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『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』

米本 昌平・松原 洋子・ぬで島 次郎・市野川 容孝 20000720 講談社現代新書,286p.

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last update:20151220

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米本 昌平松原 洋子ぬで島 次郎市野川 容孝 20000720 『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』,講談社現代新書1511,286p.  ISBN:4061495119 777 [amazon][kinokuniya] ※ eg.

■内容

優生学はナチズムか。戦後日本の優生政策の内実とは。優生思想の歴史を再検討し、遺伝子技術時代の視座を示す。

■目次

はじめに  ぬで島 次郎
第1章 イギリスからアメリカへ――優生学の起源  米本 昌平
第2章 ドイツ――優生学はナチズムか?  市野川 容孝
第3章 北欧――福祉国家と優生学  市野川 容孝
第4章 フランス――家庭医の優生学  ぬで島 次郎
第5章 日本――戦後の優生保護法という名の断種法  松原 洋子
終章 生命科学の世紀はどこへ向かうのか 米本 昌平

■言及

北村 健太郎 20140930  『日本の血友病者の歴史――他者歓待・社会参加・抗議運動』,生活書院,304p.  ISBN-10: 4865000305 ISBN-13: 978-4-86500-030-6 3000+税  [amazon][kinokuniya][Space96][Junkudo][Honyaclub][honto][Rakuten][Yahoo!] ※

■書評・紹介

◆立岩 真也 2002/01/25「優生学について・4」(医療と社会ブックガイド・12),『看護教育』2002-01(医学書院)
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■障害学研究会関西部会

◆20000921
Subject: [jsds:4745] 障害学研究会関西部会第8回9月2日記録

松本 学@大阪府立大学院です。

遅くなりましたが、障害学研究会関西部会の報告です。発言者のチェックを受けています。山下さんの文献紹介は山下さんからレジュメをいただき貼りつけました。 発表者以外の発言者はお名前をアルファベットに変えてあります。


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障害学研究会関西部会報告 2000年9月2日 

場所 大阪市立大学文化交流センター梅田第3ビル16階

参加者21名(ほか手話通訳2名)

文献紹介
『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのかー』
 米本昌平・松原洋子・市野川容孝ほか著 講談社現代新書2000、7
 発表者:山下 幸子 大阪府立大学大学院(社会福祉学)D1

資料はA3で3枚。
 遺伝子技術がすすんでいるなかで、医療技術が優生思想につながるのではないか、という考えのある中で,優生思想を歴史的実態と各国の現状から考察するもの。
 松原洋子「日本――戦後の優生保護法という名の断種法」を取り上げる。本論の構成はおおきく「優生」がタブーか否かで3つに分けられる。以下、山下さんのレジュメ。

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障害学研究会関西部会第8回研究会 00/09/02 大阪府立大学大学院D1 山下幸子

『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』
米本昌平、松原洋子、ぬで島次郎、市野川容孝著 講談社現代新書 2000年

本書の目的
 遺伝子操作技術の発達は、人へも応用されてさまざまな先端医療を生み出した。そして同時に、 このような医療技術は優生思想につながるからいけないという危惧や非難を巻き起こしている。
 では果たして現代社会は遺伝子を扱う技術を発達させたことで、優生学や優生思想が理想としていたことを実現していくようになるのだろうか。 この問いに答えを見い出すためには、過去の事実をよく知らなければならない。優生思想、優生学とは何だったのか。その歴史的実態とはどんなものだったのか。 それを明らかにするために、第1〜5章では国・地域別に「優生学」の名の下に何が語られ、行われてきたかを見る。
 そして終章では、国と国、過去と現在の比較を通して、現代社会は「優生社会」へ向かう契機を持っているのかどうかを考える。(はじめにより)

第5章 「日本――戦後の優生保護法という名の断種法」 松原 洋子

 本章では1938年の厚生省創設から国民優生法、優生保護法、そして現在までの日本の優性思想・政策を概観した内容になっているが、 本章の構成は大きく3つに分けることができる。区分のポイントは、「優生」がタブーか否か、である。

