『眼の健康の科学――テクノストレスの予防から角膜移植まで』
坪田 一男 19951120 講談社,253p.
last update:20131202
■坪田 一男 19951120 『眼の健康の科学――テクノストレスの予防から角膜移植まで』,講談社,ブルーバックス,253p. ISBN-10:4062570963 ISBN-13:978-4062570961 欠品 [amazon]/[kinokuniya] ※ sjs
■内容紹介
「目が疲れる」のは涙の不足だった!
OA機器の普及にともない、目が疲れると訴える人が増えている。なぜOA機器を操作していると目が疲れるのだろう。海で生まれて陸にあがった生物は、目玉が乾かないように涙という小さな海をつくった。だから涙で目の潤いを保つことが大切なのに、その涙が十分に出ない人が増えているのだ。どうしたらよいか? 最新の眼科学でわかった、目を気持ち良くする生活の知恵と、目はなぜ2つあるのか、透明な組織でいられる理由は?――などの素朴な疑問、基本的な質問に気鋭の臨床眼科医が答える。
内容(「BOOK」データベースより)
OA機器の普及にともない、目が疲れると訴える人が増えている。なぜOA機器を操作していると目が疲れるのだろう。海で生まれて陸にあがった生物は、目玉が乾かないように涙という小さな海をつくった。だから涙で目の潤いを保つことが大切なのに、その涙が十分に出ない人が増えているのだ。どうしたらよいか。最新の眼科学でわかった、目を気持ちよくする生活の知恵と、目はなぜ二つあるか、透明な組織でいられる理由は。―などの素朴な疑問、基本的な質問に気鋭の臨床眼科医が答える。
著者について
東京歯科大学助教授。医学博士。1955年、東京都生まれ。1980年、慶応義塾大学医学部卒業。国立栃木病院眼科医長を経て、1990年より現職。1985年より2年間、アメリカのハーバード大学に留学。専門は角膜移植、白内障手術およびドライアイ。著書に『ここまで進んだ角膜移植』、『ドライアイ』、『白内障を治す』、『コンタクトレンズ』など、患者とその家族に向けたわかりやすい案内書がある。
■目次
はじめに 快適視覚生活へのお誘い 5
第1章 目の進化論―六億年の試行錯誤 13
1-1 海で生まれた目―光情報を使いこなす 14
光をいかに使いこなすか 14
額に潜む第三の目 15
五感の役割 17
目の誕生 19
まぶたの役割 21
ヘビの「目からウロコが落ちる」話 22
1-2 涙とは何か―目のなかの海 24
泣くことと涙を流すこと 24
小さな海 25
血清から作る人工涙 26
涙の海底 28
まばたきの役割 30
1-3 なぜ目は二つあるのか―3Dを楽しめる 31
五つ目の生物 31
創造主のおもちゃ箱 33
立体視できる 35
片目でも立体視ができる 36
単眼の距離感 39
スペア説 40
1-4 透明組織の不思議―角膜と水晶体が透明な理由 41
透明とは何か 41
ありふれたタンパク 43
透明を保つ仕組み 44
養殖マスの白内障 45
老化とラジカル 47
酸素は猛毒 48
酸素代謝システム 49
酸素を拒絶したシステム 50
免疫抑制システム 53
第2章 視覚のメカニズム―目はなぜ見えるのか 55
2-1 目の構造―簡単な仕組みで超高性能 56
生体カメラ 56
超精密機器 58
生体フィルム 60
どこまで見えるか 62
2-2 「見える」とはどういうことか―目と脳の連係プレー 65
目があっても見えない 65
幅広い光の受容範囲 66
桿体・錐体シフト 67
マスキングの不思議 69
なぜ錯視するのか 71
内なるイメージ 73
2-3 目で考える―視覚情報の処理システム 75
注視するとは 75
真ん中でしか見えない 76
速読の原理 78
動くものには敏感 80
自分の目の中を見る 81
明るさと色を見分ける 82
むずかしい「ながら見」 84
見たいものしか見ない 85
2-4 視覚の発達―左右の視力について 86
左右の視野の差 87
弱い目の情報を無視する 89
弱点を逆手にとったアイパッチ 90
親の無理解 91
視覚神経ネットワークの発達 93
第3章 知られざる病気―ドライアイ 95
3-1 目が乾く―眼精疲労の意外な原因 96
「目が疲れる」とはどういうことか 96
メガネが正しくない 97
知られていないドライアイ 99
湿気が多いと楽になる 101
目を濡らしておくメカニズム 102
3-2 人工涙液の勧め―防腐剤入り点眼薬の限界 104
