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『移植医療の最新科学――見えてきた可能性と限界』

坪田 一男 20000120 講談社,165p.

last update:20131202

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■坪田 一男 20000120 『移植医療の最新科学――見えてきた可能性と限界』,講談社,ブルーバックス,165p. ISBN-10:4062572753 ISBN-13:978-4062572750 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ ot, sjs


■内容紹介


どこまでできて何ができないか
日本ではようやく本格化した臓器移植は、欧米ではすでに特別な医療ではなくなっている。どうしても脳死判定や心臓移植ばかりが注目されるが、移植医療の本質はまったく別のところにある。拒絶反応、免疫寛容(トレランス)などをキーワードに、移植が成功するか否かのポイントを見る。
内容(「BOOK」データベースより)
日本ではようやく本格化した臓器移植は、欧米ではすでに特別な医療ではなくなっている。どうしても脳死判定や心臓移植ばかりが注目されるが、移植医療の本質はまったく別のところにある。拒絶反応、免疫寛容(トレランス)などをキーワードに、移植が成功するか否かのポイントを見る。


■目次



第1章 移植医療の新時代
第2章 自分と他人はどう違うか
第3章 トレランスとは何か
第4章 トレランスの破綻
第5章 ステムセルの活用
第6章 クローン技術と臓器移植
終章 臓器バンクと移植医療


■SJSに関連する部分の引用


(pp3-6)
はじめに
 僕はいま日本でいちばんたくさん移植手術を行っている専門医だと自負している。対象は目の角膜で、この八年間に移植件数は一〇〇〇眼に達した。角膜移植は日本でも年間一五〇〇眼(それでも手術が必要な患者さんの一割もできていないが)行われている、移植医療の代表である。
 長い間失明していた患者さんが、移植医療によって光を取り戻すのは感動的だ。先日も、四歳のときからスチーブンス・ジョンソン症候群で失明していた九歳の男の子の角膜移植手術に成功した。五年ぶりに飛行機が見えたといって喜んでいる姿を目の当たりにするのは、移植医療に携わる者にとっていちばんうれしい瞬間である。
 脳死問題をめぐって停滞していた日本でも、ようやく臓器移植の新時代に突入した。一九九九年二月に、いわゆる『臓器移植法案』施行後初めて、脳死者からの肝臓、心臓、腎臓、角膜の移植が同時に行われた。脳死判定から始まって移植終了までを、まるでドラマを見るように日本中の人がかたずを呑んで見守った。ついに日本でも移植医療が本格的に動き出したのである。
 世界ではさらに動きが激しい。一九九八年四月にはフランスで、脳死者からの腕の移植が初めて成功した。パーキンソン病に対する脳への培養脳細胞の移植や、白血病の治療に腰帯血移植な[p4>ども始まるなど、移植医療は、まさに新しい時代が幕を開けようとしているのである。
 この本は、新しい時代を迎えている移植医療を理解してもらうために書いた。
 第1章ではまず、そうした移植医療の現状をひととおり見ていきたい。
 次に、移植医療に対する一般の関心は、脳死問題や移植手術そのものに集まりがちだが、細胞レベルで見たサイエンスとしても、たいへん興味深いものがあることを知ってもらいたい。
 他人の臓器を自分のからだの中に入れると、当然、拒絶反応が起きる。自分を守る免疫反応だが、ではそもそも"自分≠ニ"他人(自己と非自己)はどのように区別しているのだろうか。
 そこで第2章では、この自分と他人を区別する巧妙なメカニズムについて述べよう。また他人と認識されたものをどのように排除するかも見てみたい。
 移植医療では、この拒絶反応をいかに抑制するかがポイントになる。抑制された状態をトレランス(免疫寛容)というが、どのような条件を満たせばトレランスになるのだろうか。
 また、このトレランスを作り出すためには、免疫抑制剤のサイクロスポリンやタクロリムスが使われている。ところが最近では、抗原を食べさせたり、T細胞を抑制したりとさまざまなアプローチが可能になりつつある。
 第3章では、トレランスとは何かということと、トレランスを誘導するさまざまな方法を紹介[p5>しよう。
 そして第4章でこのトレランスがどのような状態で破綻するのか、つまり拒絶反応が起きるのかを見ていく。
 また、この章ではトレランスを理解する上で重要な自己免疫疾患についても述べた。
 自己免疫疾患は自分の体細胞に対して拒絶反応を起こす疾患である。リウマチなどが古くから知られているが、最近では糖尿病やドライアイを引き起こすシェーグレン症候群などもその一種とわかってきた。厳しく区別しているはずの自分と他人が見分けられなくなり、自分に対して攻撃してしまうのである。自己免疫疾患はトレランスの重要性と不思議を垣間見せてくれる。
 そして第5章ではステムセル(幹細胞)とその移植についてを述べる。血液のステムセルの移植(骨髄移植)によってリウマチを治したり、角膜のステムセル移植で、いままで治せなかった角膜の病気も治るようになってきた。
 ステムセルとは、元になる細胞で、コピーの原本みたいなものである。たまに分裂して根細胞を作る。この娘細胞が猛烈に分裂して体細胞の新陳代謝を行う。ステムセルがないと分裂を続ける細胞群では種がなくなって、枯渇してしまう。
 僕の専門の眼科領域でもステムセルが問題になっている。スチーブンス・ジョンソン症候群や[p6>アルカリ外傷など失明に至る重病が、ステムセルの枯渇によることがわかってきた。そこで角膜上皮のステムセル移植が始まったのである。

