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『構築主義とは何か』

上野 千鶴子 編 20010220 勁草書房,305p. 2800


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■上野 千鶴子 編 20010220 『構築主義とは何か』,勁草書房,305p. 2800 ※

◇この本の紹介(作成:北村健太郎)
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0102uc.htm


上野 千鶴子 20010220 「はじめに」
 上野千鶴子編[2001:i-iv]
千田 有紀 20010220 「構築主義の系譜学」
 上野千鶴子編[2001:001-041]
野口 裕二 20010220 「臨床のナラティブ」
 上野千鶴子編[2001:043-062]
赤川 学 20010220 「言説分析と構築主義」
 上野千鶴子編[2001:063-083]
飯田 祐子 20010220 「文学とジェンダー分析」
 上野千鶴子編[2001:085-107]
中谷 文美 20010220 「<文化>?<女>?――民族誌をめぐる本質主義と構築主義」 上野千鶴子編[2001:109-137]
荻野 美穂 20010220 「歴史学における構築主義」
 上野千鶴子編[2001:139-158]
加藤 秀一 20010220 「構築主義と身体の臨界」
 上野千鶴子編[2001:159-188]
伊野 真一 20010220 「構築されるセクシュアリティ――クィア理論と構築主義」
 上野千鶴子編[2001:189-211]
竹村 和子 20010220 「「資本主義はもはや異性愛主義を必要としていない」のか――「同一性の原理」をめぐってバトラーとフレイザーが言わなかったこと」
 上野千鶴子編[2001:213-253]
 cf.Butler, Judith Fraser, Nancy
北田 暁大 20010220 「<構築されざるもの>の権利をめぐって――歴史的構築主義と実在論」
 上野千鶴子編[2001:255-273]
上野 千鶴子 20010220 「構築主義とは何か――あとがきに代えて」
 上野千鶴子編[2001:275-305]



<以下、ほぼ抜き書きからなる要約>(作成:植村)

序章 構築主義の系譜学
   千田有紀

1 構築主義の問題系
 バーガーとルックマンは、次のように述べる。「現実とは社会的に構成(construct)されており、知識社会学は、この構成がおこなわれる過程を分析しなければならない」(Berger and Luckmann[1966=1977:1])。
 バーは、構築主義の要件として次の4点を挙げ、このうち1つ以上を備えるアプローチであれば、「大まかに社会的構築主義social constructionismに分類できる」という(Burr[1995=1997:3])。まずそこには、白明性を帯びている所与の知識への批判的スタンスがなくてはならない。つぎに、歴史的、文化的な特殊性が自覚されていなくてはならない。第3に、知識が社会過程によって支えられている点を、考えあわせていることが必要である。そして最後に、知識と社会的行為とは相伴う過程なのだという認識を持っていなくてはならない。
 また、バーは、社会構築主義と伝統的な心理学との違いとして、(1)反−本質主義、(2)反−実在論、(3)知識の歴史性および文化的な特殊性、(4)思考の前提条件としての言語、(5)社会的行為の1形態としての言語、(6)相互作用と社会的慣習への注目、(7)過程への注目、という7点を列挙する。しかし、これでは現代における大部分の先端的研究がすっぽりカバーされてしまう。さらに、最初に示した4点も、網羅的に列挙されており、それらのあいだに相互にどのような有機的、内的な関係があるのかについては、積極的な説明が与えられていない。
 そこで、構築主義アプローチの外延を、次の3つの指標によって規定する。第1は、構成主義とは、社会を知識の観点から検討しようという志向性をもつことである。これは、素朴な客観主義を否定することである。つまり、あたかも事実と言語が1対1の対応関係にあるかのような、前期ウィトゲンシュタイン流の写像理論を破棄するところから出発するのである。第2は、それらの知識は、人々の相互作用によってたえず構築され続けていることに自覚的であることである。知識の再生産は、そのままのかたちで再生産されるのではないが、そのヴァリエーションには限りがある。この自由と被制約性のために、知識は歴史的に変化することも、1定の間主観性を保つこともできるのである。第3は、知識は(狭義の意味での制度だけではなく)、広義の社会制度と結びついていると、認識していなくてはならない。知識が歴史的に変化するといっても、相互作用によって構築されていくかぎり、そこには状況定義をめぐる闘争が存在する。あらゆる知識は対等な位置にあるのではなく、権力や利害とは無縁ではないので、知識を生産することそのものや、すでに正当化されている言説生産の専門家が果たす役割について、反省的に考えなければならない。
 これらを手がかりに構築主義constructionismを、おおまかに、身体をめぐる系譜、社会問題をめぐる系譜、物語叙述をめぐる系譜の3つの系譜に分ける。以下では、そのそれぞれの代表的な立論、理論的課題をあきらかにする。

2 構築主義か構成主義か?
 constructionismを構成主義と訳すべきか、構築主義と訳すべきか。
 意識の流れを主題化する身体論の系譜では、constructionismを構成主義と訳してきた。この系譜では、客観主義、実証主義をただ批判するというよりは、それをいかに主観主義と統合し乗り越えるかが問題とされる。その際知識の社会性によって客観主義や実証主義が批判されるのは当然であり、むしろ「言語に先立って本質がある」、もしくは「言語によって与えられる本質がある」と考える本質主義をどのように扱っていくのかを問題にする。
 constructionismを構築主義と訳したのは、社会問題の構築主義の系譜である。この系譜の要点は、身体論の系譜の場合のような本質主義批判ではなく、社会問題が客観的に測定できるのかという、実証主義批判に絞られている。
 このふたつの系譜は、社会理論をミクロな視点からみてマクロと統合するのか、マクロからみてミクロと統合するのかという古典的なミクロ−マクロ問題と考えることもできる。知識の利用の仕方、相互作用のありかたを、行為者個人の側から焦点を当てて検討していくのが、身体をめぐる系譜であるとしたら、社会的な知識がどのようなダイナミズムのなかで生成されていくのかに焦点化したのが、社会問題をめぐる系譜である。
 ポスト構造主義への対応は、身体論の系譜にも社会問題の構築主義の系譜にも影響を与え、さらに物語叙述をめぐる系譜というあらたな展開をもたらした。この系譜のマクロは、歴史学における歴史叙述をめぐる系譜であり、ミクロは、心理学における物語構築をめぐる系譜、つまりナラティヴ・セラピー論である。歴史叙述をめぐる系譜は、唯1のコンテクストが存在するかのような思考法を廃棄して、テクストとコンテクストとの関係は流動的であると考え、テクストの外部は想定しない。ナラティヴ・セラピー論は、ひとびとの相互作用のなかでどのような物語がつくりあげられているのかを考察し、その物語性に着目する。ちなみに、ポスト構造主義では、de-constructionを「脱構築」と訳しているが、ミクロな相互作用に着目するときは、構成主義という訳語も選択されている。

