HOME> BOOK >

『女性化する福祉社会』

杉本 貴代栄 19970927 勁草書房,269+24p.


このHP経由で購入すると寄付されます

■杉本 貴代栄 19970927 『女性化する福祉社会』,勁草書房,269+24p. ISBN-10: 4326652020 ISBN-13: 978-4326652020  [amazon]

■出版社/著者からの内容紹介
男女協業こそが高齢社会を救う。シングルマザー、女性労働などの実情を日米比較し、社会福祉をフェミニズムの視点から再検討する。93年刊「社会福祉とフェミニズム」の続編。

■目次
はしがき
I 現在を展望する
第一章 社会福祉研究の軌跡――その現状と課題

1 後発したフェミニズムからの取り組み
2 社会福祉のなかのセクシズム
3 社会福祉研究とフェミニズム
4 共通の課題としての家族
5 社会福祉の再構築をめざして

第二章 人権と社会福祉――ジェンダーの視点から見る「女性の人権」
1 国連での取り組み
2 社会福祉は「女性の人権」をいかに取り扱ってきたか
3 社会福祉に出現するジェンダー問題と「女性の人権」
4 日本型福祉社会における「女性の人権」
5 人権をジェンダーの視点から再検討するために

第三章 社会変動と女子労働
1 「女性の時代」とそれ以降
2 労働力の女性化
3 性別役割分業の再編成
4 女性の自立を支える社会の実現

第四章 高齢社会と女性――日米社会の比較から老いを考える
1 フェミニズムの忘れもの
2 高齢社会は「女性問題」のアガリ
3 高齢女性のイメージ
4 アメリカの試み――高齢者と共存する社会
5 豊かな高齢期を過ごすために――「年をとったら紫色の服を着るわ」

II 方法を探る
第五章 貧困研究とジェンダー

1 貧困とジェンダーの関り
2 貧困研究の動向とジェンダー
3 貧困研究と女性世帯
4 日本における「貧困の女性化」とは

第六章 アメリカの女性世帯と「貧困の女性化」
1 はじめに
2 家族の変化とシングルマザーの増加
3 「貧困の女性化」の進展
4 「貧困の女性化」と社会福祉研究
5 まとめ

第七章 フェミニスト・リサーチの冒険――いかにすれば女性の抱える社会的問題を明らかにできるのか?
1 フェミニスト研究の登場
2 女性問題に関する調査の隆盛
3 調査研究の新たな潮流――フェミニスト・リサーチを構築する背景
4 フェミニスト・リサーチとは何か

第八章 社会福祉のフェミニスト実践――良きソーシャルワークを越えて
1 フェミニズムの実践課題
2 社会福祉の困難――可視化されたジェンダーの問題
3 フェミニスト実践へ向けて
4 フェミニスト実践の課題
5 エンパワーメントの社会福祉実践

III 福祉国家を考える
第九章 福祉国家論の諸潮流

1 福祉国家の危機
2 福祉国家批判の潮流
3 フェミニズム福祉国家批判の論点
4 日本におけるジェンダー研究の必要性

第十章 アメリカの社会福祉改革とシングルマザー
1 福祉改革法案の成立
2 シングルマザーへの社会福祉援助
3 AFDCの返還と現状
4 福祉改革の進行
5 社会福祉のなかのジェンダー問題

第十一章 高齢社会における「日本型福祉社会」の変遷――「女性化する福祉社会」を問う
1 はじめに
2 「日本型福祉社会」の登場
3 「日本型福祉社会」の破綻と「新・日本型福祉社会」への転換
4 女性化する福祉社会をもたらすもの
5 ジェンダー視点に立った高齢化社会の構築――女性化する福祉社会の克服
6 女性は高齢社会を救えるか

あとがきにかえて――結婚したいけど結婚したくない当世女子大生
1 長野県短期大学の「女性問題」
2 女子学生は「保守化」したのか
3 男子学生は「進歩」したのか
4 専業主婦はないものねだり
5 女子学生に期待すること

