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『ミシェル・フーコー思考集成VI 1976-1977 セクシュアリテ/真理』

Foucault, Michel 1994 Dits et Ecrits 1954-1988, Edition etablie sous la direction de Daniel Defert et Francois Ewald, Ed. Gallimard, Bibliotheque des sciences humaines, 4 volumes
=20001125 蓮實重彦・渡辺守章 監修/小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編『ミシェル・フーコー思考集成VI 1976-1977 セクシュアリテ/真理』,筑摩書房,375p.

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Foucault, Michel 1994 Dits et Ecrits 1954-1988, Edition etablie sous la direction de Daniel Defert et Francois Ewald, Ed. Gallimard, Bibliotheque des sciences humaines, 4 volumes =20001125 蓮實重彦・渡辺守章 監修/小林康夫・石田英敬・松浦寿輝 編『ミシェル・フーコー思考集成VI 1976-1977 セクシュアリテ/真理』,筑摩書房,375p. ISBN-10:4480790268 ISBN-13:978-4480790262 \7245 [amazon][kinokuniya] ※

■目次

1976
166 容認しえない死 久保田淳訳
167 政治の面相 阿部崇訳
168 一八世紀における健康政策 中島ひかる訳
169 地理学に関するミシェル・フーコーへの質問 國分功一郎訳
170 医学の危機あるいは反医学の危機? 小倉孝誠訳
171 「ポールの物語」について 森田祐三訳
172 ソ連およびその他の地域における罪と罰 國分功一郎訳
173 規範の社会的拡大 原和之訳
174 犯罪としての知識 M.フーコー+寺山修司
175 ミシェル・フーコー、違法性と処罰術 石岡良治訳
176 魔術と狂気 原和之訳
177 視点 久保田淳訳
178 ミシェル・フーコーの「ヘロドトス」誌への質問 國分功一郎訳
179 〈生物−歴史学(ビオ・イストワール)〉と〈生物−政治学(ビオ・ポリティック)〉 石田英敬訳
180 ミシェル・フーコーとの対話 鈴木雅雄訳
181 西欧と性の真理 慎改康之訳
182 なぜピエール・リヴィエールの犯罪なのか 鈴木雅雄訳
183 彼らはマルローについて語った 丹生谷貴志訳
184 知識人の政治的機能 石岡良治訳
185 ピエール・リヴィエールの帰還 鈴木雅雄訳
186 ディスクールとはそんなものではなくて… 鈴木雅雄訳
187 社会は防衛しなければならない 石田英敬訳
1977
188 『我が秘密の生涯』への序文 慎改康之訳
189 ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』への序文 松浦寿輝訳
190 性現象と真理 慎改康之訳
191 『カーキ色の判事たち』への序文 久保田淳訳
192 真理の権力 北山晴一訳
193 一九七六年一月七日の講義 石田英敬訳
194 一九七六年一月十四日の講義 石田英敬・石田久仁子訳
195 権力の眼 伊藤晃訳
196 社会医学の誕生 小倉孝誠訳
197 身体をつらぬく権力 山田登世子訳
198 汚辱に塗れた人々の生 丹生谷貴志訳
199 社会の敵ナンバー・ワンのポスター 國分功一郎訳
200 生の王権に抗して 慎改康之訳
201 寛容の灰色の曙 森田祐三訳
202 境界なき精神病院 原和之訳
203 プレゼンテーション 西宮かおり訳
204 事実の大いなる怒り 西永良成訳
205 裁くことの不安 西宮かおり訳
206 ミシェル・フーコーのゲーム 増田一夫訳
207 文化動員 國分功一郎訳
208 真理の拷問 原和之訳
209 監禁、精神医学、監獄 阿部崇訳
210 クラウス・クロワッサンは送還されるのだろうか 石田靖夫訳
211 今後は法律よりも治安が優先する 石田靖夫訳
212 権力、一匹のすばらしい野獣 石田靖夫訳
213 治安と国家 石田靖夫訳
214 左翼の若干のリーダー達への手紙 國分功一郎訳
215 拷問、それは理性なのです 久保田淳訳
216 権力と知 蓮實重彦訳
217 私たちは自分が汚れた種であるかのように感じた 久保田淳訳
218 権力と戦略 久保田淳訳
日本語版編者解説(松浦寿輝)

■内容

1976
166 容認しえない死 久保田淳訳
 B・キュオー『ミルヴァル事件、あるいはいかにして物語は犯罪を消し去るか』(パリ、プレス・ドージュールドュイ、一九七六年)への序文、・―・・ページ。
 一九七四年二月二十二日、アンティル出身の二十歳の頑強な若者、パトリック・ミルヴァルが、フルリ=メロジスの監獄で死亡した。自殺、行政機構はそう発表した。ミショー判事のもとで予審が開かれ、そこでは十人の法医学者が調査に当たった。その二年後、法務省はなお、不起訴処分にするか、看守にリンチ殺人の容疑があるかで迷い続けている。(…)

「司法機構はしばしば非難されてきたように、誤ったことを有効と認めたり、偽りや嘘を作り出したり、命令によってか自発的な共謀によってか黙り込んだりすることがある。しかしそれが、少しずつ、日にちの経過とともに、証拠資料をたどりながら、報告書や証言や手掛かりを通して、「認知しえないもの」を作り出していくやり方は、あまり知られていない。」(本文より)

167 政治の面相 阿部崇訳
 ヴィアズ『偉大なる夕べを待ちながら』、パリ、ドゥノエル社、一九七六年、7−12ページ。

「君主というものは貌を持たないものであった。街道を駆け抜け、御者に姿を変えて宿屋で夜食をとることが王にはできたのだ。何びとも彼の素性を見分けることはなかった、その手に握られた金貨をたまたま見たりするのでなければ。もし気付いてしまったなら、あとはその逃亡者を馬車へと連れ戻し、彼を王座へと引き戻すだけのはなしだ。」(本文より)

「〔1〕挿絵作家のヴィアズ(一九四九― )は、本名をピエール・ヴィアゼムスキーといい、一九七二年以来、「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌に毎週時事の話題を風刺する挿絵を連載している。ここでフーコーが序文を寄せいている著作は、おそらくその連載を単行本化したものであろう。(…)」(注〔1〕より)

168 一八世紀における健康政策 中島ひかる訳
 『治療機械、およびに近代的病院の起源、関係書類と資料』、パリ、環境問題研究所、一九七六年、11−21ページ。

「はじめるにあたっての二つの指摘」「1 幼年期の特権化と家族への医療の普及」「2 衛生の特権化と社会の管理機関としての医学の働き」という構成。
「そして、ここ一八世紀になって新たな機能が現れた。社会を、身体の満足感やできるかぎりの健康、そして長寿にふさわしい環境として整備するということである。この最後の三つの機能(秩序、富の増大、健康)の執行は、単一の機構によってというより、多様な規則と制度の総体によって保証されるが、そうした総体は一八世紀には「公安」という包括的な名をもっていた。」