3 constructionismとconstructivism
 社会構築主義socialconstructionismとよぶのは、構築主義(構成主義)をconstructionismと区別するためである。日本では、constructivismはconstructionismと同様、「構成主義」と訳されてきた。
 constructivismは、なにが「現実」として見えるのかは、その生物学的有機体に備わった固有の器官の働きによって決定されるとする立場である。つまり、constructivismは主に認知心理学で使われてきた概念であり、自己がいかに言語を通して外界を認知するのかという「枠づけframing」の過程をあきらかにするものであった。それに対して、constructionismにおいて焦点とされているのは、いかにひとびととが経験を「語りなおすre-storying」のかという、意味の共同的な達成過程である。 しかし、constructionismは、生物学的な要素がまったくのフィクションであると主張することではなく、「実際は存在するはずの生物学的な要素」がどのように構築されているのかをも問いなおすひとつの「アプローチ」なのである。

4 社会問題をめぐる系譜
 社会問題の構築主義の系譜では、(1)客観主義批判、(2)言説生産者としての専門家の批判的検討、そして(3)社会問題の実在論/唯名論の対立の3点が焦点になる。
 機能的原因論アプローチは、社会システムの目標達成を妨げたり、スムーズな機能化を妨げるような現象を社会問題として同定したあとで、その原因を探ろうとする。マートンは、社会間題を社会解体と逸脱行動というふたつのカテゴリーにわけている。社会解体とは、集合的目標とメンバーである個人の目的が、他のシステムであったならば実現可能だったほどには実現されていない状態であり、逸脱行動とは制度化された規範の違反のことであるという。もしもこのようなマートン流の社会問題の定義を採用する場合には、核心にシステムの境界がどのように決定されるのかという問題が、招きよせられるようになる。
 したがって、社会問題をめぐる構築主義においては、必然的に言説生産の専門家としての立場が問われることになる。社会学者が、自らのもつ知識の定義権の権力性を意識しつつ、これらの問題に取り組むなら、「ひとびとが社会問題とみなす問題が、社会問題だ」と考えざるを得ない。そのさい、研究者の果たすべき役割は、ひとびとがどのような問題を社会問題とみなし、クレイムを申し立てるのかの運動過程を記述することである。
 バーガーとルックマンの主張は、「社会は人間の産物である(外化)。社会は客観的な現実である(対象化)。人間は社会の産物である(内在化)」(Berger and Luckmann[1966=1977:105]括弧内は引用者による)というフレーズに端的に示されている。バーガーとルックマンの主張と、スペクターとキツセの主張には、強調点の移動がある。バーガーとルックマンの知識社会学は、日常生活を営む普通の人びとにとって、知識がどのような意味をもつのかに焦点を当て、また、対象化された知識の相対的な自律性をも主張する。ここには、同1の専門家集団のうちに同1の知識が均1的に保持されているという仮定がある。このように知識の生産のダイナミズムに焦点があたっているわけではないがゆえに、バーガーとルックマンにおいては、言説生産において専門家が握るイニシアティブに関しての批判は、スペクターとキツセに比較すれば、相対的に弱くなっている。シュッツなどの現象学的系譜を引きながら、主観主義を超えて、主観主義と客観主義の結合こそを問題とするバーガーとルックマンにとって、社会の実在性は重要な疑問の対象ではない。この点も、スペクターとキツセとの相違点である。残念ながら、社会と人間の弁証法を主張し、主観主義と客観主義を統合しようとする彼らの試みは、成功しているとは言いがたい。最終的に変動は、個人からではなく、対象化された社会の側からもたらされると考えられてしまっているからだ。constructionismの訳語に、スペクターとキツセにおいて「構築主義」が選択されたのには、バーガーとルックマン流の構成主義とは差異化するという意味合いがある。社会学において、constructionismの訳語として、構成主義と構築主義のふたつが並存しているのには、このような経緯がある。
 スペクターとキツセは、相互作用論の伝統を批判的に継承し、エスノメソドロジーの、「客観的」な状況を不問にふし、人びとの相互作用の方法を問いなおすという方法論を加味する。そして、社会問題の構築のありかたそのものを焦点化させた。つまり社会問題の「実在」論を拒否するかたちで、逸脱論をより洗練したと言ってもいい。
 そこで、そもそも社会問題が「実在」するのかをめぐって提出されたのが、ウルガーとポーラッチによる「ontological gerrymandering」である。構築主義アプローチは、社会問題の「活動」に焦点をあて、「状態」についての判断を不問にふすといいながら、暗黙のうちに「状態」の想定をおこなっているのではないか、つまりある「状態」は不変であるにもかかわらず、社会問題が「構築」されたとの判断を恣意的におこなっているのではないか、また研究者の役割は「活動」の記述に専念することだとしても、研究者の活動自体も構築活動であり、ある状態や行動、それにかんする定義やクレイムを同定してしまっているのではないか、という疑問である(Woolgar and Pawluch[1985])。このOG問題にたいする対応をめぐって、客観的現実の想定をまったくおこなわない「厳格派」、客観的現実について節度ある想定をおこない、クレイム申し立て活動を社会的なコンテクストのなかに位置づける「コンテクスト派」、さらにポスト構造主義の影響下で、研究者/メンバーといった2項対立を内部から脱構築していこうという「脱構築派」に分裂していく(詳しくは、Holstein and Miller eds.[1993]、中河[1999]などを参照のこと。
 これら社会の「実在」をめぐる論争は、社会問題の構築主義の問題設定から、必然的に導き出されたものである。つまりラベリング論が本来的にもっていた客観主義的な性格と、エスノメソドロジーがもっていた構成主義的な性格を統合しようとすることによって引きおこされた対立である。

5 物語叙述をめぐる系譜
 過去として語られるべきものをどう叙述するのかという問いは、歴史学では回避できない問いである。歴史学が過去の事実を記録し解釈していく試みであると言いきることができたとしても、その事実ははたして誰にとってのものなのか。たとえば、従来の制度史中心の政治史にたいして、図像や日記などに残された痕跡からひとびとの日常生活の記録を復活させようとしたのは、社会史であった。ここにおいては、それによって切り開かれた研究対象自体の知的位置がつねに繰り返し問い直されなくてはならなくなる。歴史叙述の方法論と研究対象とは密接な関係をもっている。
 個々の出来事、ひとつひとつの記憶は、ある物語のなかで解釈されて、初めて意味をもつ。つまり出来事は、はじめと終わりをもつ物語のなかにおかれることで、意味の体系性を与えられ、物語にそぐわない出来事は、無視され、排除される。したがって物語の選択性には、自覚的でなくてはならない。
 物語という言葉が重視されるのは、歴史叙述の局面ばかりではなく、ホワイトとエプストンは、心理臨床の分野においてナラティヴという言葉を使いだした。ナラティヴ・セラピーでは、自己や自己の経験をどのように物語化するかに眼目がある。ナラティヴ・セラピー論は、カウンセラーという専門家による定義権の独占に疑問をなげかけ、現在の地点からさまざまな過去や現在の経験を語り、位置づけ、ひとまとまりの物語をつくりあげ、カウンセラーやクライアント相互がその物語を共有することによって、クライアント(たち)の経験を理解可能なものにしていくという心理療法である。そこでは、物語が語りなおされ、再びつくりなおされていく。なぜならクライアントは、旧来の物語におさまりきらない出来事をどう位置づけていいのかがわからず、そのため意味が不確定となり、不安が引きおこされるからである。こう考えれば、旧来の物語を揺るがし、相対化するためのノイズのような出来事、記憶というものは、存在しないわけではない。
 臨床の場では、歴史学のような「歴史的真実」が最重要視されているとはかぎらない。たとえばドナルド・スペンスは、「歴史的真実」と区別して、「物語的真実」という言葉を提唱している(Spence[1982])。クライアントにとって重要なのは、過去の忠実な記述ではなく本人にとっての意味の1貫性であり、臨床家とのあいだで作り出される新しい物語が、「物語的真実」である。意味が社会的な存在である以上、「なにが真実か」をめぐる闘争から、完全にわたしたちが逃れることは不可能であるということだろう。

