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『アイバンクへの挑戦』

坪田 一男 19971125 中央公論社,202p.

last update:20131202

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■坪田 一男 19971125 『アイバンクへの挑戦』,中央公論社,202p. ISBN-10:4120027392 ISBN-13:978-4120027390 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ sjs


■内容(「BOOK」データベースより)


患者は待っている。移植専門医はいる。移植のためのドナー角膜が、足りない。脳死問題でゆれる臓器移植の一環として存在する角膜移植。機能しない日本のアイバンク・システムに、角膜移植専門医として医の内側から挑戦した記録。
内容(「MARC」データベースより)
患者も専門医も存在するが、移植のための角膜が足りない。脳死問題で揺れる臓器移植の一環として存在する角膜移植を行うのに不十分な機能しか果たしていない日本のアイバンク・システムに、医の内側から挑戦した記録。


■目次



 はじめに…9

 イントロダクション…13
1 待っても来ない角膜
2 何がアイバンクの問題なのか
3 すべてを自分でやる眼科医
4 新しいチャレンジが必要だ

 第1章 機能しない日本のアイバンク…33
1 日本のアイバンクの歴史、システム
2 社会のニーズを満たさないアイバンク
3 日本のアイバンクの収支決算
4 日本眼球銀行協会への期待

 第2章 ひとつの理想であるアメリカのアイバンク…55
1 アメリカのアイバンクの歴史、システム
2 社会のニーズを満たすアイバンク
3 アメリカのアイバンクの人材
4 アメリカのアイバンクの経営
5 EBAAの存在

 第3章 角膜移植医としての挑戦…77
1 患者さんから角膜をもらう
2 病理解剖時に献眼をお願いする
3 アイバンク機能せず
4 アメリカから角膜輸入を始める
5 EBAAとの協力体制の確立
6 現在の東京歯科大学眼科のシステム
7 もっとも進んだ角膜移植
8 角膜上皮のステムセル移植
9 重症ドライアイのオクラーサーフェス再建

 第4章 機能する日本のアイバンク・システムを作る…127
1 新しいアイバンクを作る
2 サポートしてくれる大事な人たち
3 お邪魔をしてくれる人たち
4 硬直する官僚システム
5 僕たちが官僚システムから学んだこと
6 現在の挑戦

 第5章 アイバンクにかける夢…155
1 理想的なアイバンク
2 患者さんに安全な角膜を提供する
3 ドナーの人に幸せを提供する
4 世界にはばたく日本のアイバンク

 第6章 進歩するアイバンク…181
1 目をとるなんて気持ち悪いという感覚
2 人工角膜の開発プロジェクト
3 ここまで進んだ角膜移植の概念
4 今まで治らなかった病気が治るようになった

 エピローグ…188
 図表…190
 臓器移植法案に関するあらまし
 著者紹介


■SJSに関連する部分の引用


(pp114-126)
 8 角膜上皮のステムセル移植
 前に述べたようなシステムで角膜移植を行っていると、日本全国から患者さんが来てくださるようになった。図1は1996年に東京歯科大学眼科に紹介のあった病院を日本地図上でプロットしたものだ。いかに全国的にニーズがあるかがわかる。これもドナー角膜を確保することができるからこそのことである。
 患者さんが集まってくると難しい病気も多数含まれてくるようになる。これらの病気には塩酸やカセイソーダで目をやられてしまう化学外傷や、ひどい熱傷、スチーブン・ジョンソン症候群[p115>と呼ばれる粘膜皮膚の病気、眼類天疱瘡と呼ばれる重症の角結膜瘢痕性(傷になってしまう病気)疾患などがある。これらの病気では角膜移植をするとだいたい2、3ヵ月は角膜が透明できれいに治るのだが、しばらくすると表面に血管が入り濁ってしまうのである。拒絶反応とは明らかに違う。角膜の表面に結膜が入ってきてしまうのだ。

