HOME > BOOK

『生と死を視つめた三年間』

野本 芳昭 19951020 近代文藝社,206p.


このHP経由で購入すると寄付されます

■野本 芳昭 19951020 『生と死を視つめた三年間』,近代文藝社,206p. ISBN-10: 4773347155 ISBN-13: 978-4773347159 1165+ [amazon][kinokuniya] ※ b als

■内容(「BOOK」データベースより)
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に侵された妻と、共に闘った三年間。温かい家族の絆の中で、ひたむきに紡がれたいのちの記録。

内容(「MARC」データベースより)
ALSを知っていますか? ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病に侵された妻と、共に闘った三年間。温かい家族の絆の中で、ひたむきに紡がれたいのちの記録。

■目次

発病
入院
退院後の生活
家庭療養
再入院
最後の家庭療養
別れ

■引用

1992 自治医科大学病院

「 入院生活の第一報が、こんな安らいだ日々を送っているとの事であった。その内に、病名もわかり、治療して元気になって退院できるだろうと、子供達と話し合っていた。
 しかしながら、主治医からの第一報は、そんな家族の気持とは、全く正反対の内容のものであった。
 それは、忘れもしない九月五日(木)午後三時半ごろ職場にかゝってきた、あの衝撃的な電話である。
 例の、「奥様の病気は、難病中の難病ですので、詳細は直接お会いしてからお話します」という内容のものであった。
 ついに、その日の朝がきた。
 大事な約束の時間に遅れては失礼になると思い、予定した時間よりも一本早い電車に乗り、O駅で義弟(妻の弟)と待ち合わせて、JR東北線に乗り換える。(p.22)
 約束の時間よりも、約二十分ばかり早く病院に着く。今日の話し合いの事は、妻には内密にしてあるので、妻にみつからないように病院の外で待つ。まもなく一人の看護婦さんがきて、四階(妻が入院している)のナース・ステイションの裏側にある部屋にとおされる。
 緊張しているためか、部屋の中が何か重苦しい雰囲気につつまれていて、あたかも面接試験でも受けるような心境で待っていた。
 まもなく主治医の先生を含めて三人の医師がみえる。長い机を真中にはさみ、一方に私と弟が、他方に主治医の先生を中心に左右に一人ずつ医師が座る。
 型どおりの挨拶をしてから、いよいよ本題に入る。最初に主治医の先生から話される。
「昨日電話でお話したとおり、奥様の病気は、難病中の難病です。お気の毒ですが」
と言われる。病名は、
「キン、イシュクショウ、ソクサクコウカショウ」と言う。
 長い病名なので、一度ぐらい聞いただけでは、とてもおぼえられない。そこで黒板に書いてもらう。
「筋萎縮性側索硬化症」ということである。
 最初、病名を聞いただけでは、当然のことながら、その病気の重さとか、今後、どんな病状になって行くのか、全然理解できなかった。
 が、しかし、三人の先生方からの説明が進むにつれて、驚きと恐ろしさで手足がガタガタ震えだしてきた。そして、その震えを懸命におさえていたことを記憶している。(p.23)
 この「筋萎縮性側索硬化症」というのは、別名「ALS」と呼ばれていて、後日調べて分かった事であるが、英語の「Amyotrophic Lateral Sclerosis」、この三語の頭文字をとったものである。(ネーチャーという科学雑誌 の一九九三年の三月号参照)
 この病気は稀に発病するもので、十万人に一人ぐらいの率だと聞く。しかし、最近では少しずつ増えてきていて、二十万人に三人ぐらいの発病率になっているそうである。
 医師の話では、「体、全身の運動神経がじょじょに麻痺してくる難病」という事である。しかも、「発病から三年〜五年ぐらいで絶命する」とも言われている。その上、現在の医学では、まだ治療方法がない。それは、何が原因で発病するのか、いまだに解明されていないためである。したがって、難病中の難病と言われているとのこと。
 更に、医師は、「筋肉の麻痺」についてより具体的に話される。」(pp.22-24)