6 身体をめぐる系譜
 身体をめぐる構築主義において、新しい局面を開いたのはフーコーである。フーコーはセクシュアリティの系譜学によって、従来、自然や本能という言葉で解釈されてきたセクシュアリティが、さまざまな言説実践の配置によって歴史的に構築されてきたことを、あきらかにした。バトラーは、フーコーの系譜学的手法にならい、「生物学的なセックスと、文化的に構築されるジェンダーと、セックスとジェンダー双方の『表出』、つまり『結果』として性的実践を通して表出される性的欲望」(Butler[1990=1999:46])からなると考えられてきた異性愛中心主義社会におけるひとびとのアイデンティティを検討する。バトラーは行為者の自由を最大限に認め、行為者は既存の社会の知識のストックから、さまざまな知識を引用し、コピーしていく過程で、アイデンティティが構築され続けていくと考える。
 身体をめぐるconstructionismの典型的な例は、7〇年代、フェミニズムのバイブルとなったマネーとタッカーの『性の署名』である。マネーとタッカーは、生物学的な「セックス」と区別して、社会的・文化的な性差を「ジェンダー」として説明した。しかし、マネーとタッカーの枠組みは、生物学的本質主義を斥けるときには有効でも、差異が社会的にどのように構築されるのかという問いに踏み込むためには、役立たない。かれらは、生物学的本質主義を斥けようとして、今度は社会・文化本質主義に陥ってしまっている。バトラーが批判の対象としているのは、まさにこのようなマネーとタッカー流のconstructionismである。
 バトラーの叙述には、「構築主義者は、すべてが言語のみによって構築されているという信念をもっているのではないか」という疑問を呼ぶようなミスリーディングな個所がある。わたしたちが言語的世界に生れ落ちるかぎり、なにが「原因」であり、なにが「結果」であるかを決定することは、永遠に不可能なはずである。このようなかたちでの「認識論」の「存在論」への転化は、あまりにつよい仮定である。構築主義は、ある人間の立場、信念を表明することではなく、あくまでひとつの「アプローチ」にすぎない。
 身体の構築主義に対しては、実際には存在する差異を、あたかも存在しないかのように扱う唯名論ではないかという批判がある。しかし、差異がフィクションであるのか、「実在」するのかのどちらかを選択することに、構築主義の理論的地平が存在するかのような受容のしかたは、あまりに短絡的である。バトラーの理論においては、社会問題論でとくに重視とされてきた社会実在論と社会名目論の対立は、それほど重要ではない。むしろ彼女は、積極的に社会名目論、そして名目論と実在論の対立を拒否しているとさえいえる。バトラーの問題関心は身体が構築されること自体にあるのではなく、アルチュセール的な意味で、いかに言説が物質に転化していくのかというところにある。たえず身体やアイデンティティは、意味によって構築され続けていくからである。

7 おわりに
 この3様の系譜の構築主義は相互に独立して、発展してきたわけではない。構築主義理論は、さまざまな影響関係のなかで構築されてきた。


第1章 臨床のナラティヴ
     野口裕二

 臨床領域における社会構成主義(social constructionism)の展開は、病いをどう理解するか、治療をどのように実践するか、の2つの動機から成り立っている。これは病因論と治療論という区分を思い出させるが、この2分法自体を反省的にとらえなおすのが、社会構成主義の視点である。これらの問題に対して社会構成主義は、医療社会学における医療化論、医療人類学における病いの意味と語りをめぐる議論、家族療法におけるナラティヴ・セラピーという3つの角度から接近してきた。これらの試みを概観しながら、社会構成主義が臨床の領域でどのような視界を切り開いてきたのかを検討する。

1 医療化
 「病気」が社会的に構成されることについて、社会学者は医療化論として展開した。「医療化」(medicalization)とは、かつては病気とみなされていなかった現象が病気とみなされるようになり、医療の管轄下で統制されるようになる過程を指す。コンラッドとシュナイダー[1980]は、自らの理論的立場を、histical social constructionismと名乗るが、その背景には、ベッカーの「ラベリング論」と、バーガーとルックマンの「知識社会学」がある。それは、ラベリング論がミクロな対人状況で展開したロジックをマクロな社会過程に応用したものである。つまり、「病気」という社会的カテゴリーが定義され1般化していくマクロな社会的歴史的過程を論じた。その際、そうしたカテゴリーが制度化され、ひとびとの日常世界のなかに定着していく過程について、知識社会学の視点を援用した。
 また、彼らは、医療化という過程を「定義の政治」ととらえ、「悪」の統制権をめぐる政治に、医療セクターが進出し占有しようとする過程として描く。これは、定義の社会性、歴史性、政治性という視点において、同時期のスペクターとキツセ[1977]の社会問題論にも共通する。
 医療化論では、医療化に貢献(阻害)した活動のみに関心が向けられ、貢献(阻害)しなかった無数の活動やひとびとの思いは取り上げられない。しかし、ひとびとは、それが医療化に貢献するか否かにかかわらず、それぞれに病いの意味を構成する共同作業に日々関与している。この問題を次に検討する。

2 病いの意味と語り
 定義をめぐるひとびとの共同作業を考えるにあたり、まず次の2つの過程を区別する。ひとつは、ある1般的定義がどのように構成されるのかというマクロな過程であり、医療化論や社会問題論が取り組んできた。もうひとつは、ある個人が、さまざまな定義とどのように出会い、どうまとめあげてゆくのかというミクロな過程であり、医療人類学が取り組んできた。医療化論が「病気」の側から出発するのに対し、「病いの意味」論は、個人の側から出発する。したがって、「定義」というよりも、個人的な「意味づけ」という方がふさわしい。
 クラインマン[1988]は、病いの意味には次の4つがあると述べる。第1の意味は、「症状自体の表面的な意味」である。たとえば、「食欲がない」という症状は「心配事がある」ことを連想させるように、病いにはまず慣習的な意味が付着している。第2の意味は、「文化的に際だった特徴をもつ意味」である。たとえば、ガンやエイズのように、その時代を特徴づける象徴的な意味が付与され、独特の社会的反応を招く意味がある。第3の意味は、「個人的経験に基づく意味」である。幼少期の体験や、挫折や失敗などの過去の経験が、現在の病気や症状と結びつけられて形づくられる意味である。第4の意味は、「病いを説明しようとして生ずる意味」である。病者本人をはじめ家族や治療者が、疑問に答えようとするなかで構成される意味である。
 この4つの意味のうち、第1と第2の意味は、社会的に与えられる意味、第3と第4の意味は、病む人が自らあるいは身近なひとたちと共同で生み出す意味である。また、医学的定義は第4の意味におけるひとつの説明にすぎず、それが他の説明を斥けるほどの有力な説明になることも、ならないこともある。
 これがひとつの意味としてのまとまりを得るのは、語ることによってであり、それによってさまざまな出来事や経験や意味が整理され配列しなおされるのである。つまり、病いとはひとつの物語である。
 こうした物語が、手記などとして公共の場に公表されれば、マクロレベルの定義を構成する力となる。マクロな物語がミクロな物語を、そして、ミクロな物語がマクロな物語を再構成する。つまり、物語は、「外在化と内在化の弁証法」(Berger and Luckmann[1996])的過程をたどる。

