HOME > BOOK >

『医療事故を考える――その処理と処方せん』

森 功・和田 努 20020427 同友館,190p.


このHP経由で購入すると寄付されます

森 功和田 努 20020427 『医療事故を考える――その処理と処方せん』,同友館,190p. ISBN-10: 4496033178 ISBN-13: 978-4496033179 1890 [amazon] ※ b f02

■内容(「BOOK」データベースより)
医療事故をなくするためにはどうすべきか…。医療事故から身を守るためには何を心がければいいのか…。その基礎的知識と方法論を提供。

内容(「MARC」データベースより)
メディアに絶えることがない医療事故や医療過誤の報道。医療事故をなくすためにはどうすべきか、医療事故から身を守るためには何を心がければいいのか。その基礎的知識と方法論を提供するテキスト。

■著者

森功[モリイサオ]
1940年兵庫県生まれ。大阪市立大学医学部卒業後、ケニヤッタ国立病院、ボルチモア市民病院、ジョンホプキンス大学、クリーブランドマウントサイナイ病院、大阪府立病院、淀川キリスト教病院、八尾徳州会病院などに勤務し、現在、医真会八尾総合病院院長。京都大学大学院医学研究科非常勤講師。医療事故調査会代表世話人
和田努[ワダツトム]
1936年広島県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、NHKに入局。プロデューサーとして原爆問題、医療問題を扱った番組で評価を受ける。1972年にNHKを退職後フリーのジャーナリストとして、主に医療、福祉問題などの分野で活躍中

■目次

第1章 事例から問題点を考える 和田
 患者取り違え中絶手術
 横浜市立大学病院、患者取り違え手術事故
 ほか
第2章 医療事故とはなんなのか 和田
第3章 医学医療の裏表 森功 73-163
 昭和四〇年卒の医師の小史
 日本の医療事故とその対策の黎明期到来
 ほか
第4章 対談=「医療事故」 森・和田 165-188
 事故を隠す医療界の体質
 人は誰でも間違える
 ほか

■引用

第3章 医学医療の裏表 森功 73-163

「一九六八年に始まった医学部闘争は、当初は自治会による医学部の機構改善闘争であり、人事、教育、講座制度の実質などを改革する「医学部民主化基本綱領」としてまとめられ、教授会決定までなされた。しかし、その内容が当時としては画期的すぎたのであろう。すぐに行政からの指導があったのか、その決定は反古にされ、以後は不毛とも言うべき全共闘方式の闘争に入っていった。日本医師会は当時も保険医総辞退を武器として給付率アップを求めることに終始しており、学生や若手医師の提言に何ら応えることはなかった。
 医学部闘争が収束した後、その提言は一切否定され、医学部は倍増されても教育内容は相対的に質的低下を続けることになる。遠くの活動した医師は巷間に散り、一部は小生のように国外に研修の場を求めた。当時闘争を担った医師郡で現在は政治の場に立っている人たちもいるが、その多くは既に医学教育や医師および医療者の信任制度などの改革意欲を失っていると言わざるを得ない。」(森[2002:78])

 1988年「当時から医師会の弁護士らによる講習では「決して謝罪しないように」という指導がなされていたが、これこそが賠償保険というカネに歪められた本末店頭の姿勢であった。この指導は現在でもいたるところで行われており、年を経ても何ら改善されていないことが明らかである。」(森[2002:8])

 「品質管理などを無視しつつ、大多数の診療所あるいは民間病院経営の医師が資本の論理に単純に従い、歴史的にもっとも高い収入を維持し続けることができたのは、この品新管理の努力を放棄することで可能であった。ドイツでの四〇代の平均的勤務医の収入は、月八、〇〇〇マルク(約四〇万円)であり、開業医は、その約一・五倍である。」(森[2002:123])

第4章 対談=「医療事故」 森・和田 165-188

 森「あのケースを担当している教授は、仙台のほうの自分が派遣されている病院に行って「じつは間違いをしているけど、それを認めてしまうと、日本医大に傷がつく。わたしにも傷がつく。だから裁判に持っていって風化させる」と言っている。裁判に持ちこんだら終わりですからね。もうオープンにはならない。」(森・和田[2002:175])


UP:20080103 REV:
医療事故、医療過誤  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK 
HOME(http://www.arsvi.com)