HOME > BOOK >

『ワークシェアリングの実像――雇用の分配か、分断か』

竹信 三恵子 20020314 岩波書店,250p.


このHP経由で購入すると寄付されます

■竹信 三恵子 20020314 『ワークシェアリングの実像――雇用の分配か、分断か』,岩波書店,250p. 2000+税 ISBN-10: 4000026437 ISBN-13: 978-4000026437 [amazon]

■出版社/著者からの内容紹介
失業率が過去最悪の記録を更新する中で,雇用対策の切り札として,いま最も注目されている「ワークシェアリング」.だが,実態はどうなのか.「先進的」といわれる日本の実践例や欧州の挑戦をきめ細かくルポし,本来あるべき「仕事のわかち合い」を実現していく上で,急務とされる施策を考える.単なる「賃下げ」の代名詞にしないために….

■目次
I ワークシェアリング論の迷走
第1章 雇用不均衡社会ニッポン

主婦たちの疑問/パイの拡大の限界/三つの不均衡/白書のミスマッチ論/消えた「分配方法の是正」論
第2章 攻守の逆転
賃下げと同義語?/ワークシェアリングとは何か/経営側の先制/ノーワーク・ノーペイ/拘束義務で分類/定義の先取り/メディアの扱い/定義の奪い返し/終身雇用と残業

II 日本的ワークシェアリングを追って
第3章 「初の実践例」日野自動車の試み

「ワークシェアリング的試み」の頻出/賃金抑制の実践例/二つの呼び名/縮小した対象人員/騒がれ過ぎ?/「日野の実験」の残したもの/三つの壁
第4章 「兵庫型」の光と影
日本の縮図/文化革命/兵庫合意/実施のガイドラインも登場/関西経営者協会のガイドライン/三つの柱/パート職員の疑問/複雑な公務員パート/立案側の反論/すれ違いの背景
第5章 「自治体型」ワークシェアリング
上越市の実験/「特採職員」の創設/財政赤字とサービス増/「公から民への還元」/配分のものさし/中枢に近い人に有利?/「食べられる雇用」の減少/カウントされない移動時間/「理由なき交代」に疑問/ローテーション雇用/均等待遇パート/分かれる評価
第6章 民間企業の試み
測る技術/月給制から時給制へ/失業の分配/「日本型福祉社会」の追い打ち/労働時間のお金を産む/一年の半分が休み/機械のフル稼動と社会保険の節約/週休五日もOK/「長くいること」をポイントにしない/鉄鋼労連の「ハーフ勤務」
第7章 ワーキングマザーへの対応
育児時間とワークシェアリング/戻る場所がなくなる/高技能者の活用/残れるのは「できる女」?/「委託」の広がり/「日本的ワークシェアリング」がもたらすもの

III 欧州の実験
第8章 競争と参加の狭間で

三つの類型/「賃上げなきワークシェアリング」の変貌/「賃上げなし」を裁量労働でカバー/スウェーデン型ワークシェアリング
第9章 オランダの奇跡
「病気」から「奇跡」へ/パート労働のチャンピオン/四つの無償労働分担モデル/労働時間による差別の撤廃/多様だが対等/世帯主義からの脱皮/「今くらいがちょうどいい」/好きな仕事を選ぶ/パウロさんの経験/賃金抑制を補う仕組み
第10章 オランダモデルの今後
働き蜂女性たち/「過労死」との距離/不安定労働を組織化/「〇・七五/〇・七五経済」への道
第11章 グローバリズムへの適応と対抗
雇用創出力より参加の拡大/欧州が選ぶ「第三の道」/米国での反作用/パートの組織化と生活賃金条例/消費者運動型ユニオン

IV 雇用分断から雇用分配へ
第12章 労働が見えない社会

「楽にする要素」の欠落/「世間主義の目」が壁に/狭まる若者への門戸/正社員離れ/先が見えない/労働を知っているのは家族で一人/失業保険を組み込んで働き方設計/必要なのは「参加の土壌づくり」
第13章 「当たり前」の見直し
緊急避難型ワークシェアリング/「高拘束=いい社員」からの脱却/新しい労務管理を求めて