3 ナラティヴ・セラピー
 病いが物語として存在するのなら、治癒や回復も、物語の変更としてとらえられる。この認識から出発するのがナラティヴ.セラピーであり、「セラピストとクライエントが共同で物語としての自己を構成していく実践」として特徴づけられる。
 ナラティヴ・セラピーは次のような前提から出発する。@現実は社会的に構成される。A現実は言語によって構成される。B言語は物語によって組織化される。こうした前提から出発するナラティヴ・セラピーの実践を、3つ紹介する。
 第1は、ホワイトとエプストン[1990]の「物語の書き換え」である。彼らは、セラピーを求めてくる人々を、「ドミナント・ストーリーが十分に彼らの生きられた経験を表していない」状態ととらえる。そして、そこで汲み残された経験に光をあて、それが位置づくようなオルタナティヴ・ストーリーの創生を援助する。ドミナント・ストーリーという考え方は、フーコー[1980]の「抑圧された知」、あるいは、「正常化(規範化)する知」といったアイデアに影響されている。
 第2は、アンダーソンとグーリシャン[1992]の「無知のアプローチ」である。これは、セラピストがクライエントと対話するときの基本姿勢である。クライエントの物語について自分は何も知らない(無知)という立場から会話を進める。これによって「いまだ語られることのなかった物語」が展開され、新しい「物語としての自己」を生み出す。
 第3は、アンデルセン[1992]の「リフレクティング・チーム」である。ここでは、セラピストたちのコミュニケーションをクライエント家族に観察してもらい意見を述べてもらう。観察する立場とされる立場の逆転を繰り返しながら、セラピストとクライエントの対話を進めていくのである。
 前節の病いの4つの意味は、病いの意味が発生する4つの場所として考えることができる。第1の表面的な意味は「特定の時代や文化を越えた人間社会」、第2の文化的な意味は「特定の時代の特定の社会」、第3の個人的経験に基づく意味は「個人の内部」、第4の説明的な意味は「個人をとりまく人間関係」をそれぞれ指している。
 そして、ナラティヴ・セラピーの3つの実践は、このうちの第1の意味を除く3つの意味に対応している。 ホワイトとエプストンは第2の意味に、アンダーソンとグーリシャンは第3の意味に、アンデルセンは第4の意味に対応する。
 意味の発生する場所は同時に、意味を新たに創造する場所となりうる。ナラティヴ・セラピーにおけるスタイルの違いは、意味を創造する場所の違いとして整理できる。そして、医療人類学の知見とナラティヴ・セラピストたちの実践の符合は、両者の試みの確かさを証明している。

4 3つの社会的構成
 「医療化論」、「病いの意味と語り」、「ナラティヴ・セラピー」という3つの試みの位置関係を確認する。目的を〈記述〉と〈変更〉に2分し、対象を〈社会〉と〈個人〉に2分して組み合わせれば、4つのタイプの実践が得られる。医療化は〈社会的現実の記述〉、病いの意味と語りは〈個人的現実の記述〉、ナラティヴ・セラピーは〈個人的現実の変更〉として単純化できる。そして、これら3つの実践のほかに、〈社会的現実の変更〉という新たな組み合わせが得られる。これに相当するものは、「社会運動の戦略論」となるかもしれない。しかし、この1般的言説はまだ見あたらない。現在、社会運動論と呼ばれる研究の多くは〈記述〉を目的とするものだし、運動家の言説は、当該の「現実」を変更する迫力はあっても「現実」1般の変更を目指すものではなく、またそうした方法的1般化を志向するものでもない。

5 2つの物語
 病いが物語だとすれば、治療もまたひとつの物語である。病むひとが病いを物語として構成するように、セラピストも病む人に向き合う自分の実践を物語のかたちで構成している。
 たとえ社会構成主義の立場に立とうとも、記述はそれ自体ひとつの政治的実践である。あらゆる記述が政治的であるという認識のもとで、あえてそれをおこなうということは、自らの政治性を表明することにほかならない。社会構成主義を実践するということは、このような自己言及性を引き受けることを意味する。


第2章 言説分析と構築主義
      赤川学

1 2つのconstructionism─構成主義と構築主義
 「物事が、人びとの主観的な意識のありようとは独立に実在する」というものの見方を客観主義、「物事には、容易には変化しがたい普遍的な本質がある」というものの見方を本質主義と呼ぶことにすれば、構築主義は、これらのものの見方に異議を唱えてきた。つまり、人びとの認識や活動によって、社会的.文化的.歴史的に「構築」されたものであり、可変的であることを強調する。
 だが、構築主義が客観主義や本質主義を完全に払拭したとはいえない。第1に、構築主義の言明がインパクトを有するのは、「何事かが客観的に存在する」という想定が存在するからである。第2に、構築主義も、別の意味での客観や本質を想定している可能性を否定できない。
 構築主義を経験科学の範疇にとどめようとするなら、構築主義固有の手続きを共有する必要がある。本章では、構築主義の方法を支える1つとして、言説分析をとりあげる。ひと口に言説分析といっても、言語学的な語彙の分析から、エスノメソドロジーのような会話分析、相互行為場面の分析、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどマスメディアにおける報道の内容分析、従来ならば文学研究者によって担われてきたようなテクスト分析、フーコーのように科学的な知のエピステーメー(認識様式)の数世紀にわたる変容といった非常にマクロな分析に至るまで、かなり大きな拡がりとバリエーションを有している。
 なお本章では、constructionismが、ある事象を自然的・生得的な事柄と捉える「本質主義essentialism」へのアンチテーゼとして使われるときには「構成主義」、ある事象を客観的な実在と捉える「客観主義objectivism・実証主義positivism」へのアンチテーゼとして語られるときには「構築主義」という言葉を用いる。

