『保険と年金の経済学』
西村 周三 20000220 『保険と年金の経済学』,名古屋大学出版会,236p. ASIN: 4815803722 3360
■西村 周三 20000220 『保険と年金の経済学』,名古屋大学出版会,236p. ASIN: 4815803722 3360 [amazon]/[kinokuniya] ※, b me
■内容(「BOOK」データベースより)
リスクについての考え方を中心に、新しい視点を随所で提起しつつ、経済学の基礎から保険・年金制度の現状と課題を平易に解説した最良の案内。
1 基礎編
保険・年金制度の意義
不確実性の経済学―期待効用理論
期待効用理論の応用
非期待効用理論
非期待効用理論の応用
ライフサイクルと貯蓄―ストック経済の視点から
2 応用編
社会保障の経済学
保険業の規制緩和と資産運用の課題
各種保険の諸問題
退職金と企業年金
介護保険
介護保険
「日本において介護の重要性の認識が生まれたのは1980年代の中頃からである。それまで日本においては、1970年代はじめに実現した老人医療費の無料化以降[…]二つの問題を引き起こした。まず第一に、その後の経済成長の低下、高齢者数の伸び、医療技術の進歩などにより、老人医療費の財政負担が深刻化した。しかし問題はそれだけにとどまらなかった。第二に、急速な高齢者医療需要の増大が、その質の低下という現象を同時にもたらしたのである。すなわち、長期入院の増大が、かえって寝たきり老人を増加させることになった。
[…]<0204<[…]日本では、福祉サービスの提供が医療に比べてきわめて少なかったため、寝たきり者の増加を防げなかったと考えることもできる。[…]世界的に見て、高齢者とくに後期高齢者(75歳以上を指す)の増大にともなって、医療から介護へのサービスのシフトが要請されてきたのである。
[…]高齢者のQOLを高めるという視点から、主として北欧諸国で打ち出されてきた政策は、「寝たきり」をなくすために高齢者の自立を支援するような介護のあり方を模索するという方向で<0204<あった。そして日本でも、このような方向を強く打ち出すべきことが、94年に厚生省に設けられた私的諮問組織「高齢者介護・自立支援システム研究会」によって報告されたのである。このころの厚生省の政策の理念は、すでに1990年のゴールドプランとして具体化されていたが、さらに「21世紀福祉ビジョン」が示され、今後の施策の重点を医療から介護に移すことがうたわれた。」(pp.204-205)
「現実には、いわゆる家族による虐待だけでなく、一見したところの家族介護の「優しさ」に隠れて高齢者の自立を妨げるような介護もある。そもそも家族介護の質の評価は、社会的介護の評価に比べてより困難が伴うから、単純な家族介護擁護論は、将来に向けて禍根を残す可能性もあるのであ<0215<る。家族介護に給付を行うことを決めたとたんに、それまで私的なことにとどまっていたものが、社会的なものとなる。私的な問題にとどまる限りは、高齢者個々の生き方にまで社会が干渉すべきではないであろうが、社会的なことからになれば、たとえば「可能な限り自立を求める」といった方向性を決めることも重要となる。」(pp.215-216)
ブックレビュー社
保険および年金の原理と現実をミクロ経済学の理論を用いて分析し、それに基づいた改革の方向を提示
「保険および年金が価格・効用理論を中心としたミクロ経済学の理論と深い関係があることはかねて周知の事実であるが、それらを実務や現実の制度と結びつけて取り上げた本は数少ない。しかし、近年のミクロ経済学の飛躍的発展によってそれらの応用としての保険・年金等への関係者の関心は着実に深まっている。本書は、保険・年金を専門とするがミクロ経済学の最新理論にも精通している著者が両者の"連結"を試みた野心的な著作である。
本書では、まず基礎編においてミクロの理論面を取り上げる。ここでは保険・年金を従来の主流である期待効用理論の面から解析する。ここにおいては、人々は市場における「自己利益の最大化」のために「最も合理的な選択をする」と前提される。しかるに本書のユニークな点は「人々は必ずしも常に合理的な行動をするとは限らない」という視点に立つ、「非期待効用理論」を紹介し、それを保険・年金の分析に適用した点にある。著者はこの点について、これまでの正統的な経済学が、人々や企業が合理的行動を取らなかった場合にどのように経済メカニズムが混乱するかについて余りにも無思慮であったことを指摘し、非期待効用理論がその意味で伝統的な経済学の「外在的批判」ではなく「内在的批判」であることを主張する。
次の応用編においては基礎編の理論分析をふまえ、社会保障および保険についての現状分析と具体的改革提言が述べられる。まず、公的年金については賦課方式と積立方式の優劣につき、人口成長率と経済成長率の合計と投資利率との大小関係で決まるとし、現在の日本のように急速に高齢化の進む社会でも、実は利子率が十分に高ければ賦課方式の方が望ましいという一見意外な結論を導く。
次に、医療制度においては1人当たり老人医療費の伸びを勤労者1人当たりの給与の伸び程度に維持することを目標とすべきとし、さらに具体的な制度改革を提言する。著者の提言は医療保険制度の「一本化」である。保険料・給付についてそれぞれ「標準」を設定し、この部分に関しては完全に制度を一本化した上で、各保険者間の財政調整を行った後、給付についてその標準を上回る部分を付与(付加給付)することを各保険者に認めるというものである。これは非高齢者のみでなく高齢者にも適用される、いわゆる「突き抜け方式」となる。かねてから医療保険制度についてユニークな提言をしている著者の新たな問題提起として注目される。また、保険業の資産運用上の課題として長期投資の視点の不足と国際分散投資の不十分さが理論面から導かれていることも重要な指摘である。
本書は理論と応用のバランスが良くとれている上、全体の記述も平易でわかりやすく書かれており、保険・年金に関心を持つ読者のニーズに広くこたえ得る好著である。」(全文)
(住友生命総合研究所 社長 前原 金一)
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