169 地理学に関するミシェル・フーコーへの質問 國分功一郎訳
 「ヘロドトス」誌、第一号、一九七六年一月―三月号、71−85ページ。
 「地理学は私が取り組んでいるもののまさしく中心に位置することになるはずです」―ミシェル・フーコー

「私は、国家権力の重要性と実効性を低く見積もる気は毛頭ありません。私はただ、国家の役割と、国家にのみに任されている役割とにあまり固執すると、国家装置を直接に介して機能するのではなく、多くの場合国家装置を上手く支え、これを継続させ、これにその最大の実効性を与えるところの権力のメカニズムとその効果の全てを見失う危険性があるのではないかと考えているのです。」
「先に進めば進むほど、私には、諸言説の編成と知の考古学は、意識とか知覚様式とかイデオロギーの形態などといったタイプのものからではなくて、権力の戦術と戦略とから分析されねばならないと思えてきました。戦術と戦略とは、つまり、一種の地政学を構成しうるであろう注入、分配、分割、領土管理、領域の組織化といった諸要素を通じて展開するものであり、そしてこのことによって、私の取り組みはあなた方の方法と合流することになるのです。今後、次のことを研究していきたいと思います。それは、組織と知の母体としての軍隊です。」(本文より)

170 医学の危機あるいは反医学の危機? 小倉孝誠訳
 「中央アメリカ保健科学評論」誌、第三号、一九七六年一−四月、197−209ページ(一九七四年十月、リオ・デ・ジャネイロ国立大学社会医学研究所、生体医学センターにおいて行われた医学誌に関する一回目の講演)。

「したがって私としては、イヴァン・イリイチと彼の弟子たちが選択したような観点、つまり医学か反医学か、医学を維持すべきか否かという観点から問題を提起しようとは思いません。問題は個人的な医学が必要なのか、それとも社会的な医学が必要なのかということではなくて、十八世紀以来、医学がどのようなタイプの発展をしてきたのか、つまり医学の「テイク・オフ」と呼べるようなものがいつ頃起こったのか問うことです。先進世界ではこの保健衛生上のテイク・オフと同時に、きわめて大規模におよぶ医学の技術的、認識論的な解放と、一連の社会的実践が生じました。そしてまさしくこういったテイク・オフの特殊な形態が、今日の危機につながったのです。問題は次のような言葉で提起されるでしょう。(1)この発展モデルはどのようなものであったか。(2)そのモデルをどの程度まで変更できるか。(3)ヨーロッパ社会やアメリカ社会のような経済的、政治的発展モデルを経験しなかった社会や国民の場合、この発展モデルはどの程度まで活用できるのか。要するに、この発展モデルとは何なのか。それは変更したり、他の場所で応用したりできるのか、ということです。」(本文より)

171 「ポールの物語」について 森田祐三訳
 (ルネ・フェレとの対話)「カイエ・デュ・シネマ」誌、二六二−二六三号、一九七六年一月、63−65ページ。

「あなたの映画を見たとき、思わず眼を瞬いてしまいました。眼を瞬いた、というのも、そこに見知った職業俳優が何人か出演していたからです。ところが、私が映画で見たものは、あたかも施療院というより、施療院そのものでした。」(本文より)

172 ソ連およびその他の地域における罪と罰 國分功一郎訳
 (K.S・キャロルとの対話)、「ヌーヴェル・オプセルバトゥール」誌、五八五号、一九七六年一月二十六日―二月一日号、34−37ページ。

「所有権の体制や生産管理における国家の役割に修正を加えてきているとはいえ、残りの部分に関しては、ソビエトは、単に、資本主義下の十九世紀のヨーロッパにおいて開発された管理や権力の技術を自分たちのところに移したに過ぎません。(中略)ソビエトは、テイラー主義や西側で試されたその他の管理技術を利用したのと同様、規律に関する我々の技術も採用し、更に我々が開発した兵器工場に、党の規律という新しい兵器を加えたのです。」(本文より)

173 規範の社会的拡大 原和之訳
 (P・ヴェルネールとのインタヴュー)、「週刊政治」誌、二一二号、「狂気を解放する」、一九七六年三月四―一〇日、14−16ページ。(サズ『狂気を作る』、M・マナン、J.P・コトロー訳、パリ、パイヨ、一九七六年、について)

「精神医学は十九世紀に出現した、社会医学の諸形態のうちの一つです。サズの書いた精神医学の歴史は、―これはまだその長所のひとつに過ぎませんが−規範化社会societe de normalisationにおける医学の社会的な機能を暴き出しました。(中略)しかし、医学がそれほどの力を持って機能することが可能になっているのは、宗教とは反対に、それが科学的制度の中に書き込まれているからです。医学の懲罰的な諸効果を指摘するだけですますわけには行きません。」(本文より)

174 犯罪としての知識 M.フーコー+寺山修司
 (寺山修司との対話)、「状況」誌、一九七六年四月、43−50ページ。

「少なくとも、いつまでも、観客にとどまる人間は歴史にはあり得ない。歴史の中にいる人間は、もし観客になってしまったら、歴史をとらえることが出来なくなってしまうからです。別の言い方をすれば、歴史を作る人間、つまり、歴史の中にいる人間のみが歴史を「観る」ことが出来るのです。」(本文より)

175 ミシェル・フーコー、違法性と処罰術 石岡良治訳
 (G・タラブとの対話)、「プレス」誌八十号、一九七六年四月三日、2ページと23ページ。

「実際、社会は処罰システムによって合法性と違法性のゲームを組織し、整備し、政治的経済的に有益なものにしようとしているのであって、社会はこの二重の鍵盤をとてもうまくプレイしているのです。まさにここに政治運動のターゲットが位置づけられるべきであるように私には思われます。」(本文より)

176 魔術と狂気 原和之訳
 (R・ジャカールとのインタビュー)、「ル・モンド」紙、九七二〇号、一九七六年二月二十三日、18ページ(サズ著、『狂気を作る』、パリ、パイヨ、一九七六年、について)。

「荷厄介な「マルクーゼもどき」や「ライヒ主義」を、どうあってもお払い箱にしなくてはなりませんね。これらはわれわれに、性(セクシュアリテ)とは「ブルジョワ的」「資本主義的」「偽善的」「ヴィクトリア朝的」社会がもっとも執拗に抑制し、抑制に抑制を重ねているものなのだ、と信じさせようとしているのですが、実際には中世以降、これほど研究され、問いかけられ、強いて聞き出され、明るみ引き出され、言説化され、告白を強いられ、表現を求められ、そしてそれがついに言葉を見つけた時には讃えられたものもありません。われわれの文明ほどおしゃべりな性を持つ文明はないのです。」(本文より)