2 本質主義VS構成主義
 構成主義に関してもっとも典型的な論争の形は、ある現象のどこからどこまでが遺伝的・生得的、また環境的・獲得的要素か、というものである。「本質主義VS構成主義」という対立も、しばしばこの枠組みの中で語られてきた。そのいくつかのポイントを確認しておく。
 第1に、そこでは、遺伝的・生得的要素や「自然」は、固定化した存在と捕らえられ、逆に「文化」は可変的な存在物と捕らえられる。だが実際には進化論を持ち込むまでもなく、「自然」も「遺伝」も時間の経過の中で変化を遂げている。また、実際には、変化しがたいのは「自然」ではなく「文化」であるという議論すら成り立つ。たとえば近年話題となる性同1性障害の事例では、「自然」(=セックス)を改変してまでも、自己の性自認(=「文化」ジェンダー)が優先される。
 第2に、「遺伝か環境か」という2者択1は、単に学問的なスタンス、認識論の違いともいえる。生物学や生理学の研究者なら遺伝的要素の重要性を強調するだろうし、社会学や人類学の研究者なら、社会的・文化的要素を強調するだろう。
 第3に、遺伝的要素と環境的要素の分離に対して慎重な配慮を行えば行うほど、結論は「遺伝か環境か」ではなく、「遺伝も環境も」という、両論併記的だが穏当な結論に落ち着く。
 いずれにせよ、この問いの土俵に上がる限り、構成主義が本質主義に対して「1人勝ち」することはありえない。仮に「1人勝ち」したとしても、それは「社会や文化がすべてを決定する」という、別の形での本質主義(社会本質主義)を生じることになる。

3 客観主義VS構築主義
 もともとconstructionismの仮想敵は、客観主義・実証主義の系譜である。ここでは「実在論か唯名論か」という認識論的な対立が強調されるが、本章では経験科学のデータ分析方法論として継受したい。このときに導きの糸となるのは、社会問題の社会学における構築主義的アプローチをめぐる議論である。ここでは、「問題とされる状態」ではなく「問題をめぐる活動」が、「実態」ではなく「言説(語り)」が、コンテクストではなくテクストが、研究の対象になる。実態については、「それは誰それが『実態』とクレイムしたものである」という形でのみ行われる。
 構築主義には、ウルガーとポーラッチのOntological Gerrymanderingにみる認識論・方法論をめぐる批判がある。ゲリマンダリングとは、米国マサチューセッツ州知事Gerryが、自党に有利になるように、選挙区の地形をトカゲ型(salamander)に改めたことに由来する成句である(Gerry+mander+ing)。1般に、分類や区分を恣意的に行うことを意味する。
 OG批判は、構築主義者の社会問題研究において、次のような共通の作法が存在するとした。「第1に、研究者はある状態や行動を同定している。第2に、研究者は状態や行動についてなされたさまざまな定義やクレイムを同定している。第3に、研究者は彼らが言及する状態の不変性とは対照的なものとして定義の可変性を強調している」(Woolger and Pawluch[1985:215])。彼らによれば、構築主義者たちは社会の状態や行動についての判断を停止するといいながら、その実、恣意的に「状態」についての判断を忍びこませていることになる。
 この批判への応答という形で、合州国の構築主義は、クレイム申立て活動におけるレトリックの分析に特化する厳格派、クレイム申立て活動の社会歴史的コンテクストを重視するコンテクスト派、そうした批判に拘泥しない脱構築派の3派に分裂した(詳しくは岡田[1994])。
 OG批判を仔細に眺めれば、@社会問題の構築主義アプローチの公準は、(本来的には可能であるにもかかわらず)実際の研究においては公準破りが横行しているという側面と、Aそもそも何事かを説明するという営みには、何らかの存在論的な想定が不可避であるという、非常に1般的・普遍的な言明から成り立っている。中河伸俊は、@の側面をOG1、Aの側面をOG2と呼び、OG2は不可避だが、OG1を回避することは可能だとする(中河[1999:278])。
 実態を原因として採用しなくても、「実態」そのものを人びとが言説実践において構築する構築物とみて、人びとがなにかを「実態」と定義したりするありさまそのものを、クレイム申立て活動の1環としてみることができる。厳格派のキツセによる「状態のカテゴリー」の分析の提案は、こうした方策の1例である。OGを擬似問題とする中河伸俊が言うように、「その向こうにある“客観的な(つまりほんとうの)”「状態」について私たちの想定や見積もりはリダンダント(余分)だ。だれそれがこう報告した、それに対してだれそれがこう反論した、といったぐあいに、言説実践の過程を個別的に記述していけばそれでいい」(中河[1999:280-1])。
 また厳格派的な研究戦略を採らず、社会問題の言説連鎖の原因として「実態」を説明変数として採用したとしても、「実態」と「言説」の結び付け方は1様ではない。ここでは、言説やクレイム申立て活動を同定するという構築主義の初期目的に加えて、状態や実態を正確に測定するという客観主義的な作業も必要になる。
 「実態」の存在を疑わない客観主義やコンテクスト派と、言説の存在を疑わない厳格派は、この意味において認識論的に等価である。残されたのは、どちらがより生産的な研究結果をアウトプットしやすいか、というテクニカルな問題に過ぎない。

4 言説分析の方法
 言説分析において重要なのは、誰がどのような立場から語っても、似たような語りを構成してしまうという、言説が生産される「場」のありようである。
 フーコーの場合は、人間科学の成立を題材に、@言説内的な依存関係(同じ1つの形成に属する、諸対象間、諸操作間、諸概念間の依存関係)、A言説間的な依存関係(相異なる言説形成体間の依存関係)、B言説外的な依存関係(言説の変化と言説の中以外で起こった変化との依存関係)を明らかにしようとしたが、このとき重視されたのは、「このような言表が出現した、しかも他のいかなる言表もその代わりには出現しなかったのは、どのようなわけなのか?」という言説の出現/排除をめぐる問いであった(Foucault[1968=1999:79])。
 中河伸俊によれぱ、構築主義的な社会問題研究の対象の範囲は、そのタイムスパンに応じて、@〈ここ─いま〉の切片の中での問題をめぐる語りを会話分析や言説分析の手法にならって解析する、A問題に関わる特定の制度的場面をエスノグラフィー(民族誌)の方法で調査する、B特定の問題とその解決をめぐる集合表象の場面をめぐる問題過程を追跡する、C社会問題をめぐる集合表象の歴史を言説史のアプローチに依拠して調べる、という4つの経験的水準に分類される。
 この4つの分析範囲のうち、どれを重視すべきかは、それぞれの研究目的に応じて使い分ければよい。ただいずれの方法を採るにしても、1定の言説フィールド(言説空間)を想定し、そこでの言説のレトリックと配置を仔細に観察し、記述するという営みは避けて通れない。


第3章 文学とジェンダー分析
     飯田祐子
1 文学の政治性
 この章では、ジェンダー分析の具体的例として、日本近代文学研究における展開について述べる。
 文学が社会的歴史的に構築されたものだと考えることは、文学が広い意味での政治性を帯びている偏りが存在し、力学が存在するということを認識することに繋がる。ジェンダー分析は、こうした文学という領域の政治性を分析する1つの方法であり立場である。その前提として重要なのは、ジェンダーという概念の構築性を再確認、再構成することである。それによって、性差についての偏りを指摘するフェミニズム批評が、蓄積されるにしたがって抱え込んだいくつかの問題を解消することを目論んできた。それでは、フェミニズム批評が抱えた問題とは何だったのか。流れを追って問題を整理しながら、ジェンダー分析へと話をすすめよう。

