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『異常者たち:コレージュ・ド・フランス講義1974-1975年度(ミシェル・フーコー講義集成V)』

Foucault,Michel 1999 Les Anormaux: cours au Collège de France 1974-1975,Seuil/Gallimard
=20021025 慎改 康之訳 筑摩書房 x+404p.

last update:20101210

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Foucault,Michel 1999 Les Anormaux: cours au Collège de France 1974-1975,Seuil/Gallimard
=20021025 慎改 康之訳 『異常者たち:コレージュ・ド・フランス講義1974-1975年度(ミシェル・フーコー講義集成X)』,筑摩書房 414p. ISBN-10: 4480790454 ISBN-13: 978-4480790453 \5600+税 [amazon][kinokuniya] ※

■内容

犯罪者をめぐる精神医学と司法の連結への過程を検証し、近代西欧において“異常者”と呼ばれる一族の登場を可能にした“知”と“権力”を、精神鑑定およびセクシュアリティの告白についての歴史的分析から出発しつつ鮮やかに描き出す。

■目次


緒言

一九七五年一月八日 (3) *以下()内の数字はページを示す
刑事精神鑑定
精神鑑定はいかなる種類の言説に属するのか
真理の言説と笑いを誘う言説
十八世紀の刑法における法定証拠
改革者たち
内的心証の原則
情状酌量
真理と正義の関係
権力のメカニズムにおけるグロテスクなもの
犯罪の心理学的かつ道徳的化身
精神鑑定は、ある人物が犯罪を犯す前からすでにその犯罪にどれだけ似ていたかを示す
正常化=規範化【ノルマリザシオン】の権力の出現

一九七五年一月十五日 (35)
狂気と犯罪
倒錯性と幼稚性
危険人物
精神鑑定医はユビュ的人物でしかありえない
精神医学の認識論的レヴェルと、法医学鑑定におけるその退行
医学的権力と司法的権力との対立の終焉
精神鑑定と異常者たち
抑圧概念の批判
癩病[ママ]患者の排除とペスト患者の封じ込め
権力のポジティブなテクノロジーの発明
正常なものと病理的なもの

一九七五年一月一月十二日 (61)
異常性の領域を構成する三つの形象。怪物的人間、矯正すべき人物、自慰する子供
性的怪物は怪物じみた人物と性的逸脱者とを相互に関連づける
三つの形象の歴史的展開
三つの形象の重要性の逆転
怪物についての法的概念
聖発生学、および怪物についての法的かつ生物学的な理論
二重体児
両性具有者。副次的な事例としての
マリー・ルマルシス事件
アンヌ・グランジャン事件

一九七五年一月二十九日 (89)
道徳的怪物
古典主義時代の法における犯罪
身体刑の大いなる情景
権力のメカニズムの変容
処罰権力における儀式的濫費の消滅
犯罪性の病理的本性【ナチュール】について
政治的怪物
怪物的夫婦。ルイ十六世とマリー・アントワネット
ジャコバン派の文献における怪物(暴君)とアンチ・ジャコバン派の文献における怪物(暴徒)
近親相姦と人肉食

一九七五年二月五日 (121)
食人鬼の国で
怪物から異常者への移行
犯罪精神医学の創始に寄与した三人の怪物的人間
利害=関心の不在という概念をめぐる医学的権力と司法的権力
精神医学が公衆衛生学の一専門分野および社会防衛の特別な領域として制度化されたということ
社会的危険としての狂気のコード化
理由【レゾン】なき犯罪、および精神医学の地位確立のための試練
アンリエット・コルニェ事件
本能の発見

一九七五年二月十二日 (151)
利害=関心が不在で処罰不可能であるような犯罪の理解可能性の格子としての本能
本能の問題系を出発点とする、精神医学的な知と権力の拡張
一八三八年の法律、およびよび公の安全において精神医学が要求した役割
精神医学と行政的規制、家族による精神医学の要求、個人を精神医学的かつ政治的に差別化する手段の構成
意志的なものと意志的ならざるもの、本能的なものと自動的なものという軸
症候学的領野の拡散
精神医学は、異常者の科学、異常者の技術となる
異常者。大いなる干渉領域

一九七五年二月十九日 (183)
異常性の領野はセクシユァリティの問題によって貫かれる
キリスト教におけるかっての告白の儀式
罪相応の告解から悔悛の秘跡へ
司牧神学の発展
ルイ・アベールによる『悔俊の秘跡の実践』、およびカロロ・ポロメオによる『聴罪司祭のための教書』
告解から良心の指導へ
告解での、言説による生の二重の検閲
トリエント公会議以後の告白
第六の掟。ピエール・ミラールとルイ・アペールに見られる聴聞のモデル
侮俊と精神指導の実践の核心に、快楽と欲望としての身体が登場するということ

一九七五年二月二十六日 (231)
究明の新たな手続き。肉としての身体の価値剥奪、肉による身体への罪責付与
良心の指導、カトリック神秘主義の発達、悪魔憑きの現象
悪魔憑きと魔女の物語との区別
ルーダンの悪魔憑き
憑かれた女の身体における戦いが形をとり目に見えるようになったものとしての痙攣
憑かれた者とその痙攣とにかかわる問題は、病の歴史のなかに組み込まれていない
痙攣の鎮静法。告解と良心の指導における文体の調整、医学の招喚、十七世紀の規捧=訓練と教育にかかわるシステムへの訴え
精神疾患の神経学的なモデルとしての痙攣

一九七五年三月五日 (255)
肉に関するキリスト教的言説と性的精神病理学とのあいだに現れる自慰の問題
自慰を身体的症状に関連づけるための三つの形態
病理的責任を指定された幼少期
思春期以前の自慰と大人による誘惑。過ちは外部から訪れる
家族の空間とその管理の新たな組織化。両親の身体と子供の身体とのあいだの媒介物の撤廃、および一方の他方への直接的な貼りつけ
家族の文化的退縮
家庭に対する新たな医学的意味の付与、およびキリスト教的告解技術の相続者としての医師に対する子供の告白
自慰を幼少期に固定することによる幼少期の医学的迫害
子供の身体と生とを引き受ける核家族の構成
自然教育と国家教育

一九七五年三月十二日 (293)
近親相姦についての精神分析学的理論がブルジョア家庭に受け入れられるものとなる要因(危険は子供の欲望に由来する)
都市のプロレタリアートの正常化=規範化【ノルマリザシオン】、および労働者家庭における最適な分散(危険は父親と兄弟とに由来する)
近親相姦に関する二つの理論
異常者の先例。精神医学と司法の連鎖、および精神医学と家庭の連鎖
セクシュアリティの問題系、および規則から逸脱したセクシユァリティについての分析
精神医学の認識論的かつ政治的任務としての、本能とセクシユァリティとに関する双生児的理論
性的精神病理学の起源(ハインリッヒ・カーン)
本能と性的想像力とを出発点とする狂気の病因論
ベルトラン事件

一九七五年三月十九日 (323)
怪物、自慰する者、および規範的教育システムに適応できない者が混ぜ合わされた一つの形象
シャルル・ジュイ事件、および管理と権力の新たなシステムに接合された家庭
精神医学的な知と権力が一般化されるための歴史的条件としての幼少期
小児性に対する精神医学的な意味の付与、および正常な行動と異常な行動に関する科学の形成
十九世紀後半における精神医学の大いなる理論的構築
精神医学と人種差別。精神医学と社会防衛

講義要旨 (357)
講義の位置づけ (365)
解説 (395)
索引

*作成:箱田 徹
UP:20101210
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