 S.T君は20歳。17歳の時に実験中に苛性ソーダが目の中に入ってしまい角膜が混濁してしまった。それから2回他の病院で角膜移植をしたが3ヵ月間はきれいなものの、またすぐに元のように濁った角膜になってしまう。混濁した目の状態で、1992年の5月、20歳の時に僕たちの病院に来院した。
 「これは角膜上皮のステムセル移植で治せるよ」。1992年の2月から始めた角膜上皮のステムセル移植。この手術を行ったところ1997年の5月まで5年間にわたり、今のところきれいな角膜を保持できるようになった。
 「視力も上がったけど、目がちゃんと黒くなってきれいになったことも嬉しいです」。今年25歳になった彼はそう言って喜んでいる。

 角膜上皮のステムセル移植とは何か? 簡単に言えば、角膜上皮細胞の種にあたる細胞の移植である。血液でいえば骨髄移植にあたる。前に書いたように角膜移植をする時には内皮細胞、実[p116>質細胞、上皮細胞の三つの細胞を移植することになる。このうち内皮細胞は長い寿命を持っている。ドナーの内皮が生き続けるのだ。ところが移植する中心部の実質細胞と上皮細胞には寿命がある。ちょうど輸血をした血液は3ヵ月もしないうちに消えうせてしまうように、角膜上皮も死んでしまうのだ。
 ちょっと体の中を覗いてみよう。しょっちゅう死んで置き換わっていく細胞と、全然置き換わらない細胞との2種類から僕たちの体は成り立っていることに気づく。たとえば皮膚、髪の毛、血液、口の中の粘膜などは、どんどん置き換わる。お風呂に入ってこする“垢”は皮膚の細胞が死んでいったものだし、髪の毛は抜けてもまた生えてくる。体の中では毎日何百万という血液細胞が死んでいく。一方脳細胞や心臓の細胞などはいつまでたっても置き換わらない。脳細胞が置き変わってしまって、神経の接合パターンも変わってしまったら、知らないうちに僕たちは人格も変わり違った人になってしまう。でもそういうことはない。脳の細胞や神経の細胞は置き変わらないのだ。
 どんどんと置き換わる細胞。これはきちんと細胞分裂が行われているからこそ、こうやって置き換わることができる。細胞分裂とは同じ細胞のコピーができることだから遺伝子に規定された細胞の蛋白からすべてを複製する。複製の途中では当然ミスコピーの可能性もある。もし勝手に複製をしていったら、何回もコピーをとると薄くなってしまうように、原本から変化してしまう。そこで書類でいえば“原本”にあたるものが必要だ。こうしておけばいつでもオリジナルに限り[p117>なく近いコピーをとることができる。それもオリジナルからコピーをたくさんするとオリジナルが傷むので、オリジナルは時々コピーして、コピーしたものをたくさん増やしたほうが得だ。人の体もそうやってうまくできている。ステムセルとはちょうど書類の“原本”にあたるものなのである。この細胞は非常にゆっくりと分裂する。一生の間自分の性質(フェノタイプという)を保持しなければならないから、あまり分裂したくないのである。だからステムセルはスローサイクリングセル(ゆっくりと分裂する細胞)とも呼ばれる。
 それぞれの細胞にはそれぞれのステムセルが存在する。精子と卵子が合体した受精卵はすべて細胞のステムセルにあたるのでスーパースターだが、だんだん分化すると皮膚なら皮膚、角膜上皮なら角膜上皮というように1種類の細胞には1種類のステムセルが存在するようになる。血液の場合はこのステムセルは骨髄にある。白血病の治療や再生不良性貧血で体の中の血液細胞がなくなってしまった場合にいくら輸血をしてもすぐに輸血した細胞は死んでしまう。種にあたるステムセル移植が必要なわけで、これが骨髄移植なのだ。
 皮膚の場合は皮膚のいたるところに少しくぼみがあってそこにステムセルがいる。角膜上皮のステムセルも角膜全体にいるんだろうと漠然と思われていたのが、じつは角膜輪部に限局しているということがわかってきたのが1985年ごろからだ。そして結膜上皮のステムセルは、結膜の奥のほうの結膜円蓋部というところにあることもわかってきた。どの細胞もなるべくステムセルは大事、大事に保存される。なるべく外界からの刺激の少ないところにしまっておく。血液細[p118>胞なら骨髄という骨の中に大事にしまってある。ところが角膜は外に露出した細胞群なので、なかなか場所選びが難しい。それでもだいたい僕たちの目は上部は上まぶた、下部は下まぶたで覆われているので、直接の紫外線や乾燥からは守られている。角膜のまわりに時々黒い色素があるのも、角膜上皮を守っている。さらにここにはひだがあって、そのひだの奥底にステムセルが存在する。しかし目を大きくあけてしまえば外界に直接暴露してしまう。数も限られている。だから化学外傷や熱傷などで角膜上皮のステムセルがすべて駄目になってしまうこともあるわけだ。とにかく360度にわたって角膜輪部に障害を受ければステムセル障害となる。こうなるともう角膜上皮という花を目の表面の庭に生やそうとしてもすでに種がない状態だから、角膜上皮の花は咲きようがない。そこで角膜の上を結膜上皮が覆うことになる。結膜上皮のステムセルは“あかんべー”を思い切りしても出てこないくらい深いところにあるので、ちょっとくらいではなくなってしまうことはない。それでもスチーブン・ジョンソン症候群のように、全身の粘膜が広範囲に破壊される病気では、結膜上皮細胞のステムセルも消失してしまうことがある。このような場合は目の表面は皮膚で覆われる。
