『日本人の賃金』
木下 武男 19990820 平凡社,208p.
■木下 武男 19990820 『日本人の賃金』,平凡社,208p. ISBN-10: 4582850138 ISBN-13:
978-4582850130 693
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■出版社/著者からの内容紹介
経済のグローバル化の中で、年齢給を基準にした日本人の賃金が変貌しつつある。働くものにとって納得のいく賃金とは何かを問う、経営者も労働側も必読の斬
新な賃金論。
内容(「BOOK」データベースより)
経済がグローバル化するなかで日本人の賃金が変わろうとしている。「日本型能力給」から「日本型職務給」への転換、そして雇用の流動化は働くものに何をも
たらすのか。日本企業の実例と欧米の実態を見ながら、民間企業、公務員、パートなどの賃金問題を解き明かす。「生活給」と「仕事給」の不毛の対立を乗り越
え、今こそ、納得できる賃金を考えるための必読の書。
■目次
はじめに
第一章 グローバル経済化と新しい賃金制度
1 多国籍企業時代の到来
2 時代転換のなかの日本企業
3 年功的集団主義は時代不適応
4 賃金・人事制度の転換とは
第二章 今、賃金とは何か
1 仕事給か属人給か
2 労働力商品をめぐる「基準の設定と規制」
3 賃金のヨーロッパ基準
4 アメリカの職務給を知る
5 アメリカ職務給の新しい動向
第三章 変わりゆく日本人の賃金
1 日本型職務給・職階制賃金の事例
2 成果主義賃金の事例
3 年功賃金制度を崩す力
第四章 納得できる賃金を目指して
1 新しい賃金論の出発
2 男女共生時代の賃金三原則
3 「年功」基準賃金から「仕事」基準賃金へ
4 生活できる仕事給と社会保障を
5 民間企業の年功労働者
6 「パート型」労働者の賃金
7 「職能的」労働者の賃金
8 「公務員型」労働者の賃金
あとがき
■引用
「さて、職能給が登場する段階における雇用状況はどうだったのでしょうか。一九五〇年代末あたりから大経営の雇用政策は転換していきます。それまでの、雇
用の増加を臨時工で吸収する方式から、新規学卒者の定期一括採用方式に転換し、同時に女性労働者の採用も拡大していきます。これまで女性労働者は、繊維産
業を中心とした軽工業部門に多く雇用されていましたが、電機産業、とくに家電部門で集中的に増加し、銀行、商社、証券などのホワイトカラー部門にも進出し
ていきます。」(p.36)
「ここから、労働者の連帯の基準と、労働組合と仕事給との関係が出てきます。労働力商品を銘柄別に同じ「基準」にしてしまうことがなぜ必要なのでしょう
か。それは、労働力商品を雇い主に高く売りつけるためなのです。この点については、すでに一九〇二年に書かれた『産業民主制』のなかで、シドニー&ベアト
リス・ウェッブによって解明されています。標準賃金率(スタンダード・レート)は「集合取引(コレクティブ・バーゲニング)に欠くべからざる要件だ」と強
調しています。コレクティブ・バーゲニングは、今日では「団体交渉」と訳されていますが、むしろ「集合取引」という言い方のほうが、労働組合機能の根本を
表現しているように思われます。」(p.61)
「日本の労働の過酷さは、労働に関するナショナル・スタンダードがないことに起因しているといっても過言ではありません。ライバル企業にうち勝って自社の
シェアを広げることができれば、企業利益が大きくなり、それは賃金原資にはねかえり、自分の賃金のアップが見込まれます。労働者が企業間競争に巻き込まれ
る構造が日本にはつくられているといっていいでしょう。
「仕事」は企業を超えたスタンダードになりうる基準です。ヨーロッパの労働者は企業意識が希薄で、逆に協約賃金に影響を及ぼすユニオンに信頼感をもって
いるのも、また日本の労働者が企業帰属意識が濃厚で、そこから従業員主義にとらわれているのも、根本的にはこのちがいによるものです。企業社会か否かの分
水嶺といえましょう。」(p.66)
「直截にことの本質が語られています。職能資格制度の職能等級の刻みを、みんながそれなりに昇っていく時代は終わったということです。昇進しないノン・エ
リートの男性ホワイトカラーが日本で登場することになるでしょう。それは、欧米流にみれば、ブルーカラーとホワイトカラーとの間にあった「われらとやつ