T「優生」がタブーではなかった時代
1. 厚生省創設から国民優生法へ(1938年〜1941年)
 当時の優生学においては、「劣悪者」が人口に占める比率が増加し、「優秀者」の比率が減少する「逆淘汰」を深刻に受け止めていた。そのため厚生省が重視したのは、 「優良健全」な階層の出生率の向上と「劣悪者」の出生防止であった。

(1)国民優生法(1940年〜1947年)
 「悪質な遺伝性疾患の素質を持つ者」に対して不妊手術を促す一方で、「健全な素質を持つ者」に対しては不妊手術や妊娠中絶を厳しく制限することによって、 「健全者」の増加を図ることを目的とする。
*「悪質な遺伝性疾患」=「遺伝性精神病」、「遺伝性精神薄弱」、「遺伝性病的性格」、「遺伝性身体疾患」、「遺伝性奇形」等。
*「健全な素質を持つ者」については、当時、人口増強策が一挙に推進された時期であったために、優生学的理由によらない一般の不妊・中絶手術が厳しく管理された。
 こうして国民優生法は優生断種法としてよりも、「中絶禁止法」としての側面が強調される内容となっていった。

(2)優生保護法(1948年〜1996年)
 敗戦後の日本は厳しい食糧難と住宅難に加え、海外からの引き揚げと復員、ベビーブームは過剰人口問題を急浮上させた。また敗戦と占領に伴う強姦の問題も深刻で、 中絶の規制緩和を求める声が高まっていった。
 ここで注目すべきは、優生保護法では国民優生法よりも、「優生」に関する規定が強化されたことである。

*その背景−「逆淘汰」への危機感
 戦時中は人口増加と「逆淘汰」防止のために、政府は避妊の普及や中絶を厳しく取り締まっていた。しかし、敗戦後はGHQの民主化政策のもとで、 政府側も産児調節を個人の自由として容認することになった。「逆淘汰」をもたらす恐れがある産児調節の普及を許すからには、優生政策を強化するしかない、 というのが多くの人口政策関係者の考えであった。
 さらに当時の日本は多くの若者を戦争で失う一方、疲弊と混乱をきわめた社会において、「不良な子孫」を生み出す危険に満ちているようにみえたことも、 優生政策強化論の根拠となった。

*強化された「優生」規定
 「遺伝性疾患」の他に、「癩疾患」が中絶および不妊手術の対象となる。
 51年改正では、「精神病」「精神薄弱」が中絶の対象に加わる。
 52年改正では、「配偶者が精神病若しくは精神薄弱を有しているもの」、また「遺伝性のもの以外の精神病または精神薄弱に罹つている者」が不妊手術の対象に加わる。
 国民優生法では強制断種の規定は結局施行されずに終わったが、優生保護法では施行。

*経済的理由
 優生保護法制定時は、「逆淘汰」への懸念から、中絶の適否が厳しく吟味されていたが、ヤミ堕胎があとを絶たなくなっていたため、1949年改正では中絶要件として 「経済的理由」が認められるようになった。

(3)高度経済成長期
 「民族復興」から「経済成長」へと、優生政策の目標は変化する。
 1960年に国民所得倍増計画を決定した池田内閣は、経済成長の推進力として人的能力の開発と人口資源向上を重視した。
 厚生省人口問題審議会による「人口資質向上に関する決議」(1962年)においては、優生政策の必要性が公然と語られている。ここでは、 経済成長政策の前提として技術革新に即応できる心身ともに「優秀な人間」が必要であり、「人口構成において、欠陥者の比率を減らし、優秀者の比率を増すように配慮することは、 国民の総合的能力向上のための基本的要請である」とした。そのための方策の1つに「国民の遺伝資質の向上」が含まれていた。 

*福祉コスト削減のための発生予防
 当時の重症心身障害児問題、そしてコロニー構想と、障害者施策を拡充する一方で、「障害児は財政を圧迫するから、福祉コスト削減のために障害児の発生を防止すべきだ」 という声があがる。
→心身障害者対策基本法では「発生予防」が重視される。
→1971年厚生省は心身障害研究事業を発足。先天異常モニタリング・システム、出生前診断技術などの発生予防システムが研究対象とされた。