 さて種がないところに花を咲かせるにはどうするのか? もちろん種を植えるのである。これが角膜上皮のステムセル移植だ。英語で移植をトランスプラント(transplant)というが、この語源は植木を植え換えるという意味だ。まさにステムセル移植はドナーの方の角膜上皮の“種”を患者さんに植え換えることになる。[p119>
 手術そのものは単純である。ドナーの角膜輪部を患者さんの輪部に細い糸で縫いつけるのだ。術後のケアーは、細心の注意と角膜研究者としての力量が問われる部分だ。というのは角膜輪部は抗原性が高く、拒絶反応の発生率が高い。当然サイクロスポリンAなどの免疫抑制剤を使わなければならない。またステムセルを移植しても細胞分裂をうまくしてくれるように環境を整えていかなければいけない。炎症をコントロールしたり、感染を防いだり、涙液を補ったりしてステムセルが元気に育つように励ます。
 1992年にこの手術を始めてからすでに130例以上の手術をてがけている。多分世界で一番多い症例数だと思う。アメリカ眼科学会でも1994年からこの手術法のインストラクション・コース(Instruction Course)を担当し、自分たちの手術方法をアメリカの眼科医たちに教えている。ハーバードで研修をしてから10年。今度はこっちが教える番だ。英語での講演もなんなくこなせるようになったし、最近は講演中に笑いもよくとれる。とても気持ちがいい。1995年の秋、このコースに出席したドクターに Dr. Park という医師がいた。この方は韓国のプサンから学会に勉強に来ていたのである。
 「坪田先生、私の患者に9歳の男の子がいます。2年前にスチーブン・ジョンソン症候群になってからずっと失明しています。自分たちのところでは手におえないし、日本の大きな大学でも診てもらいましたが、どこの病院でも手のほどこしようがないとのことでした。でも今の先生の講演を聞いたらもしかしたら治るかもしれないんだと思ったのです。9歳の男の子ですよ。なんと[p120>かしてください。患者さんをプサンから連れて行きますからぜひ治してください」
 インストラクション・コースでかっこいいことを言ってしまった以上駄目とは言えない。もうこんなに難しい病気だって治せるんだよ、という話をしたいだけしてしまったあとである。それにアメリカ眼科学会のインストラクション・コースでいい気分で講演しているもんだから、「イエース。いつでも連れてきなさい。僕が治しましょう」などと大きな口をたたいてしまう。言ったとたんに、うまくいかなかったらどうしよう、国際問題になったら? などと反省するが、もうしょうがない。すぐに患者さんの来る日程まで決まってしまった。
 Dr. Park というのもなかなかたいした人で、11月にアメリカで会って、もう12月には患者さんを紹介してきた。おかあさんと二人でやってきた李相栄(リサンヨン)君はちょっとてれやの男の子。ただし、スチーブン・ジョンソン症候群のため目が開かない。自分にも9歳の男の子がいるだけに、なんとかしてあげたいという気持ちがつのる。英語も日本語もできないため、韓国語のできるボランティアの方に手伝ってもらって診察は始まった。確かに重症である。他の病院では手術をためらうだろう。でも僕たちには李君の目の上で起きている問題がよくわかった。角膜上皮のステムセル障害なのだ。だから上皮のステムセルを移植すれば治る。
 1月に手術を行った。この手術が可能になったのもEBAAのおかげである。EBAAのサポートがなければ、こうやって予定を組んで麻酔医を頼んで手術をすることができない。さて表面の結膜化した瘢痕組織を取り去ると、きれいな角膜が出てきた。ここで僕たちの考えが正しいこ[p121>とが確認されたわけだ。角膜自体が濁っているわけではない。角膜上皮のステムセルがなくなってしまったので、角膜の上を結膜が覆っていたのである。
 きれいに瘢痕組織を取り除き、丁寧に出血をとめて、目の上に羊膜をかぶせる。羊膜は、ちょうど庭でいえば良い“土”にあたる。羊膜を使うことで上皮細胞が生える下地ができるのだ。この羊膜を使うということも新しい方法で、日本での臨床応用は東京歯科大学眼科が始めた。世界でもマイアミ大学に次いで2番目である。羊膜を固定したところでドナー角膜の輪部を固定する。真ん中の角膜は透明なのでここに通常の角膜移植は行わない。ステムセル移植だけだ。眼帯をして手術を終わる。ドナー角膜輪部のステムセルが増殖して角膜の上に張ってくるのを待つだけだ。
 約1週間ほどすると角膜の中心部はドナーのステムセル由来の角膜上皮細胞で覆われた。角膜の透明度も増し、視力もぼんやりとだが出てきた。僕たちの韓国語と李君の日本語が少しコミュニケーション可能になったのもこのころである。スリットランプでの診察も楽になってきた。1ヵ月後、無事退院。李君の右目の視力は0.3まで回復した。6ヵ月たって大丈夫だったら左目の手術をしましょうと話をして彼らは帰国の途についた。
 3ヵ月後に診察に来た李君の視力はなんと1.0。もうこれで普通の学校に行けると家族全員で喜んでくれた。僕もこんなに嬉しいことはない。医者冥利につきるとはこのことだ。自分の専門の技術を駆使して子供の視力を取り戻す。それも僕のエゴを満足させるように、他の病院ではこの手術ができないというのだからなんか、優越感が広がってしまう。こういうことを書くと絶[p122>対みんなから「そんなに、自慢するもんじゃないよ」と言われてしまうだろうけど、やっぱり嬉しい時に嬉しがっておかないと、あとからのエネルギーが出てこない。素直に喜ぶのだ。

