『厚生省精神・神経疾患研究筋ジストロフィー症の遺伝,疫学,臨床および治療開発に関する研究 昭和62年度研究報告書』
厚生省精神・神経疾患研究 筋ジストロフィー症の遺伝、疫学、臨床および治療開発に関する研究班(班長:西谷裕) 19880331
■厚生省精神・神経疾患研究 筋ジストロフィー症の遺伝、疫学、臨床および治療開発に関する研究班(班長:西谷裕) 19880331 『厚生省精神・神経疾患研究筋ジストロフィー症の遺伝,疫学,臨床および治療開発に関する研究 昭和62年度研究報告書』
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■「総括研究報告書」 主任研究者 西谷裕 国立療養所宇多野病院院長
「筋ジス第3班は昨年度までの3年間(昭和59年度〜61年度)にわたるプロジェクトチーム制をさらに発展させて,他の筋ジス第2および4班との協力下に新たな班を編成した。遺伝・疫学(疫学,遺伝相談,および遺伝子診断),臨床病態(臨床・画像診断,生化学および生理機能),治療(評価法の開発−データベース一,および治療法の開発)および病理の4つの面に研究を集中することにより,この遺伝性疾患の解明,治療にあたることを目的として第2期日のスタートを切ることになった。
▼とくに昭和39年より国立療養所に筋ジストロフィー病棟が開設されてから20年が経過して,関係各病院に筋ジストロフィーの研究者が育ちつつあり,これが全国の研究諸機関と密接な共同研究体制を形成して,ユニークな筋ジストロフィー研究のフィールドとして育ちつつある。この大きなフィールドに立脚した研究として「患者および家族の遺伝相談」,「筋ジス患者の病院ケアと在宅ケアの比較検討」,「遺伝子診断」,「筋疾患の画像診断」,「心肺機能の経時的追跡研究」,「体外式人工呼吸器の研究」,「運動撥能の評価法」,「呼吸機能異常とその補助法」,「誘発電位の電気生理学的研究」,「筋緊張性ジストロフィーの生化学,免疫学的および内分泌学的研究」,「筋ジストロフィーの全国的データベースの開発」,「治療法の開発と全国的試行」,「全国の筋ジス剖検例のライブラリー化」などの継続的研究はそれぞれ独自性カ′ミあり,我が国の臨床筋ジストロフィー研究の基礎的な部分をささえるものといえる。
本年度は,@筋ジストロフィーの施設ケアの便益性(近藤班員),(診筋緊張性ジストロフィー全国アンケートの解析(松岡班員),(9筋ジストロフィー症に対する遺伝相談サービスー患者家族教育−(福山班員),CDuchenneMuscularDystrophyのDNA診断法一特に連鎖プローブのRFLP頻度−(渋谷班員),D筋ジストロフィー症の臨床および画像研究(飯田班員),EMyotonic dystrophyにおける内分泌異常:とくにそのインスリン抵抗症の病態解明(菖谷班員),FThelargejointtesterを用いた DuchennC型筋ジストロフィー症のisokineticcontractionたおける膝関節伸展,屈曲トルクの検討(岩垣班員),筋緊張度の精度に関する検討(高柳班員),G筋ジストロフィー患者のデータベースの活用(井形班員),H筋ジストロフィー症の治療法の開発に関する研究(高橋班員),RDuchenne型筋ジストロフィー症剖検例の臓器重量の検討(檎澤班員)などについて各プロジェクトリーダーからの報告があった。以下にこれらの調査研究と今後の発展の方向を述べる。
T 遺伝・疫学
T-A 疫学
▼近藤班員らは,最近の「第3世代の疫学」という概念に立脚して,筋ジストロフィー症の施設ケアの便益性の評価を行うべきであると提唱している。従来の筋ジスの疫学的研究は,1)頻度調査2)地域での実態調査3)遺伝疫学的研究と進んできた。今後は施設ケアと在宅ケアとのそれぞれの特色を生かして保健,教育などの多面的な検討を試みることにより,筋ジストロフィーに対してより包括的なケアを求める△001 患者家族のニーズに適合して選択の巾を広げ,筋ジストロフィー対策の経済的効率とその波及的影響を検討しようとするものであり,その研究は時宜を得たものと考えられる。▲
