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『人類最後のタブー―バイオテクノロジーが直面する生命倫理とは』

Silver, Lee M. 1993 (1st Printing 2007) Challenging Nature: The Clash Between Biotechnology and Spirituality, Perennial
=20070330 楡井 浩一訳,日本放送出版協会,462p.


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Silver, Lee M. 1993 (1st Printing 2007) Challenging Nature: The Clash Between Biotechnology and Spirituality, Perennial=20070330 楡井 浩一訳,『人類最後のタブー――バイオテクノロジーが直面する生命倫理とは』,日本放送出版協会,462p. ISBN-10: 4140811862 ISBN-13:9784140811863 2730 [amazon] ※ d/p

■カバーの折り返し
クローン羊の誕生以来、バイオテクノロジーとくに遺伝子工学は「危険な科学」として進歩に待ったをかけられた状態にある。クローニングや遺伝子組み換えが 批判されるのは、私たちのどんなタブーに触れるからなのだろうか。遺伝子研究の最前線に立つ科学者が、生命倫理論議のあいまいさを打ち破り、人間の生命や魂の本質に迫る。

■著者について
Lee M. Silver
遺伝子工学とバイオテクノロジー研究の権威として世界的に知られる分子生物学者、進化生物学者。
米国プリンストン大学で教授を務めるかたわら、ニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、タイム、ニューズウィークなどのメディアに寄稿する。米国国立衛生研究所(NIH)から遺伝子研究における優れた業績についてMERIT賞を授与されている。
クローン技術の人間への応用を論じた前著『複製されるヒト』は米国のみならず、世界各国で議論を巻き起こした。

■目次
第1部 霊魂
 第1章 霊と魂の物語
 第2章 科学と信仰と宗教
 第3章 霊の分類
 第4章 魂への科学的批判
 第5章 霊的信仰の起源

第2部 人間(人間であるとも、ないとも言いきれない存在;胚の魂 ほか)
 第6章 人間であるとも、ないとも言いきれない存在
 第7章 胚の魂
 第8章 クローニングを巡る政治活動
 第9章 魂を数える
 第10章 人間と動物の配合

第3部 母なる自然(たとえと現実;ダーウィンのありがた迷惑な説明 ほか)
 第11章 たとえと現実
 第12章 ダーウィンのありがた迷惑な説明
 第13章 すべて天然の有機食品
 第14章 すべて天然の医薬品

第4部 バイオテクノロジーと生物圏(人類のために;母なる自然の遺伝子を巡る戦い ほか)
 第15章 人類のために
 第16章 母なる自然の遺伝子を巡る戦い
 第17章 失われた楽園と到来した楽園

第5部 人類の最終章とは?(文化、宗教、倫理;テクノロジー ほか)
 第18章 文化、宗教、倫理
 第19章 テクノロジー
 第20章 魔法と人間の魂の未来

抜粋
「さて、どういうご相談でしょう」
 女子学生が笑みを消し去って、勇気を振り絞るまでに、しばしの沈黙があった。「わたし、やりたいんです!」だしぬけにこんな言葉が飛び出した。
 わたしは首をかしげてみせた。「意味がわからないな。何をやりたいというんですか」
「きのうの夜、教授が発表でおっしゃったようなことをやりたいんです」
 わたしが呑み込めずにいるのが、学生には意外だったようだ。こちらに身を乗り出す学生の若々しい顔は、熱意で輝いていた。「わたしの卵子をチンパンジー の精子と合わせて、受精卵を自分の子宮で育てたいんです。その観察記を、卒論にまとめようと思います」
 胸のつかえがとれたような面持ちで、学生はわたしをひたと見つめ、返事を待った。生半可な覚悟でないのは明らかだった。

■書評
・読売新聞 2007年5月1日
http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20070501bk0a.htm