 その年の6月には左の目を手術して、李君の両目は視力を取り戻した。1997年3月に韓国のソウル大学から招聘を受けて講演を行った帰りに、プサン大学でも講演会に行き、李君の手術について詳しく技術を教えてきた。その夜は李君ファミリーから招待を受け、素晴らしい韓国料理を堪能させてもらった。これも僕の想い出に残る素晴らしい旅行だった。いろいろと勉強をしたり、研究をしたりと大変なことも多いけれど、こうやって自分の手術によって国外の方までも視力を取り戻したと思うと嬉しい限りだった。

 9 重症ドライアイのオクラーサーフェス再建
 さて、このようにスチーブン・ジョンソン症候群など重症な患者さんでも角膜上皮のステムセ[p123>ル移植で治療が行われるようになった。ところがまだ治せない患者さんたちがいた。それは重症のドライアイを合併しているスチーブン・ジョンソン症候群である。これらの症例に対しては世界中のどの病院も治療を行っていなかった。涙が完全にない状態ではオクラーサーフェスの上皮細胞が分裂せず、治すことができないのだ。ところが僕の専門はもともとドライアイだから、ひどいドライアイの患者さんがいっぱいやってくる。本音からいえば自分の人生のゴールを“ドライアイの原因を究明してドライアイの治療法を作ること”にしているから、アイバンクの設立はむしろドライアイの治療のためのひとつのリソースと考えている。だから重症のドライアイはなんとしてでも治療したいわけだ。
 同時進行でいろいろと気づきというものは起きるものだ。角膜上皮のステムセルという概念が提唱されつつある時に、僕たちドライアイのグループは新しい仮説を提唱するに至った。それはこういうものだ。
 「ドライアイは乾くから障害を発生するのではなくて、むしろ涙の中にある成分が目の表面に行きわたらなくなるからひどくなる」
 この理論でいえば、完全にドライアイの患者さんにいくら目薬を投与しても駄目だ。なぜって、涙の中には上皮成長因子(EGF)やビタミンAなど上皮細胞に必要な成分がたくさん含まれているのに、今の人工涙液にはこういうものはまったく含まれていない。だから人工涙液をたくさん使えば乾きを防ぐことはできるかもしれないが、成分を供給することはできない。[p124>
 この理論に基づいて涙の中にある成分をすべて供給する方法は何か? ひょっこり思いついたのが患者さん自身の血液からとった血清を点眼する方法である。たまたま目の表面に出血したドライアイの患者さんが一晩で治ってしまった経験から、血液の中には涙の中の成分をほとんどすべて含んでいることに気づいたのである。そこでシェーグレン症候群と呼ばれるドライアイ患者さんに自分の血清の点眼をしてもらった。するとどうだろう。今までどの治療法も効果のなかった患者さんたちが、たくさん良くなっていったのだった。
 「これだ。これで重症のスチーブン・ジョンソン症候群の患者さんも治せる」と僕は思った。全く涙の出ない患者さん。どんな刺激を与えても涙の出ない患者さんに自分の血清を点眼しながら手術をする。手術のあともまめにこの目薬をさしてもらう。このような治療法である。