2 日本のフェミニズム批評
 批判には、大きく2つのタイプがあった。1つめは、〈女〉というカテゴリーの扱いが、実体としての作家や研究者のジェンダー.アイデンティティと直結してしまうところに生じている。2つめは、文学研究とフェミニズム批評との関係にある。また、〈女の視点〉を離れて試みられたのが、女性的エクリチュールの分析である。1方では、男性性の説明を試みる論も出た。
 しかし、女性的エクリチュールの分析も、男性性の分析も、先の2つの問題を解決するには至っていない。ここに分類した4つのタイプの分析では、どの場合も、〈男〉や〈女〉というカテゴリーの内容を特定し固定化してしまう点で、本質主義的である。
 フェミニズム批評が解決しなければならなかった課題を、1度まとめる。1つめは、〈女の視点〉に同1化しきれぬ実体としての女の多様さをふまえながら、なお性差の力学について問い、「男とは何か」「女とは何か」に答えを出す本質主義に陥らずに性差について論じることである。2つめは、性差の力学の問題が、文学研究として補足的に配置され、周縁に置かれてしまうという問題を解消することである。それには、どのようにジェンダーを考え、どのようにその機能を捉えればよいのだろうか。

3 ジェンダーの記号性
 私たちは、個別具体的にどのような性質を持つかということとは別に、〈男〉や〈女〉というカテゴリーは存在し、人をそのどちらかに振り分けている。
 ジョーン・スコットによれば、ジェンダーとは「多数の(しばしば相矛盾する)表象を誘いだす、文化によって用意されたシンボル」(Scott[1988=1992:75])であり、その「シンボルの意味をどう解釈すべきかを述べ、それらのシンボルがもつ隠喩的可能性を制限し閉じ込めようとする規範的概念」(Scott[1988=1992:75])によって運用されているものである。ジェンダーの働きが指摘されやすい親族関係と必ずしも関係があるわけではなく、経済や政治形態をとおしても構築される。そして、ジェンダーについての多様な主観的アイデンティティは、それらの働きとは別なレベルとしてあるとする。
 直接的には性差に関係のない事態を説明するのに、何らかの真実性を付与するために、ジェンダーが比喩としてレトリカルに用いられることもある。このようにジェンダーの抽象的な記号性をはっきりさせたうえで、私たちが考えなければならないのは、「ジェンダーのようなヒエラルヒーがどのようにして構築され、あるいは正当化されるのか」(Scott[1988=1992:20])ということである。

4 文学とジェンダー分析
 本質主義と文学研究におけるフェミニズム批評の周縁化という2つの問題を払拭する試みを、具体的に、2通り示してみたいと思う。1つは、ジェンダーの機能を性差そのものの問題から離れて広く捉えることで、「文学」を成立させているジェンダー・システムを分析するやり方である。もう1つは、逆に、「文学」の機能を広く考え、「文学」的な領域がつくりだすジェンダー化した物語が、同時代のジェンダーについての意味の生成に、どのように絡んでいたかを明らかにするやり方である。

5 主体のレベル
 主体のレベルを扱うのは、ジェンダー・システムを抽象的なレベルに限定して抽出する分析では扱えない問題もあるからだ。1つは、構造化されたジェンダー・システムの亀裂や矛盾である。もう1つは、残らなかった声の抽出である。この2つの限定性の外に出るために、ジュディス・バトラーとガヤトリ・スピヴァックの議論を参照する。
 バトラーは、言葉と主体の行為遂行的な関係を明確にするために、主体という語を、行為体という語に置き換える。行為遂行性が重要なのは、言葉が常に正確に反復・模倣されるとは限らないというということを意味するからだ。バトラーは、この反復という行為に孕まれる可変力に光を当てる。「抽象的に言えば、言語とは、理解可能性をたえず作りだすと同時に、理解可能性に異を唱えることも可能な、開かれた記号体系なのである」(Butler[1990=1999:254])から、「起源なき模倣」(Butler[1990=1999:243])や「撹乱的な反復」(Butler[1990=1999:256])が、起こりうるのである。
 スピヴァック(Spivak[1988])からは、残らなかった声を扱う方法を学びたい。過去を素材に分析を試みる場合、残らなかった声に可変力を認めるのには、無理がある。さらには、語らなかった声を、代弁し、搾取することにすらなる。語ることができなかった声を扱うときに、重要なのは、それを記述する私たちの現場に対する判断である。まずは、その1つの選びうる方法として、失敗を失敗として扱うことを学びたい。システムの強固さを無視せず、しかもその声について触れることを可能にするからだ。語り得ない主体(行為体)という枠組みを設けることによってはじめて、説明することのできる問題がある。

6 行為としての〈女〉
 〈女〉というカテゴリーの意味を過程として問いながら、亀裂の発生や可変性について論じ、また、残らなかった声としての〈女〉について考える方向を、対象を2つに分けて示してみたい。1つは、これまでにも蓄積の厚い女性作家の研究であるが、繰り返し述べてきたように、ジェンダーの記号性を明確にしたうえで、分析を積み重ねていく必要がある。もう1つは、作家ではない〈女〉、残らなかった声の主である〈女〉の分析である。
 こうした作業で前景化するのは、フェミニズムにとっての可能性を単純には読み込めない、〈女〉の問題である。あえて極端な図式化をすれば、性差別的な空間にあって、書いた〈女〉は、何らかの方法でシステムと積極的に交戦したといえるだろうが、書かなかった〈女〉は、書かないものとしての〈女〉の場にあり続けたことになる。1方で、単純に不可能性だけを繰り返し指摘することもまた、〈女〉の音1味を固定化するばかりだろう。しかし、〈女〉の問題をジェンダーの問題として扱うこと、つまりその行為性を前景化することが、問題設定をかえることを可能にする。

7 文学という領域
 文学研究という領域で蓄積された、文学テクストという素材を扱う方法を、言説分析の方法として有効に生かしながら、文学を対象として分析をすること自体の意味を考え続けなければならない。同時にそれは、ジェンダー分析が、文学研究の慣習の中で、ジェンダー分析としての有効性を失うことのないよう、考え続けることを意味してもいる。フェミニズム批評としてのジェンダー分析は、ジェンダー・システムの単なる記述に終わらず、その可変性を提示するものとならなければならない。


第5章 歴史学における構築主義
     荻野美穂
 「構築主義」ないしは「社会構築主義」という言葉は、歴史学においてはけっしてポピュラーなものではない。反本質主義や反実在論、知識の社会的・文化的相対主義、言語の中心性への信念等を、「社会構築主義」の思想的特徴ととらえるならば(バー[1997:3-12])、それは歴史研究の分野において、「ポストモダニズム」や「ポスト構造主義」、「言語論的転回」といった1群の潮流がこれに相当する。そこで本稿では、こうした潮流が歴史学に何をもたらしたかをたどることによって、歴史学にとっての構築主義の意義や功罪を考えてみたい。

