『フェミニズムの社会思想史』
安川 悦子 20001025 明石書店,明石ライブラリー25,438p.
■安川 悦子 20001025 『フェミニズムの社会思想史』,明石書店,明石ライブラリー25,438p. ISBN-10: 4750313394 ISBN-13: 9784750313399 4725 [amazon]
■内容(「MARC」データベースより)
現代フェミニズムは、新しい二十一世紀をどのように切り開くのか。家族と女性労働の歴史的位相を考察し、フェミニズムを生み出した資本主義システムを現代フェミニズムはどのように脱構築するのかを論じる。
■目次
序章 現代フェミニズムの成果と課題
I 家族と女性労働の歴史的位相
◆第1章 「静かな革命」がやってきた
1 歴史の中の現代――「革命の時代」
2 現代フェミニズムの展開――「見えない革命」をささえる思想
3 「見えない革命」が切り開く地平――二十一世紀への展望
◆第2章 資本主義と家事労働――家事労働の経済学的位置
はじめに
1 経済学における労働者「家族」の成立――スミスからマルクスへ
2 「家族」の構造分析と「家事労働」
3 「家事労働」の経済学
4 おわりに
付論 アンペイド・ワークをどうする?――女性と男性の新たな平等の戦略
◆第3章 日本型企業社会と家族問題
1 問題の設定――日本型企業社会論におけるジェンダー偏見の構造
2 日本型企業社会論における「イエ」と「マイホーム」
3 日本型企業社会の構造変化と「マイホーム」パラダイムの解体
4 「家族賃金」のイデオロギー構造
5 おわりに――フェミニズムが照射する理論的諸問題
付論1 書評・伊田広行『性差別と資本制――シングル単位社会の提唱』を読む
付論2 書評・一番ヶ瀬康子『女性解放の構図と展開――自分史からの探求』を読む
◆第4章 日本の近代化と家族イデオロギー――「イエ」から「マイホーム」へ
はじめに
1 戦前における「イエ」制度と「良妻賢母」主義教育の成立
2 戦後日本における家族のイデオロギー――「イエ」から「マイホーム」へ
3 日本型企業社会と「マイホーム」家族
4 「マイホーム」家族の危機と「ファミリズム」批判
補論 戦後民主主義教育のジェンダー差別――「女子短期大学」の問題
II 現代フェミニズムの思想的地平
◆第5章 近代フェミニズム思想の展開――J・S・ミルからC・P・ギルマンへ
はじめに
1 十九世紀フェミニズム思想の展開と「家族」像の変化――ルソーからミルへ
2 シャーロット・パーキンズ・ギルマンと一八九〇年代のアメリカ
3 ギルマンのフェミニズムの構造――経済システムと性別役割分業
4 女性の「経済的な平等と自由」にむけて
5 おわりに
◆第6章 フェミニズムとマルクス主義――「家族」と「労働」の意味をめぐって
はじめに
1 イギリスにおけるマルクス主義フェミニズムの成立と展開
2 一九八〇年代のマルクス主義とフェミニズム
◆第7章 フェミニズムと経済学
はじめに
1 フェミニズムからジェンダーへ
2 方法としてのジェンダー
3 経済学のジェンダー構造――フェミニズムの経済学批判
4 オルタナティヴとしてのフェミニズム経済学
◆第8章 フェミニズムとジェンダー史観
はじめに
1 現代フェミニズムの課題
2 「女性、男性、歴史的変化」――国際歴史学会(一九九五年、モントリオール)における「ジェンダー史観」
3 まとめにかえて――方法としての「ジェンダー史観」
◆第9章 フェミニズムと歴史学――女性史国際会議・メルボルン1998が提起する問題
はじめに
1 植民地化するもの・植民地化されるもの
2 女性の「働く権利」と「母性の権利」
3 国民国家と母性市民
4 おわりに
◆第10章 近代科学とフェミニズム――ジェンダー偏在とジェンダー偏見の構造
はじめに
1 科学研究システムにおけるジェンダー偏在の構造
2 科学研究における「女性問題」からフェミニズムにおける「科学問題」へ
3 フェミニズムにおける「近代科学」批判
4 近代的人間観の解体
5 おわりに
III フェミニズムは資本主義をどのように脱構築するか
◆第11章 分業と人間の平等――イギリス産業革命期を素材として
はじめに
1 アダム・スミスの分業論と「市民社会」
2 機械と「労働の分割」――労働過程における管理と労働の分裂
3 分業の否定と生産力(一)――オーエンの「共同社会」構想
4 分業の否定と生産力(二)――トムスンの「協同的産業組織」
5 むすびにかえて
◆第12章 分業論再考――ジェンダー「平等」の経済学を求めて
はじめに
1 「分業」をめぐる諸問題
2 「生産力としての分業」論――高島善哉の生産力理論を手がかりに
3 マルクス分業論の構造
4 「労働の平等」と「仮設の機能共同体」
あとがき
初出一覧/文献目録/人名索引
■紹介・引用