バイオテクノロジーの研究と利用をどこまで認めるのか。この問いに取り組むのは漠然と生命倫理学と思われている。だが、第一級の分子生物学者である著者 は、応用面での線引きが無根拠であることを徹底して論じる。キリスト教に直接由来する価値観だけではなく、魂の存在や人間の尊厳、遺伝子操作を忌避し天然 素材だけを重んじて境界線を引く主張すべては、宗教的価値の擬制的延長だとする。対して著者は、人間の苦しみを取り除くための一点で、生命科学の成果を活 用する立場を、貫徹しようとする。日本の理化学研究所が、人間を特別視せず、ヒトとチンパンジーのゲノムの比較研究を心理的抵抗感なく遂行することへの、 著者が示す感動は、逆に興味深い。
 近年、科学研究の将来にこれほどまで楽観的な研究者もめずらしい。論理の飛躍もあるが、こういう主張までもが展開されるのがアメリカ科学界の力強さでも ある。楡井浩一訳。

(NHK出版、2600円)

評者・米本 昌平(科学史家)

・産経新聞 2007年12月15日
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/071215/acd0712150940003-n1.htm

【竹内薫の科学・時事放談】バイオテクノロジー 生命倫理か人類の未来か

■生命倫理か人類の未来か
 先日、仕事で米プリンストン大学のリー・M・シルヴァー教授の研究室を訪れる機会があった。シルヴァー教授は『人類最後のタブー』(NHK出版)の著者 であり、生命倫理の分野で積極的に発言を続けている分子生物学者だ。
 米国では、バイオテクノロジー研究は、宗教右派だけでなく、環境左派からも攻撃を受けている。宗教右派は、進化論さえも認めず、もちろん、受精卵を使った研究など絶対に許さない。受精卵も「人命」だから、ヒトに成長する機会を奪う行為は「殺人」に当たるというのだ。一方の環境左派は「自然が一番安全だ」 として、遺伝子組み換えなどに徹底的に反対の立場を取る。シルヴァー博士によれば、(主に)キリスト教から離脱した人々が新たな心のよりどころを求めた結 果、「母なる自然」へと回帰し、環境左派として活動する傾向が強いのだそうだ。折しも、iPS細胞(人工多能性幹細胞)の研究が進み、ES細胞(胚性幹細 胞)が抱える倫理的問題が払拭(ふっしょく)された。われわれの身体は、もともと精子と卵子という2つの細胞が合体して、分裂を繰り返してできたものだ。 この初期段階にできる幹細胞は、理論的に身体のあらゆるパーツに分化する可能性を秘めているため、「万能」細胞などと形容される。「再生医療」への応用に 期待も膨らむ。
 これまで、幹細胞といえば、受精卵に由来するES細胞だけしかなかったが、ここにきて、京都大学の山中伸弥教授とウィスコンシン大学のジェームズ・トム ソン教授の2グループにより、(受精卵を使わず)人間の皮膚から人工的に幹細胞をつくることが可能になったのである。
 実は日本では、iPS細胞とES細胞の間に社会的な意味での差は存在しない。だが、論文が公になった当日、米国に出張中だった私は、このニュースの取り 扱いを見て仰天した。新聞各紙がこぞって一面で大きくiPS細胞の成功を取り上げていたからだ。宗教右派の影響力が強い米国では「これで殺人を行わずに再 生医療への道が開かれた」という論調が強かった。シルヴァー博士は、米国のバイオテクノロジーがおかれている現状を嘆いている。シルヴァー博士に見せられ たスライドの一枚にのどかな田園風景があった。「ここにどれくらいの自然が残っていると思うかね?」という博士の質問に、私はギョッとさせられた。自然でいっぱいのはずの風景に、実は、自然など全く写っていないことに気付いたからだ。麦畑も森もすべて人の手が入っている。
 「日本のイネも品種改良を経てきました。それは遺伝子組み換えにほかなりません」と、私は思わずつぶやいていた。
 「これ以上の土地破壊、自然破壊を食い止めるためには、バイオテクノロジーによる効率のいい土地利用が欠かせないのだ」というシルヴァー博士の目は、人類の将来を見据えているかのようだった。生命倫理とはいったい何なのか。自然と人工はどう違うのか。科学と宗教右派と環境左派の三つ巴の戦いはどうなるのか。私の中で、今、新たな疑問が渦巻いている。(たけうち・かおる=サイエンスライター)


作成:山本奈美
UP:..20080618 REV:20081204,20090811
Silver, Lee M.  ◇生命倫理[学] (bioethics)  ◇身体×世界:関連書籍 2005-  ◇BOOK
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