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『医療と福祉の経済システム』

西村 周三 19970620 筑摩書房,ちくま新書,218p. ASIN: 4480057110 735


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西村 周三  19970620 『医療と福祉の経済システム』,筑摩書房,ちくま新書,218p. ASIN: 4480057110 735 [amazon][boople] ※ m/e01

内容(「BOOK」データベースより)
高齢化がいま以上に進展する二一世紀を前に、医療と福祉の重要性がますます高まってきた。若年労働力の減少による経済構造の変化において、医療と福祉の水準維持、そして向上をはかるには、現行制度をどう変えていけばよいのか。費用負担の公平、官支配構造からの脱却、情報公開の必要性など、高齢化社会に対応する改革の方向性を示す。

目次
第1章 医療と福祉―いま何が問題か?
第2章 高齢社会の見通し―経済社会の変貌と医療・福祉の将来
第3章 医療保険制度と福祉制度
第4章 医療保険制度の改革―長期積立型医療保険制度の提唱
第5章 国保問題をどう解決するか―地方分権と医療・福祉
第6章 規制と医療・福祉
第7章 薬価問題と医薬品産業
第8章 医療・福祉の技術進歩―結びに代えて

第2章 高齢社会の見通し―経済社会の変貌と医療・福祉の将来
 「[…]「寝たきり老人」をゼロにするという高い理念がある[…]すなわちただ単に似要介護者のお世話が大変だから、介護福祉を充実するという<0063<ことにとどまらず、要介護者の自立を支援すくということが目標とされている。
 筆者の知る限り、この理念が日本で重要な意味を持つようになったのは、八〇年代のはじめ頃からデンマークをはじめとする北欧諸国の実態を調査し、「寝たきりはゼロにできるのだ」というキャンペーンを展開した大熊一夫氏、大熊由紀子氏、岡本裕三氏らの努力によるところが大きい。彼らの啓蒙活動が次第に普及する手かで、スウェーデン大使館勤務の経験を持つ厚生省若手官僚たちがこれに呼応して、九四年に「高齢者介護・自立支援システム研究会」が設置された。同報告書はこのような彼・彼女らの長い努力の結実である。
 ただ介護保障の現状は、このような理念が掲げるところとはかなりかけ離れている。」 (西村[1997:63-64])

 「たとえばデンマークの国民医療費はイギリスや日本とともに、対GNP費でかなり低い。そしてそれにもかかわらず、介護福祉が充実しているために、国民の満足感は比較期高い。デンマークの現状は、介護福祉サービスの充実が、必要な医療費をかなり軽減する可能性を示唆している。
 そして各国はデンマークの実態を見習って、どのような介護福祉を充実させれば、医療費の抑制が可能かという視点を強く打ち出している。このような見解の歴史的変遷には、もちろん福祉についての考え方の変遷も作用している。心身に障害を有する人々に対するケアは、以前は施設中心の発想であったが、「ノーマライゼーション」の思想が普及すると共に、個々人の「生活」そのものを優先するなかで、必要なケアの提供を行うという発想に転換してきたために、病院中心のケアよりも、在宅ケアを重視するという発想が生ま<0066<れてきた。
 ところが、日本では[…]医療費と福祉費の比率は一〇対一近くになっている。高齢化のスピードと比べれば、その伸びは依然低いと言わざるをえない。」(西村[1997:65-66])

 「終末期の医療費が、一カ月一〇〇万円以上と群を抜いて他の時期の医療費より高いことはよく知られており、もし現在の趨勢でいわゆる「病院死」が増えれば、それだけで二〇<0066<一〇年には、さらに数千億円の余分の医療費を要することになる。またこれはフローの意味で余分に必要とされる額であるが、これだけの死亡者の増加に対処するためには、現状の病床数では、他の患者を追い出さない限り不十分であり、さらに多額の設備投資を必要とする。
 もちろん病院死が、国民の大多数の望むところであるというのなら、国民がそれだけの負担増をあえて甘んじて受けてでも、このような投資が必要と思われるが、はたしてそうであろうか。この種の問題は、一般の市場メカニズムによる解決と違って、大部分が公的資金によってまかなわれるために、真の国民の希望をとらえるのが難しい。たとえば決して「ホスピス」という施設が望ましくないというのではないが、ホスピスに入所している人々には、月間で約九〇万円の費用がかかっている。これに対していわゆる在宅ホスピスに用いられている公的資金は、ヘルパー、訪問看護婦の派遣、往診などを含めた外来医療費など、高く見積もっても月間一〇万円程度にしかならない。これでは、人々が家族介護の負担への考慮を含めて、施設を選ぶのは当然の帰結である。
 このような現状を踏まえるならば、どちらが真の国民の選ぶところかを知るためには、在宅終末期医療に月一〇〇万円程度かけたうえで、そのどちらを選択するかを問うてみる必要がある。したがって長期的視点からは、このような試みを政策的に実行してみることが必<0067<要なのではないかと思われる。
 ところが残念なことに、さまざまな制度的行き違いが、この種の試みの実現を困難にしている。」(西村[1997:66-68])


UP:20061229 REV:
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