参考文献
索引
初出一覧



■紹介・引用
  
第一章 社会福祉研究の軌跡――その現状と課題
1 後発したフェミニズムからの取り組み

 今日、様々な学問領域で、フェミニズムから学問を問い直すことがはじめられている。既成の知識体系が、各学問が、男性中心に偏向していること、女性が「見えない存在」であることに異議申し立てをし、ジェンダーの視点を持ち込むことによって新たな「知」の体系と教育体系の創造をめざすことは、フェミニズムの重要な主張なのである。
 フェミニズム「先進国」のアメリカでは、フェミニズムによる各学問領域の再検討が一九七〇年代からはじめられたが、日本においてはいずれの領域においても、まさに着手されたところだと言わざるをえない。なかでも社会福祉の領域はフェミニズムによる影響を受けることが少なく、関連 >004> する研究も多くはない。もっともアメリカにおいても、文学・歴史学・心理学・精神分析学の分野では早くからフェミニズムによる再検討がはじめられたが、それらの領域と比べると、社会福祉の取り組みは決して早かったとは言えない。他の学問領域が、学会・職業団体内に「女性による部会・委員会」といったものを形成した時期を比較しても、社会福祉は「出遅れ」ている。(pp.3-4)

 それでもアメリカにおいては一九八〇年代に入り、社会福祉をフェミニズムから問い直そうという動きが活発になった。
 しかし、日本においては、社会福祉をフェミニズムから問い直す必要性はアメリカと同様に、いや、日本的な社会福祉状況においてはそれ以上に必要であるにもかかわらず、未だ一部の少数の主張でしかない。社会福祉の「見直し」がたびたび議論されている現在においても、ジェンダーをその「方法」として取り入れるという主張はほとんど見られない。
 フェミニズムが、既存の知識や学問に対しての異議申し立てをはじめてから二〇年が経た。それにもかかわらず、各学問領域ともその歩みはゆっくりであり、とくに社会福祉の歩みは遅い。ここではその歩みを辿り、課題を明らかにしてみたい。それはとりもなおさず、社会福祉だけでなく私たちの社会全体を、フェミニズムにより問い直す契機となると考えるからである。(p.5)
  
3 社会福祉研究とフェミニズム
婦人福祉と「ジェンダーの視点」

 フェミニズムからの社会福祉の再検討ははじまったばかりだが、しかしこのことは、今までにおいて社会福祉が女性の問題を取り上げてこなかったということを意味してはいない。従来から婦人保護、母子福祉といった分野が社会福祉には存在し、そこでの歴史的な実践と研究の積み重ねがあるからである。また婦人福祉、婦人問題研究といったテーマでの研究は、婦人保護、母子福祉といった個々の分野を越えて、社会福祉のなかでの女性問題を対象にしており、学ぶべき成果も多い。しかし女性の問題を、このような「特定な」分野に閉じ込めること、そしてこのような「特定な」分野とは、えてして社会福祉研究のなかでは「周辺」の研究に位置づけられること、ほとんど女性研究者によってのみ担われてきたことは、「女性問題のゲットー化」という批判を受けることになる。
 社会福祉研究にジェンダーの視点を持ち込むという提案は、これら婦人福祉の研究の蓄積による成果は評価しながらも、その延長線上にあるものではない。ジェンダーの視点を持ち込むということは、従来の研究に抜け落ちていた、あるいは少ししか取り上げられてこなかった女性の問題を「付け加える」のではなく、ジェンダーを社会福祉の「指標」のひとつとして用いること、 >015> それにより社会福祉総体を捉え直そうという提案なのである。それは例えば、教育等の問題を含めるかもしれず、必ずしも女性問題だけを対象としてはいない。(pp.14-15)

今日の研究動向
 それでも一九八〇年代から、社会福祉はフェミニズムの影響を受けるようになる。[……]それらはまだ数は少ないながらも、大別すると次の三つの側面にからのアプローチに分けることができよう。
(1)女性労働の側面から
(2)社会保障の側面から
(3)家族問題の側面から

