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『精神疾患は脳の病気か?――向精神薬の科学と虚構』

Valenstein,Elliot S. 1998 BLAMING THE BRAIN:The Truth About Drugs and Mental Health, Free Press,a division of Simon&Schuster,Inc.
=20080212 功刀浩監訳,中塚公子訳,みすず書房,325p. + xiv p.

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■Valenstein,Elliot S. 1998  Blming the Brain: The Truth About Drugs and Mental Health , Free Press,a division of Simon&Schuster,Inc.=20080212 功刀浩監訳,中塚公子訳,『精神疾患は脳の病気か?――向精神薬の科学と虚構』,みすず書房,325+xiv p. ISBN-10: 4622073617 ISBN-13: 978-4622073611 4410 [amazon][kinokuniya] ※ m.

■内容

 いまや心の病に先ず薬が処方される時代である。だからこそ、精神薬理学の脆弱な側面や、薬をめぐる社会・経済の力学の現状を、率直に指摘する声が必要だろう。本書はそのような時代の要請に応える情報源として、刊行以来引用されつづけている著作の待望の邦訳である。
 前半の章では、精神疾患や薬の作用の理論として許容されてきた主要な学説の科学的根拠を、一時文献の精査によって検証する。ニューロンと薬物の相互作用に関する科学が長足の進歩を遂げたことは疑うべくもないが、その進歩は必ずしも、精神疾患の原因や、薬が病に効く仕組みの解明には直結していない―。
 この事実が、十分認識されないどころか積極的に軽視されているとしたら、そのこと自体が深刻な病ではないだろうか?本書の後半は、精神医療や向精神薬の開発・販売が、おもに社会戦略的な事情で、矛盾の多い仮設に依拠せざるをえないという現状をつぶさに描き出す。
 だが本書はけっして向精神薬の利用に異論を唱えるものではない。むしろ、向精神薬の健全な活用と精神医療の充実のために、薬の科学の現実とイメージとのはなはだしいずれを正す試みである。

■引用

「第一章 はじめに
 米国の精神医学界はその主張を、「母親に責任あり」から「脳に責任あり」に変えたと言われている。精神障害の原因が家庭における初期経験に根ざしていると考えられていたのはさほど昔のことではない。だが現在では、脳の化学的なバランスのくずれが原因であるという考え方が、専門家にも一般の人にも受け入れられるようになっている。現在の通説では、統合失調症の原因は神経伝達物質のドーパミンの過剰、うつ病はセロトニンの不足であり、不安障害やその他の精神障害は、他の神経伝達物質の異常によるものということになる。脳の神経科学的現象が、精神障害の原因であるだけではなく、個性や行動が人によって違うのはなぜかをも説明できると信じられている。二〇〜三〇年の間にこのような根本的な変化がいかに生じたのだろうか。得られている証拠とこの理論はつじつまが合うのか。生化学的な説明を行い、薬の投与による治療を推し進めることは、誰の利益になり、この利益はいかに推し進められているのか。精神障害を化学的に説明し、あらゆる心理学的・行動学的問題の対処に薬への依存度を増していくことの長期的に見た意味合いとは何か。本書はこれらの問題に答えようとするものである。遅きに失したとも思えるが、現在の生化学説の基礎の仮定の検証を試みた。」(p.1)

「このような変化の兆しが現れたのが、一九五〇年代だった。偶然に、気分や精神状態を変化させることのできる薬がいくつか発見された後のことである。この薬を精神疾患患者に試してみると、精神疾患のいくらかの症状が軽減された。患者の多くが穏やかになり、介護者の負担が軽くなった。はじめのうち、個人開業の精神科医は薬による治療にきわめて懐疑的だったが、費用を切り詰めるのが緊急課題だった大病院では、薬は広く利用されることになった。一九六五年までに、統合失調症薬として販売された新しい抗精神病薬のソラジン(クロルプロマジン)を指定する処方箋が五〇〇〇万枚以上出された。それ以外のうつ病や不安症状の治療薬も、種々入手できるようになった。当初、個人開業の精神科医は、こうした薬を精神療法を補助するものとしてのみ試してみるつもりだったが、次第にくすりへの依存度を増して集中的な精神療法を行わなくなっていった。今日、精神科医のほとんど薬のみで治療を行うことはけっして珍しいことではなく、一年間の売上が数十億ドル規模になる向精神薬も、かなりの数にのぼる。」(pp.2-3)

