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『体験ルポ 日本の高齢者福祉』

山井 和則・斉藤 弥生 19940920 岩波新書,240p. 780


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山井 和則・斉藤 弥生 19940920 『体験ルポ 日本の高齢者福祉』,岩波新書,240p. 780 20030305第19刷
・この本の紹介の執筆:宮田真幸(立命館大学政策科学部4回生)

目次
1 家族介護の限界
2 在宅介護の3本柱
3 高齢者を支える施設と病院
4 さまざまなサービス
5 福祉は市町村の時代へ
6 市民の声を福祉にどう生かすか
7 高齢社会の取り組み−スウェーデン、ドイツ、そして日本
終章 人間らしく老いるために

図書の紹介
  この図書は前編の「体験ルポ 世界の高齢者福祉」に続き、日本各地の老人ホームや老人病院で「寝たきり」の体験をしながら聞き取りを行い、現場からの声と介護の現実を伝えている。
  また、スウェーデン・ドイツの取り組みの紹介と高齢化社会に対して新しい試みに挑戦する自治体の姿も紹介されている。
  
1章 家族介護の限界

  1章では日本における家族介護の限界を、体験談を交えながら紹介している。日本では介護をするのは家族であるという考え方が根付いており、さらに、男性が介護をする例は少なく、ほとんどは女性が介護を行うという現状がある。「家族が一番よいお世話ができる」という家族神話があるが、現在ではこれは幻想に過ぎない。著者は家族介護の壁として1、在宅の問題 2、介護力の不足 3、精神的苦痛 4、経済的困難の4つを挙げている。
  また、男性は、介護は女性(妻や嫁)がやるものであり、家で介護することを望み、一方、女性は社会への参加、少子化時代、また、同居の大変さを痛感しており、施設による介護を望んでいるというように、介護に対する男女間の認識の違いもみられると指摘している。
  
2章 在宅介護の3本柱

   在宅介護の3本柱であるデイサービス、ショートステイ、ホームヘルパーの3つのサービスの内容を紹介するとともに、利用者の声と著者の体験から見えてきた現状と課題を紹介している。
  以下簡単に紹介する。
  1つ目のデイサービスは、デイセンターが中心部に少なく郊外にあるため、通うのに30分から40分かかってしまい、ただでさえ体が弱いお年寄りが利用するのは難しくなるという課題を抱えている。中心部にあるデイセンターは、数が少ないため、1年くらい待たないと利用できないという現状もある。このような状況に対して、小学校の空き室を利用したデイセンターも増えてきている。
  2つ目のショートステイは、人手が足りないためレベル維持をするのがやっとである。ショートステイの問題点は環境の変化であり、慣れない環境で安眠するためには個室が必要であるといった点や、ショートステイを支える職員たちは一日中走り回っている状態であり、家族にとってはありがたいサービスであるが、お年寄りにとって本当によいサービスになるとは限らないといった問題を抱えている。
  最後にホームヘルパーについてであるが、ヘルパーには市の福祉事務所から派遣されるものと社会福祉協議会という福祉法人に民間委託されたヘルパーの2種類がある。ホームヘルパーの利用に関してはまだまだ問題が多く、在宅の寝たきり老人のうちホームヘルパーを利用しているのは1割にも満たない。その理由は「他人を家にあげたくない」「他人の手を借りたくない」という家族や本人の意識である。また、自治体によっては時間帯の制限があり、本当にヘルパーが必要な朝夕や夜中に来ない、同居世帯は駄目などの制限があるため、中途半端であるという理由からである。
  これらの課題に対して、著者はホームヘルプの型として巡回型のメリットとデメリットを紹介しながら、昼間は家族が頑張り、夜は公的サービスがカバーするといった、滞在型と巡回型をミックスした24時間体制のホームヘルプのあり方が必要であると述べている。

