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『わが国の精神科医療を考える』

風祭 元 20010530 日本評論社,292p.

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風祭 元 20010530 『わが国の精神科医療を考える』,日本評論社,292p. ISBN-10: 4535981906 ISBN-13: 978-4535981904 2920 [amazon][kinokuniya] ※ m.

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内容(「BOOK」データベースより)
平成六年(一九九四)一〇月に東京都立松沢病院の院長となり、平成一三年(二〇〇一)三月に退職した著者が、在職中の六年半の間に執筆した論稿のアンソロジー。わが国、あるいは東京都全体の精神科医療全体を巨視的に見ての発言、回顧と展望の論文、司法精神医学に関する論稿などを収録している。
内容(「MARC」データベースより)
第1部では、薬物療法の立場からみた日本の精神科医療を、第2部は、精神科医学・医療に関する回顧を、第3部は、精神鑑定と司法精神医学に関する論考を集める。第4部は、『こころの科学歳時記』掲載記事を収録する。

■著者

風祭元[カザマツリハジメ]
1934年、東京生まれ。茨城県水戸で育つ。1958年、東京大学医学部卒業。インターンを経て、1959年、東京大学医学部精神医学教室入局。1963年、医学博士。関東中央病院、東大病院、東大保健管理センター等に勤務。1970年、米国タフツ医科大学精神科に留学。1972年、帝京大学医学部精神医学教授。1987年、帝京大学医学部附属病院副院長。1994〜2001年、東京都立松沢病院長

■目次

1・わが国の精神科医療
 精神保健福祉法の成立とその意義
 東京都の精神医療保健
 ほか
2・精神医学・医療の回顧
 日本における精神病院の歴史
 精神医学にとっての二〇世紀
 精神科身体療法の一〇〇年ほか
3・精神鑑定と司法精神医学
 精神鑑定と裁判判断
 司法精神医学をめぐる問題―特にうつ病の責任能力をめぐって
 ほか
4・こころの科学歳時記
 発想の転換を
 心の健康づくり運動
 ほか

■引用

 「わが国の医療制度の特徴として、国民皆保険制度・自由開業医制度・診療報酬の出来高払い制がある。1960年代に国民皆保険制度で、医療が保障されるようになったが、その際に、元来は福祉的医療であったはずの精神科医療もその中に組み込まれた。また、諸般の事情(精神科医療への無理解・専門的技術に基づくサービスを評価する習慣の欠如、精神科医が医学会の中で力が弱かったことなど)によって、出来高払い制の社会保険診療報酬表の中で、精神科医療は低く評価されたままになっていた。」(風祭[2001:49-50])

 「わが国の精神病院の問題点;昭和30年代から40年代にかけて設立された精神病院の大部分は、建設用地取得の困難性などの理由で、交通の不便な僻地に地域との関わりなく建設され、当時の生活水準の最低基準を満たす程度の建造物が立てられた。病室の多くは畳敷きの6人から10人収容の大部屋で、時には20人単位の部屋もあった。窓には鉄格子がはめられ、病棟はほとんど全部が施錠した閉鎖病棟、共有の生活空間はないに等しかった。物理的構造の劣悪なことよりもさらに大きな問題は、職員の不足と教育研修の不十分さであった。この当時は日本の戦後復興期にあたり、精神科医・看護職員の不足は著しかった。精神科医療に差別的な医療法の規定で精神病院の職員定数は他科の病院に比べて低く抑えられていたが、その定員さえも満たしていない病院が多く、コメディカルの職員はほとんど配置されていなかった。昭和30年代から40年代にかけては、入院患者100人に対して常勤医1人程度というのが平均的で定数が100床ぐらいの病院で医師は院長1人にパート医師数人といった病院も少なくなかった。また看護職員のかなりの部分が無資格者で占められていた。このような事情を背景として、昭和30年代から40年代にかけて患者の人権侵害(不法入院・患者の虐待)事件が発生した。昭和44年(1969)12月20日、日本精神神経学会理事会は「精神病院に多発する不祥事事件に関し全会員に訴える」なる声明を発表し、医療不在、経営最優先の経営姿勢と、精神科医の基本的専門知識、道儀感や倫理観の欠如を不祥事件の一因としてあげた。しかしこの後、精神神経学会は内部混乱によって精神科医を代表する資格を失い、弱体化してしまった。その後も、昭和63年(1988)の精神衛生法から精神保健法への大幅改訂の契機となった宇都宮病院事件から、大和川病院事件に至るまで、精神病院における患者の人権侵害事件が跡を絶たないのは残念なことである。  […]ごく少数の巨大公立精神病院と私立の中小病院が存在し、患者の自宅監置が公認されていた戦前はさておいて、現在では36万床の85%以上が民間で占められているという他国には見られない特異な状況となっている。精神障害者の医療には医療経済の見地にそぐわない一面があり、これに対しては営利を超えた公的な施策としての医療が要求される。欧米諸国ではこのような問題に国策として真剣に取り組んできたが、わが国では精神衛生法制定の際に、法律に謳ったような公立病院を中心とした医療体制を取れなかった行政の誤りが、今日の状況をもたらしたといえよう。またこの時期に精神科医同士の抗争や告発に終始して、日本の医療の中の精神科医医療のあり方に建設的な努力を怠ってきた精神科医の責任も大きいと思う。しかし、一方で、民間立精神病院には、公立病院にはない活力やより自由な活動が出来るという利点もある。」(風祭[2001:69-71])