177 視点 久保田淳訳
 「フォト」誌、二四−二五号、一九七六年夏秋、94ページ(一九七六年三月二十九日、モントリオール大学での講演から抜粋。この講演は、監獄に代わるものという主題で囚人週間の一環として行われた)。

「恐怖心に呼びかけることは、探偵小説、新聞、最近の映画において、絶えず行われています。それは非行者(デランカン)に対する恐怖です。一見賛美するようでいて実際には恐怖を呼び起こそうとする壮大な神話が、非行者の人物像や、大犯罪者のまわりに、築き上げられたのです。この恐るべき神話のすべては、民衆の中での警察の存在を、いくぶんか自然なものに変え、定着させてしまいました。」
「監獄とはしたがって、違法行為と戦うため刑法に与えられた道具などではありません。監獄、それは、違法行為の場を再整備し、違法行為の経済を再分配し、職業的違法行為のあるひとつの形式、つまり非行性を生み出すための道具だったのです。それは一方では、大衆の違法行為に圧力をかけ減少させることになりましたが、他方では、工業型の経済になってからは、その「道徳性」が絶対的に不可欠である労働者を前にして、権力階級の違法行為のための道具として役立つことになったのです。」(本文より)

178 ミシェル・フーコーの「ヘロドトス」誌への質問 國分功一郎訳
 「ヘロドトス」誌、三号、一九七六年七−九月号、9−10ページ。

知と戦争や権力、医療についてのいくつかの質問を4つにまとめている。

「これは、私が手にし得る知の側からあなたがたに向かって提起する質問なのではありません。これは、私が自らに対して提起し、そしてあなたがたに投げかける問いかけです。というのも、私は、あなたがたは恐らく私よりもこの道に通じていると考えているからです。」(本文より)

179 〈生物−歴史学(ビオ・イストワール)〉と〈生物−政治学(ビオ・ポリティック)〉 石田英敬訳
 「ル・モンド」紙、九八六九号、一九七六年十月十七日―十八日号、第五面(J・リュフィエ『生物学から文化へ』、パリ、フラマリヨン書店、「新科学」叢書、No.82、一九七六年刊の書評)。

「先史学と古生物学とをつきあわせてクロスチェックし研究することで、ひとは人類において「人種」などあったためしはないということを証し立てることが出来るのである。(中略)諸々の人口群、すなわち諸々の変異の集合が、人類においては、形成されたり、解消されたりしていると考えるべきなのである。そうした集合を描いては消し去っていくのは歴史であって、「自然」の奥底から歴史を有無をいわせず決定しているような生の決定的な生物学的事実をそうした集合に見てはならないのである。」(本文より)

180 ミシェル・フーコーとの対話 鈴木雅雄訳
 (P・カネとの対話)、「カイエ・デュ・シネマ」誌、二七一号、一九七六年十一月、52−53ページ(P・カネがR・アリオの映画『私ことピエール・リヴィエールは、母と妹、弟を殺害しましたが……』に関して製作した短編映画の中での対話を書き取ったもの)。

「ご存じの通り、農民に関する文学というのは沢山あります。しかし農民の文学、農民の表現というのは多くはありません。ところがここにあるのは、一八三五年に一人の農民によって書かれた、農民自身の言語によって書かれたテクストです。これはつい今しがた読み書きを覚えた一人の農民の言語なのです。そして今、現在の農民たちに、自分自身で、自分自身の方法で、結局はごく近い世代のものであるドラマを演ずる可能性が与えられました。(中略)そして農民たちに農民のテクストを演ずる可能性を与えるということは、政治的な意味でも重要だと言ってかまわないでしょう。」(本文より)

181 西欧と性の真理 慎改康之訳
 「ル・モンド」紙、九八八五号、一九七六年十一月五日、24ページ。

「性現象の歴史を、権力=制圧、権力=検閲という考えにもとづいてではなく、権力=煽動、権力=知という考えにもとづいて書かなければならないだろう。抑制するものとしてではなく、性現象という複雑な領域を構成するものとして、強制、快楽、言説などの体制を見極めるよう試みなければなるまい。/「性の科学」についての断片的な歴史研究が、権力の分析論の素描としても価値を持ちうること。これが私の願いである。」(本文より)

182 なぜピエール・リヴィエールの犯罪なのか 鈴木雅雄訳
 (F・シャトレとの対話)、「パリスポッシュ」誌、一九七六年十一月十日―十六日、5−7ページ(一九七六年のR・アリオの映画『私ことピエール・リヴィエールは、母と妹、弟を殺害しましたが……』について)。

「彼は不可視の存在になったかのようですね。彼はその殺人とその物語を携えてやってくるのに、誰にも彼が見えないのです。さらにこの人物の不可視性という点で奇妙なのは、彼は町の人間には見えなくなったのに、逆に農村の人々は彼をちゃんと見分けるのだけれど、その罪を見ないということです。「行っちまいな。憲兵たちが追っかけてくるよ。」彼らはそんなふうに言ってやるのです。」(本文より)

183 彼らはマルローについて語った 丹生谷貴志訳
 「ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトワール」誌六二九号、十一月二十九日―十二月五日号、83ページ(アンドレ・マルローの死去に際して一九七六年十一月二十三日に行われた電話インタヴュー)。

「たぶん、彼らの人生が如何なるものだったのかを理解するには、私たちはあまりに注釈につき合わされすぎている。」(本文より)

184 知識人の政治的機能 石岡良治訳
 「ポリティック・エブド」誌、一九七六年十一月二十九日―十二月五日、31−33ページ。
 イタリアで一九七七年に発表されることになる「ミシェル・フーコーとの対話」からの抜粋編集。〔No.192参照〕

「私には、特定的知識人の機能が練り上げ直されるべき時点に我々がいるように思われる。ある人々の偉大な「普遍的」知識人へのノスタルジーにも関わらず(「我々は哲学を、世界観を必要としている」と彼らは言う)、この機能は放棄されるべきではない。」(本文より)

185 ピエール・リヴィエールの帰還 鈴木雅雄訳
 (G・ゴーチエとの対話)、「ラ・ルヴァ・デュ・シネマ」誌、三一二号、一九七六年十二月、37−42ページ(一九七六年のR・アリオの映画『私ことピエール・リヴィエールは、母と妹、弟を殺害しましたが……』について)。

「もしかしたらこれを読むのは私ではなかったかもしれません。他の誰かだったかもしれない。こうした話題には、興味が集まりはじめていますからね。でもおわかりでしょうが、やっぱり一連の驚くべき偶然があったわけです。その土地の医師の一人でヴァステルという名の男が、もしパリの著名な精神科医たちとのあいだに師弟関係を持っていなかったら、この話がこれほどの反響を呼ぶことがなかったのは間違いないでしょう。こういったちょっとした何かがつながっていかなければならなかったのです。だから全体としては理解できるとしても、ピエール・リヴィエールやその母親、父親から私たちのところまでつながっている事実の流れは、相当の数の偶然から成り立っているわけで、それこそがリヴィエールの帰還に大きな強度を与えているのです。」(本文より)

