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『そして、死刑は廃止された』

ロベール・バダンテール 20020420 作品社,254p.


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■Badinter, Robert 2000  L’Aboliton, Librairie artheme fayard.=20020420 藤田真利子訳,『そして、死刑は廃止された』, 作品社, 254p. ISBN-10:4878934530 ISBN-13:978-4878934537 2300 [amazon]

■内容(「MARC」データベースより)
自身が弁護した無実の死刑因がギロチンに掛けられたのを契機に「死刑廃止」運動を展開し、死刑保守王国フランスの死刑制度を自らの手で廃止させた一弁護士 の戦いの日々を描く。2000年度フェミナ賞受賞作。

■目次

日本の読者の皆さんへ……ロベール・バダンテール
本書を読まれる方へ……藤田真利子
第T部 大統領たち――ポンピドゥーからジスカール・デスタンへ
 1、処刑の朝
 2、大統領と死刑
 3、処刑のあとで
 4、集会で
 5、大統領の死
 6、エリゼの側
 7、改革の時代
 8、帰ってきた死刑
第U部 トロワへの帰還
 第1章 パトリック・アンリ事件
  1、誘拐
  2、メディアによるリンチ
  3、政府の反応
  4、弁護士たちの反応
  5、会見
  6、司法の前線で
  7、大統領の反応
  8、サンテ刑務所
  9、予審
 10、灼けつく夏
 11、実況検分
 12、裁判に向けて
 第2章 パトリック・アンリ裁判
  1、証人の選定
  2、刑務所で
  3、公判前
  4、準備手続き
  5、被告人質問
  6、弁護側証人
  7、鑑定人と証人
  8、論告求刑
  9、最終弁論
第V部 長い闘い
 第1章 不確かなとき
  1、トロワからの帰還
  2、政治の舞台
  3、公開討論会
 第2章 ギロチンの再登場
  1、カランの処刑
  2、暴力についての研究委員会報告
  3、さらなる処刑
  4、ボダン事件
  5、ナントの重罪院で
  6、ストックホルムで
 第3章 道義と政治のあいだで
  1、司教たちの宣言
  2、選挙戦
  3、議会での攻撃
  4、ラニュッチのことがふたたび話題になる
  5、ブット裁判
  6、処刑人の予算
  7、保安期間
 第4章 厳しい冬
  1、三つの裁判
  2、作戦を探る
  3、モハメド・ヤヒアウイ
  4、ミシェル・ルソー
  5、ジャン・ポルテ
 第5章 はぐらかされた審議
  1、有利な情勢
  2、国民議会で
  3、討論
  4、論争の夏
  5、何事もない秋
 第6章 ガルソー裁判
  1、難事件
  2、裁判
 第7章 死刑が戻ってきた
  1、「安全と自由」
  2、重苦しい不安
  3、爆発
第W部 死刑廃止
 第1章 フランソワ・ミッテランの当選
  1、選挙の冬
  2、ミッテランの宣言
  3、恩赦の問題
  4、最後の数日
  5、勝利
  6、ビエーヴル街
  7、国政選挙
  8、発表
 第2章 法律
  1、エリゼ宮にて
  2、法務省で
  3、準備完了
  4、法案
  5、閣議
  6、法務委員会
  7、国民議会
  8、死刑廃止
解説……団藤重光
謝辞

■紹介・引用
「フランスの刑事裁判の制度
 フランスの刑法では、罪を三つの種類に分ける――「違警罪」「軽罪」「重罪」。
 対象となる罪が、「軽罪」のときには任意に、「重罪」の場合は必ず、予審判事が「予審」を行い、訴追するかどうかを決める。
 「重罪」にあたると判断したときは、「控訴院弾劾部」に事件を移送し、そこでもう一度、第二段階での「予審」が行われる。「控訴院弾劾部」は、事件を 「重罪院」に移送するかどうかの判断をする。この段階で一度、破棄の申し立てができる。
 「重罪院」は「重罪」に対する"第一審"であると同時に"終審"となる。「重罪院」での判決は、陪審員九人と裁判官三人からなる陪審の評決によって下さ れる。アメリカの陪審裁判では、陪審団は、被告が有罪か無罪かについてだけ、全員一致による評決を出す。フランスの陪審制は、裁判官も評決に加わるところ と、「起訴事実」「情状の有無」などについて個別に評決を出し、しかも、多数決による決定が認められているところが、アメリカの陪審制とは大きく異なって いる(被告人の不利になる決定については、八票以上の多数が必要)。判決は"終審"としてなされ、控訴はできない。「破棄院」に対する「破棄申し立て」の みが許される。
 死刑判決を受けた依頼人を死刑執行から救うためには、弁護士は「破棄申し立て」と「大統領恩赦」に望みをつなぐことになる」(p10「本書を読まれる方 へ」より)