松岡班員らは全国アンケート調査データを用いて,筋緊張性ジストロフィー患者を重症度によって3群に分けそれぞれに於けるミオトニ7,筋力低下,筋萎縮,ミオパテ一様顔鋭,白内障,早期頭髪脱毛,知能低下の7つの臨床症状の発現頻度を検討した。
その結果,ミオトニア,筋力低下,筋萎縮は3群のいずれでも90%以上の症例にみられたが白内障害は,軽症群で50.5%,中等度群で67.9%,重症群で71.0%と重症例ほど高頻度であり,脱毛,知能低下でも同様の関係をみとめた。ただ血清CK値はADL障害度が高いもの程上昇の程度が小さくなる傾向をみとめた。
▼T-A 遺伝相談
本班では一昨年度医家向けの筋ジストロフィー症に関する教育用小冊子を作成したが,その経験の中で,さらに具体的な質疑応答の欄の設定の必要性を認めた。そこで本年度は,患者,家族と直接接している医師に対するアンケートを班員全員に送付して47施設中44施設93.6%からの回答を得た。その結果,遺伝相談の経験ありが42施設(95.5%)であった。本アンケート調査の結果は,患家に遺伝について知らせることの重要性とそこから派生する可能性のある現場での具体的諸問題が浮き彫りにされており,極めて重要なデータが得られた。これを反映して小冊子の改訂版の発行が望まれる。▲[…]」
■「筋ジストロフィーの施設ケアの便益性(予報)」(5-8)
班員 近藤喜代太郎 北海道大学医学部公衆衛生
共同研究者 岩下宏(国立筑後病院)、松岡幸彦(名大神経内科)、南良二(国立八雲病院)、福山幸夫(東女医大小児科)、村上慶郎(国立箱根病院)、向山昌邦(国立沖縄病院)
1)国立筑後病院 2)名大神経内科 3)国立八雲病院 4)東女医大小児科 5)国立箱根病院 6)精神・神経セソクー 7)国立沖縄病院
◇近藤 喜代太郎 他 1988 「筋ジストロフィーの施設ケアの便益性(予報)」,厚生省精神・神経疾患研究 筋ジストロフィー症の遺伝、疫学、臨床および治療開発に関する研究班(班長:西谷裕)[1988:5-8] [125]
U 筋ジストロフィー対策をめぐる最近の動き
幼小児期の筋疾患は事実上,無対策の状況にあったが,DMD児の父,徳田篤俊氏の主張で,空床が増していた結核療養所の転用が図られて現在の療病態勢がつくられた。これは典型的な「施設ケア」であり,国療筋ジス病棟で1)生涯にわたる生活,2)診断・治療・リハビリ,3)教育が有機的に結合され,患者は全国に分布する20数ヶ所の施設のどれでも無料で利用できる。
これは外国に例をみない高度・総合的な態勢であり,昭和30年代の患者,患家を悩ました多大の問題が解決されたが,その反面,近年,つぎのような問題点がおきたといわれている。
1)ほぼおなじ程度に重篤な他疾患の対策とかならずしも整合しない。
2)同一の進行性疾患のみを集めた専門的施設ケアであるため,医師,職員とも一般診療とはやや異なる使命感が望まれ,志気の維持に特別な努力が必要である。
3)同じ理由で,患者や家族にも種々の心理的問題がおき,他疾患と混合した施設での療育を希望するケースがある。
4)障害者も対等に社会参加すべきであるとする最近の思潮に反する。
5)DMDは男児10萬当り20〜25人発生するが,最近の産児数の減少で患者の実数が減り,3),4)の影響もうけて一部の施設では空床が漸増している。
6)すべての行政分野が効率の面から見直される現在の状況と,1),5)に掲げた傾向のために,筋ジスの施設ケアの便益性,とくに我が国の国民性,社会経済的特性からみて,当初考えられていた通りに本症に適した施策であることを再確認する必要があるかもしれない。
7)近年,DMDの分子レベルの研究がいちぢるしく進み,本症自体の治療はとにかく,保困者診断,出生前診断など遺伝対策の基盤となる技術が従来とは異なる原理に立脚する可能性がたかいが,「施設ケア」はその母体となる有効な枠組である。