「向精神薬は、その薬のもついちばんの薬効によってグループ分けされる。抗精神病薬(統合失調症薬、神経遮断薬、メジャー・トランキライザーとも呼ばれる)、抗うつ薬、不安緩解薬(抗不安薬、マイナー・トランキライザーとも呼ばれる)、気分安定薬(リチウムやその後に出たいくつかの薬)に大きく分けられる。気分安定薬はおもに、うつと躁の間の気分の大きな揺れを小さくするために使われる。」(pp.25-26)

「前頭葉ロボトミーの先駆者だったウォルター・フリーマンらはクロルプロマジンの効果を「化学的ロボトミー」と呼ぶこともあった。前頭葉ロボトミーとクロルプロマジンによる治療法が、困難な患者を制御するのに交互に利用された。」(p.34)

「抗うつ薬の発見
精神科患者にクロルプロマジンがはじめて試験されてからほんの二、三年後に、イプロニアジド(米国での登録商品はマーシリッド)という薬がうつ病に効くという報告がされた。イプロニアジドは発見された経緯は、クロルプロマジンと同様にたんなる偶然からであった。」(p.49)

「最初の抗うつ薬イプロニアジドが出てからほぼ一年たった一九五八年に、ガイギー社はイミプラミン(トフラニール)の販売を開始した。エラビルやアナフラニールといった三環系抗うつ薬も他の製薬会社から発売され、たいへんな売れ行きだった。一九八〇年までには、抗うつ薬の処方箋が一年に一〇〇〇万枚出されるようになった。そのほとんどで三環系抗うつ薬がたいてい(必ずというわけではないが)、MAO阻害薬より効き目があり、重い副作用がでることが少ないからである。しかし、イミプラミンや他の三環系抗うつ薬にもいくらかの副作用があり、また、この薬が効かない患者が存在する。三環系抗うつ薬は、ノルアドレナリン、ドーパミン、セロトニンの再取り込みを阻害するので、選択性の高い薬があれば副作用が抑えられるのではないかと考えられた。三環系抗うつ薬の3つの神経伝達物質全部に対する影響はそれぞれで同じではなかった。結局、セロトニンの作用を選択的に増強する薬に強い関心が集中するようになり、このような性質をもつ新薬が熱い期待をもって迎えられた。その理由は、次の二つの章で説明する。」(p.54)

「当初、向精神薬の市場は、おもに公立の精神病院であった。そこでは、患者の数に対して職員が少なく、効果的な治療法もなかった。薬の使用が推し進められたのは、経費縮小と患者の世話をする職員の負担軽減が目的だった。その後、治療の対象となる精神的な問題の範囲が大幅に広がり、専門家の助けを求める人の数が急激に増え、特に抗うつ薬や抗不安薬等の市場が急速に拡大した。製薬会社と公的機関が巨額な資金を向精神薬の基礎および応用研究に投入しはじめた。薬がどんな作用をしているか、脳が通常どのように精神状態を制御しているかについて示唆する何らかの情報があるのか、精神疾患では何がうまく機能しないのか等について、いろいろな学問分野の研究者たちがエネルギーを集中的に注ぎ込んで研究を始め、精神薬理学という新しい分野ができた。そして、薬の作用と精神疾患を説明する生化学説が提唱された。だがこれは、後で詳しく説明するが、その時代で利用できる神経化学のほんの少しの知恵を基礎にしたものでしかなかった。後に妥当性を疑わせたり矛盾をつきつけるような証拠が出てきたにもかかわらず、弁護され支持され、熱心に推し進められている。その理由については、後の章で詳しく述べる。」(p.77)

「うつ病の人にはセロトニンかノルアドレナリンの欠乏があると、しょっちゅう自信たっぷりに言われているが、その根拠の実際はこの主張と矛盾する。現時点では、患者の脳のノルアドレナリン濃度やセロトニン濃度を測定することはできない。脳の神経伝達物質の量の見積もりは間接的証拠からの推定にすぎず、その間接的証拠にもいくつか弱点がある。(中略)しかし、うつ病患者でノルアドレナリンやセロトニンの代謝産物の異常な濃度を見つけようという試みはうまくいってない。」(p.133)