おわりに



■紹介・引用

「理由なき交代」に疑問
 同じく福祉の分野である保育の場にも、こうした現象は起きている。
 二〇〇〇年秋、東京都杉並区の女性たちの講座で出会った三十代の安田信子さんは、「保育士の補助として勤めていた区立保育園を相手に解雇を撤回するよう求める交渉を続けています」と話してくれた。
 勤め先の区立保育園との契約をうち切られたのは、九八年三月のことだった。契約時から雇用年限は三年と決まっており、それを承知で働き始めたのだが、安田さんの疑問はいたって素朴なところから発していた。「三年間しか仕事がないなら三年で解雇は当然だと思います。でも、私がやめたあと新しい人がまた採用されて同じ仕事を引き継ぐんですよ。仕事はずっとある、つまり恒常的に必要な仕事なのに、なぜ三年で期限が切れるんでしょう。そこが納得いかなかったんです」>089>
 九四年、安田さんは区報で「早朝保母パート募集」の記事を見つけて応募し、九五年四月から採用された。女性の労働時間も男性並みに長時間化し、長時間の保育を求める保育を求める声は強まっている。少子化対策ともあいまって、早朝保育や延長保育を実施する自治体は目立っている。それを支えるのが、通常の勤務時間からはみ出た部分を支える「パート・アルバイト」の存在だ。九九年一月の杉並区報に掲載された保育園のパート募集の表(表6)をみると、こうした長時間保育で不足する早朝や夜の時間の人手を補うために、二時間から三時間ずつ、必要なときに必要なだけ、といった形に寸断されたパートの勤務体系が見て取れる。
 仕事は保育士を助けて、園児と遊び、園の内外の掃除や園児のおむつ替え、おやつの配膳を行うことだった。契約切れの時期が迫るにつれて安田さんの割り切れない気持ちが強まっていった。子どもに情 >090> が移って離れがたくなったこともあったが、それ以上に、経験を積んで慣れた人に、経験のない技能の未熟な人がとって代わるということを繰り返す働かせ方が子どもにとっていいことなのか、という疑問が大きかった。
 園の父母たちにその考え方を話して協力をあぎ、雇用年限が切れる一か月前、雇用期間延長と雇用年限制度の見直しを求める要請が父母から区の保育課長あてにファクスで送られた。しかし、見直しはなかった。
 安田さんに会って数か月後、杉並区の担当課長に電話をかけ、区の主張を聞いてみた。課長は「契約段階で三年の年限については告知しているんですよ。区に落ち度はないんです。」と語気を強めた。契約通りにしているだけなのに、なぜ取材対象にされるのかといったいらだちが、電話の声から感じられた。課長はさらに、@地公法にはさまざまな有期雇用の規定があり、その一つとして行ったまでであること、A区民には短い期間でも補助職として働きたいという声があり、就労の機会を多様な人に与えてほしいというニーズがあること、B一定の税金で住民の求めるサービスの多様化に対応するにはすべてフルタイムの直接雇用とはいかない、と説明した。
 「手続き的には問題はないのかもしれませんが、仕事は恒常的にあるのに、人だけを次々に変えていくやり方に対する不満は、これからも起きるのではないでしょうか」。この質問に、課長はやや突き放した調子で、「今後は臨時職員を増やすより民間も含めた外部団体に業務を丸ごと委託、ということにならざるをえないでしょう。他の自治体も、すでにそちらの方向に向かっていますし」と答え >091> た。
 安田さんも交渉の過程で区の職員から、「不況で応募者が多いのに、多くは採用できない。そんな状況で区民に幅広く雇用を与えるワークシェアリングとして実施している」「時給が千円を超す高めの賃金で有給休暇もある有利なパート。特定の人だけを長く雇うのは不公平」と言われている。ここでも、不況の中で仕事を分け合うワークシェアリングが、「細切れ仕事を順番に回すこと」と解釈され、一人一人の雇用が不安定になる点については不問に付されていた。
 区内の父母に配ったビラに、感想を書く欄を設けた。送り返されてきたものには、「仕事になれた労働者を辞めさせているようだが、そんなことをされては困る。大事な子どもの命を預かってもらうのに、ベテランを首にするのは不安」という意見が複数あった。しかし同時に、「雇用年限があるということは新しく雇用される人がいる、たくさんの人に労働の機会が与えられるのでは」「労働者の権利は労働を得る可能性を持つすべての人間の権利。非常勤の年限を切るのは過酷なようだが、多くの人にチャンスを与える」といった意見もあった。(pp.88-91)

ローテーション雇用
 パート公務員問題に取り組んできた自治体職員、本多伸行さんは、こうした働き方は「仕事を分け合うワークシェアリングではなく、順番に仕事を回していくという意味でローテーション雇用と呼ぶべきだ」と主張する。(p.93)


■書評・言及




*作成:北村 健太郎
UP:20091116 REV:
ワーク・ライフ・バランス  ◇女性の労働・家事労働・性別分業  ◇身体×世界:関連書籍 2000-2004  ◇BOOK
TOP HOME(http://www.arsvi.com)