186 ディスクールとはそんなものではなくて… 鈴木雅雄訳
 『自分の飼い主の声』、一九七六年、9−10ページ(R・アリオの『私ことピエール・リヴィエールは……』への協力者であるG・モルディヤとN・フィリベールの映画企画、『自分の飼い主の声』に関するタイプ原稿)。

「『自分の飼い主の声』はこんなことを思い起こさせる。すなわちディスクールとは、人が言っていることの総体や、それを言う言い方であると考えるべきではない。そんなものではなくて、それは人が言わないこと、仕種や態度、生活様態、行動方式や空間の使い方などから読み取れるものの中にも、ひとしく存在する。ディスクールとは、社会関係の中で作動している、強制された、かつ強制する意味作用の総体である。」(本文より)

187 社会は防衛しなければならない 石田英敬訳
 『コレージュ・ド・フランス年報』、第七六年度、「思考システムの歴史」講座、一九七五―一九七六学年度、361−366ページ。

「−だが、まず問われるべきなのは次のような問いである。すなわち、どのように、いったいいつから、ひとびとは、権力諸関係において機能しているのは戦争であり、中断することのない闘争が平和を動かしており、市民秩序とは基本的に戦闘秩序である、と思うようになったのか。/この最後の問いこそ、今年の講義で問われた問いである。ひとびとはいったい、いかにして、平和の透かし模様をとおして戦争を知覚するようになったのか。誰が、戦争の喧噪と混乱の中、戦闘の泥沼の中に、秩序や諸制度や歴史を理解する原理を求めたのか。だれが最初に、政治とは他の方法によって継続された戦争のことだ、と考えたのか。」
「今年度の演習は、犯罪精神医学における「危険な個人」のカテゴリーの研究にあてられた。「社会防衛」のテーマに結びついた諸概念と、十九世紀末に登場した市民的責任の新理論に結びついた諸概念との比較研究を行った。」(本文より)

1977
188 『我が秘密の生涯』への序文 慎改康之訳
 パリ、レ・フォルム・デュ・スクレ社、一九七七年、1−3ページ。

「しかし『我が秘密の生涯』の作者が語るのは、彼の生涯のうち性に捧げられた部分についてばかりである−そして、実際に彼の生涯は、完全に性に捧げられたものであった。生イコール性。 J.P・ブリッセでもしないような言葉遊びを許していただけるとするなら、それはひとつのセグジスタンスsexistenceであったと言える。しかし同時に、この書物が性を語るのにふさわしいものであると言えるのは、そこでは性が、それについて書くという快楽のなかでそれを多様化しその強度を増すためにのみ、むさぼるように探求されているからである。」(本文より)

189 ドゥルーズ=ガタリ『アンチ・オイディプス』への序文 松浦寿輝訳
 (F・デュラン=ボガエルによる翻訳)、ドゥルーズ(G・)及びガタリ(F・)著『アンチ・オイディプス−資本主義と分裂症』、ニューヨーク、ヴァイキング・プレス、一九七七年、・・―・・ページ。

「こう言おう、『アンチ・オイディプス』とは(その著者たちがどうか私を赦してくれんことを)倫理の書だ、ずいぶん長い時を経てフランスで書かれた初めての倫理の書だ(恐らく、そうだからこそ、この本の成功は特定の読者層に限定されることがなかったのだ。つまり、反=オイディプスであることが生のスタイルになったのだ、思考と生の一様態になったのだ)と。自分を革命の闘士と信じているときでさえ(むしろ、とりわけそのときに)ファシストにならないためには、いかにしたらよいのか。(中略)ドゥルーズとガタリはと言えば、身体の中に残るファシズムのもっとも微細な痕跡にさえ監視の眼を向ける。」
「『アンチ・オイディプス』の罠とは、ユーモアの罠である。ドアをばたんと閉め、テクストときっぱり縁を切りたまえ、きれいさっぱりおさらばしたまえと招く声がいたるところに響いている。」(本文より)

190 性現象と真理 慎改康之訳
 M・フーコー、『知への意志』独訳、フランクフルト、ズアカンプ社、一九七七年、7−8ページ。『知への意志』への新しい序論。

「(4)「性」そして「性現象」という概念は、大きな強度と過剰な意味とを担い、「うかつに手を出せぬ」概念であり、そのため、隣接する諸概念はおろそかにされがちである。だからこそ私は、性現象が、今や十五年以上にわたって私が追い求め、十五年以上にわたって私につきまとってきた、より一般的な問題の一例に過ぎないのだということを強調したい。西欧社会において少なくともある特定の時期に真理の価値を負わされた言説の生産が、どのようにして、権力の様々なメカニズムや制度と結びついているのか。この問題こそ、私のほとんどすべての著作が扱ってきたものなのだ。」(本文より)

191 『カーキ色の判事たち』への序文 久保田淳訳
 M・ドゥバール、J-L・エニック著『カーキ色の判事たち』、パリ、A・モロー、一九七七年、7−10ページ。
 『カーキ色の判事たち』は八つの常設軍事裁判所(TPFA)の一九七五年から七七年にかけての法廷の記録である。平時にも機能していた軍法会議を廃止することは、一九七二年以来政治的な問題になっていた。(…)

「国家の静謐な力は、周知のように、その暴力を包み隠す。その法は違法行為を、その規則は身勝手な振る舞いを包み隠すのである。ごった返すほどの濫用や越権や不正は、不可避的な逸脱ではなく、「法治国家」の本質的で恒常的な生命を形成している。(中略)これらの遊びの要素は、そこに含まれるすべての不確実性、偶然、脅威、罠とともに、恐怖〔terreur〕などではなく、ある平均的で日常的な水準の不安〔crainte〕を組織する−これは諸個人によって体験される法治国家の裏面であり、「恐れ〔peur〕の国家」と呼ぶことができるだろう。」(本文より)

192 真理の権力 北山晴一訳
 「ミシェル・フーコーとの対話」(聞き手―A・フォンタナ、P・パスキーノ、一九七六年六月、仏訳者C・ラゼーリ)、A・フォンタナ、P・パスキーノ編『権力のミクロ力学―政治への参加』(トリノ、エーノディ社、一九七七年、3−28ページ)所収。