3章 高齢者を支える施設と病院

   3章では、著者による老人病院と老人ホームでの体験を基に、それぞれの現状と課題が紹介されている。
  お年寄りが行き着く老人病院。家族にとっては預かってもらえる所であればどこでもよく、安ければ尚更である。このような考えを持つ日本人は多いのではないか。そして、その老人病院では病院が病人を作ってしまうという問題がある。老人病院には2種類あり、出来高払い制により薬などで収入を得ようとする病院と、定額制による介護強化病院である。
  病院は治療をする所のはずが、終の棲家となっている。これは日本だけの奇妙な現象である。老人ホームが圧倒的に頼りない現状、老人病院が頼りとなってしまい、これは国民の意識と医療・福祉行政の問題である。
  一方、老人ホームは老人病院と違い居心地がよい。さらに社会的コストも老人ホームのほうが安い。
  しかし、老人ホームにも課題はある。著者が老人ホームで一日体験を行った印象として個室の保障とトイレ権の保障を求めているが、これに対して職員の答えは現在の人手では現状が精一杯であると言う。
  人手が少ないため、お年寄りの喜びが職員の喜びとはならず、職員への負担となってしまう。
  近年、老人保健施設が老人病院と自宅との中間施設として利用が増えている。しかし、老人保健施設はお年寄りのたらい回しの中継基地となってしまっており、終の棲家を増やすことと、在宅福祉と訪問介護を充実させることにより、老人保健施設の機能が果たされると述べている。
  
4章 さまざまなサービス

   今までは公的な医療や福祉サービスについてであったが、4章ではシルバービジネスやボランティアについて紹介されている。
  シルバービジネスとして、有料老人ホーム、介護専用型有料老人ホーム、終身利用型有料老人ホームの3つが紹介されている。さまざまなよいサービスがある一方、経営が苦しくなれば介護などの人手を少なくし、介護レベルを下げざるを得ないといった経営難の問題が指摘されている。
  また、このようなシルバービジネスを利用するのは裕福な老人のみであり、根幹をシルバービジネスで担うことはありえず、公的サービスの補完である。
   住民参加型福祉の登場。ボランティアは救世主となれるのか。ここでは神戸ライフケア協会の活動が紹介されている。ここでは無償でやると無責任になりがちであるという考えから、有償によって行われている。しかし、市で雇っているヘルパーの自給は920円に対し、同協会は420円と半額以下であり、若い人たちは給料の高い市のヘルパー登録に行き、高齢者たちがボランティアとして協会に来る。
  大事なことは、食事をする、トイレに行くなどの生活の基本は、公が責任を持って保障をする。プラ
  スアルファの部分を民間の多様なサービスが支えるということである。
  
5章 福祉は市町村の時代へ

  5章では生活設計研究会による「高齢者在宅福祉サービスの実態調査」を行った星さんの報告を基に、市町村における福祉サービスの地域格差の現状と、山形県西川町、兵庫県加西市、大阪府枚方市の取り組みが紹介されている。
  山形県西川町では町立病院と老人ホームを併設することで医療と福祉のコストを削減、今まで保健、医療、福祉の窓口がばらばらであった窓口を一本化、高齢者福祉の充実の政策を優先といった取り組みを行っている。
  兵庫県加西市では、在宅福祉の充実で寝たきり老人の減少に成功している。活発な訪問指導、早めの福祉サービスの利用を呼びかけ提供することが成功した要因である。
  3つ目の事例紹介として、大阪の枚方市で、敬老金を廃止して老人福祉の財源の確保を行い、ヘルパーを増員して24時間ケアのシステムづくりに取り組んでいる例を紹介している。
  最後に今までの中央集権的なシステムは多様なニーズに応えることは難しいことを指摘し、地域福祉の充実には、市町村の実力が問われるということを述べている。
  
