『ほうけてたまるか』
早川 一光 19911125 労働旬報社,214p.
■早川 一光 19911125 『ほうけてたまるか』,労働旬報社,214p. ISBN-10: 4845102218 ISBN-13: 978-4845102211 ※ 1262+ [amazon]/[kinokuniya] ※
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内容(「BOOK」データベースより)
「呆け老人をかかえる家族の会」の相談医として有名な早川一光先生が語る明るい“ボケないはなし”―。
内容(「MARC」データベースより)
長寿社会を迎え、ボケ老人が増えてくる。誰にもやってくる老い、心配なボケ…。「呆け老人をかかえる家族の会」の相談医として有名な著者が語る、明るい"ボケないはなし"。
■目次
目次
1 ぼけって病気か
2 ぼけなんか怖くない
3 みんな同じ人間どうし
4 いのちの尊さ
5 畳の上で死ぬ
■引用
「楽に死ぬということは、それは、出来ません。人間は一分でも一秒でも生きるように創られています。生きようとする力――死んでたまるか――という力が"いのち"(生命力)です。死がすぐそこまで来ても。全力をあげてそれに抗います。だから、苦しいんです。その苦しみからのがれ▽209 ようとするから、苦しむんです。だから、死んだら楽になるんで、楽に死ぬといっても無理なことです。
たくさんの患者さんの生き死に立ち合ってきて、肩で息をし、小鼻を動かし、下顎を古ぼけた機関車のように激しく動かし、汗をたらし、歯をくいしばって呼吸を止めたとき、”うんこれで患者さんは楽になったんだな”と思う。
死が、実は、苦しみからの救いかもしれない。勿論、これは実証できないので、残る私の想いかもしれないが、そう思う。
死ぬってこわい?
死そのものはこわくないはずだが、死にいたるまでの道のりが、たまらない不安と恐怖を感ずる、と思う。それが、極く乳幼児期は軽度、加齢とともに増加し、子育て家守りの責任力あるとき、活力のあるときは恐怖感はピーク。やがて老化とともに薄らぐ。
九〇歳を越え百歳以上ともなれば、"眠るが如く往生"というパスボートを握る。ただ、自然は恐怖を少しでも軽減しようと昏睡という妙薬を用意している。また、死に至るまでの時間も調剤する。一瞬の事故死は、恐らく恐怖を感ずる暇もなく死ねたのでは?と想いめぐらす。
▽210 私の、偏見であるだろうか。」(早川[1991:208-210])