2・精神医学・医療の回顧
 精神科身体療法の一〇〇年ほか
「(4)頭部通電療法
 電気けいれん療法(ECT)、電気ショック療法(EST)、電撃療法などとも呼ばれ、現在でも精神科の臨床で広く用いられている。
 一九三四年にカルジアゾールけいれん療法が開始されたことや、動物での電撃けいれんの研究が、精神疾患に対する電気治療の研究に大きな刺激を与えた。一九三八年にECTを最初に精神病患者に行ったのは、イタリアのツェルレッティ(Cerletti, U.)(1)で、精神分裂病の発病初期例の多くが寛解し、また、躁うつ病には、さらに有効であったと報告した。同じ頃、九州帝国大学の安河内五郎、向笠広次(14)が同様の電撃療法を創<0086<始し、以後わが国でも広く用いられるようになった。
 通常行われていた標準法は、伝導子を額の両側にあて、一〇〇ボルト前後、毎秒二〇〇〜三〇〇mAの交流電流を強直けいれんの起こるまで数秒間通電するものである。その後、バルビタール剤で前麻酔する方法や、片側性通電法などが工夫され、最近は、前麻酔のうえで超短期間作用性の筋弛緩剤を静脈注射して通電する、無けいれん療法が行われている。術後一定期間の記銘障害があり、稀にけいれんに起因する骨折などの副作用を起こすが、緊張型分裂病の興奮、不安、焦燥や自殺観念の強い抑うつ気分にきわめて有効であり、現在でも薬物療法の効果が不十分な患者に広く用いられている。

(5)インスリンショック療法
 インスリンショック療法は、膵臓から分泌されるインスリンの大量を注射して、重い低血糖反応を惹起させ、精神病症状を改善させる治療法で、わが国では昭和三〇年代まで広く行われていた。
 これは、ウィーン大学のザーケル(Sakel,M.)(8)が一九三三年に発表したもので、彼はその数年前にモルヒネ中毒の治療にインスリンを用いた際に、重い低血糖反応に遭遇し、その後に精神症状が軽快したことに着目して考案したという。彼は一九三五年にこの治療をまとめたモノグラフ"Neue Behandelung Methode der Schizophrenieを発刊し、これに基づいて各国で追試が行われた。
 技法の詳細は省くが、準備期(一〜二週間)には、早朝空腹時に一〇〜二〇単位のインスリンを皮下(筋)注し、一時間以内に朝食をとらせる。その後、毎日インスリンを一〇〜二〇単位ずつ増量し、朝食時間を遅らせる。第一回の昏睡に入ったら昏睡の時間を漸次延長し(いろいろな技法があるが通常三〇分程度まで)、一定の昏睡後に五〇%ぶどう糖液二〇〜四〇mlを静注して覚醒させ、濃厚な砂糖水を飲ませ、朝食をとらせる。昏睡は一日一回を約二〇回程度繰り返すので、一回の治療に一〜二ヵ月かかる大治療であった。昏睡が覚醒<0087<しない遷延昏睡や、午後に起こる後ショックなどもあり、治療者や看護者には熟練と絶えざる注意が要求された。
 治療成績は報告者によりさまざまであるが、緊張型、妄想型で発病初期の分裂病患者の寛解率は四〇〜五〇%とされている。

(6)精神外科療法(ロボトミー)
 ロボトミー(前頭葉切載術)は、ポルトガルのモニス(Moniz,E.)が一九三二年に、苦悶の強い初老期うつ病の患者の両側前頭葉の白質を切断、あるいは無水アルコールを注入して精神症状の著しい臨床的改善を認め、また、一九三六年に米国のフリーマン(Freeman,W.)が方法をやや簡易化した前頭葉切裁術(Prefrontal lobotomy)を開始し、全世界で各種の精神障害の治療に用いられるようになった。一九四八年八月にリスボンで第一回国際精神外科学会が開催されたが、当時全世界から約五〇〇〇例の手術例が報告されたという。一九四九年にはモニスにノーベル賞が授与された。
 わが国では一九三九年頃から脳外科医の中田により前頭葉切除術、前頭葉切載術の追試が行われた。終戦後に、この治療法は精神科領域で注目を浴び、一九五〇年の第四五回精神神経学会の宿題報告までに約二〇〇〇例の手術が行われた。しかし、わが国の当時の指導的な精神科医は精神外科には批判的で、松沢病院で二〇〇例以上の患者にorbital leucotomyを行ってモノグラフ『ロボトミー』を著した広瀬(2)も「脳髄のような複雑精緻な器官に対して種々な外科的侵襲を行い、先天的あるいは後天的に欠けた機能を再生するということも、また病的に亢進した機能を正常に戻す事もまず考えられない。要は、精神機能全体の平衡調和の歪曲に基づく精神症状を目標として手術を行い、一部機能を破壊減退せしめ、新しい平衡状態を招来して症状の軽減あるいは消失を図る」とこの治療法の目的を述べている。<0088<
 松沢病院の経験では、頑固な妄想型分裂病に有効であったが、広瀬はその後術式を工夫し、むしろ難治性のうつ病や強迫神経症に有効であるとしたが、向精神薬療法の導入とともに行われなくなってしまった。」(風祭[2001:86-89])


UP:20110806 REV:20110907
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