いつも手元に置いておく 104
防腐剤入り目薬の落とし穴 105
セカンドオピニオンの勧め 107
欠かせない染色試験 109
涙量テストの盲点 110
排出量の測定 112
3-3 まばたきの大切さ―目の潤いを保つ重要なシステム 114
平均二〇回 114
子供のまばたき 116
乾きにくくする工夫 117
見下ろすほうが楽 119
涙は毎分一・二マイクロリットル 121
3-4 予防具と治療―湿度の保持 123
湿度を保つメガネ 123
使用上の注意 125
排水口をふさぐ 126
ふさぐ方法 128
3-5 シェーグレン症候群―涙が出ない病気 130
完全ドライ・タイプ 130
国軍の反乱 132
反乱軍には死を 133
見分けにくいそっくりタンパク 134
ドライアイ・ネズミ 136
研究者の条件 137
第4章 目のクオリティーオブライフ―快適視覚生活 139
4-1 まばたきの研究―目玉の温度と湿度について 140
誤解されてきたまばたき 140
何だかおかしい 141
目の表面温度 144
むだな研究か? 146
まばたきと連動する脳 147
乾くと疲れる 148
蒸発量が二・六倍に 149
父親からの褒め言葉 151
4-2 メガネが消える?―レーザー近視手術 152
サトーズオペレーション 153
二〇年後の副作用 155
受けるべきか受けざるべきか 156
RK手術 159
エキシマレーザー 160
発想の「盲点」 161
新しいレーザー手術 162
手術は万能ではない 164
選択肢の一つに過ぎない 165
4-3 目のかゆみの正体―目に出る花粉症 167
日本人の発見 167
細胞間コミュニケーション物質 169
アレルギー性結膜炎の仕組み 170
ウイルス感染仮説 171
アレルギー性結膜炎の治療法 173
薬は「発見する」もの 174
理論から作る薬 175
抗原をシャットアウト 177
4-4 快適に泳ごう―ゴーグルのお勧め 179
プールのカルキ消毒 179
むしろ有害な洗眼 180
なぜゴーグルを禁止するのか 182
科学的根拠はあるか? 183
スポーツと目のトレーニング 185
第5章 眼科医療の最前線―失明との闘い 187
5-1 角膜移植―最初の臓器移植 188
高い成功率 188
縫い方が肝心 189
1週間で視力回復 191
拒絶反応の抑制 193
スチーブンジョンソン症候群 194
見えてきた光明 196
幹細胞の障害 198
結膜炎の予防 200
さかさまつげの治療 202
アメリカのアイバンク 204
日本の問題点 205
5-2 コンタクトレンズ―なぜ使えるのか 207
角膜が窒息死する 207
酸素と角膜 208
連続装用の限界 210
コンタクトレンズの絆創膏作用 211
角膜のアポトーシス 212
偶然の発明 214
角膜上皮細胞の更新システム 216
XYZ理論 217
涙をとどめる働き 219
涙とコンタクトレンズ 220
大切な「水濡れ性」 221
5-3 老化に伴う目の病気―長寿社会で増えていく 222
失明が増えている 223
白内障手術の進歩 224
縫う必要がない 225
眼底出血 228
緑内障検査 230
老人性黄斑変性症 232
網膜剥離 232
おわりに 眼科医ほど素敵な商売はない 234
アメリカでは人気の眼科医 234
生まれかわっても眼科医に 237
ともに喜ぶ 237
それなりの苦労 238
患者さんと研究仲間 240
今も続く進歩 241
参考文献 243
さくいん 253
■SJSに関連する部分の引用
(pp194-204)
スチーブンジョンソン症候群
このように進歩した角膜移植だが、まだこの手術では、普通にやってもうまくいかない場合も[p195>ある。角膜に血管が入ってきてしまったり、炎症が強かったり、涙がなかったりした場合だ。
たとえばスチーブンジョンソン症候群(粘膜皮膚症候群)という病気がある。これは全身の皮膚と粘膜が冒される大変な病気だ。気管支の粘膜、口の中、皮膚、膣から目まで、すべての粘膜に炎症が起る。ひどい場合は気管の粘膜が浮腫でつまり、呼吸できなくなって死亡する。原因は不明。風邪をひいた時など、免疫状態がおかしい時に抗生物質や鎮痛剤などを服用したことがきっかけのことが多く、厚生省も薬害に認定している。
この病気は、全身の症状がおさまった後も目には障害が残ることが多い。ドライアイとなり、角膜は血管が入って混濁する。ひどい場合は本当の皮膚のような上皮で覆われてしまう(5-3)。