(pp35-37)
羊膜移植
 最近、角膜移植に新しい流れができつつある。羊膜の利用だ。
 羊膜は赤ちゃんをつつむ組織である。特殊なコラーゲンタンパクでできている膜で、お母さんと子どもを隔てる重要な隔壁を形成する。
 おもしろいことに羊膜には、通常の細胞が発現するHLA抗原が発現しない。HLAについては第2章で詳しく述べるが、自分の細胞か他人の細胞かを見分ける目印のようなもので、それがないということは、拒絶反応を起こさないということになる。また羊膜には血管も入ってこないので、リンパ球などの炎症細胞も抑えられている。
 羊膜は、母体の中に赤ちゃんという他人を共存させるために、お互いに拒絶反応が起きないようにする仕組みなのである。
 マイアミ大学のシェファー・ツェング教授が、この羊膜をウサギの目の表面に移植する方法を開発した。羊膜を、上皮細胞を作る基質として用いたのである。
 僕たち東京歯科大学眼科チームは、さっそくこの手法を臨床に応用し、スチーブンス.ジョンソン症候群による重症ドライアイの治療に世界で初めて成功した。この羊膜移植に、患者さん自身の血清を使った涙液補充療法と角膜上皮のステムセル移植を組み合わせた手法である(次ぺー[p36>ジ図1-10:角膜のステムセル移植)。
 庭に花が毎年咲くためには、種とよい土、そして雨が必要だ。同じように角膜上皮がちゃんと保持されるためには、種としてのステムセル(第5章参照)と、土としての基質、雨としての涙がなくてはならない。そのどれもなくなってしまっている重症のスチーブンス・ジョンソン症候群では、ステムセルのほか、基質の代わりに羊膜、涙の代わりに血清を使ったのだ。[p37>
 この方法はいまでは非常に人気が高く、眼科学会の中に"羊膜のセッション≠ニいうのがあるくらいになっている。重症ドライアイのオクラーサーフェス(眼球表面)の再建ばかりでなく、他の手術にもたくさん用いられるようになってきた。
 羊膜は日本の法律では"排泄物≠ニいう定義になっていて、法律的には臓器、組織移植にはあたらないそうだが(いってみれば尿とか糞便を医学に用いている感覚)、生物学的には組織移植そのものである。
 現在、僕たちは自分たちでこれを作製しているが、アメリカではすでに"羊膜シート≠ニして販売され、その需要は増加している。将来は日本でも、羊膜を販売する会社が出てくることは間違いない。