*「優生」という概念
 1974年発行の人口問題審議会編の人口白書において、医学的な人口資質向上対策を「優生」と呼ぶことにためらいがない。
 一方1974年日本学術会議に提出された「人類遺伝学将来計画」では、「優生」という表現は慎重に回避されていた。 背景には60年代末からのアメリカやイギリスを中心としたIQや性差、攻撃性に関する遺伝決定論への激しい批判、 遺伝決定論がナチスの非人道的行為の延長線上に位置づけられるようになってきたことがある。
 しかし「優生」という表現は回避しても、概念自体は否定されることはなかった。優生保護法についても、「遺伝性疾患の予防に関するわが国唯一の法律」と形容されていた。

 70年代前半においては、『厚生白書』等の政府刊行物、学術会議の報告書などにおいて、「優生」という概念は肯定的に解釈されただけでなく、推進すべき課題として認識され、 望ましい生殖を誘導することは当然視されていた。

U「優生」がタブーとなってゆく時代
(1)優生保護法改訂案と青い芝の会
*優生保護法改訂案(1972年)の内容
 改正のポイントは
・中絶の対象から「経済的理由」を削除
・胎児条項の新設
・優生保護相談所の業務として、初回分娩の適正年齢の指導項目を導入
 最大の争点となったのは、経済的理由の削除。「経済的理由」は敗戦直後の混乱期の緊急避難的措置であったが、豊かになった現在では安易な中絶の口実となり、生命軽視、 性道徳の乱れ、若年労働人口の減少、母体の損傷、「堕胎天国」という国際的な汚名の元凶となっている、という主張から、「経済的理由」の排除を提案する。これに対し、 女性団体、日本母性保護医協会(現在の日本母性保護産婦人科医会、通称・日母)など関係団体が反対運動を展開した。

*胎児条項批判
 優生保護法では親となる人の身体的状況を判断基準として、不妊手術や中絶を認めるというかたちになっていた。よって「発生予防」を目的に出生前診断をしても、 障害が発見された胎児の中絶を合法化することができないという理由で、胎児条項導入を求める声があがっていた。
 それを障害者抹殺の動きであるとして主張し、改訂案への反対運動を展開したのが、青い芝の会であった。
・1970年、横浜市での重症児殺害事件、殺害した母親への減刑反対運動
・障害児を「不幸な子ども」への同情という美名のもとに排除しようとする「健全者のエゴ」を「内なる優生思想」と呼んで、その批判の矛先を、 産む・産まないの自由を唱えて中絶の既得権を守ろうとする女性解放運動にも向けていった。
 中絶の自由をめぐって青い芝の会と対立しながらも、女性解放運動の多くは優生思想批判を共有化し、胎児条項を削除させるために障害者との共闘を開始した。

 優生保護法改訂問題は「優生」という概念の差別性が認識される大きな契機となった。しかしこの時点ではまだ「優生」という言葉がタブー視されるには至っていなかった。 新聞報道では、胎児条項が削除された事実やその意味についてはまったく言及されておらず、マスコミの関心は「経済的理由」削除の是非にあった。

(2)渡部昇一「神聖な義務」(1980年10月『週刊文春』)
・大西巨人への批判−「神聖な義務」を怠っていると示唆し、「自助的精神」の衰退が絶対必要な福祉水準さえも低下させるとした。
・西ドイツの活力の一因は「ヒトラーが遺伝的に欠陥ある者たちやジプシーを全部処理しておいてくれたため」とする「非人道的犯罪の功績の面を考えているドイツ人」 の発言を引用した。
 優生保護法改訂反対運動を通じて、「優生」という言葉や考え方は障害者の生存権の否定やナチスの優生思想とつながる、という見方が次第に浸透してきた。 このエッセイは当時の動きに逆行する内容であり、特に障害者やその支援者から強い反発を受けた。
 また遺伝性疾患の子どもを含む障害児の出生を防ごうとする専門家たちが、最も懸念し回避してきたナチスと障害児の発生予防との結びつきを、このエッセイが取り上げたことで、 専門家からも強い反発を受けた。
 このエッセイは「朝日新聞」でも報じられたことで、「優生」を人権侵害や差別一般の問題として読者に広く知らしめ、 日本において優生学とナチスやヒトラーのイメージの結合を決定的なものにしたと言える。 

 cf.血友病

(3)母体保護法(1996〜)
*法改正の背景
・1994年にカイロで開催された国連国際人口・開発会議のNGO会議で、障害者の不妊化を正当化するものとして、優生保護法が非難された。
・1996年、らい予防法廃止。厚生大臣はハンセン病患者に対する「優生手術」を人権侵害的行為として明確に位置づけた。
・国の障害者施策の方針と、優生保護法の「優生保護」という理念との矛盾の決定化。