「わたしに向けられる死刑支持派の人たちからの質問には怒りがこもり、ひどいときには罵られることもあった。そういう人たちにしてみれば、死刑廃止論者と いうのは、殺人の被害者よりも犯人の肩をもつ人間なのだった。彼らは熱狂に突き動かされて簡潔で迅速な裁判を望む。それはギロチンが否応なく即座に稼動す る、絶え間ない恐怖のシステムのようなものだ。彼らの主張を聞いていると、この、死を与えたいという欲求こそが非理性的な主張の源であり、それが死刑廃止 をこれほど難しくしているのだと考えさせられた」(p23)

「それでも、審理が近づくにつれて、脅迫の手紙は数を増した。差出人たちはボキヨン(担当者注:弁護士)がもうすぐ死ぬことになると宣告していたが、死に 方はいろいろだった。わたしも、わたしの妻もその脅迫からは逃れられなかった。匿名の手紙は、わたしの子どもたちを殺すことにもうれしそうに触れていた。 妻とわたしは、裁判のあいだ子どもたちを田舎にやっておくことにした。安全のためだけではなかった。裁判のこだまが学校の中庭にいる子どもたちのところま で届くことのないようにと願ったのだ。下の子のバンジャマンはわたしにこう訊いた。「パパ。パパは子どもを殺す人たちが好きなんだって、ほんと?」。わた しは、弁護士というのは、たとえ子どもを殺した人であっても、被告人を守るためにあるのだということ、守るというのは好きだというのとは違うのだというこ とを最善を尽くして説明した。六歳の子どもには複雑すぎた」(p78)

「死刑に賛成だという人に恨みを抱いたことはない。廃止を望むか存置を望むかは、各人の良心に関わる選択の問題である。だが、法務大臣の論議で腹がたった のは、知識人ともあろう者が、死刑廃止論者と自称する人間が、世論調査の結果が死刑存置に賛成だからといって自分の信念を曲げるというその態度だった」 (p120)

「十月、議会が再開し、死刑廃止論者の側は新しい攻撃を繰り出した。状況は膠着しているように見えた。法務大臣は、政府にとって死刑は現在、重要な問題と はなっていないと繰り返した。ピエール・バとベルナール・スタジは、以前、演劇の検閲の問題で成功を収めた作戦にうったえることにし/
た。そのときは、検閲をなくすために、そのための予算をなくしたのだ。そこで彼らは、処刑人の手当てを予算からなくすことを要求した。
(中略)
 予測されたとおり、法務委員会は処刑人の予算一八万五〇〇〇フラン大海の一滴)を削ることに反対を表明した。法務大臣は委員会の答弁で、「これほど重大 で異論の多い問題を姑息な手段で解決するのは、議会にも政府にもふさわしくない」と述べた。十月二十四日、議会で法務予算が審議されたとき、レーモン・ フォルニ、ピエール・バ、ベルナール・スタジの三人は熱弁をふるった。ピエール・バは、一九〇六年の予算委員会ですでに処刑人の手当てにあてられる予算は なくされていることをとりあげた(そのあとすぐに、議会で予算案が投票されたとき、この予算は回復された)。彼は声を張り上げた。「われわれがヨーロッパ で最後まで処刑人を抱えているというのは正常なことだとお思いですか?」与党の死刑廃止派の議員が賛成にまわって修正案が成立するのを避けるため、法務大 臣は巧妙な手を使った。法務予算全体への一括投票を要求したのである。ピエール・バの修正案に賛成するには、法務予算全体を拒否しなくてはならなくなる が、与党議員にとってそれは政治的にできることではない。こうして、一九七九年予算では処刑人の手当てが確保され、新しい処刑のための予算がついたのだっ た」(pp.145-146)