「であるからこそ、象徴の領域だとか意味する構造の領域だとかに依拠するような分析は拒否しなければならないのであり、逆に力関係、戦略的展開、戦術といったものを系譜学的な方法で分析していく必要が出てくるわけなのです。その際準拠すべき主要なモデルをあえてあげるとすれば、それは、言語(ランガージュ)と記号を扱うモデルではなく、戦争と戦闘に関わるモデルではないかと思います。われわれの力を圧倒し、われわれを規定する歴史性、それは、きわめて好戦的なものです。」
「単純ないい方をすれば、精神病院への強制入院、個人の精神矯正、刑事制度などは、たんにその経済的意味だけを追究するのなら、おそらくごく限られた重要性しかもち得ないものでしょう。ところが、いわゆる権力機構の機能のしくみという点からみれば、以上のような事柄は、逆に、きわめて本質的な意味をもってくるわけなのです。」
「「権力は、ひとつの戦争タイプの支配形式にすぎないのではないか」、と。もしそうであるならば、権力の問題はすべて、力関係の問題として設定すべきものではないのか。権力とは、全面戦争の一種なのであり、それがたまたま歴史のある時期に平和とか国家とかいう形態を帯びるにすぎないのではないか。平和とは、戦争の一形態にすぎず、国家とはそれを遂行するにあたっての様式にすぎないのではないか……。」
「真理をいっさいの権力システムから解放せよといっているのではありません−真理はそれ自体が権力なのですから、それは幻想です。真理がいまのところその内部で機能せざるをえないでいるさまざまなヘゲモニー形態(社会的・経済的・文化的)から、真理の権力をひき離すことが課題なのです。」(本文より)


193 一九七六年一月七日の講義 石田英敬訳
 フォンタナ(A・)とパスキーノ(P・)編『権力のミクロ身体学―政治論集』、トリノ、エイナウディ書店、一九七七年、163−177ページ。

「したがって、今年の講義の見取り図は次のようなものです。まず抑圧の概念の再検討を一回か二回の授業でおこないます。それから、この市民社会の中の戦争の問題を始めます−場合によっては、来年以後にもそれを続けてやるかもしれませんが、まったく未定です。(中略)その後で、戦争を権力の作用の歴史的な原理とみなすこの戦争の理論を、人種の問題をめぐって再検討したいと思います。というのも、西洋において最初に、政治権力を戦争として分析する可能性がみとめられたのが人種の二項対立においてだったからです。そして、私はそれが、人種の闘争および階級の闘争が、十九世紀末に、政治社会の内部における、戦争の現象と諸々の力関係を見て取る二大図式になるまでを辿ってみることにします。」(本文より)

194 一九七六年一月十四日の講義 石田英敬・石田久仁子訳
 フォンタナ(A・)とパスキーノ(P・)編『権力のミクロ身体学―政治論集』、トリノ、エイナウディ書店、一九七七年、179−194ページ。

「じっさい、主権と規律、主権法と規律力学は私たちの社会において権力の一般的メカニズムを決定的に構成している二つの部品なのです。本当のことを言えば、諸々の規律だとか、というよりむしろ規律権力と戦うために、非規律的な権力を探求するとすれば、私たちが進むべき方向は、旧い主権法の方へ向かうべきではありません。そうではなくて、新しい司法、反規律的だが同時に主権原理から解放された新しい司法の方向へ向かうべきなのです。」(本文より)

195 権力の眼 伊藤晃訳
 (J-P・バルーおよびM・ペロとの対話)、J・ベンサム『一望監視装置』、パリ、ベルフォン、一九七七年、9−31ページ。

「「《諸》空間の歴史」―これはつまり「《諸》権力の歴史」と同じことになるでしょうが―をたっぷり書く必要があるでしょう。地政学の大きな戦術、経済的政治的な設置をへて住居、学校建築、教室、病院施設の戦略に至るまで。空間の問題が、歴史的政治的な問題として見られるようになるまでにどれほど時を要したか、驚くべきものです。」「ベンサムはルソーの相補者だと私はいいたいですね。実際、多くの革命家たちを鼓舞したルソーの夢とはいかなるものでしょうか。そのどの部分をとっても見てとれ、かつ読みとれるような透明な社会の夢です。暗い地帯はもはや存在しなくなること、王権の諸特権によって、あるいはしかじかの団体のもつ特典によって、あるいはまた無秩序によって配備された地帯が、もはや存在しなくなることなのです。おのおのの人間が、自分の占めている点から社会の全体を見ることができるようになることです。」(本文より)

196 社会医学の誕生 小倉孝誠訳
 「中央アメリカ保健科学評論」誌、第六号、一九七七年一−四月、89−108ページ(一九七四年十月、リオ・デ・ジャネイロ国立大学で社会医学講義の一環として行われた二回目の講演)。

「一回目の講演で私は、根本的な問題は医学と反医学の対立のうちにあるのではなく、一八世紀以来の医療制度の発展と、西洋の医学や保健衛生の「テイク・オフ」のために採用されてきたモデルの発展のうちにあることを証明しようとしました。その際、私には重要と思われる三点を強調しました。」といってその3点を再び挙げ(1回目の講演とは本書所収「医学の危機あるいは反医学の危機?」(No.170)のこと)、そのあと「医療化の歴史」「国家医学」「都市医学」「労働力の医学」という章立てで話が進む。

197 身体をつらぬく権力 山田登世子訳
 (リュセット・フィナスとの対話)、「キャンゼーヌ・リテレール」誌、二四七号、一九七七年一月一日―十五日号、4−6ページ。

「社会体のそれぞれの場所、男と女のあいだ、家族のなか、教師と生徒のあいだ、知るものと知らざるもののあいだ、それぞれの場に権力の関係がつらぬいておりますが、そうした権力の関係は、ただたんに大いなる支配権力が諸個人のうえに純粋に投射されたものではありません。むしろそうした権力の関係は、支配権力がそこに根を下ろしにくる、可動的で具体的な土壌なのであり、支配権力が機能しうるための可能性の条件なのです。」(本文より)

198 汚辱に塗れた人々の生 丹生谷貴志訳
 「カイエ・デュ・シュマン」二十九号所収。一九七七年一月十五日、12−29ページ。

「この「無名性」の問題は、六〇年代のフーコーにとって喫緊の重要性を持っていたブランショ=マラルメ的な「非人称性」の主題を受け継ぎつつ、それとは少なからず異なった色彩を帯びて七〇年代に急速に浮上してきたもので、あの晩年の「危機」とも深く関わり合っていたと思しい。それを端的に語りきっている決定的な文章は、七七年一月、『カイエ・デュ・シュマン』誌に発表された「汚辱に塗れた人々の生」(no.198)だろう。これは、一般施療院からバスティーユ監獄に至る、閉じ込めの古文書記録のアンソロジーの序文として書かれたものだが、そこには「もっとも卑小な生が権力と交わした短く金切り声のように鋭い言葉たち」をそのなまなましい軋りとともに聞き届けたいという、ほとんど生理的と言ってもいいような欲求が表明されている。ドゥルーズはこの小さなテクストを、「紛れもない傑作」「フーコーの作品中、もっとも荒々しく、同時にもっとも愉しい文章の一つ」と呼んだ。」(「編者解説」より)