1 「歴史の再審」について
 歴史学とは、史料に基づいて過去を再構成しようとする学問分野である。カーは、「歴史とは議論の余地のない客観的事実を出来るだけ多く編纂すること」だとする通俗的歴史観を斥け、すべての歴史的事実とは歴史家の選択と解釈を通してはじめて存在するようになるものだとする(カー[1962:15,29])。
 「言語論的転回」に先だって歴史学界を席巻した社会史や女性史などの「新しい歴史学」が関心の対象としたのは、無名の者たちであった。こうした「下からの歴史学」がやろうとしたのは、「ふつうの人々」や「女性」を歴史の再審請求の主体として立ち上げること、そしてその視点から歴史を書き直してみるならば、為政者や男性の側に立って書かれた歴史とはいかに異なる歴史解釈が立ち現れうるかを提示してみせることであった。また、社会史や女性史は下からの視点によって「大きな物語」を相対化したばかりでなく、文書史料に与えられてきた特権的優越性をも否定し、自分たちの物語を論証する根拠としてヴィジュアルまたはマテリアルな材料や統計、口述証言、さらには歴史家の「想像力」さえ幅広く活用して、歴史の方法論にラディカルな転換をもたらした。

2 「言語論的転回」の挑戦
 「構築主義」は歴史学にとっても親和性の強いものであったにもかかわらず、198○年代から9〇年代にかけての、すべてを言語の働きに還元しようとする「ポスト構造主義」や「言語論的転回」は、書かれた歴史と文学的テクストとの間にこれまで想定されていた境界を否定することによって、歴史学のアイデンティティを深刻な危機に陥れた。テクストとコンテクスト、すなわち言語と「実在する」社会との区別が存在しないとすれば、テクストをコンテクストによって説明すること、すなわち歴史の因果関係や行為者の意図の分析を試みることは無意味となる

3 ジェンダーと「空っぽのカテゴリー」
 ドニーズ・ライリーやジョーン・スコットら、ポスト構造主義の影響を受けた女性史家は、「女」という性別カテゴリーが「現実」ではなく、歴史的に言説によって作られたものにすぎないと主張した。
 だがその1方、女性史がポスト構造主義的言語理論に立脚したジェンダー史へと急傾斜していくことに対しては、女性史自体の内部からの批判も大きかった。それを要約すると、第1に抽象的で難解な脱構築的言語理論の助けなどを借りなくとも、フェミニズム的研究はジェンダーという概念を十分に使いこなしてきたのであり、ジェンダーをたんなる「差異」の問題に還元してしまうことは支配・従属システムとしてのジェンダーを見失わせることになる、第2に「脱構築による主体の死」は、変革のために能動的に行動する個人や集団のエイジェンシーという考え方を否定し、政治的ニヒリズムにつながる、そして第3に言語や「意味」の偏重は女たちの生きた経験の切実さ、あるいは女たちがどのように障害や苦難に立ち向かったかを叙述する「血の通った」歴史を書くことを不可能にしてしまう、といったことになる。

4 「歴史相対主義」の問題
 歴史学において「言語論的転回」と関連してもうひとつ議論を呼んでいるのは、歴史相対主義または懐疑主義である。もしも言語の外側に実体的なものが存在せず、「事実」や「真実」を回復することが原理的に不可能だとすれば、過去についての多様な見方に「正しさ」に関しての優劣はつけられないということである。しかしこの考え方が具体的な歴史上のことがらに当てはめられると、アウシュビッツの大量殺戮や南京大虐殺は存在しなかったと主張されることにもなる。
 カーは、歴史家による解釈であるとする歴史観を極端にまで進めると、「正しい解釈の基準は現在のある目的にとっての適合性である」という功利主義に陥る危険性を警告する。
 以上のように見てくると、構築主義を「ポスト構造主義」や「言語論的転回」と同義的にとらえた場合、歴史学の立場は、有益と思われるかぎりにおいてそれらを摂取するが、歴史は虚構と同義ではなく、実証的研究という方法を捨て去るべきではない、という微妙なものである。


第9章 〈構築されざるもの〉の権利をめぐって─歴史的構築主義と実在論
  北田暁大

1 殺人の制作?
 草野球で、打者Bの頭部に向けて「危険球」が投じられ、ベンチにいたAが突然「よけろ!」と大声で叫んだ。その声に驚いたCが心臓発作で倒れ病院に担ぎ込まれたが、必死の治療もむなしく1時間後に死亡してしまう。後日、その場に居合わせた野球仲間が、「(1)Aは音声を発しただけだ」「(2)AはBに警告を与えた」「(3)AはCに心臓発作を起こさせた」「(4)AはCを殺したのだ」…と証言したとしよう。ここで問題─果たしてAはCを殺したのだろうか?
 この問題に対して「行為を行為者の主観的意味に即して理解しつつ解明する」理解社会学者なら、Cを殺そうという意図IをAが持っていたか否かに関心を集中させ、(4)の真偽を判断するだろう。端的にAがBに警告することしか意図していなかったのだとすれば、Cの死亡という出来事はAの行為記述に記載されるべき事柄ではなく端的にAの行為の意図せざる結果だということになる。
 1方、過去の出来事に関する表象=記述に、事実との対応如何によって真理値を与える歴史家の営みに懐疑的な構築主義者(constructionist)は、記述の真偽から記述の適切性へと関心をシフトさせ、(1)〜(4)の証言の受容可能性─現在入手可能な証拠との現時点での整合性─から先の問題に取り組む。だから、たとえAに「Cを殺そう」という意図がなく、たんに善意からBに警告するつもりであったと推察される場合でも、(4)は決して候補から外されることはない。(2)と(4)は真偽の次元で対立するものではなく、適切性の度合いにおいて相対的に異なるだけなのだ。
 歴史記述を真偽の審級から引き離し、適切性(説得/受容可能性)の領野へと連れ出すこと。こうした指向を持つ議論を総じて「歴史的構築主義(Historical Constructionism;以下HCと略記)」と呼んでおくならば、HCは様々な内的差異─記述の説得可能性に照準するレトリック分析や物語論、想像の共同体を担保する歴史叙述の政治性を告発する記憶論やメタ・ヒストリー論を孕みつつも現在極めて強力な知の空間を醸し出している。本稿では、分析の焦点を殺人"出来事の有無から「殺人」記述=表象の現在性へと移行させるこのHCの理論的前提について、多少抽象的に検討していく。

2 反実在論と構築主義
 【1】我々はまず、HCの立場をなるべくトリヴィアルでないもの、つまり過去の出来事に関する反実在論(anti-realism)を含意するものと解釈しよう。〈分析素材を徹底して構築物として扱う〉─これが構築主義の根本テーゼであるとするならば、歴史学が扱う素材は「過去の出来事」なのだから、HCの主張は、

