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『アルコール問答』

なだ いなだ 19980320 岩波新書新赤548,216p. 


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なだ いなだ 19980320 『アルコール問答』,岩波新書新赤548,216p. ISBN-10: 4004305489 ISBN-13: 978-4004305484 640+ [amazon][kinokuniya] ※ m. alc.

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内容紹介
現代人にとって余りにも身近で切実なアルコール中毒.それはどんな病気で,どう治療するのか,できるのか.だれもが知っておくべきことが,患者として訪ねて来たある高校の先生と医者の対話を通じて,一つ一つ懇切に語られる.話はこの病気の社会的・文化的な背景にも及び,杯の向こうに哀切にして深刻な人生ドラマが見えてくる.

内容(「BOOK」データベースより)
現代人にとって余りにも身近で切実なアルコール中毒。それはどんな病気で、どう治療するのか、できるのか。だれもが知っておくべきことが、患者として訪ねて来たある高校の先生と医者の対話を通じて一つ一つ懇切に語られる。話はこの病気の社会的・文化的な背景にも及び、杯の向うに哀切にして深刻な人生ドラマが見えてくる。

■目次

第1章 最初の面接
第2章 意志か意地か
第3章 アルコール中毒はいかにうまれたか
第4章 再飲酒という失敗
第5章 個人的な経験
第6章 自助グループ(AAや断酒会)
第7章 人生の物差し
第8章 アルコール問題の今

■引用

 一九六四年ころ

 「で、先生がアルコール中毒の治療を始められたのは」
 「一九六四年の秋からです」
 「なんでアルコールに興床を持たれたんですか」
 「ばくが、アルコール中毒に興味を薄った? 冗談じゃない」
とぼくは思わず大きな声でいった。その時のことを思い出したからだ。
 「でも、それを専門にされる決心をむなさったんでしょ」
 「決心させられたんです。いやいやなったんです。ある日教授に呼ばれて「国立療養所久里浜病院にアルコール中毒の専門病棟ができた。そこに勤める医者がいないから、おまえ行け」といわれた。じっは最初に勤めた病院で、六〇年安保の時に、ぼくは組合を作って、院長と対立したりして、危険人物視されてしまった。それでまともに雇ってくれる病院がなかったんです。ところがアルコール専門病棟に勤務する希望者がいない。アルコール中毒を専門にするなんてまっびらだという人ばかりで」
 「はあ、そうだったんですか」
 自分でも、思い出しながら、滑稽な感じがした。今になっては、信じられない人がいても不思議ではない。
 「でも、ばくも、そういわれて、ハイハイとでかける素直な男じゃないですよ。そこで教授にいったんです。「ぼくはアルコール中毒に関して、まったくの素人です。これまで数人の患者を診てきましたが、治ったのは一人もいません。そのぼくを専門医として推薦しては、先生が詐欺といわれるかも知れません。それでもいいんですかって。」
 「へえ、先生も、かなりの減らずロだったんですね」<0129<
 Nさんは変な感心の仕方をした。
 「まあね。すると教授は「心配するな。詐欺ともカラスとも、いうものはおらんよ。アルコール中毒は治らん。教授のわしがやっても治らんものを、お前が、治せるとは誰も思っとらん」これでは断われないでしょう」
 「断われませんね。それで行く決心をしたんですか」
 「ま、そればかりでなく、もし、行くなら、厚生省は、ヨーロツパに一年間視察旅行に行かせてくれる、というエサもついていたからね。むしろこのエサに釣られたといったほうがいいかな」
 「でも、とうとう専門にしたんですね」
 「そうです。何をどうしたらいいかも、考えにないままに着任した。そしてとりあえず決めたことが、病棟を開放にすることだった」

 患者を逃がすことを考えた

 「へえ、それは、これまでの閉鎖病棟に閉じ込めるのとは、正反対ではないですか。なにか<0130<目論見があったんですか」
 ぼくは信じられまいと思いながらいった。
 「患者に逃げてもらおうと思ったんです。三人以上集めちやいけないといわれていた患者を、四十人も集めてしまう。三人なら逃走ですむだろうが、四十人では暴動になる。とうてい閉じ込めてはおけない。看護婦になにをされるかが心配だ。そもそも看護婦から勤務を拒否されてしまう。じっさい組合ではそういう動きもあったんです。退院させてくれ、病院から出してくれ、とうるさい患者を無理に閉じ込めておけば、何をされるか分からない。それで扉を開けておいて、そういう患者には自由に逃げてもらおうと思った」
 「冗談でしょう」
 「冗談と思うでしょうね。でも、まじめに思ったんです。開放病棟にしたら、これこれの効果があって、これこれの結果が得られる、という期待など、まったく持っていなかった」
 「それで、開放した」
 「ええ。そしてもう一つは、人院は三力月と決めてしまったんです。治ったら出してやる、というのが病院のとってきた態度ですが、教授までアルコール中毒は治らないといっているんですからね。治るまで、といったら一生入院させておくことになる」<0131<
 「そこで、あらかじめ、人院は三力月ということにした」
 「ええ、そういうことです。ところが、開放しても患者さんは逃げないんですね。そこで患者にお金を持たせることにした。久里浜から東京まで、歩いては逃げられない。電車賃がないから逃げないんだろうと考えたんです。そう思って、今度はお金を自分で持たせ管理させた。これには院長も事務長も大反対だった。「鍵を開け、お金を持たせれば、アルコール中毒の患者たちは酒を飲んでしまうだろう」ってね。当時の人なら、ぼくたちのほうがアルコール中毒の患者たちは酒を飲んでしまうだろう」ってね。当時の人なら、ぼくたちのほうが目茶苦茶をやっていると思ったでしょうね」
 「へえ、そして、結果は?」
 「失敗といったらいいのかな。成功といったらいいのかな、どうなんだろう。それでも患者さんは逃げなかったんです。どうしてだか、分からなかった。それで、ある日、一人の患者さんに聞いたんです。なぜ逃げなかったのかと」
 「それは、どういう患者さんですか」
 ぼくは思い出して笑いながら答えた。
 「これまで、東京の五力所の病院にぶち込まれたが、その五力所の病院を窓から退院してきた、と入院の時に威張って自己紹介した患者さんです」<0132<
 「へえ、すごい患者さんですね」
 「挨拶を聞いて、度肝を抜かれましたね。そしてこの患者は、絶対逃げるだろうと思った。だが、かれも逃げなかった。それどころか三力月いて、みんなに「生まれて初めて精神病院を玄関から退院します」と挨拶して退院した。それでかれを呼び止めて、なぜ逃げなかったの、と聞いたのです」
 今でも懐かしいエピソードだ。
 「なぜだったのですか」
 「かれに笑われましたよ。「そんなことが分かりませんか」って。かれは、こんないい病院は日本のどこにもない。ここを逃げ出して、また昔の病院のようなところに入れられたらかなわない。また悪くなって人院させられる時も、他の病院はいやだ。ここならいい。そのためには少しはいい印象を持ってもらおうと努力したし、そう考えて逃げなかったというんです。そんなつもりで開放したり、金を持たせたわけじゃなかったんですがね」
 「へえ! そうですか。でも、分かりますね。ぽくだってそう思ったでしょう」
 じつに真剣な顔をして、Nさんはうなずいた。<0133<」(なだ[1998:129-133])


■言及

◆立岩 真也 2013 『造反有理――身体の現代・1:精神医療改革/批判』(仮),青土社 ※


UP:20130822 REV:
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