199 社会の敵ナンバー・ワンのポスター 國分功一郎訳
 「ル・マタン」紙、六号、一九七七年三月七日、11ページ(J・メスリーヌ著『死の欲動』、パリ、ジャン=クロード・ラッテ社、一九七七年、について)。

 一九七七年三月二日、ジャン=クロード・ラッテ社が立入捜索を受けた。その目的は、ジャック・メスリーヌの執筆した『死の欲動』の原稿が、ラ・サンテ刑務所から持ち出されるに至った経緯を調査することだった。

「メスリーヌは実在するらしい。『死の欲動』が私にそう思わせたのではない。この文章のために、彼の命が危険に晒されるとでもいうのだろうか?そんなことを耳にするが、私はそうならないことを願っている。いずれにせよ、彼は既に自分の顔をかき消してしまった。」(本文より)

200 性の王権に抗して 慎改康之訳
 (B.H・レヴィとの対談)、「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、第六四四号、一九七七年三月十二―二十一日、92−130ページ。

「そうではなくて、この時代において重要だったのは、子供と、大人や両親や教師とのあいだの諸関係を、再び組織しなおすことであり、家族の内部の関係を強化することでした。子供こそが、両親、教育制度、公衆衛生機関にとっての共通の争点となり、未来の国民を養成する苗代となったのでした。身体と心、健康と道徳、教育と訓育、そうしたものが交叉する地点において、子供の性は、権力の標的にされると同時にその道具ともなりました。特殊で、不安定で、危険で、常に監視しなければならないものとして、子供の性現象が構成されたのです。」(本文より)

201 寛容の灰色の曙 森田祐三訳
 「ル・モンド」紙、九九九八号、一九七七年五月二十三日、24ページ、(一九六三年製作、一九六五年イタリア公開、ピエル・パオロ・パゾリーニの「愛の集会」について)

「そぞろ歩いたり、日なたぼっこをしている集団に、パゾリーニはたまたま通りかかったかのようにマイクを差し出し、誰にともなく、セックスや夫婦、快楽や家族、婚約とその習慣、売春とその料金といった諸々のことが交錯する、未決定の領域である「愛」について質問をする。」(本文より)

202 境界なき精神病院 原和之訳
 「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、六四六号、一九七七年三月二十八日―四月三日、66−67ページ(R・カステル、『精神医学的秩序』、パリ、ミニュイ社、一九七七年、について)。

「カステルの著作は二巻からなる。第一巻では、十九世紀における大精神医学の誕生が取り上げられる。栄光に包まれ、征服者然として登場したこの科学は、精神異常者の身分規定を明確にし、医師の(厳密な意味における)「常ならぬ」諸々の権力をはっきりと示している精神病院の城壁を高々と築き上げた。第二巻では、あるか以前から計画されながら、この数年でやっと現実的な問題となった地区化(セクトリザシオン)の政治学が取り上げられる。そこでは一世紀を経て、精神病院への監禁を解き、精神異常者を他から切り離す諸分割線を消し去って、一八三八年の古い法律により成立した医学・行政的複合体を解体することが問題となるだろう。/要するに、精神病院の誕生と死である。/しかしカステルの仕事はそれ以上のものである。」
「この点を間違ってはいけない。十八世紀に夢見られていたような普遍的かつ平等な法が、不平等な搾取社会の道具として役立ったというのは本当だが、われわれはむしろ、法が個人に対する拘束的で規制的な介入を権威づける役割をもつようになる、超法律的な社会へと急速に向かっているのだ。精神医学は、(カステルの本が完璧な厳密さで示しているとおり)この変容の、大きな要因の一つとなってきたのである。」(本文より)

203 プレゼンテーション
 西宮かおり訳 パリ、バスティダ=ナヴァゾ画廊、一九七七年四月。
 マクシム・ドフェール展の紹介

「マクシム・ドフェールは、それとは別な方法をとる−わたしが絵具を置くこの表面、あたかもそれが存在していないかのように振舞うことにしよう。マネ以来、多くの画家たちが拘泥してきたこの〈キャンヴァスという事実〉を、この上なく淡々と扱おう。」(本文より)

204 事実の大いなる怒り 西永良成訳
 「ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、六五二号、一九七七年五月九―一五日(A・グリュックスマン『思想の首領たち』(グラッセ社、一九七七年、パリ)について)。

「『思想の首領たち』の鮮やかさ、美しさ、激昂、曇り、そして笑いなどは、そこでは気質ではなく、不可避の結果である。グリュックスマンは素手で闘おうとする。ある思想を別の思想によって反駁するのではない。ある思想を自己撞着に陥らせるのではない。事実によってある思想に反論するのでさえない。思想を模倣する現実に思想を直面させ、思想が排斥し、赦し、正当化するあの知のなかに思想の首を突っ込ませるのだ。」(本文より)

205 裁くことの不安 西宮かおり訳
 (ロベール・バダンテール、ジャン・ラプランシュとの鼎談)、「ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、六五五号、一九七七年五月三十日―六月六日号、92−96、101、104、112、120、125、126ページ。
 パトリック・アンリは、身代金目的で男児を誘拐したが、その後、精神に恐慌を来たし、同児の首を絞めて殺害した。犯人がごく普通の青年であったこと、彼の自白、そして、自らを極刑に処すように求める彼の訴えは、世論を騒がせた。トロワでの彼の訴訟は、死刑制度支持派と反対派との対立を煽り、国民的な関心事となった。P・アンリの弁護士R・バダンテールの口頭弁論が功を奏し、被告は断頭台から救い出された。フランスで死刑が廃止されたのは一九八一年、時の法務大臣はバダンテールであった。

「実際、精神科医は犯人の心理を話題にはしません。裁判官の自由に、精神科医は訴えかけるのです。犯罪者の無意識ではなく、裁判官の意識〔=良心〕こそが問題なのです。われわれがここ数年にわたって集めてきたいくつかの精神鑑定を公表すれば、精神医学の鑑定報告が、どういった点で同語反復を成しているか判るでしょう。「彼はか弱い老女を殺害したのか。ああ、それは攻撃的な人物だ。」そんなことを気付くために、精神科医を必要とされていたのでしょうか。いいえ。そうではなく、裁判官は、自分が安心するために、精神科医を必要としていたのです。」(本文より)

206 ミシェル・フーコーのゲーム 増田一夫訳
 (ドミニック・コラス、アラン・グロリシャール、ギィ・ル・ゴフェ、ジョスリーヌ・リヴィ、ジェラール・ミレール、ジュディット・ミレール、ジャック=アラン・ミレール、カトリーヌ・ミヨ、ジェラール・ヴァジュマンとの座談会)、「オルニカール? シャン・フロイディアン機関誌」、第十号、一九七七年七月、62−93ページ。
 『知への意志』刊行後まもなく、ミシェル・フーコーを招待して夕べをともに過ごした。そこで展開された丁々発止の議論から、一部をここに収録する(A・G)。