「 プロザックと他の選択的セロトニン再取り込み阻害薬――静けさの科学

セロトニンの宣伝

 世界中でこれまで三〇〇〇万人がプロザック(フルオキセチンの商品名、日本では未承認)を服用し、それよりさらに数百万くらい多い人数の人たちが、他の何らかの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を服用したことがあると推定されている。こうした薬が大量に売れるのは、うつ病の原因においてセロトニンがきわめて重要な役割を果たしているという理論が背景にあるからだが、それと同時に、セロトニン濃度を上昇させると、精神上、行動学上のあらゆるプラスの影響が現れると信じる人が増えているからでもある。セロトニンを高めることが、人間の望ましい特質のすべてを獲得する方法として広く奨励されている。望ましい特質とされるものの例を少しだけあげると、自信、創造性、安定した情緒、成功、達成、社会性、高い活動力といったものである。高いセロトニン濃度が幸せや落ち着きのもとになるというこの新興宗教のような信仰を、これに懐疑的な人たちは「静けさの科学」と名付けている。」(p.136)

「 一般の人々がプロザックの名を意識したのは、人気のある雑誌に記事が出たことがきっかけとなった。その一つの例は『ニューズウィーク』の一九九〇年三月二六日号である。その表紙にはプロザックの錠剤が大きく描かれ、そこに「画期的な抗うつ薬」という言葉も添えられた。この雑誌の記事では、プロザックと他の抗うつ薬の有効性を比較する数値は示されていない一方で、プロザック信者の個人的な体験の「証言」は載っている。しばらく後の一九九四年二月七日号の『ニューズウィーク』の表紙では、「うち気、忘れっぽさ、心配性、怖がり、執着にさよなら! ひと粒飲めば、科学の力であなたの性格が変わります」というふうに、プロザックがもつとされている人格を高めるち力が強調されていた。」(p.137)

「 うつ、攻撃性、自殺、ストレス、自信欠如、失敗、衝動の制御不能、過食、種々の「薬物乱用」といった好ましくない精神状態や行動的特徴のほぼすべてが、セロトニン濃度の低さのせいにされている。大衆向けの記事だけがそうなのではなく、精神医学の専門誌でさえ、低セロトニン濃度が多くの好ましくない特質の原因だというような書き方をしているのだ。だがそこでは、言葉の使われ方がより慎重で学術誌的である。専門誌の論文では、好ましくない特質について述べるときにはつねに、低セロトニンがうつ病の原因であるという言い方をしないで、「低セロトニンが関与している」と表現する。だが、それを読んだ人たちがそこから感じとるのは、記述されている症状のほとんどがセロトニン濃度を上げる薬の投与で治るというメッセージである。」(p.138)

「 要約してみよう。神経化学と薬の作用の神経薬理の知識は大いに増したが、理論の方はここ五〇年ほとんど変わっていない。現在までに、薬理学的知見や技術が大いに進んだ。ところが情動に関する生化学的研究は、脳に全部で一〇〇以上あると推定される神経伝達物質のうち、せいぜい三つか四つのものとの関連にかぎられている。また、最新の抗うつ薬は、受容体に特異的に結合するようになってきているものの、従来と同じ少数の神経伝達物質にしか作用しない。薬の開発は、うつ病の原因や薬の作用のメカニズムの理解が進んだというより、市場を念頭において進められる。抗うつ薬は、うつ病の原因である生化学的欠陥を正常化することによって作用するとよく言われている。この文句は売り込みには有効だが十分な証拠はない。」(pp.145-146)

「プロザックとSSRI――何にでも効く薬?

 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、熾烈な販売が行われたもう一つの例である。前にも書いたが、この種の薬の売り上げはたいへんなものである。」(p.228)

「薬と患者支援団体

 製薬会社が向精神薬の市場を拡大させるためにとる方策の一つに、さまざまな患者支援団体を支援して、患者に薬物療法を勧めるやり方がある。(中略)こうした患者支援団体は、その影響力で製薬会社の宣伝資料を引き立てる役割を果たしている。」(p.232)

 「こうした小冊子は、人々が進んで薬物療法を受けるように仕向けることを明らかに意図したものである。この企業体が資金を出した全面広告の冒頭に「精神疾患を引き起こす化学物質を利用することで、いまや精神疾患が治せるのです」という文章がある。」(p.239)

「 製薬業界の資金が、精神医学の研究を方向づけている。」(p.246)