(1) 以上の三つの側面にからのアプローチは、それぞれ重複し、あるいは表裏をなしているため複数の側面を持つものがあることを断ったうえで、それでも女性労働を主として取り上げることに >017> より、社会福祉の総体を再検討する契機としようとする提案は少なくない。従来も、母性保護、保育政策、女性の労働条件等、「働く女性と子どもにかかわる問題」は社会福祉のなかでも多く取り上げられてきた。しかし近年、働く女性のますますの増加と、かつ「多様化する」女性労働の現実を背景として、今まで以上に女性労働をめぐる問題に関心が集まり、社会福祉の再検討を迫ることになったのである。
 とくに、一九八六年の男女雇用機会均等法施行以降、男女平等を視野に入れることによって、一方ではより厳しくなった働く女性の労働条件――特に子どもを持つ働く母親にとって――は、従来それぞれ別個に論じられがちであった保育問題をはじめとする働く女性の問題が、トータルな視点から捉えられはじめた。一九九二年に施行された育児休業法は、さらにその傾向に拍車をかけている。
 また、女性労働をめぐる研究は、労働や社会政策の分野での先行研究も多く、そこからの影響や刺激を受けていることも指摘しておきたい。
(2) 公的年金を中心とする社会保障の側面からは、比較的早い時期から「女性の視点」での社会保障の再点検の必要性が論じられている。(pp.16-17)

(3) 最後のアプローチは、上記の二つの側面を含みながら、より幅広く議論されている。一九八〇年代の中頃から盛んになった、社会福祉と家族問題という議論がそれである。家族問題への関心の集中は、女性の問題を議論の場に引き出すことになった。[……]このような家族と社会福祉の結びつきは、日本型福祉施策への警戒となって登場し、それは一方では、介護者としての女性、福祉労働の担い手としての女性の問題を登場させた。無償の介護・家事労働を女性の役割とすること、あるいは有償であっても介護や家事労働を「女性の仕事」と規定することへの異議申し立てである。また一方 >019> では、家族政策をめぐる議論として、労働・保育・介護・家族生活を含む幅広い女性の問題を登場させたのである。
 一九九〇年代に入り、家族問題は高齢化問題とあいまって、ますます社会福祉の主要な関心事となった。このような状況の下でフェミニズムによる社会福祉の再検討は、家族問題をキイとして、少しづつ議論を進めて現在に至っている。(pp.18-19)


  
第三章 社会変動と女子労働
2 労働力の女性化
「パートに出る」ということ

 現在、「パートに出る」という言葉はそのまま、「既婚女性が働く」ことを表す言葉となっているが、このような言葉が定着したのはこの時期を通じてのことである。かつては自営業以外の女性にとって働くということは、フルタイムで雇用されるか、内職しかなかった。高度経済成長期に人手 >056> 不足を補う安価な雇用形態としてパートタイマーが登場したが、それはあくまでも「臨時の」「半端仕事」としての働き方であった。しかし、一九七〇年代からのパートタイマーの増加は、新たな労働力役割を担う働き手としての「活用」であった。[……]加えて、パートタイマーの働き方が示唆している「自発性」――あえて働き方としてパートタイマーを選んだ――ことは、その真偽はともかくとして、低賃金労働の実体をカバーし、「パートに出る」という言葉を一般に定着させることに預かったといえよう。
 また、日本におけるパートタイマーが独特の性格をもつものであることが、たびたび指摘されている。上記のパートタイマー比率は、総務庁統計局『労働力調査』によるもので、週間就業時間が三五時間未満の女子労働者についての数値であるが、より広義のパートタイマーが存在しているからである。所定労働時間が一般の正社員とほぼ同じパートタイマー、つまり「身分」としてのパートタイマーである。また労働時間だけではなく、仕事の内容も正社員と異ならない、責任も重いパートも出現した。事実上は恒常的な労働力でありながら、身分的に不安定なパートタイマーとして働いている、「疑似パート」を正確に把握すれば、パート比率はさらに増大するであろう。>057>
 このように、働く女性たちはパートタイマーとして、男性労働とは異なる低賃金の、しかし「自由に選べる働き方としてのパート」労働力として、経営の効率に貢献した。しかし、一方で企業間の激しい競争は、男性並の労働力としての女性雇用者の有効な働き方をも必要とするようになった。このことが、国連婦人の一〇年という「外圧」以外にも、男女雇用機会均等法の成立を後押ししたことになる。一九八〇年代の後半から、労働力の女性化は新たな時代を迎え、働く女性をめぐる政策が日本的に展開されていくのである。(p.55-57)