「J-A・ミレール−前の本は犯罪を扱っていました。性現象は、見たところ、異なったタイプの対象です。あるいは同じだと証明する方が面白いならば別ですが。どちらの方にしますか。
M・フーコー−同じものにならないかどうかやってみよう、と言っておきます。それはゲームの賭金なのです。そして巻が六つあるのは、それがゲームだということなのですよ!この本は、標題が何になるのかを知らずに書いた唯一の本です。」
「アメリカの同性愛運動もまたその挑戦(脱性化〔desexualisation〕)から出発しました。女たちのように、彼らは共同体の、共存の、快楽の、新たな形態をもとめた。しかし女たちとは違って、同性愛者たちの、性的特殊性に対する固着は、はるかに強くて、彼はすべてを性に引き戻してしまう。女たちは違うのです。」
「公私すべての役職を辞任します!何と恥ずかしいことだ!悔悟の灰を頭からかぶりたい!哺乳びんの誕生を知らなかったなんて!」(本文より)

207 文化動員 國分功一郎訳
 「ヌーヴェル・オプセルバトゥール」誌、六七〇号、一九七七年九月十二−十八日号、49ページ。
 「共同綱領」の再活性化を目的とした左派連合のサミットを目前にひかえた一九七七年九月はじめ、「ヌーヴェル・オプセルバトゥール」誌と「フェール」誌(両誌共、自主管理社会主義の立場を取る)がシンポジウムを企画した。(中略)フーコーは、地域医療に関する討論にのみ参加するという「専門知識人」の役に留まった。彼は絶えず、自主管理という戦略に対する懐疑、「共同綱領」のレーニン主義的国有化と、国家と市民社会の対立という戦略上の射程の狭さとに対する嫌悪を表明していた。(…)

「革新というものは、もはや、党、労組、官僚組織、政策といったものを介して起こるのではないのです。革新は個人的な、精神的な不安に属しているのです。もうだれも、何をすべきかを政治理論に訊ねたりしません。もうだれも後盾を必要としていません。この変化はイデオロギー的なものであり、根本的なものです。」(本文より)

208 真理の拷問 原和之訳
 「巡回路」誌、第一号「拷問」、一九七七年第四期、162−163ページ
(「巡回路」誌の同号一五八−一六一ページに掲載された、F・ルーレの著作、『狂気の道徳的治療』、パリ、バイエール、一八四〇年の第二二考察、同四二九−四五三ページについて)。

「狂人自身によってなされる、自分は事実狂っていたが、いまやそうではなくなろうと固く決意している、という宣言によって、この真理は承認=再認されるのである。/しかしおわかりのとおり、これはわれわれの社会において、拷問の慣行と真理に達する方法の間に織りなされてきた関係の長い歴史の中でも、ほんの短い挿話に過ぎないのである。」(本文より)

209 監禁、精神医学、監獄 阿部崇訳
 (D・クーパー、J.P・ファイユ、M.O・ファイユ、M・ゼッカとの対話)、「シャンジュ」誌、第二十二−二十三号・特集「囲い込まれる狂気」、一九七七年十月、76−110ページ。
 この対話は、レニングラードの特殊精神病院に収容されたウラジミール・ボリソフの解放のため、ヴィクロール・ファインバーグによって行われたキャンペーンののちに行われた。このキャンペーンは「シャンジュ」誌をはじめ、デヴィッド・クーパーやミシェル・フーコーを含む数多くの知識人、さまざまな団体が支援した。

「結局のところ、この時導入され、十九世紀の精神医学や犯罪学において理論化されたもの−そして、ソヴィエトの法律においていま再び見出されるもの−、それが「危険」という概念です。ソヴィエトの法はこう言うことでしょう−あなたがたは、われわれが病人を監獄に(あるいは、囚人を病院に)入れていると仰有るのですか?とんでもない!当方は「危険」だった人物を監禁しているだけですよ、とね。彼らは、〈危険だと感受される〉という事実を、犯罪としてコード化しおおせているのですよ……。」
「知識人たちが、百五十年にわたって果たしてきた役割を−「そうあるべきこと」「起こるべきことがら」についての予言者の役割を−もし再び演じようとすれば、それはあの〈支配〉という効果を継続することになり、また全く同じように機能する新しい種類のイデオロギーを生み出すことになるでしょう。/何らかのポジティヴな条件がはっきりと描き出されるのは、ただ闘争それ自体においてであり、また闘争を通じてなのです。」
「とはいえ、次のような理論的言説によって答えることは可能でしょう−いずれにしても、性(セクシュアリテ)はいかなる場合にも処罰の対象とはなり得ない。そして強姦が罰せられる場合は、ただその身体的暴力のみが罰せられるべきだ、と。そしてそれはひとつの身体的な襲撃でしかなく、それ以上のものではない、だから誰かの口に拳骨を突っ込むのと、性器の中にペニスを突っ込むのとではなんの違いもないのだ、と……。しかしあらかじめお断りしておきますが、女性がこのことに同意なさるかどうか、私には分かりません。」(本文より)

210 クラウス・クロワッサンは送還されるのだろうか 石田靖夫訳
 「ル・ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール」誌、六七九号、一九七七年十一月十四日−二十日、62−63ページ。
 赤軍派の弁護士であり依頼人たちとの共犯関係で告訴されたクロワッサンはドイツ連邦共和国で職務を禁止される。彼は一九七七年七月十一日フランスに亡命し政治保護(アジル)を要求する。十月十八日、バアダー・グループの被拘留者たちがシュトゥットガルトのシュタムハイム刑務所の独房で死体で発見される。十月二十四日、フランスの裁判所はクロワッサンについて裁定をくだす。彼はサンテ刑務所に拘禁され、十一月十六日に連邦共和国に送還される。
「もっと一般的に言えば、「統治される者」の権利である。このような権利は人権よりももっと明確で、もっと歴史的に決定されている。行政区域民や市民の権利よりももっと範囲が広い。このような権利に関する理論はいままでほとんど定式化されたことがない。私たちの最近の歴史はこの権利を一つの現実に仕立てたわけだが、このような現実は、様々は統治機能が個人に対する日々の管理にいたるまで肥大化したような国家からの脅威を至るところで孕んでいる将来にとって、いまだ脆くはあるが、貴重なものであった。」(本文より)

211 今後は法律よりも治安が優先する 石田靖夫訳
 (J-P・コフマンとの対談)。「ル・マタン」紙、二二五号、一九七七年十一月十八日、15ページ。
 K・クロワッサンの送還が間近に迫っているのを知って、M・フーコーはサンテ刑務所までクロワッサンの弁護士たちに同行する。彼らはすぐにも警察に取り囲まれ、警察は独房式護送車の出口でのデモを一切阻止する。前記のNo.210を見よ。