(pp117-120)
目のステムセル障害
 ステムセルは、からだの外側なら皮膚、口の粘膜、鼻の粘膜、唇の粘膜、結膜、角膜などに存在する。
 目の表面にある結膜上皮(白目)と角膜上皮(黒目)は似ているが、同じものではない。結膜上皮は血管を必要とするのに、角膜上皮は血管を必要としない。結膜上皮のステムセルは円蓋部[p117>といって結膜嚢の奥底に隠されているのに、角膜上皮のステムセルは角膜輪部という角膜のまわりの部分に露出しているなどの違いがある。
 再生不良性貧血のような血液のステムセル障害があるように、角膜上皮細胞のステムセル障害、があることが最近わかってきた。これまで治療不可能といわれていた重症の化学外傷、スチーブンス・ジョンソン症候群、眼類天庖瘡などの斑痕性角結膜症などは、一種の角膜上皮のステムセル障害だったのである。これらの疾患では、いくら角膜を移植しても"種≠ェ移植されないから、長期の効果は期待できなかった。
 とくに角膜上皮のステムセルは、黒目と白目の間にリング状にあって、露出しているだけでなく、ほんの一部にしか存在しない。そのため、ステムセル障害に陥りやすく、しかもいったんステムセルが破壊されると修復不能になるのである。

角膜のステムセル移植
 僕たちはこの目のステムセル移植をハーバード大学、マイアミ大学、台湾の大学などといっしょに世界に先がけて行ってきた。ステムセル移植は拒絶反応が起きやすいので免疫抑制を行ったり、ドライアイを合併しやすいのでドライアイの治療を併用したりと工夫が必要だが、それまで[p118>治療できなかった病気が治っていくのは、本当にすばらしい。
 この治療を思いついたときは、僕がドライアイの研究を始めてから三年目だった。
 ドライアイは涙が少なくなって目が疲れたり、目が重くなる病気である。僕も患者のひとりでとても苦労した。ドライアイ外来を始めたところ、スチーブンス・ジョンソン症候群のような重症の患者さんも少なくないことがわかった。ふつうはドライアイで失明することはないのだが、スチーブンス・ジョンソン症候群など特殊なドライアイでは失明する。
 スチーブンス・ジョンソン症候群は僕の専門ではなかったが、こうなったらなんとか治療するしかない。本当にその頃は、寝ても覚めてもどうしたら治療できるのか、考えていた気がする。
 角膜上皮のステムセル移植のアイデアをマイアミ大学のツェング先生に教えてもらい、実質の再構築のアイデアを台湾のレイ先生と韓国のキム先生に教えてもらったのはこの頃である。僕自身は涙の補充療法として血清を使う方法を開発していたので、この三つを合わせれば新しいステムセル移植が確立すると思いついた(35ページ参照)。

広かる応用範囲
 しかしいくら理論的に正しくても新しい治療法だ。まず動物実験から始めなくてはならないが、(p119>スチーブンス・ジョンソン症候群のモデル動物はいない。そこで、それぞれの技術を単独で試してうまくいくことを確認した後に、ある患者さんに話をした。彼女は一〇年前にスチーブンス.ジョンソン症候群になり、だんだんと悪くなって両眼とも指数弁(目の前の指の本数がかろうじてわかる)の視力しかなくなり、家事もできずに困っていたのだ。
 彼女はすぐに同意してくださった。それが僕が始めた重症ドライアイに対するオクラーサーフェス(眼球表面)再建術の最初である。
 手術後もう六年になるが、彼女の目は○・一の視力を保っている。手術前は家事もできなかったのが、いまでは問題なくこなせると喜んでくださっている。自分の理論が現実にうまくいくのを見ることほど嬉しいことはない。
 それ以来、四三人の方にこの移植手術を行い、半数の方が視力を回復している(グラフ5-3:羊膜とステムセルを用いた角膜移植の成績)。
 こうして、血液に加えて目のステムセル移植も始まった。これからさらにいろいろな細胞の[p120>ステムセル移植が始まるだろう。
 たとえば、毛根のステムセル移植。これも多くの人たちに朗報となるに違いない。「一本でも生えていれば、それを一〇〇万倍に増やします」なんていうテレビ宣伝が行われるかもしれない。
 皮膚のステムセル移植、粘膜のステムセル移植などなど応用は広い。さらに臓器ごとにステムセルをとりだして、臓器の形成を試験管の中でできるようになれば、それぞれの臓器の"種″ラ胞から臓器を作ることだって可能となる。まず角膜に可能性があるし、単純な臓器から複雑な臓器に向かって発展していくものと思う。


*作成:植村 要
UP: 20111016 REV: 20131202
脳死 Brain Death/臓器移植 Organ Transplantation  ◇スティーブンスジョンソン症候群  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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