「情状酌量の余地が認められた。ガルソーは助かったのだ。叫び声があがった。被害者の弟は、ガルソーに向かって叫んだ。「ろくでなし! 殺してやる! お まえらみんなキタネエよ! バダンテール、おまえ、キタネエよ!」被害者の父親は気を失った。友人たちの輪のなかで、ベジエで殺されたレジ係の夫(担当者 注:ガルソー事件の起こる直前に起こった強盗殺人事件の被害者)が、一枚の写真を振り上げて叫んでいた。「おれがこんなことに我慢するなんて思うなよ!  おまえらの妻が殺されればいいんだ」。わたしはエリザベート(担当者注:バダンテールの妻)の方を見た。憲兵隊の大尉が近づいた。後ろのドアから出たほう がいい、裁判長の執務室につづく扉だ。わたしはそのあとに従った」(p188)

 「法案をつくるのは、どうしてもしなければならない作業だった。わたしは刑事部の新部長、経験をつんだ法律家であるミシェル・ジェオルといっしょに草案 を作成した。できるだけ簡潔な文章にしたかった。わたしは幸せな気持ちで白い紙のいちばん上に書きつけた、「死刑は廃止される」。この言葉にすべてが表さ れていた。
 軍人が望んでいるように戦時下の留保はつけたくはなかった。そんなことをして何になる? もしいつの日か紛争が勃発して、犠牲と生命の軽視が市民の義務 である時代には死刑復活が必要だと政府が判断したなら、戦時法でそれを規定するのは簡単なことだろう。わたしは、平時に制限することで死刑廃止の象徴的な 力を弱めることを望まなかった。
 同じく、法案の中にいわゆる「代替刑」に関する条項を入れるのも拒否した。死刑は一つの刑罰だった。一つの刑罰を他の刑罰に置き換えることはしない。純 粋に、単純にそれをなくすのである。刑法に用意されている刑罰のなかで死刑の次に重いのは無期刑だった。死刑が出てくるすべての条項で、それをぜんぶ無期 刑にすればよい。簡単だ。
 刑の段階と保安期間の問題については、一九八三年に議会に提出しようと目論んでいた新刑法で決めることになる。それまでは、一九八七年に採択された保安 期間を定める条項が有効なままである。死刑を廃止にするからといって、無期刑の規定を重くする理由はどこにもない。わたしが望んでいたことは、ひと言で言 えば、一八四八年にヴィクトル・ユゴーによって言葉にされた願い――「死刑廃止は純粋で、単純で、決定的でなければならない」を達成することだった。
 法的に可能ならば、この法案は第一条だけでよかった。だが、技術的には、死刑廃止のもたらす結果を刑法に反映させなくてはならない。個別的には、死刑執 行方法に関する条項を取り除く。特にあ/
の有名すぎる条項「すべての死刑囚は頭を切り落とされる」を」(pp.233-234)

「閣議を終えて出てくると、記者たちがわたしを取り囲んだ。どうしてそんなに急ぐんですか? 代替刑についての論議を受け入れるんですか? 国民投票をし ないのはなぜ? 右派の議員はどれくらい死刑廃止に賛成するでしょうね? わたしは簡単に答えた。重要なのは一つのことだけ、フランスで死刑が廃止される ということである」(p236)

「討議のはじまる日の朝、「ル・フィガロ」紙が九月八日から十日にかけて行われた最終世論調査の結果を発表した。調査対象の六二%が死刑に賛成、三三%が 反対していた一九八一年二月の、大統領選前の調査とほぼ同じ結果だった。だが、新しい質問項目、「特に凶悪な犯罪に対しては死刑を維/
持する必要がありますか?」には、七三%が「ウイ」と答えていた。この調査結果はすべてのメディアに大々的に取り上げられていた。わたしはその数字を読み ながらほかの調査のことを考えていた。いつも大きな裁判の前に行なわれ、いつも不利な数字だった世論調査のことを。重罪院でわたしがいないところで、わた しがトロワの陪審員の良心を踏みにじっていると非難した検察官のことを思い出した。今度は、わたしたちはフランスの世論を踏みにじっていると非難されてい た。現代の民主主義社会では、これは反逆罪を犯していると非難されているも同然だった」(pp.238-239)

*作成:櫻井 悟史
UP:20071121
BOOK
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