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『操られる死――<安楽死>がもたらすもの』

Hendin, Herbert 1997 Seduced by Death: Doctors, Patients, and Assisted Suicide,Georges Borchardt, Inc.
=20000330 大沼 安史・小笠原 信之 訳 時事通信社,323p. 2940


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■Hendin, Herbert 1997 Seduced by Death: Doctors, Patients, and Assisted Suicide,Georges Borchardt, Inc.=20000330 大沼 安史・小笠原 信之 訳,『操られる死――<安楽死>がもたらすもの』,時事通信社,323p. ISBN:4-7887-9936-7 2940 [amazon][kinokuniya][bk1] ※ b d01 ** ts2007a

 ハーバート・ヘンディン
 医学博士。アメリカ自殺予防財団の医療責任者を務めるほか、ニューヨーク医科大学の精神医学の教授を務める。自殺の研究者の第一人者として知られる。著書に『Suicide and Scandinavia』『The Age of Sensation』『Black Suicide』『Suicide in America』などがある。(著者紹介より)

 序――患者たちの権利
 はじめに
 第1章 自殺、自殺幇助、病気
 第2章 自殺を売り込む
 第3章 死に誘われて
 第4章 安楽死の政治学
 第5章 自殺を癒す
 第6章 なぜオランダで? なぜアメリカで?
 第7章 理論と現実
 第8章 だれが決めるのか、昏睡と痴呆
 第9章 キュアからケアへ

 第1章 自殺、自殺幇助、病気
 治療を停止することと同じなのかそれとも違うのかという問題(p.12)
 「自らの死の時、場所、状況を決めることは、この人たちのコントロール欲求の最もドラマティックな表現なのである。人生は一定の条件が満たされてこそ生きるに値すると考える患者が、同じような考えの医師を見つけると、患者のこの頑な思いはさらに強められる。」(p.32)

 第2章 自殺を売り込む

 第3章 死に誘われて
 オランダで最も有名な安楽死実践者の一人、ハーバード・コーエン医師
 「なぜそんなに安楽死に熱心になったのかと私が尋ねると、コーエンはこう言った。「人生の最終局面に関わることに満足感があるんです。家族の一員になれるんですよ。私にも家族がありますけどね。特別な温もりや親密感、一体感があるんです。それは彼らにとっても同じですよ。家族の関係が良くなっていくんです。私にとっては、家族の身内からいただきクリスマス・カードが救いですね」。見ようによっては奇妙に思われることは承知のうえで、彼はときどき花束を持参して安楽死を実施している。」(p.65)
 「自分では話すことのできない患者が生きるべきか死ぬべきかは、だれが決めたらよいのだろう。ヨウスト・シューデル教授は、KNMGの終末期における医療決定分科会の座長を務めている。その分科会は、判断能力のない患者のために医師が行う生命終焉について決定を下す機関だ。彼ははっきりとこう言った。
「医者が決めるのです」
…」(p.96)

 第4章 安楽死の政治学
すべりやすい坂(p.138)。

 第5章 自殺を癒す

 第6章 なぜオランダで? なぜアメリカで?
 カルビニズムの伝統(p.169-170)
 「カルビニズムの残滓はオランダ人の生活の中になお浸透している。カーロス・ゴウメイスの引用によると、NVVE(オランダ安楽死協会)のウィリアム・ルースはこう語っている。「オランダの人間はだれでもカルビニストです。プロテスタントもカルビニストなら、カトリックもカルビニスト。私のような無神論者でさえ、そうです。この国の共産主義者は最悪のカルビニストでしょう。それは一体、何を意味するのか。それはわれれわが規則好きだということです。しかし、その規則の意味をとやかく言われることは、好きじゃないんです。」(p.177)
 「…今のアメリカの安楽死に対する関心の裏には別の何かが潜んでいる。…それは、私たちの文化に潜む、死そのものに対する不安ではないか、と私には思われる。…(p.185)
 老人に対するアメリカ人一般の態度が、この問題に拍車をかけている。(p.186)…
 …どんな結末になろうと自分で決めたなら、それで結構、何をやっても構わないと信じ込む人間が増えている。こうした文化の在り様の中では、安楽死を正当化する際に使われる「自己決定」も、つまりは「ナルシズム」の持って回った言い換えでしかない。それは新しい価値観というより、社会的結集力の喪失であろう。
 …私たちはこれまで、医師による自殺補助や安楽死を、「自殺を癒すもの」と表現してきた。しかし、実際はどうやら、もっと高邁な目的を持つものであるらしい。それは私たちに、死の恐怖に打ち克つ、コントロールの幻影を与えるものなのだ。(p.188)」

 第7章 理論と現実
 トーマス・ザッツ(サズ)
 ロナルド・ドゥオーキン (Dworkin, Ronald
「…ここに言う個人が生きてきた統一性の尊重とは、一体何を意味するものなのか。
 日頃、危機が訪れるたびに、落ち込んだりパニックになったり死にたくなったりする人がいるとする。そしてその人が重大な危機に直面していたり、死病に取りつかれたとする。そいう彼らが死を求めた場合、それが彼らの性格通りのことだからといって、同意せよということなのだろうか。」(p.193)
*ここで引かれているのはDworkin, Ronald 199406 Life's Dominion : An Argument about Abortion, Euthanasia and Individual Freedom Vintage Books=19980620 水谷英夫・小島妙子訳、『ライフズ・ドミニオン――中絶と尊厳死そして個人の自由』、信山社、発売:大学図書、450+14p. 6400 ※
 ダニエル・キャラハン
 「…肝心な点は、ほとんどの人が「殺人」と「死を許すこと」の違いを理解し、受け容れていることである。」(p.196)
 アレクサンダー・ケイプロン

 第8章 だれが決めるのか、昏睡と痴呆
 ロナルド・ドゥオーキン (Dworkin, Ronald

 第9章 キュアからケアへ

 あとがき――安楽死の文化

◆「「死ぬ権利」の欺瞞」

 「「殺すこと」と「死なせること」との区別とは、あくまでも脚色空間をどう構成するかということにすぎず、絶対の峻別などありえないし、もしそれがあると強弁するとしたら、それは理論的には虚言である。この限り、「殺すこと」と「死なせること」との区別の恣意性を糾弾し、「死なせること」と見なされていることが許容されている以上、「殺すこと」とされている事態も許容すべきだと、そう迫る安楽死推進論者の議論は首尾一貫しているといえる。」

■言及

◆立岩 「死の決定について・1」,『看護教育』42-4(2001-4)


UP:20070321
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