このような状態では、せっかく角膜移植をしても[p196>うまく透明な角膜を生着させることができない。拒絶反応が起きる、上皮欠損は治らない、角膜には血管が侵入するなどさまざまなことが成功をはばんでいる。
こういう患者さんはお手あげで、今まで何年もの間、
「この病気は残念ながらまったく治療法がないのですよ」
といって、ただ経過を見ているだけだった。
何とつらくて残念なことだろう。眼科医としてこれほどくやしいことはない。特に角膜移植とドライアイが専門の僕たちにとっては、本当につらかった。
見えてきた光明
しかしまったく手のつけられなかったこの病気も、最近になってようやく一部の患者さんで手術が行えるようになってきた。まだまだ問題も多く解決しなければならない部分も多いが、角膜移植も進歩しつつあるところを見てみよう。
もういちどスチーブンジョンソン症候群の問題点を箇条書きにしてみる。
一 ドライアイで涙が完全に出ない。
二 角膜に血管が侵入している。[p197>
三 結膜に炎症がある。
四 睫毛内反(しょうもうないはん)(さかさまつげ)になっていることが多い。
どれひとつでも角膜移植を成功から遠ざける要因である。これらの問題をひとつひとつ解決することによって手術の成功が見えてくる。
まずドライアイだが、この手のドライアイは完全なドライアイで手におえない。普通のドライアイなら基礎分泌が減っていても反射性分泌があるものが多い。ところがスチーブンジョンソン症候群では、涙腺も障害を受けていることが多いので、涙が一滴も出ないのである。いわゆる人工涙液を使っても駄目だ。なぜなら、涙の中には上皮成長因子(EGF)やビタミンAなどの上皮の成長に必要な因子が多数含まれており、それらの成分が術後の回復には必要なのだ。
そこで僕たちは、患者さんの血清を使うことを考えた。血清にはたくさんのサイトカインが含まれており、たとえばビタミンAなら一〇〇ミリリットル中に一七〇〜三五〇単位、上皮成長因子であるEGFなら一ミリリットル中〇・四〜〇・五ナノグラム、炎症を抑えるサイトカインであるTGF-Bなら同じく一〇〇〜二〇〇ナノグラム程度は含まれている(二七ページ参照)。だいたい一回の採血では六〇ミリリットル程度とるので、血球成分を除去すると三〇ミリリットルの血清の点眼薬を作ることができる。これだけで一〇〇〇回の点眼が可能である。[p198>
ところが、術後は一五分おきに点眼をしてもらっているので一時間に四回、一日では一八時間起きているとして七二回の点眼になる。したがってこれでも二週間しかもたないのだが、未だに他によい方法がないので採用している。もちろんこの方法を行う患者さんは、この病気のために苦労して、少しでも見えるようになるためには一五分おきの点眼もやらなければならないと理解して下さる患者さんだけである。
幹細胞の障害
さて次に角膜に血管が侵入している状態はどうして対処するのか?
スチーブンジョンソン症候群では、角膜上皮が消失し、結膜細胞に置き換わっていることが多い。これは、炎症のため角膜上皮のステムセル(幹細胞(かんさいぼう))が障害を受けたせいであることがわかってきた。
もともと僕たちの体は二つのタイプの細胞からなっている。一つは脳や角膜内皮細胞のようにいつまでたっても同じ細胞が生きていくタイプ。このタイプは再生できず、いったん細胞が死ぬと取り返しがつかない。ただし分裂をする必要がない利点を享受できる。もう一つのタイプは、皮膚や血液細胞のように、新陳代謝でどんどん新しい細胞と入れ替わっていく細胞群である。血液の寿命は四五〜九〇日、皮膚も毎日アカとなって新しい細胞群と置き換わる。[p199>
新陳代謝システムのためにステムセルがある。血液では骨髄の奥深く、皮膚では体中に万遍なく存在する。ステムセルは種のような細胞で、一生、その細胞の特徴を維持し続ける。この細胞には寿命がない。頻繁に分裂するとその性質が変わってしまう危険があるので、あまり分裂を行わない。そこでステムセルはslow cycling cell(ゆっくり分裂する細胞)とも呼ばれる。
角膜上皮も皮膚細胞と同じようにステムセルが存在し、ここから永続して次世代の細胞が供給される(5-4)。角膜上皮ではステムセルが存在しているのは角膜の周辺、角膜輪部と呼ばれる部位である。通常ではここからゆっくりと角膜の中心部分に向かって細胞が供給される。