ら」の境界が、昇進していくエリート・ホワイトカラーと、あまり昇進しない専門職の「グレーカラー」や女性低賃金職種の「ピンクカラー」という一団との間
に生じる分岐線、ここに移動することを意味します。これは日本の労働の世界を大きく変えていくことになるでしょう。」(p.122-123)
「賃金の長期計画の基本について、労働側の歴史は、すでにその遺産をもっていることを、ここで紹介しておきます。年功賃金の典型であった電産(日本電気産
業労働組合協議会)型賃金(一九四六年)は、戦後の労働運動が獲得したものであり、高く評価されてきました。電産型賃金は、年齢と家族数を基本にしつつ、
能力給部分の査定を会社にゆだねる賃金制度でした。これとはまったく別に、戦後労働運動のなかで有名な日産争議(一九五二年)の際に、自動車産業の唯一の
単産であった全国自動車(全自)が打ち出した賃金原則があります。「全自型賃金」とでもいうべき、この刮目すべき賃金三原則は、今日ではあまり注目されて
いないので要点を紹介しておきましょう。
第一原則〔最低保障の原則〕
「自動車産業に従事する労働者は、たとえ技能が低くとも、どんな企業でどんな仕事をしていても、職場で働いている限り人間らしい生活をして家族を養い、労
働を続けるだけの賃金を実働七時間の中で確保する」。
第二原則〔同一労働・同一賃金の原則〕
「賃金は労働の質と量に応じて正しく支払われることを要求する」。(イ)「年齢や家族が少いからという理由で、賃金を低く抑えることはさせない」。(ロ)
「この原則は、男女の区別によるあるいは国籍その他の理由による差別を排斥する。たとえば男子一〇〇に対し、女子八〇の労働である場合、女子なるが故に六
〇とすることは不可である。労働の質と量の差は、一般的には労働の強度(重労働、軽労働、環境)、仕事の難度(高級、低級、複雑、単純)、労働に対する技
能、熟練度の高低できめられる。この際働く労働者個人の問題でなく、遂行されている労働が客観的に評価される」。
第三原則〔統一の原則〕
「以上の二原則は賃金一本の中に貫かるべきものである。また自動車産業共通の原則として、企業のワクをこえて貫かるべきものである。」」(p.146-
147)
「賃金の「基準の設定」が、働く者たちの生活水準と大きなかかわりあいがあることは、国の最低賃金制度のあり方をみても明らかです。全国一律最低賃金制度
の実現が長い間、労働側のテーマの一つとされてきましたが、そもそも最低賃金制度は産業別労働協約と密接な関連をもって出現したものです。最低賃金制度
は、協約賃金の最低レベルを法律によって産業全体に広げて、法的な拘束力をもたそうというのがその趣旨です。その場合、最低レベルは、年齢とは無関係で
す。ですから、労働者全体の最低生活の底上げをすることになりうるのです。
年功賃金のもとにおける最低賃金制度をみると、単身者賃金から世帯主賃金に上昇するなかで、最低賃金は若年や女性の労働者にのみ作用するという偏ぱなも
のになっています。男性の場合には、やがて最低賃金の水準を脱していきます。したがって日本における最低賃金制度は、中小企業の若年労働者の賃金規制の装
置としてとらえられてきました。
仕事給の世界が生まれ、その上に立った最低賃金制度が実現されるならば、あらゆる仕事に就いている労働者の、その「仕事の価値」の最低レベルを法律に
よって規制することを意味します。それは、すべての労働者の賃金水準の底上げにつながることになるでしょう。」(p.169-170)
「(…)地方公務員の人事政策で問題なのは、ゼネラリスト(一般職)の養成に傾斜し、専門職を軽視する傾向がみられることです。このことが、専門職の非常
勤化、委託化、そして廃止につながっています。とくに自治体における専門職の非常勤職員は急増しています。保育園や給食調理の職場にはかなり前からパート
タイマーが配置されていましたが、今や行政サービス窓口事務員、図書館司書、生活指導相談員、社会教育指導員、女性センター運営委員など、あらゆる分野で
非常勤職員の活用がおこなわれています。
これに対して、自治労の賃金政策では、「管理職につながる単線的なキャリアを唯一の望ましいキャリアと考え」るのではなく、「専門職制度」や「特定部門
における業務推進を担当する専任職」を確立するよう提起していることは大切でしょう。」(p.202)