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性別役割分業にしろ「世界システム」にしろいずれも垂直的分業だというのは、これらの分業システムの基底に、自由な労働市場が存在せず商品化されない労働、つまり賃金としての支払いを受けず、また「価値」どおりの支払いを受けない「アンペイド・ワーク」が存在しているからである。この「アンペイド・ワーク」は長期的にみれば「ペイド・ワーク」化する傾向にある。この傾向は、「性別役割分業」の場においても「世界システム」の場においても、二十世紀最後の四半期になって、きわめて顕著にみられるようになった。(p.390)
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一九六〇年代末以降、「家族」の中から労働市場に新たに参入してくる女性労働者が増えた。これは資本主義諸国に共通の、世界的傾向であったが、その大半はパートタイマーであった。水平的分業 >394> 労働の拡大、深化とともに、転変可能な、短時間労働の、しかし雇用が不定期で低賃金のパートタイマー労働者の需要が増え、「家事責任」を背負ったままの「家族」からでてきた女性がこれに応えたのである。その場合、フルタイムの男性労働者に従属する女性パートタイム労働者という垂直的な分業システムといえる性別職務分離の構造が形成された。この構造を打ち破る手がかりはどこにあるか。(pp.393-394)
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「家族賃金」というキーワードは幾何学の補助線にも似ていて、この補助線を引いてみると、これまでバラバラに見えていたものを一つにつなげる役割を果たす。女性と男性の賃金は、性別役割分業システムが成立していらい、一貫して男性は「家族」をかかえるものと想定され、女性は「家族」をもたず例外的に働くものとされてきた。したがって「労働力の価値」という文脈でいえば、男性の「労働力の価値」には、妻や子どもの生活費まで入るものと想定されていたのに、女性の「労働力の価値」は、その女性だけの「再生産費」とされる。(p.395)
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なぜ女性の賃金は男性と比べて安いのか。「家族賃金」概念を入れてくれば、その答えはきわめて簡単になる、また平等の条件を探る道筋もはっきりしてくる。「労働力の価値」すなわち「労働力商品」の再生産費は、男性であれ女性であれ個人の再生産費(子どもの養育については男女平等に負担 >396> するとして)であるはずである。男女にかかわりなく平均的生活水準にもとづく生命の再生産費が、賃金だとひとまず説明することができる。しかもこうしたパラダイムが今や現実的になりはじめた。先にあげた「経済審議会」の報告に見られるように、性も年齢も関係のない労働力「商品」が労働市場に登場するという展望が現実的な意味をもちはじめたからである。(pp.395-396)
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労働力再生産システムとしての「家族」が解体しはじめているいま、私たちは、平等賃金の理論の混乱を整理し、平等にむけての戦略を見通さなければならない時期にきている。平等賃金の背後には、「労働の平等」がなければならず、それは、一方で、男性も女性も個人としての生活をまかなう平等な「生存賃金」が問題解決の理論的な手がかりとなる。しかし他方で、「労働力の使用価値」の文脈からみれば、分業労働の拡大と深化を基底にすえた労働者の能力の平等化が手がかりとなる。これは、労働者の能力の違いを認め労働者の能力に応じてジェンダー偏見のない公平な賃金を求め、そのために公平な職務評価が行われることが必要だという「コンパラブル・ワース」の議論は、費やされた議論とエネルギーの大きさの割には、有効な成果をうみださなかった。なぜなら平等賃金実現のベクトルは、能力差を正当に評価するという職務評価の方向ではなく、労働者の能力の平等化の方向にあるからである。
ヴェロニカ・ビーチが指摘しているように、フェミニズムからみれば男性と女性の労働の平等を実現するのは、労働の個人化(家族をかかえない、つまり子どもの養育の社会化という意味)であると同時に、労働能力の平等化である。「将来の労働力の形態」と題する短い論文の中でビーチは、将来の典型としての労働者像は、パートタイム労働者であるだろうと書いている。将来の労働者像はこうした意味で転換されねばならない。(p.397)
★政策課題:「現実には低賃金で不安定雇用の典型とされているパートタイマー労働を、「周辺」ではなく「メインストリーム」の労働と位置づけ、安定した雇用と十分な生存賃金の「平等な労働」にし、こうした労働のための、経済審議会のいう「透明で公正な」労働市場を広く形成することであるだろう。」(p.398)
*作成:村上 潔(立命館大学大学院先端総合学術研究科)