一方、普通の血液細胞や皮膚のほとんどの細胞は寿命があり死んでいく。これらの細胞は死ぬ前にたくさん分裂して機能を発揮する。血液細胞を供給し、皮膚の細胞を供給するのだ。そこでtransient amplifying cell(一時的に分裂を繰り返す細胞)と呼ばれる。[p200>
角膜の中心にある上皮細胞はこちらなので分裂を繰り返し、角膜上皮細胞を五〜七層に維持する。しかしこの細胞には寿命がある。
スチーブンジョンソン症候群では、角膜輪部も含めて炎症が長引き、角膜のステムセルが死んでしまう。そうなると角膜部分を覆う細胞がなくなり、仕方なく結膜上皮細胞がここを覆う。この上皮細胞は血管を必要とするので、角膜部分に血管が入ってきてしまうというわけだ。
もしここに角膜移植をしたらどうなるか?しばらくの間は移植した角膜上皮細胞も分裂を繰り返し、角膜上皮としての性質を維持できるが、この上皮細胞には寿命があり、数ヵ月もすると死に絶えてしまう。すると再び結膜上皮が角膜部分に入り込み、角膜は血管で覆われてしまうのである。そこで必要になるのが、血液の骨髄移植に相当する角膜上皮細胞のステムセル移植である。これにより、将来にわたって角膜上皮が供給されるはずだ。
前述したように、角膜上皮のステムセルは角膜輪部にあるので、この部分を改めて移植するのだ。ただしこの部分は、抗原提示細胞であるランゲルハンス細胞が多数存在するので、術後の免疫抑制は十分行わなければいけない。
結膜炎の予防
次に問題となるのが結膜の炎症だ。[p201>
スチーブンジョンソン症候群では炎症は止まっていることが多いが、ひどいタイプのものでは長期化(遷延化)しているものもある。また同じような症状を示すものに眼類天疱瘡(がんるいてんぽうそう)(OCP=ocular pemphigoid)がある。この原因は不明だが、角結膜の上皮下に慢性の炎症が続き、血管も侵入して混濁する。治療法はない。いずれの場合も、このままでは角膜移植が成功しない。
しかし、よく観察すると、どんなひどいスチーブンジョンソン症候群やOCPでも、強膜はきれいで目の中にまで病気が及んでいる人はいない。そこでドラスチックな方法だが、炎症のある上皮細胞をすべて取り去ってしまうということにした。ただし、炎症のある角結膜上皮とその下の組織をとってしまうと、今度は角膜輪部のステムセルが生えていくべき実質(土台)がなくなってしまう。上皮細胞はきちんとした実質の上に構築されるので、強膜ではうまくいかない。
ここで工夫が必要である。代用の土台を移植するのだ。この土台はコラーゲンタンパクでできている。代用土台には人工のコラーゲン膜もあるが、僕たちは羊膜を用いることにした。これはマイアミ大学のツェング助教授や台湾のツァイ助教授の研究成果によるものだ。
彼らは動物実験で羊膜が眼表面の再構築に使えることを確認し、臨床応用を始めたところだった。羊膜は胎児を包む膜で、コラーゲンでできた組織である。まわりには血管に富んだ組織がありながら、絶対に血管が入ってこない。さらに羊膜組織の細胞は、抗原提示に関係するHLA抗原の発現が低く、移植に適している。実際には強膜の上に羊膜を10-0ナイロンのような細い糸で[p202>[p203>丹念にとめていき、なるべく広い範囲を羊膜でカバーするようにする(5-5)。
さかさまつげの治療
さて最後に、さかさまつげである。こんなささいなことでも角膜移植にとっては大敵で、おろそかにしていると術後の上皮がダメージを受けて、うまくいかない。
僕たちは、タルゾラフィー(まぶたを少し閉じること)で、この問題を解決するようにした。もともと目の開いている部分の表面積は二・四平方センチメートルくらいある。涙の全くない患者さんにとっては、目の開いている面積を小さくした方が有利である。特にまばたきのうまくいかない患者さんでは(こういう方が本当に多い)目の露出面積をできるだけ小さくしなければならない。この方法は目を小さくしてしまうので、美容上の問題がある。しかし、このような重症の患者さんでは他に治療法がないため、説明して重要性を話すと納得して下さる方が多い。もちろんこれは将来の改善ポイントではあるが。
このタルゾラフィーを行う時、まぶたを外側に向けるようにして、さかさまつげを治すのだ。
僕たち東京歯科大学では、一九九四年三月からこの手術をはじめて、現在までに一〇人以上の方で視力の向上を得ている。ただし若い患者さんでは、再発してしまったり、術後の拒絶反応や眼圧の上昇があったり、まだまだ完成された手術ではない。なんとかもっとうまく治せるよう、[p204>患者さんとともに勉強を続けていきたい。
*作成:植村 要