働き方の多様化――男女雇用機会均等法以降
 一九八五年に成立した「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律(以下、「男女雇用機会均等法」と略す)」は、性別によってではなく、能力によって男女に均等な機会を与えることを意図した法律であり、一方においては女性に、「男性並」に働く道を開いたが、他方においては、女子労働を「多様化」する契機を提供した。基本的に男女雇用機会均等法とは、当時の(そして現在も)女子労働にとっての最大の問題であった男女の役割分担という枠組みを変えることを視野に入れた法律ではなかった。女性にとって、「家庭と仕事の両立」をいかにうまく成し遂げるかということが前提となっている。そのような枠組みのなかで、能力によって男女に均等な機会を与えるということの遂行は、結果として女子労働の「階層化」と「多様化」をもたらすことになった。具体的には、企業のコース別人事の導入、パートタイマー、派遣労 >058> 働者、再雇用者の「活用」といった、労働の場における実質上の女性差別の雇用形態の導入である。
 企業によって比較的スムーズに取り入れられた男女雇用機会均等法とは、企業の要望にも適合した法であった。女性の「活用」が企業の死活を分ける時代には、男女雇用機会均等法があってもなくても、性別によらない、能力による女性の活用は取り入れられたであろう。そしてそれは同時に、女性の働き方を「多様化」させることになったであろう。男女雇用機会均等法が、この傾向に拍車をかけたこととなった。
 派遣労働は、主としてME技術の発展が生み出したさまざまな専門職を企業内部で育成するよりも外部から調達することによって、技術の変化に即対応し、かつ人件費を節減しよとする大手企業の要請から発展した。人材派遣法の成立は、男女雇用機会均等法の成立と同時期であり、その結果、女子労働の「活用」を男女雇用機会均等法によりも、人材派遣法に求めた企業が増加した。それまでは、職業安定法違反の疑いをかけられながらも事実上増大してきた派遣労働が、一定の枠を設けて「公認」されたからである。大手企業のなかには、一〇〇%出資の子会社として人材派遣会社をつくり、必要な(主として)女子労働力を調達する方法をとるところも出現した。派遣労働者には男性もいるが、その比率ははるかに女性が多いことはいうまでもない。
 再雇用制度は、女性社員活用を目的に、高度経済成長末期から流通産業を中心に(つまり、女子労働に多く依存している分野)はじまった。いったん退職するが、同じ職場に復帰することのできる制度である。企業にすれば、新たなパートを雇用するより安全で、確実な人材確保の方法である。>059>
 男女雇用機会均等法が間接的に後押しした、主として女性にだけに生じたこのような「多様な働き方」とは、女性のライフスタイルに合わせた、つまり、育児や介護といった女性のライフステージにおいて必要とされる女性役割と調和する働き方のことである。そしてこの「多様化」とは、国や企業の進める政策・制度によって展開されているにもかかわらず、女性の選択の結果であるかのような様相を呈している。「多様化する企業労働者――昭和六二年『就業形態の多様化に関する実態調査』結果リポート」の調査結果によれば、パートとして働いている女性のうち九二・九%、つまりほとんどの人が、パートタイムという就業形態を自発的に選んだと答えている。「家庭と両立する働き方」「家事・育児・介護に時間をとれる働き方」として「自発的に」「選択」した結果というわけである。
 以上のように、労働力は女性化し続けているのだが、女性の働き方には男性労働者とは異なる独特のスタイルがあることがわかる。性による産業分離・職域分離、勤続年数の違い、「働き方」の違い、そしてその結果としての性による賃金格差があるのだが、何よりも、「夫は仕事、妻は家事(または家事+仕事)」という性別役割分業に依って立っていることである。さらに一九九〇年代に入っての高齢化対策の進展は、介護労働の需要の増大にともなって性別役割分業を前提とした「働き方」を一層強めつつある。シルバー・ビジネス、有償ボランティア、ボランティア等をも含める介護労働の「多様化」=「高齢社会対応型雇用制度」をもたらしつつあるからである。(pp.57-59)
  
