を浴びている。少なくともそれだけ被虐待児があるということだ。(p. 243)」

大国に囲まれた「経済大国」
「破綻は単一の原因でも起こりうる。しかし、回復は主な条件が出揃わなければ起こりにくい。(p. 254)」

2001年9月11日深夜
「ただ、もう一つのグローバリズムがある。それは貧困のグローバリズムであり、それは端的に「われわれとともに苦しめ」というグローバリズムである。(p. 263)」


*作成:岡田 清鷹 
UP:20080922 REV:20081102
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