 (C1)あらゆる過去の出来事=現実eは、記述がなされる時点tにおける記述者の信念・知識(の表象)によって構成される

 といった具合にまとめられるだろう。
 【2】「セクシュアリティ」「美しさ」「逸脱性」といったものに関してその歴史的・社会的な構築性を認めることのできる人ですら、「過去が構築される」と強弁されると抵抗感を覚える。
 まず、1般的な構築主義は、あくまで対象の属性の社会的構築を論じるものであり、その属性が帰属される対象の構築性を云々するものではない。したがって、対象に関する実在論と齟齬をきたすものではないという点に注意しよう。とすれば、「ontological gerrymandering」(Woolgar and Pawluch[1985])の議論も、本質主義/反本質主義の軸(属性記述が1意的に特定可能か/不可能か)と実在論/反実在論の軸(述定される対象が存在するか/しないか)とを混同したがゆえの疑似問題として解消可能である。
 ところが、分析の対象を「過去の出来事」に設定するHCの場合は事情が異なり、過去の出来事に関する反実在論を呼び込んでしまう。たとえば、〈「対象oの美しさ」は構築されたものだが、対象oは存在する〉はさして奇妙ではないが、〈「対象oの存在」は構築されたものだが、対象oは存在する〉という言明が自己論駁的に映ることを想起してみればよい。
 このように反本質主義と反実在論を分別できないゆえに、HC論者は、構築されるのは、歴史学という言説行為が生み出す表象(言明・文・命題・像)なのであって《過去そのもの》ではない─つまり、外部実在論を容認(あるいは括弧入れ)しつつ、記述の1意的な限定可能性=反本質主義を拒絶するのである。かくてHCの主張は、

 (C2)(a)過去の出来事eについての記述D1、D2…Dnは、記述がなされる時点tにおける記述者の信念・知識(の表象)によって構成される。(b)eが存在する/しないの判断については態度を留保する

 程度に弱められることとなる。
 【3】このように弱められたHCは、日常の直観にはだいぶ近しくなってくるのだが、次のような実証史家のつぶやきにどう応答しうるか。《(*)現時点で持ちうる証拠に照らして受容可能な記述Dが、にもかかわらず偽でありうるのではないか》。この(*)に対して、反実在論の立場をとる(C1)型の強いHCならば、〈記述Dが真か偽のいずれかである〉という2値原理を退け、「問いの設定そのものが間違っている」と哲学的治療を施すことができる。1方、(C2)型の弱いHCは、個々の記述D1…Dnに関して「…は真(偽)である」と述語づけする行為を留保することはできるが、〈記述Dは真か偽のいずれかである〉という2値原理そのものに待ったをかけることは許されない

3 存在の金切り声
 【1】歴史記述の場面において、過去の実在をめぐる問い(存在論)から独立した純粋な認識論(いかに知りうるか)というものを、有意味に語ることができるのだろうか。
 【2】ここで冒頭に掲げた多摩川の《悲劇》を思い起こしていただきたい。たとえば我々は「(5)Aは盗塁を決めた」とか「(6)Aはサインを見逃した」といった野球の試合中でのAの行為に関する記述が─”Aの行為である”という意味連関を持っていても─件の《悲劇》と無関連なものだということを認知することができる。我々は(1)〜(4)を何らかの形で比較対照可能な記述群として(5)や(6)と区別してしまっているのである。
 ウィトゲンシュタインが教えてくれるように、ある図絵を「兎として」見た後に「アヒルとして」見るためには、[1]見え方の変化を観察するとともに、[2]その知覚対象が同1であるという知覚を持たなくてはならない。[2]の要件を欠いた観察者は、「兎として見えたものが、次にアヒルに見える」のではなく、単に「兎を見た後にアヒルを見る」のである(野矢[1995])。同じように、歴史家が[2]の要件を満たさないのならば、「ある視点からは(2)と記述されるものが、別の観点からは(4)として記述される」とはいえなくなるので、(1)〜(4)と(5)(6)との問に境界線を引くことができなくなり、当然(1)〜(4)内の歴史記述の受容可能性をめぐる論争も起こりえなくなってしまう。実在論余剰説は、(C2)型のHCの屋台骨たる受容可能性という概念装置を切り崩しかねないのだ。
 【3】先に述べたように、たとえAがCに対する殺意を持っておらず、したがって「AによるCの殺害」という意図的行為Hが存在していなかったとしても、我々の実在論─アスペクトの複数性を有意味な形で語ることを可能にする実在論─によれば、〈(7)「AによるCの殺害」と記述されうるような出来事=行為が存在した〉は真たりうるのだった。要するに、「AによるCの殺害」という意図的行為の不在は、必ずしも「AによるCの殺害」という記述と何らかの出来事eとの因果的なつながりを断ち切るものではない。(4)はCが死んだ時点ではじめて言うことが可能になるが、Aの何らかの行為=出来事eはそれに先立ってなされているのだから、eは記述に先立ち、さらに記述行為の原因となっていると考えられる。(5)(6)が除外されるのはeと因果関係にないからである。(4)は、たとえ現時点での意味連関/受容可能性の次元では阻却されるにしても、過去の出来事と因果関係を持ちうるものとして「残る」のである。だから、意図的行為「AによるCの殺害」の不在が、多くの証拠によって担保され大多数の人々によって承認されており、たった1人しか「AはCを殺した」と証言する人がいなかったとしても、筋の通った実在論的歴史家であればその声に耳を傾けなくてはならないのだ(公文書中心主義(documentalism)の実証史学は不徹底な実在論に過ぎない)。
 1方、(7)のような実在論、出来事と記述の因果連鎖の想定を余剰なものとするHCは、いかにして「たった1人の証人」を分析上「意義ある」ものとして救い出すことができるのだろうか。ありうべき対処としては、@歴史のある時点で登場した言説形態の1つとして類型表の中に登記する[厳格派]、A現時点での証人による「ライフ・ヒストリー」を構成するものと捉える[アイデンティティー・ポリティクス]、などが考えられるだろう。すでに本節【2】で論じたように、@の「厳格派」は、(4)が登記されうるのに(5)(6)が登記されない理由を「出来事の実在」に依拠せずに説明できなくてはならない。〈(5)(6)を無関連なものとするのは因果的つながりの存否ではなく、ある文脈における知識・信念の体系Sであって、Sが変われば(5)(6)も関連ありと判断されうる〉という理論は相当に説得的だが、なぜ1定の枠内に記述の幅が収まるのかという疑問に対しては、実在論/因果説ほど明快な回答を与えられるとは思えない。またAの議論は、よくよく指摘されるように、当の証言をその証言と相反する言説とを等しく扱うため、たとえば「従軍慰安婦問題」に関して「金目当ての示威行為にすぎない」と宣う修正主義者たちの言説=かれらのアイデンティティー・ポリティクスをも排斥することができなくなってしまう。もしここで分析者が権力という実在論に負けず劣らず問題含みの概念装置(盛山[2000]参照)を挿入し、「証言の真偽は別として、マイノリティのアイデンティティー・ポリティクスを尊重する」と言ってしまうなら、最も傷つけられるのは生き残り=証人(superstes)が発する《存在の金切り声》なのではなかろうか。

4 結語─〈構築されざるもの〉の権利
 我々は、HCが力説するように、歴史記述を過去の出来事を映し出す鏡とみなすような歴史学に満足するわけにはいかないが、同時に、「たった1人の証人」の声を耳にしてなお、過去そのものへの問いを宙づりにしておく構築主義、あるいは歴史学の歴史性・政治性を解剖していくメタ・ヒストリーに留まり続けることもできない。歴史の観察者は、表象の透明性なるものに懐疑を抱きつつも、それでも《存在の金切り声》を抑圧することのない、そんな文体を模索し続けなくてはならないのだ。



UP:20030320 REV:20060824,20070504
構築主義  ◇
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