V 筋ジストロフィーの施設ケアの便益性
上記のような情勢に配慮して,プロジェクトTでは表記の課題を検討するが,どのような方針で,どんなモデルに従い,どんな項目を取りあげるか未定である。「費用便益分析」の適用もひとつの手段であるが,その結果をどんな原理に照して解釈するかも未定の重要問題である。
ただ,現時点でも確言できることは,本症の特性からみて,昭和30年代の状態に逆行することはあり得ず,
1)施設ケアは診療,リハ,教育,生活維持などの多岐にわたる問題を一元的に解決し得た,きわめて優れた対策であること。
2)在宅ケアは,本症の場合,施設ケアと対等に並ぶ選択肢にはならず,進行性経過のなかのある期間に,個々の患者,家族の考えやおかれた状況のもとに選択されるものであり,終末ケアをふくむ総合的対策に代り得ないこと。
である。その意味で,本症の場合は施設か在宅かという選択ではなく,施設を中心に体系化されている現行対策のなかに,在宅ケアまたは専門施設以外の施設ケアを関連させ,患者にとってよりよい体制をつくるのが大切であると思われる。
文献
1)Drummond MF:Principles of economic appraisal in healthcare.0xford Univ Press,0xford,1980
2)前田信雄:保健の経済学,東大出版会,東京,1979
3)Rice DP:Estimating the Cost of lllness,US Department of Health,Education and Welfare,Washington DC,1966
■言及
◆立岩真也 20160701 「国立療養所・4――生の現代のために・14 連載・125」,『現代思想』44-13(2016-7):18-29
「前段の篠田の文章にもすこし出てきたように、厚生省による研究費を使う研究班が立ち上げられそれが「難病対策」の単位にもなっていく★02。それらの報告書に掲載されるのはほとんど、ほぼすべてが医学論文だが、ときに性格の違う文章も掲載される。ここでは「厚生省精神・神経疾患研究 筋ジストロフィー症の遺伝、疫学、臨床および治療開発に関する研究班(班長:西谷裕)」の報告書における「筋ジストロフィーの施設ケアの便益性(予報)」。「幼小児期の筋疾患は事実上、無対策の状況にあったが、DMD児の父、徳田篤俊氏の主張で、空床が増していた結核療養所の転用が図られて現在の療病態勢がつくられた。これは典型的な「施設ケア」であり、国療筋ジス病棟で(1)生涯にわたる生活、(2)診断・治療・リハビリ、(3)教育が有機的に結合され、患者は全国に分布する二〇数ヶ所の施設のどれでも無料で利用できる。/これは外国に例をみない高度・総合的な態勢であり、昭和三〇年代の患者、患家を悩ました多大の問題が解決された」(近藤喜代太郎他[1988:8])★03。」
「★02 ようやくいくらか増えてきた難病(政策)を巡る研究の最近のものとして渡部[2016]。薬害スモンを巡る医療者・医学者の対応から描かれている。それはそれでもっともなことではある。ただ、もう少し手前から、そして本人や親の動きを含めて見ていくのも私はよいと思ってこの続きものを書いている。
★03 この「予報」という不思議な性格の文章は、「解決されたが、その反面、近年、つぎのような問題点がおきたといわれている」と続く。施設収容の問題点とされる諸点をあげた後、さらに施設収容を正当化する文章になっている。後で検討する。」
◇渡部 沙織 201604 「日本における「難病」政策の形成」,『季刊家計経済研究』110:66-74 [125]
◆立岩真也 20180701 「連載・147」,『現代思想』46-(2018-07)
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◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社