6章 市民の声を福祉にどう生かすか

  6章では、市民の声を福祉に反映させる方法として、東京都の三鷹市での取り組みの紹介と女性の参画について述べられている。
  市民議会方式(三鷹市)
  老人福祉計画の策定過程に市民議会方式を採用
  ・ 福祉や保育で活動する職員を中心としてチームを結成
  ・ このチームで議論したことを、健康福祉部の各課におろし、二ヶ月間で二往復の議論を行う
  ・ 企画財政セクションで一ヶ月、助役、市長との四回にわたる調整を経て完成した計画素案であること
  ・市民会議の33人の内5人が公募で採用
  介護や看護の現場で働く職員の多くは女性であり、高齢者福祉の充実には女性の発言が欠かすことができない。しかし、政策決定への女性の参画は発展途上の段階であり、高齢者介護の切実な声を政策に届けるのは難しい状況である。このような状況に対し、地方議会、首長へ女性を送り出す動きが見られるようになっている。
  また、先進的な事例が生まれている地域には、@頑張り屋の福祉議員や行政職員がいる。A首長が高齢化問題に熱心B福祉に対する市民の意識が高いなどの共通点がある。
  自治体が大きな権限を持つには、専門性が高い行政職員、地域の顔役を超え、政策議論のできる地方政治家、問題意識を持った市民が要求される。

7章 高齢社会の取り組み――スウェーデン、ドイツ、そして日本

  7章では、高齢社会の先輩国であるスウェーデンとドイツが、高齢化の問題に対してどのような取り組みを行ってきたかを紹介している。スウェーデンでは、50年代に高齢化率10%となり社会問題となっており、今まで紹介してきた日本と同じ問題を抱え、対策に追われた。スウェーデンでは、在宅福祉のメニューを急速に整備し、治療型から予防型に転換したことと、エーデル改革によって高齢社会に対処してきた。
   ドイツでは、介護のための財源確保の問題が顕著になり、公的介護保険の導入が1995年から実施されるようになった。介護保険は第2の税金と言われているが、医療財政、生活保護の財政破綻、老人を介護しようとする家族が減る中、公的介護保険を導入し、介護保険手当てを出すことや、在宅介護を強力にバックアップする必要性は、各党一致していた。しかし、問題点として介護ニーズの判定をどうするかといったこともあり、試行錯誤の段階である。

終章 人間らしく老いるために

  最後に著者の二人は、これから迎える高齢社会に対して私たちは何をすべきであるのかを伝えている。日本人は介護の現実を知らない人が多いことを指摘し、介護の問題を家族で解決しようとする傾向があるため、本書で挙げてきた問題が起こってしまうとしている。そのため、介護教育の必要性を訴え、介護教育をサーポートする「家族の会」「高齢社会をよくする女性の会」の2つの会を紹介している。
  現実は厳しいが、改善することは可能であり、老いに対してはあきらめることなく希望を持つことが大事であると寄せている。

私の感想

  本書は介護の現場を歩き回り、老人病院・老人ホームでの体験により書かれており、現場からの声を知ることができた。普段の生活では介護について考える機会がなかったため、介護の問題が少し身近な問題となり、介護・高齢化について考えるようになった。
  日本で高齢社会の問題は少子化の問題とセットで議論されており、今後生産人口は減少し、介護を必要とする人たちを支えることは困難になることが予測されている。介護の問題は資金的な問題だけではなく、介護をする人手の問題も大きな問題であると考える。1章で詳しく紹介されているが、介護の問題の背景にあるのが「家社会」であり、介護は家の中の問題であり、他人に知られることは恥であるという考え方が深く根付いていたため、介護が社会問題と認識されるのが欧米に比べ遅れてしまったのではないかと考える。核家族化が介護を難しくしていると言われているが、親と同居すれば問題が解決するとは限らないのではないかと、本書を通じて考えさせられた。
  介護は誰がどのようにやるものなのかを考えること、公と私で負担を分配していくシステム作りが必要ではないかと考える。
  私の両親は現在でも元気にしており、介護の必要性は感じられないが、しかし、いつ介護が必要になるのかはわからない。本書を読むまでは介護については他人事であり、自分にはまだ先の話であると思っていたが、しかし、本書を読んで介護が必要な場面に直面する前に、自治体の介護に対する体制やどのようなサービスが提供されているかなどの情報収集、勉強をし、備えとくことが重要であると考える。
  介護の問題は、今後避けては通れない問題であり、本書は私によいきっかけを与えてくれた。



介助・介護  ◇2003年度受講者宛eMAILs  ◇ 
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