「患者にとっては、精神障害より身体的な病気の方が受け入れやすい

 すでにいろいろな文献において繰り返し述べたが、精神障害の患者と家族は、彼らが抱える問題が精神的なものではなく身体的なものであると考えたがる傾向がある。あらゆる精神状態と身体とは関連があると考えられるから、精神障害と身体的病気の違いはたんに語意上のものにすぎないかもしれないが、多くの人にとってその違いは現実的なものであり、精神的病気か身体的病気かによって、実際は大きな違いとなる。精神障害が好まれない大きな理由の一つは、精神障害と診断されるとスティグマ(社会的烙印)をともなうことになるのではないかという危惧である。精神的問題は、その人が弱い人間であり、問題を克服する努力が足りない証拠だと信じる人がいまだにたくさんいるのである。それはちょうど、アルコール依存症の人を、意志が弱く道徳心に欠けると非難するのと同じである。精神障害であると診断されると、患者の家族は自分たちが非難されているように感じることがよくあるし、実際、家族が違った接し方をしていたら問題は生じなかったかもしれないと考える人もいる。その上、もし問題が生化学的なものだということになれば、薬で治すことができるように思えるし、さらにまた精神療法家にも誰にも、個人的なことをさらけ出したくない人も多い。問題が身体的なものであるならば、その必要もないのである。」(pp.285-286)

「 こうしたことや本書の前編を通じて扱った証拠や議論のすべてを概観して、私は、うつ病のセロトニン・ノルアドレナリン仮説や統合失調症のドーパミン仮説には確かな裏づけがないと結論するに至った。しかし、どの宣伝資料でも、そうした説はまるで確立したもののように書かれている。」(p.291)

「 精神障害をもつ人は、処方される薬には糖尿病患者に対するインシュリンのような作用があると告げられれば元気づけられるかもしれないが、このたとえは正しくない。だが、明らかに、このたとえをうまく利用しようとするグループが数多く存在する。」(p.292)

「 抗うつ薬や抗精神病薬を宣伝する製薬会社の広告が精神の病気を身体的な病気だと言い切るのは、そうすれば、精神障害の化学説と薬物療法を楽にすんなりと推し進めることができるからである。」(p.292)

「 精神障害は身体的な病気であるという概念は、いくつかの理由から広く促進され受け入れられてきた。精神障害をもつ人や、とりわけその家族はむしろ「身体的な病気」と診断されることを望むことが知られている。そうすれば「精神障害」につきもののスティグマや非難を受けずに済むからである。さらに、「身体的な病気」であれば、予後についても楽観視できるし、治療も簡単でお金もかからないだろうという印象を受ける。しかし、患者は「身体的な病気」と言われてほっとするかもしれないが、病気の回復において受身の役割に甘んじることになり、病気を治すうえで身体的療法に完全に依存することになる。明らかに「身体的な病気」という言葉は化学的過剰または欠乏の存在を理由に、薬物療法を正当化する際の合いの言葉である。患者は身体的な病気だと告げられると、薬物療法を素直に受け入れやすくなることが知られている。さらに、先にかなり詳しく述べたが、製薬業界、精神科医、保険維持機構、医療保険会社等の影響力ある団体は、化学的な原因や薬物療法を強調する理論ならなんでも良しとする傾向が見られる。精神疾患の化学説を促進しようとする人たちのほとんどは、この説の基礎となる証拠は確実なものだと心から信じているのだが、実際のところ、自分自身の利益を保証する理論は常にいちばん正当に見えるようである。」(pp.293-294)

「 精神障害の化学説の正当性のいかんを、薬物療法を受け入れたり拒否するための根拠にすべきではないということに、私は賛成する。そこは合意したうえで、向精神薬の有効性は、普通言われているよりずっと低いことをつけ加える必要があると思う。薬の効き目は常に誇張されている。薬を服用するようになって「奇跡的に」治った患者の話が引き合いに出されることが多い。こうした話は一般化できないかもしれないが、話のいくらかは確かに本当である。だが対照実験をしていなければ、改善に寄与したのが何であるのかはわからない。」(p.308)

■言及

◆立岩 真也 20140825 『自閉症連続体の時代』,みすず書房,352p. ISBN-10: 4622078457 ISBN-13: 978-4622078456 3700+ [amazon][kinokuniya] ※
◆立岩 真也 2013/12/10 『造反有理――精神医療現代史へ』,青土社,433p. ISBN-10: 4791767446 ISBN-13: 978-4791767441 2800+ [amazon][kinokuniya] ※ m.


作成:松枝亜希子
UP:.. 200800626
薬について(とくに精神医療で薬の使うことを巡る言説)  ◇抗うつ剤関連  ◇精神障害/精神障害者  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK 
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