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『若者の法則』

香山 リカ 20020419 岩波新書,211p.


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香山 リカ 20020419 『若者の法則』,岩波新書,211p. ISBN:400430781 700[amazon][kinokuniya] m.

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(出版社/著者からの内容紹介)
「何で電車の中でお化粧したり、ものを食べたりするんだ?」「あいさつは「どうも」しか知らないのか」「怖くて声がかけられない」…今どきの若者の、一見理解不能・非常識とも思える行動の奥には、彼らなりの論理にもとづく真剣な思いや悩みが隠されている。精神科医・香山リカがその「法則」を読みとき、つき合い方を指南する。

■目次

まえがき

1「確かな自分をつかみたい」の法則
 学校/お金/親/性格/楽しむ/泣く/ウソをつく/悩む

2「どこかでだれかとつながりたい」の法則
 笑う/友達/先生/テレビ/贈り物/占い/食事/敬語

3「まず見かけや形で示してほしい」の法則
 化粧/買い物/からだ/バイト/メール/携帯電話/闘い/暴力

4「関係ないことまでかまっちゃいられない」の法則
 電車/飲み会/デート/勉強/読書/あいさつ/年齢/他人/子ども/やさしさ

5「似たものどうしでなごみたい」の法則
 ダイエット/病気/悲しむ/動物/好き・きらい/恋人/セックス

6「いつかはリスペクトしたい、されたい」の法則
 有名/男らしさ・女らしさ/あきらめる/ねたむ/老人/先祖/先輩・上司/仕事/大人

あとがき

■引用

・ウソをつく
「カウンセリングの場面でも、作り話が問題になることがある。子どものときに虐待された、愛情を与えてもらわなかった、といったトラウマ(心的外傷)に関する話が、家族の情報を集めると、どうも事実ではないということがわかることも最近では少なくない。そういうケースのほとんどは若い女性なのだが、彼女たちはもちろん、意図的にウソをついてやろうと思っているわけではない。ただ、自分が置かれている、ある苦しい状況を語ろうとするときに、どうしても何か強烈な架空のエピソードを核にしなければ、それをうまく表現することができないのである。」p.26-27
「何でも強烈な物語にして語ってしまう背景には、今の若者特有のサービス精神もあるだろうし、そういう話をしなければ、だれも自分に関心を持ってくれないのではという不安もあるだろう。ただそれ以上に、ウソを交えて語ってしまう若者には、「物語の中の方が自分の率直な気持ちを語りやすい」という切実な理由があるのではないだろうか。」p.28

・占い
「どうして二一世紀になっても、若者たちは占いにすがろうとしているのだろう?これには、時代に左右されない普遍的な理由と、現代ならではの理由があると思う。まず普遍的な方だが、人はだれでも、「どこかに“自分のすべてを知るもの”がいるのではないか」という幻想を一度は抱く。自分がこの世界に生まれてきたという事実はあまりに神秘的で、理由を考え始めると頭が混乱したり不安に陥ったりする。そんなときに「あなたが生まれてくることはずっと前から知っていましたよ。そしてこれからどうなるかもわかっています」と言ってくれる誰かの存在を、つい求めてしまう。子どもにとってはそれは母親であり、ある人たちにとっては神や教祖であろう。」p.57
「現代ならではの理由についてみてみよう。高度成長期もバブル期も終わり、日本は先の見えない不況のトンネルをなかなか抜け出せない。世界の状況を見ても、「がんばればがんばっただけ幸せになれる」という時代はどうやら終わりを告げた感がある。(…)そういう中で自分の怒りや憤りを少しでも減らすには、占いで「あなたがうまく行かないのは、運勢が悪いから」と説明してもらうしかない。(…)理屈っぽい精神分析や哲学より、はるかに突拍子もなく、かつストレートな前世占いなどの方が、ずっと説得力を持つ。今の性格の欠点を現実の父親との関係であれこれ説明されると抵抗を感じるが、「前世で隣国の王に受けた傷が今も影響を与えているせいだ」と言われれば、なるほど、と素直に受け入れられる。」p.58

・病気
「病気をビョーキとカタカナで表記するのが流行った時代があった。(…)今は、「病気なんだよ」と言ったとき、かつてのビョーキを連想する人はまずいない。(…)健康幻想が広まる中、とにかく病気は悪くてネガティブなもの、という考え方が広まっているのかもしれない」p.146
「一方、「傷ついた」「心の傷がある」と自ら口にする若者は、急激に増えている。子どものときに心に傷(トラウマ)を受けたために、大人になってからも生きにくさを抱えている人を一部の心理学者やジャーナリストがアダルトチルドレンと呼んだところ、あっという間に広まった。(…)そこは、「私は病気でもないし、心に傷を受けてもいない」という人は立ち入ることのできない世界。しかし、ひとたび「傷を受けた」とさえ認めれば、仲間たちがあたたかく迎え入れてくれる場所だ。かつてのビョーキは、突出した特長や個性の代名詞であった。人にはきらわれるかもしれないが、思わぬ生産性や才能に結びつくこともありえた。ところが、今の若者たちが好んで使う「心の傷」の方は、突出ではなくて同じような仲間との同化の方向にしか発展しない」p.147
「ビョーキにまでなってまわりの注目を集めたり、孤立してしまったりするのは怖い。もちろん、本当に苦しい病気はイヤ。そこで「心の傷」を足がかりにだれかとつながり、「同じだね、わかるよ」と認め合いたい。でも、そこから次の一歩をどうやって踏み出せばよいかわからない。今そんな若者が、たくさんいる」p.148
「病気、ビョーキ、心の傷、どれも諸手をあげて歓迎すべきものではないが、それらをきっかけに自分の生き方を見つめなおすことはできるはずだ。今の若者が自分の生きにくさを「傷ついた」と表現し、それを仲間どうしで共有しあったあとに、それぞれがどうやって立ち上がっていくのか。それとも、いつまでもそこに停滞したままなのか。若者たちが自分で決定するのを、大人は祈るような気持ちで見守るしかないのだろうか」p.149



*作成:山口真紀
UP:20080704 REV:20081102
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