3 性別役割分業の再編成
女子労働力政策の推進

 以上のような経過で進展した労働力の女性化は、当然、家族の形にも影響を与えた。一九九二年には、「共働き世帯」(九一四万世帯)が、「伝統的世帯(肩働き世帯)」(九〇三世帯)を上回った。夫が働き、妻が専業主婦として家庭で子どもの育児にあたるといった家族は、もはや「典型的家族」とはいえない。このような働く女性の増加は、その家族を支える新たな女子労働政策を必要とした。
 男女雇用機会均等法に続いて、一九九一年には、育児休業法が制定され、翌一九九二年から施行された。これは、子どもが満一歳になるまで、男女とも一年間の育児休暇が取れることを定めた法律である。育児休業とは、ほとんどの労働者をカバーする育児休業法として法制化されたのは一九九一年であるが、それ自体は決して新しい試みではなく、既に高度経済成長期に一部の企業によって導入されていた。一九七六年には、国公立の教員、看護婦、保母を対象にカバーする法として施行された。
 育児休業法とは、女性の(そして男性の)働く権利を擁護している一方で、その基底には、「幼児のうちは母親の手で育てられることが必要」という育児観・母親観があることも否めない。確かに >061> 育児休業法には、「子供が一歳になるまで、働く親のどちらかが育児休業をとることができる」と明記されてはいるが、無給であること(後に一部有給化)、社会的・家庭的性役割のため、実際に取得するのは母親ということにならざるをえない。育児休業法施行後半年間の取得者の調査が一九九三年五月に発表されたが、それによると取得者は対象者の約三五%、取得者三、一三一人のうち、男性は五人でしかなかった。また、「平成六年版女性の現状と施策」によると、育児休業規定を有する企業において、一九九二年四月一日から一九九三年三月三一日までの一年間に出産した女子労働者のうち、一九九三年五月一日までに育児休業を開始した者(育児休業の申し出をしている者を含む)は四八・一%、配偶者が出産した男性労働者のうち、育児休業を開始した者は〇・〇二%であった。男女の協業による子育てを支える労働政策のようではあるが、その基底には「子育てしながら仕事をする」という従来の「働く女性観」が横たわっている。同法は、一九九五年から全ての事業所を対象として実施され、同年六月に「育児・介護休業法」として改正された。
 一方で、とにかく建て前としては、労働の場における男女平等を推進するはずの男女雇用機会均等法や育児休業法の成立と時期を同じくして、次のような法改正が行われていたことを指摘しなくてはならない。いずれも、「男は仕事、女は家事」という、性別役割分業を維持、強化するための改正である。(pp.60-61)

 このような性別役割分業を維持する年金や税制の進行と、男女平等の目的のためには不十分な労働政策の展開は、構造的な性別役割分業を再編成するとともに、増大する女性の働き方を二極に分離させることとなる。終身雇用・正規労働力からなる人材ストック型と、非常用・非正規の人材フロー型への二極分解である。そして他方で、来たるべき超高齢社会の到来を視野に入れて一九八〇年代に登場した「日本型福祉社会」の進展は、ますます女性の働き方の二極分解を進めつつある。(p.65)

