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『食べることの思想』

戸井田 道三 19841030,筑摩書房,238p


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■戸井田 道三 19841030, 『食べることの思想』 筑摩書房,207p,  ISBN:4480854649  [amazon] b, a06

■内容


■目次

おふくろの味
おしゃぶり
料理と割烹
歯固め
おもゆの事など
いない・いない・ばー
火の昔
かまどの焚き口
蛤のおまもり
貝の中
にぎりめし
年玉と言霊
恋心と土完(モヒ・土へんに完で一文字)
臼と杵
太鼓焼き

■引用
「文として言葉を意識するときは発想を分けてしゃべりに色々の型を認めたと思われる。しゃべりを型化することで語ることが可能となったのは、語るの語源自体がカタであることからわかる。そして解るは分るであった。語る・説く・述べる・話すなどと型の違いを、それぞれ感じるにつれてしゃべりを自覚できたのだ。」(「おしゃぶり」 p25−26)

「もし幼児がしゃぶることからしゃべることを分離するのを可能にする力を主体に潜在させているとしたら、それは人間存在の根源的なものに基づく内的な論理と整合するものであるいは構造といえるのかもしれない。この構造は意識されないから隠されているが、「しゃぶる」とか「しゃべる」が一致する地点へ戻り、それらを分離をさせる経過を辿りなおせば、すでにそのようなものであった。つまり物事をわかりたいとき、いつも始原へさかのぼる志向をわれわれはもっており、さかのぼりさえすれば、人間の社会や人間そのものがわかるであろう、というあたかも予定調和のようなものをそこに期待している。つまり神話である。人間の自己解釈のわくぐみが象徴的なやりかたで出現する意味での神話である。…>p30>吸うことから噛むことへの推移のうちに、社会が自己の構造を翻訳する言葉としての料理があるのかもしれない。」(「おしゃぶり」 p29-30)

「男が家を遠く離れてけものや鳥を取るために狩猟に出たり、魚や鯨を取るために漁撈に出たりするとき刀槍は彼らの道具であった。熊や鹿を殺し解体する刀をぜひ必要とした。これに対して家の周囲の農耕地をつくり、あるいは土器を製作して火を守るのは女であった。レヴィ=ストロースの『料理』の三角にまねていえば、生のものをあつかう男に対して火にかけて煮るのは女であった。三角のもう一つの頂点に腐ったものがある。料亭の板前が鯛のいけづくりなどと、いつまでも生ものに刃物の冴えを見せようと執着するのは、いわれているように割烹の「割」の方に力点を置く伝統のせいであった。」(「料理と割烹」 p41)

「割と烹都の差異が、包丁と鍋の差異に並行しつつ、社会的位置の変換に連れて、割烹着が意味を変換してきたことを見るべきだろう。「ある社会の料理が、その社会の構造を無意識のうちに翻訳する一つの言葉である」とはレヴィ=ストロースの言葉である。あるいは当たっているのかもしれない。」(「料理と割烹」p42)

「「たべ」は「賜う」からの変化である。「食う」は「噛む」からの変化だ。食うが生理的な「食う」で動物にも通用するに反し、「食べる」はそのいいかたのうちに社会関係をふくんでいる。意味のレベルが違うから、まちがえることがないのである。」(「歯固め」p50)


*作成:近藤 宏 
UP: 20090503
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