HOME > BOOK >

『今日を"ごきげん“に生きる方法』

伊藤 守・坪田 一男 19960101 大和書房,206p.

last update:20131202

このHP経由で購入すると寄付されます

■伊藤 守・坪田 一男 19960101 『今日を"ごきげん“に生きる方法』,大和書房,206p. ISBN-10:447976075X ISBN-13:978-4479760757 欠品 [amazon][kinokuniya] ※ sjs


■商品の説明


内容(「MARC」データベースより)
魚たちはマンボウに寄り添って病気を治してしまうという。自分が誰かのそばにいて、心を休め穏やかにさせるというのは何てすばらしいことだろう。ご機嫌な生き方=「マンボウ的人生」のすすめ。


■目次



はじめに

ときには誰かのせいにしちゃう
ただし自己正当化をしないこと 16

私たちは主観で生きている
正しい楽しさなんてない  22
世界で君が一番かわいい 29

疑うだけでは感動は生まれない
とりあえず生存せよ! 34
疑いはゾウガメの甲羅 36
安全と引き換えに失うもの 38
未完了なコミュニケーション 41

感動は体の中でも起こっている
涙はなぜ出るのか? 46

もう一度、今を選び直す
「選択の自由」と「不自由の選択」 54
自由になると動ける 60
「動け、馬場」「馬場、動け」 64
散歩はほんとは頭にいい 66

命を削ってプライドを守る愚かさ
「命」は拡張されていく 70
デリーの孔雀 75
生きているという実感を味わうために 78
イエローストーン公園の大火災 81

コミュニケーションとは生きていることそのもの
感情を抑えることはなぜ危険なのか 86
抑えられた感情はどこへ行く? 90
関わりを持てると人は安心する 93
ご機嫌な人はどうしてご機嫌なのか? 97
ご機嫌の習得のステップ 101
コミュニケーションは関わりを蘇らせる 105

体はいつもコミュニケーションしている
生き物は体全体で考えている 108
細胞と細胞のコミュニケーション 112
ガン細胞は生き残れない 114

愛はそこにある
世界で一番好きなのは誰? 118
愛はここ、そこ、あそこ、どこにでも 123

自分とうまくつき合う方法
子猫は犬になる努力をしない 126
役者が役を演じるということ 130
役割と距離を持つ 134

不機嫌はこうして作られる
不機嫌な自分を観察すると 140
不機嫌と向き合う 144
不機嫌は正当化されている 147
不機嫌は無駄なことではない 148

問題を持ったままでもご機嫌になれる
どうして自分の問題と向き合えないのか 152
見る、聞く、触れる 156
人の体はいつでも問題と向き合っている 161
勇気さえあれば 164

相手を受け入れるということ
比較は人を不機嫌にする 168
でも人は比較せずには理解できない 171
愛は「ONE」なのだから 173
「かっばえびせん」症候群 176

まず伝えることから始めよう
裁判官のいないコミュニケーション 184
感動は人を動かす 191
コミュニケーションにショックはつきもの 195
愛することと「いわれのない万能感」 200

あとがき


■SJSに関連する部分の引用


(pp191-194)
感動は人を動かす
 私の専門はドライアイと角膜移植です。ドライアイのために苦しんでいる患者さんをうまく治すことができたり、失明していた患者さんを治すことができたりしたときほど、自分で感動を覚えることはありません。患者さんの方も、そういうときに非常に感動します。少なくとも感動しているように見えます。お医者さんは感動させる人、患者さんは感動する人という図式にいつのまにか私は慣れきってしまっていたようです。
 ですから、医者である私を感動させる患者さんに出会ったときは本当に驚きました。医者と患者との関係は相互交流なのですから、本当はそんなことは当たり前なのでしょうけれど。
 ある日、N大学のA教授から、ひどいドライアイの患者さんがいるので、ぜひ見てほしいとお電話で紹介されたのが、Yさんとの出会いでした。彼女の子ども、Tくんは三歳のときにスチーブンジョンソン症候群[p192>という病気にかかって、目が極端に乾いて角膜には血管が入ってくるなど、失明寸前まで行ってしまいました。ひどいドライアイです。Yさんといっしょに来たTくんは当時十二歳。なんと住所はハワイでした。お父さんの仕事の関係でハワイに住んでいますが、何とか息子の目を治そうと、日本までやってきたわけです。
 ドライアイの専門家としては何とかしてあげたい気持ちは強かったのですが、ひと目見て重症のドライアイであることがわかりました。視力は両眼とも○・一。なんとか日常生活ができる程度の視力です。思わず「これはなかなかむずかしいですね。日本にいて通院することができるならなんとかなると思いますが、ハワイにいたのではある程度のことしかできませんね。とりあえず目薬を防腐剤抜きのものにしておきましょう。今度は何ヵ月後かには診察に来ることができますか?」と言いました。頭の中ではきっと、私にはこの子を治せる力はあると思うが、通院できないようでは無理ですね、という逃げの姿勢になっていたのだと思[p193>います。
 そのときのYさんの真剣な顔つきは今でも私の脳裏にやきついています。じーっと私の顔を見ていたかと思うと、「先生、私たち親子だけで、日本に移住します。場所は市川がいいですね。先生のそばに住みます。だからこの子を何とか治してあげてください」
 さあ、大変だ。日本に移住してくるのは僕の治療を受けるためだから、これは大変なことになった。なんとか治さないと面目丸つぶれです。「もちろん、日本に来て一生懸命治療すれば何とかなると思いますが」というのが精一杯でした。
 次にYさんが僕を訪ねてきたのは、すでに日本に移住したあとでした。家も借りたし、お父さんも息子のために一人でハワイで暮らすことにしたといいます。このYさんの情熱には本当に感動させられました。最初から僕が何とかしてくれると信じているのですから。こちらもどうしたらTくんが治るかを一生懸命考えるし、努力もします。もちろん、ふだ[p194>んからベストを尽くしているつもりですが、Yさんは僕の能力以上のものを引き出したことは間違いありません。努力の甲斐あって、Tくんの目は素晴らしくよくなりました。二人は六ヵ月ほどして、ハワイへ帰っていきました。
 何年かして、たまたまハワイの学会に行くチャンスがあったとき、Yさんに連絡したところ、空港まで出迎えに来てくださって大歓迎を受けました。Tくんはもう高校に入る年齢で、一人でドイツに留学するということでした。素晴らしいハッピーエンドですが、これもYさんの情熱の賜物でしょう。そして、これだけ医者を感動させることができる彼女の素晴らしさは、どうもここだけではなくて、人生のいたるところで発揮されているらしいのです。


*作成:植村 要
UP:20131202 REV:
スティーブンスジョンソン症候群  ◇病者障害者運動史研究  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)