高齢社会の進展
 女性たちは、高度経済成長という社会変動を契機として労働市場に進出し、その後もその数を増やしている。今や女性は労働力人口総数の四〇・五%を占め、女子労働力率も五〇・三%を超えている。どのような働き方であったであったとしても、働く女性が今後も増えるであろうことは充分推測できることである。家族規模の縮小、生活の簡便化、経済的な必要性(今すぐ必要でないとしても)は、女性自身の自立志向と相まって、その傾向に拍車をかけるであろう。しかし、働く女性が増加する一方で、依然として女性は、家庭で子どもを育て病人や老親を介護するという役割を担わされている。そして多くの女性たちは、このような女性役割と両立するような働き方を選択している(選択せざるを得ない)。「日本型福祉社会」の進展は、このような女性の役割をさらに強調しつつある。
 現在進行中の、地域を基盤とした高齢者の在宅サービスを中心に据えた「日本型福祉社会」は、これを支える大量のマンパワーを必要とする。一九八七年に、「社会福祉士及び介護福祉士法」が制>066>定され、福祉専門職が制度化されたが、[……]一九九一年『厚生白書』は[……]ボランティアに多くのページを割いている。主として主婦を対象としたボランティア政策が、マンパワー政策の一環として推進されつつある。
 一九九一年四月から、ホームヘルパー養成を目的とした段階的研修制度がスタートした。[……]三〜四週間で、パートのヘルパーとして働ける知識・技術を習得する。このように地域の在宅サービスの担い手として、主婦に負わされる役割は重い。
 女性は家庭内で家事・育児・介護にあたることを役目とされ、年金や税の「保護」を受ける。または家庭内の役割と両立できる範囲で仕事をする。あるいは今後は、シルバービジネスの働き手として、地域のボランティアとして在宅サービスを供給することが期待されている。[……]>067>
 このように、時代により形は変わっても、家族=女性に家庭内介護を担わせることは一貫した政策であり、かつ八〇年代以降は、社会的介護を担う労働力として女性を組み込みつつある。「日本型福祉社会」が期待している女性の役割は、今までに達成した労働力の女性化――必ずしも女性の自立を促すものではなく、かつ働き方が「多様化」している――とは、矛盾しないことかもしれない。両者は、女性を家父長的な価値観に閉じ込める方向へと、女性を押し出す役を果たすことになる。しかし、「日本型福祉社会」の女性役割とは、女性が働いて自立するという方向とは全く矛盾するといわざるを得ない。女性の働き方が今まで以上に「多様化」し、かつ高齢社会という差し迫った契機を前にして、改めて女性の働き方が問い直されなければならない。そして、(女性であっても男性であっても)働いて自立することを支える労働政策・社会福祉政策が志向されなければならな>068>いのである。(pp.65-68)
  
4 女性の自立を支える社会の実現
 「日本型福祉社会」が女性の働き方をどう規定しようとも、次の理由により、今後も働く女性はますます増加するであろう。
(1)高齢社会による「女子労働の活用」
(2)高齢者の介護労働の需要
(3)働く母子家庭の増加
(4)フェミニズムの力と女性の自覚

(1)高齢社会の到来による労働力不足は、今まで以上に「女子労働の活用」が企業にとっての重要な戦略とならざるをえない。そしてそのことは、必ずしも女性にとっての働きやすい労働環境を準備することを意味しない。[……]育児休業の取得で危惧されているように、結果的には性別役割分業を維持する政策が取られるかもしれない。>069>
(2)二〇二〇年には、四人に一人が高齢者となることが予測される超高齢社会においては、高齢者介護の需要が増大する。[……]性別役割分業に依ってたつ仕事は、働く女性の労働条件を引き下げることになるかもしれない。
(3)夫が働き、妻が専業主婦として家庭で子供の育児にあたるといった家族は、もはや「典型的家族」とはいえない。そして、両親家族ではない単親家族も増えつつある。その理由のひとつは、離婚が少しづつ増加傾向にあることである[……]。また、未婚の母も、それほど顕著でないながらも微増している[……]。その結果として、母子家族が増えつつある。[……]「伝統的家族」以外の出現は、当然、今まで以上に働く女性――働く母が出現することになる。
(4)労働力の女性化は、いやおうなく人々の関心を女性問題へと集めることになる。また、フェミニズムの影響により、働き続ける女性が増加するだろう。このような女性問題への関心の高まりは、 >070> フェミニズムの力を一層集結し、活動を呼び起こす。フェミニズムの運動の継続が必要とされるのである。
 以上のような理由により、女性の問題は今後も私たちの社会の中心課題にならざるをえない。と同時に、フェミニズムの視点を持つ社会――女性の自立を支える、男女平等化社会――の実現へ向けての具体的方策が検討されなければならない。そのような社会とは、次の三点を保障する社会でなければならない。
(1)個人を単位とした社会
(2)働くことの権利を保障する社会
(3)多様な家族と生き方の選択が可能な社会