「−ヨーロッパは反テロ闘争を中心にして構成されるのですか。
−事態を違ったふうに見るべきだと思います。私たちは政治裁判の一種の世界市場の方へ目下のところ向かっているわけですけれども、そうした市場の目的は、避難所(アジル)によって構成され政治上の離反一般をこれまで保証していた自治権(フランシーズ)を削減することにあります。双務協定では、こと政治保護(アジル)に関する最も重要な制限はアフリカ諸国の求めに応じて獲得されてきたということを忘れてはいけません。問題はヨーロッパを越えて進んでいるわけです。」(本文より)

212 権力、一匹のすばらしい野獣 石田靖夫訳
 (M・オソリオとの対談)、「カデルノス・パラ・エル・ディアロゴ」誌、二三八号、一九七七年十一月十九日−二十五日。

「―規範性がもっている生産の効率性に応じてということで……。
―ええ。非常に一般的な意味でのそういう生産の効率性ですね。
―ええ。単に生産でもない……。
―単に肉体労働(マニュエル)による生産ではありません……。
―……商品生産ではないのですね。人間生産……。
―その通りです。
―それは芸術そのものかもしれませんね……。
―そうです、絶対に。」
「ブルジョワジーはまず自分自身の健康に根本的に気をかけていました。いわば、それは自己救済であると同時に力の誇示でもありました。いずれにせよ、労働者の健康などどうでもよかったのです。十九世紀の初めにヨーロッパで起こった労働者階級に対する恐ろしい虐殺についてマルクスが語っていることを思い出してください。(中略)それから、ある時期以降、労働力の諸問題が別なふうに立てられ、雇われていた労働者をできるだけ長い間確保しておく必要が出てきて、労働者を十四、十五、十六時間働かせて死なせるよりも、八、九、十時間の間みっちり働かせる方がよいということに気づいたのです。労働者階級で構成された人材が、乱用してはいけない貴重な資源と少しずつみなされるようになったわけです。」(本文より)

213 治安と国家 石田靖夫訳
 (R・ルフォールとの対談)。「社会主義論壇」誌、一九七七年十一月二十四日―三十日、3−4ページ。

「国家の発展運動はますます強まっていく厳格化のなかにあるのではなく、逆に、その柔軟性のなかに、前進したり後退したりするその可能性のなかに、弾力性のなかにあるということは確かです。生産単位[=工場]の原子化、地域のますます大きくなる自治、国家の発展とは絶対に正反対に見えるようなあらゆる事柄といった国家装置の後退のように見えるかもしれないものさえ、場合によったら許容するような国家機関の弾力性のなかにあるわけです。」(本文より)

214 左翼の若干のリーダー達への手紙 國分功一郎訳
 「ヌーヴェル・オプセルバトゥール」誌、六八一号、一九七七年十一月二十八日―十二月四月、59ページ。

「クロワッサン〔Klaus Croissant 西ドイツ赤軍派の弁護士〕が送還されました。あなたがたは、避難所(アジール)の権利が踏みにじられた、合法的上訴手段がひっくり返された、政治亡命者が引き渡されたと言って、自分たちの憤慨を表明することを望んでいました。」(本文より)

215 拷問、それは理性なのです 久保田淳訳
 (K・ベーザーとの対話、仏訳J・シャヴィ)、「リテラテューアマガツィーン」誌、第八号、一九七七年十二月、60−68ページ。

「西洋の歴史において重要なのは、極度の合理性をもった支配システムが発明されたことだと、私は考えています。そこに至るには多くの時間がかかりましたが、その後に続くものが発見されるには、さらなる時間が必要でした。それに交代したものとは、諸々の目的性、技術、方法からなるひとつの総体です。つまり、学校や軍隊や工場において、規律が君臨するようになったのです。極度の合理性をそなえた支配の技術というのはこうしたものです。植民地化については言うまでもありません。その支配の様式は血にまみれたものですが、これは考え抜かれたひとつの技術であり、完全に意図的で、意識的で、合理的な技術なのです。理性の権力は、ひとつの血まみれの権力なのです。」(本文より)

216 権力と知 蓮實重彦訳
 (蓮實重彦との対談、一九七七年十月十三日、パリにて)、「海」、一九七七年十二月号、240−256ページ。

「十九世紀の人間が貧困をどうしてもうけいれることができず、それに反抗したように、今日ではこの「権力」の過剰という現象が、耐えがたい現実としてわれわれに迫ってくるのです。それが存在していることが明らかにされた国々における強制収容所は、ちょうど、十九世紀における労働者の貧民街、つまりマルクスにとって耐えがたい現象としてのスラム街のように耐えがたい現実といえます。ところで、そうした二十世紀的な現実に顕在化している「権力」の過剰という現象に対して、われわれは、いかなる分析の手段ももってはいなかった。」
「そう、一般に堅固なる「方法」によって未知なる対象にたち向かうか、あるいはまた、既知の対象でありながらもそれらの分析が充分でなかったものに新たな「方法」をつくりあげる。それが理性的なことにあたるやり方というものですが、わたしのやりかたはまるで理性的なものとはいえない。むしろ僭越きわまりない錯乱的なやり方だといえる。というのも未知の対象をめぐって確立されざる「方法」で話をしているからです(笑)。」(本文より)

217 私たちは自分が汚れた種であるかのように感じた 久保田淳訳
 仏訳J・シャヴィ、「シュピーゲル」紙、三一巻、五二号、一九七七年十二月十九日、77−78ページ。

「東ベルリンへ行くことは私にとって重要だった。なぜなら、ドイツ一般について、それがあたかも、分割という現実においてよりも神話的な一体性において、強固に存在しているかのように語るフランス人たちを、私は信用できなかったからである。」(本文より)

218 権力と戦略 久保田淳訳
 (J・ランシエールとの対談)、「レヴォルト・ロジック」誌、第四号、一九七七年冬、89−97ページ。

「平民「そのもの」〔《la》plebe〕はおそらく存在しないが、「いくらかの」平民性〔《de la》plebe〕は存在している。諸々の身体や、諸々も魂の中に、いくらかの平民性がある。それはいくらか、諸個人の中にも、プロレタリアートの中にもあるし、ブルジョアジーの中にもある。しかしそれには広がりがあり、その形態や、エネルギーや、還元不可能性の程度はさまざまである。こうした平民の部分は、権力関係の外部であるというよりは、その限界であり、その裏面であり、その撥ね返りなのである。それは権力のあらゆる突出に対して、そこから抜け出そうとする運動によって応じる。したがってそれは、権力の網の目が新たに発展するための動機となるのである。」
「そして今日における理論の役割は、まさに次のとおりだと思われる。すべてをしかるべき場所に配置するような包括的な体系性を編成ないこと。そのかわりに、諸々の権力メカニズムの特殊性を分析し、さまざまな結合や広がりを明らかにし、ひとつの戦略的な知を徐々に組織していくこと。」(本文より)

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:橋口 昌治 
UP:20031114 REV:20100407
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