*改正点
・名称の変更
・優生学的規定と表現は、ことごとく削除・変更。
・医学的、経済的、倫理的(強姦の場合)理由による中絶と母体保護目的の不妊手術の規定が残る。

 改正の理由は「優生思想に基づく部分が障害者に対する差別になっていること」。しかしその差別の内実、つまり優生保護法下でどのような人権侵害が行われてきたかについては、 具体的に示されなかった。

Vタブーの「優生」から、現在 −「優生」の脱スティグマ化−
(1)リプロダクティブ・ヘルス/ライツ
 性と生殖に関する健康/権利の意味。産む・産まないの自己決定を主張する女性の運動から生まれる。
 しかし、欧米の人口学者の間では、リプロダクティブ・ヘルス/ライツは生殖の自由放任(レッセ・フェール)を許し、 世界人口の安定化が果たせないのではないかという危惧がある。

(2)自己決定に根ざした優生学
 優生学は公共の利益を名目に、個人が子孫を残す権利を侵害するものとみなされていた。 したがって、生殖の自己決定という原則は、優生学批判においても有効であった。

 しかし、個人に対する医療サービスとして、人間の生殖過程に変更を加えるさまざまな先端医療技術が提供されつつある現在、自己決定に根ざした優生学、 いわゆる「自発的な優生学」や「レッセ・フェール優生学」が問題となっている。

*新優生学(new eugenics)
(松原洋子「優生学」『現代思想』第28巻第3号、2000年2月。より)
 第三者が集団の利益を優先して個人の生殖に介入する優生学、これは現在否定されている傾向にある。このようなこれまでの優生学を「旧優生学」とするのに対し、 個人(親)の利益を最優先として、個人本位の自由な選択に基づいてなされる出生前診断や中絶などの行為を「新優生学」と呼ぶ。

 キャプランらによる論文では、優生学の反対者の主張を3点あげ、それらについて批判をしている。
@権力や強制の現出への危惧
→確かに国家や機関、第三者が個人の生殖行為に関して、強制したり抑圧を加えることには、道徳的に反対である。しかしパーフェクトな心身を得たい、病気を避けたい、 健康を追求したいという、私的な優性思想を強制や抑圧の一つに含む必要はない。
A個人に意志に任された「パーフェクト」の標準の押し付け
→例えば身体のスタミナがあること、強いこと、スピードがあること、数学の能力があること、器用であること、容姿端麗であることなどの特質は、 どこの地域でも望ましいとされており、それは世界的に共通している。子どもに頭が良い子になるように、スポーツができるようにと望む親を、単に、 (そのような特質がない人への)差別心があるとは言えない。
B優生思想に基づく選択をおこなうことを許可してしまうことから生じる不公平の問題
→完全な人間(perfect people)が多くつくられれば差異はなくなるし、不利益を被るような欠陥や障害をもつ人びとはいなくなっていく。
(Caplan, A., G. McGee, & D. Magnus. "What is Immoral about Eugenics?" The British Medical Journal 319, 1999.)