「 午前十時すぎに、主治医のM先生が回診にみえる。診察の結果は、順調に回復しているとの事。したがって明日からは、抗生物質の点滴を一日一回ですむようになる。帰りがけに、M先生が一枚のメモを、妻にさとられないように、そっと私に渡す。
 廊下に出て、それを見ると、
「今日の午後、二時すぎでしたら何時でもよいですから、医務室の私の所に来て下さい、M」
 一体、これは何のことであろう。妻の容態は順調に回復していると言うのに。何か悪い予感がしてきて、胸の鼓動が激しくなるのを覚える。総じて、医師が患者本人に知らせないで家族に話す内容と言うのは、決して良い事ではない。妻の病気については、私なりに覚悟はしているつもりであるが、やはり気にかかって落ち着かない。
 幸い、午後一時すぎに姉が見舞いにきてくれたので、姉に訳を話してM先生に会いに行く。先生はすぐに出てきてくれて、
「奥さんに聞かれて困るような特別な話ではないのですが、やはり、ベッドに寝ている本人の前では……」
と前置きして、次のように話し始める。
「レスピレイター(人工呼吸器)の使用の可否について、ご家族でよく話し合っておいた方がよいのではないでしょうか」
と話される。(p.161)
 私は、内心またかという気になった。今までにも何人かの医師から、何回となく聞かされていたことなので。しかし、せっかく先生が心配されているので、耳を傾ける。
先生は、
「本人の意志が最優先ですが、もし使用したいということでしたら、それに適する病院を紹介しますが……・
と話してくれる。
「ありがとうございます。それで、その病院はどこにあるのですか」
「県内ですか、それとも都内にあるのですか」
と、尋ねる。
先生は、
「いや、今の所、どこにあるか分かりませんが、これから、いくつか候補の病院を捜して連絡します」
と答えてくれる。
 それを聞き、一瞬、不確実な話だなーと思ったが、そのM先生の誠意には深く感謝してもどってくる。
 家に帰って一人になると、やはり、M先生の話が気になってしまう。これまでに人工呼吸器について、それとなく話をしたことはあったが、正式に話し合ったということはなかった。幸い、今日は二人の子供達も早く帰ってくるということなので、よく話し合ってみようとおもう。(p.162)
 しかし、こんな時にかぎって、なかなか帰ってこない。今か、今か、と気をもんでいるうちにめずらしく二人そろって帰宅する。二人とも母親の所に行ってきたと言う。
 食事後、親子三人で話し合う。
「もし、お母さんが呼吸困難な状態になったらどうするか……」
「要は、人工呼吸器をつけてやるか、それとも、つけないか」
「二つに一つしかないのだが」
と私が口火を切る。
しばらくの間、沈黙が続く。
最初に息子が話し始める。
「人工呼吸器を使用しないで、そのままお母さんを死なせてしまっては後できっと後悔することになるだろう」
「だからと言って、人工呼吸器をつけてやっても、口はきけない。指一本動かすこともできない。動かせるのは目だけだというのでは、お母さんが余りにも可哀そうだ。後でお母さん本人が大変なのではないか」
とも言う。
「どちらにしても、必ず後悔する時がくると思うが、同じ後悔するのであれば、お母さんの意志を尊重してやった方がよいのではないか」
と、目を真っ赤にして話す。(p.163)
娘は、
「私は、判断がつきかねるから、お父さんの意見にしたがう」
と言う。
ところで、お父さんはどうなの、と二人の子供が聞きかえす。
そこで、
「お父さんとしては、考えが甘いかも知れないが、五月の時に、わざわざ専門の先生がきて、母さんの血液を研究するということであったので、その研究結果が出るまでは結論を出したくない」
と話す。
 いずれにしても、最終的には、お母さんの意志を大事にしようということで、親子三人の意見が一致した。
 しかし、今まで、まさか親子で母親の生、死の選択について話し合うなどとは夢にも思わなかったので、本当に辛く、そして悲しかった。ただ一つ救いになった事は、子供達が、特に取り乱した様子もなく、冷静に現実を直視して話し合えたことである。ここにきて家族の絆が、又一段と強くなったように思えた。」(pp.161-164)


「それでは、次回までによく話し合っておきますから、と言って診察室を出る。
 帰宅をして、夕食を取り一段落した後で、さきほどの「治療」についてのことを切り出す。私としては、何がなんでも、薬を飲んで治療を受けてもらいたい。もちろん、その薬を飲んだからと言って、血圧が下がったとか、風邪が治ったというように、妻の病気が治るとは毛頭考えていない。それは進行をストップさせるだけの薬なのだから。
 しかし、だからと言って治療を受けなければ一歩も前進しない。ただ後退するだけである。薬を飲んで病気の進行をストップさせることによって、又、新しい局面を迎えることが出来るようになるかも知れない。この事はあくまでも希望的、いや、願望、そのものかも知れない。が、しかし、私は、この希望に自分の残りの人生を託したかった。こんな気持で妻を説得してみたが、頑として首を縦にふってくれない。そこで、今度は妻の言い分を聞いてみることにした。とは言っても妻には、その理由を話す術(口がきけない。筆談もだめ)がないので、私の方からこれと思う事を質問する。
一、お金が掛かるから(p.189)
一、これ以上、皆に心配をかけたくないから。
一、薬を飲んでも治るとは思えないから。
など、いろいろと聞いてみた。
 結局、妻の答えは、こうである。
「薬を飲んでも進行をストップさせるのが限度で、それ以上良くもならなければ悪くもならない。蛇の生殺しのような状態が続くだけである。そんな状態にはとても耐えられない。その上皆に迷惑がかかる」
 この妻の気持ちは、私にも痛いほどよく分かる。それでもなお、できることなら生きていてもらいたい。これは、或る意味では私の甘えかもしれない。
 結論として、子供達の意見も聞いてみて、それに従うということになり、最終的には、治療を受けることになる。ただし、或る一定期間治療をしても、全くその効果が現れない時には、その時点で即座に治療を中止して自然の成り行きにまかせるとの条件である。これは、病気が更に進行して病状が悪化しても延命処置(人工呼吸器)は行わないということを意味する。
 ここにきて初めて妻も新しい薬を飲んで、治療を受けることを認める。これで、先生のせっかくの親切な厚意を無にしないですむ。本当によかった。後は、来年の一月まで一ヶ月少々の辛抱である。」(pp.189-190)

■言及

◆立岩 真也 20041115 『ALS――不動の身体と息する機械』,医学書院,449p. ISBN:4260333771 2940 [amazon][kinokuniya] ※ b als


ALS  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
TOP HOME(http://www.arsvi.com)