 男女平等化社会の実現へ向かう契機とは、目下進行中の高齢社会にあるのかもしれない。高齢社会が今後、その対象と担い手とともに女性が多くを占める社会となり、いわばフェミニズムの視点を抜きにはなり立たない社会になると推測されているからであるからである。超高齢社会の接近は、「日本型福祉社会」を支える性別役割分業を、改めて再考することを必要としている。(pp.68-70)


  
第十一章 高齢社会における「日本型福祉社会」の変遷――「女性化する福祉社会」を問う
4 「女性化する福祉社会」をもたらすもの
女性役割の強調

 「女性化する福祉社会」への傾斜を後押しするもうひとつの理由が、社会福祉のなかに貫かれている「女性役割イデオロギー」であることに異論を唱える人は多くはあるまい。いうまでもなく高齢社会の介護役割は、女性の肩に重くかかっている。家族の介護だけではなく、社会福祉の担い手と >248> しても女性が多く期待されている。社会福祉がしばしば「女性の仕事」と表現されるように、福祉労働は女性によって多く担われている。今後の在宅サービス化の進展は、低賃金で働く非正規の福祉労働者、有償ボランティア、地域のボランティア等、ますます社会福祉に関わる女性を増加させることが容易に推測できる。
 このように進展する「女性化する福祉社会」の背後には、介護や育児を女性の役割と規定する、固定的な性別役割分業観にたった「女性役割――家族イデオロギー」が存在する。そして過去においても現在も、社会福祉の制度とは、こういった「家族イデオロギー」を前提として策定されている。「家族イデオロギー」が、家族=女性による家族介護を規定していることはむろんだが、福祉労働(特に介護等の仕事)が「女性の仕事」であるとされることとも無関係ではない。介護・保育・家事労働的仕事は「女性向きの仕事」であり、献身的・犠牲的・無償的な労働を行うことは「女性の特質」であるという女性役割を反映しているからである。そしてこのレトリックは、労働条件の悪い福祉労働――ときにはボランティアという形をとって――への女性への集中を説明するだけではなく、福祉ニーズの拡大により、今後の更なる集中を促す大義名分となっている。目下進行中の、「新・日本型福祉社会」とは、女性が家族機能を担い、かつ他人の家族を介護する福祉労働力――あるいはボランティアとして――として期待される「家族イデオロギー」に支えられた、「女性化する福祉社会」なのである。
 また「女性化する福祉社会」とは、社会福祉の対象としても女性が多くを占めることを意味する。 >249> まず女性は、男性よりも社会福祉の対象になりやすい。構造的性差別社会においては、特に労働市場における性差別の存在は、女性を容易に経済的困難に陥れるからである。しかし今後の更なる高齢社会の進展は、この傾向に拍車をかけることになる。老後の生活は、それ以前の社会・経済的地位により規定されるため、それまでの人生を家族のための家事労働に費やしたり、子育てや介護のために仕事を辞めた女性は、経済的な困難な老後を送ることになりかねないからである。高齢者の介護問題について、女性の介護役割の再考、女性の働く権利と働き続ける条件つくり等を改めて検討することは、女性のためでなく、みんな(男性、高齢者、子ども、障害者)のために、避けて通れない議論のはずである。(pp.247-249)

■書評・言及



*作成:北村 健太郎
UP:20091114 REV:
ワーク・ライフ・バランス  ◇女性の労働・家事労働・性別分業  ◇身体×世界:関連書籍 1990'  ◇BOOK
TOP HOME(http://www.arsvi.com)