 自己決定の結果の集積が優生学的効果をもたらしうることを、認識しておかなくてはならない。
 これまで国家や行政など制度による強制に対して個人の権利と自由を対置させるかたちで、優生学は批判されてきた。しかし今後、新優生学に歯止めをかけるために、 何らかの制度的介入が必要となってくるだろう。

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「優生」が当然視されてきた時代から、「優生」がタブー視されるようになった経過をみてきた。そして今、 「優生」という言葉のもつスティグマを「新優生学」は払拭しようとしている。
 生殖技術・遺伝子医療のさらなる進展、そして「優生」という言葉のもつ政治的意味が変化する中で、現実の人々の生活、 そして障害者の生存についての言説はどのような変化をみせていくのか。「新優生学」の問題点の検討とともに、今後の「優生学」の動向には注視する必要がある。

(レジュメ終わり。記録は続く)
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質疑応答

A)参考までに、山下さんの感想を
山下)じつは自己決定に根ざした優生学が一番知りたかった。もう少し詳しく書いて欲しかった。今どう言う問題点があるのかなということが知りたかった。 個人の意思にもとづく優生学を私自身否定できないが、是非については今は考えたい。

B)いいたいことは、たったひとこと。
あなた自身が障害者を生むか生まないかと言うことです。松原さんは関係ないです。ということです。答えがないです。よろしく。

C)結局、現状では、中絶は障害者を生まないということのためにある。
自己決定で自由に判断できるようになるためには、出生前診断によって障害児が生まれてくることが分かったときに、現状では中絶を促す様にしか向いていない。 出生前診断の前提となる自由な自己決定がなされるためには、障害の治療ということと、障害者が生まれてきたときに、 安心して育てられるような環境を整えることが必須条件になる。 (参考文献:坂井 律子『ルポルタージュ出生前診断――生命誕生の現場に何が起きているのか』日本放送出版協会) また、このことを考えていくとどうしてもジェンダーの問題になる。

D)もういちどいっていただけないでしょうか。
E)女性が本当の意味で自己決定をできるためには、障害のある赤ちゃんをおなかの中で治療できること、障害児を生んでも安心して育てられる社会にならなければならない。

C)女性が自由に決断できる環境が整っていないから,必然的に殆ど中絶と言う方向に傾いてしまう。

A)キャプランというのはどういうひとか。

E)キャプランはペンシルバニアの生命倫理学の教授。50台くらいの人


A)反優生に対する再反論という彼の立場は、アメリカの生命倫理学ではどのような位置にあるのか? つまり、異端なのか、かなり流布しているのか。

E)生命倫理学者にはいろいろなバックグラウンドの人がいるが、哲学の背景を持っている人の中では、そんなに異端ではない。 障害学を背景にしている人は少ない。障害学をバックグラウンドにしている人もいろいろ対話をこころみてはいるが、キャプランのような有力な人で、 優生学の意味を非常に限定して捉えて、悪い優生学でなければしょうがないという人は少なくない。というのは、ヒトゲノム計画の進展 が背景にあって、障害というより、 生活習慣病のようなかかる人の多い病気の遺伝子診断もできるようになるし、アルツハイマーの様にそのうち発病する 病気も遺伝子診断ができる様になっている。 いわゆる障害以上に遺伝子診断が発展している。そういうことがあるので、遺伝学と優生学の問題に関しては、優生学になるから遺伝学はだめと言うタイプの議論や、 障害者差別になるから遺伝子診断はだめというのは古く見えてきて、遺伝子診断は障害者差別ではないという学者が少なくない。

D)優生学の定義がぴんとこないのですが,優れたものを残して、それ以外のものは消していこうと言うものですか?

山下)E先生どうなんでしょう

E)遺伝学的には劣悪な遺伝子を減らしていくのが消極的優生学。
わるいものを少なくしていく。優れているものをふやしていくものは積極的優生学。ところでこのほんの中では、松原さんだけじゃなくて、優生学をどう捉えているのか。

山下)う〜ん、

D)新優生学の説明をされていましたが,旧のほうを再度御願いします

山下)第三者、国家が質の高い人をどんどん増やしていくことで,いい質を持った人をどんどんふやしていこうということを行政が本人の意志にかかわらず、推し進めていた。
このほんの中では、優生学は、十分読みきれないので、うまく言えないです。

D)ドイツはナチスで劣勢なものを削除していたからこれは、旧ですか?

山下)ジプシーを削り取ってきたような中で、現在のドイツの繁栄があるということを引証したのだ。旧です。


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松本 学
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*増補:北村 健太郎
UP:2000 REV:2002,20151220
優生[学] (eugenics)  ◇生命倫理[学] (bioethics)  ◇「神聖な義務」  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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