 図2は庭に咲く花と、オクラーサーフェスの角膜上皮細胞を比較して見せたものだ。花が毎年咲くためには種と、いい土と、そして雨が必要だ。同じように角膜上皮がちゃんと保持されるためにはステムセルと、基質(羊膜)と涙(血清)がなくてはならない。どれもなくなってしまっている重症のスチーブン・ジョンソン症候群ではこれらの三つとも用意してあげなければいけない。
 こうやって重症ドライアイの治療は始まった。37歳のS・Mさんは7年前にスチーブン・ジョンソン症候群にかかり、全身の皮膚と粘膜がやられてしまった。左目は完全に混濁し、ほと[p125>んどものを見ることができない。医学的には30センチメートル・ハンドモーションという視力だった。涙は全く出ない。この患者さんに、今まで話をした角膜上皮のステムセル移植に加えて、患者さんの血清を使ったのだ。彼女は毎日何回も点眼しなければならないから大変だけども、これだけが彼女の目の表面を治す方法だ。
 一生懸命彼女は目薬をさした。こうやって彼女の目は治り、視力も0.7まで回復。これらのシリーズは世界でも初めてなので僕たちは『ランセット』や『アメリカン・ジャーナル』という欧米の一流雑誌に多数論文を書いたのである。これまたドライアイに関する知識と角膜移植に関する知識が重なって治療を可能にしたのだ。医者冥利につきる瞬間である。

 ここまでやってこれるのもしっかりとしたアイバンクのサポートがあるからこそである。ところがまだまだ話は進む。さきほど結膜のステムセルは円蓋部という奥底に隠されているのでなかなか消えてしまうことはないという話をしたが、本当にドライアイがひどくなると、ついにこの結膜のステムセルさえも駄目になってしまう。そうなると目は完全に皮膚に覆われる。この場合は角膜上皮のステムセルはもちろん、結膜上皮のステムセルもない。この場合、今までの手術法ではうまくいかないことがわかった。当然、結膜上皮のステムセル移植も必要なのである。ではどうやってこれを得たらいいのか? 僕の場合はすぐにアイバンクに相談した。結膜上皮のステムセルを眼球と一緒に摘出できないかどうか? どうやって遺族に説明するのか、法律的に問題[p126>はないかどうかなどなど、すぐに調べる。さらに結膜のステムセルが培養可能で、きっちりと細胞の活性が高いことを確認して実際の手術に臨むのだ。現在この目の表面の究極の再構築の手術が始まりつつある。課題も多い。まぶたの再建、まつげの再建、まばたきをさせる方法、血清をどのくらいさす必要があるのか? 免疫抑制剤は一生使わなければならないのか? などなど。しかし、僕たちの角膜センターは重症であきらめていた患者さんをなんとか一人でも救いたいとさらに挑戦していきたいと考えている。そのためには近代的なアイバンクのサポートは欠かすことができないのだ。


*作成:植村 要
UP:20131202 REV:
スティーブンスジョンソン症候群  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
 
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