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『サバルタンは語ることができるか』

Spivak, Gayatri Chakravorty 1988 Can the Subaltern Speak?, C. Nelson & L. Grossberg eds., Marxism and the Interpretation of Culture, University of Illinois Press. pp. 271-313.
=19981210 上村 忠男訳,みすず書房,147p.

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Spivak, Gayatri Chakravorty 1988 Can the Subaltern Speak?, C. Nelson & L. Grossberg eds., Marxism and the Interpretation of Culture, University of Illinois Press. pp. 271-313. =19981210 上村 忠男 訳 『サバルタンは語ることができるか』,みすず書房,147p. ISBN-10: 4622050315 ISBN-13: 978-4622050315  2300+ [amazon][kinokuniya] ※ n08

■内容

amazonより

「BOOK」データベースより

フェミニズムとポストコロニアルの問題圏の交差点に定位しつつ、サバルタンの女性と知識人のあり方をめぐって展開される目眩く筆致。従属的地位にあるサバルタンの女性について、知識人は語ることができるのか、フーコーやドゥルーズを批判しながら、一方でインドの寡婦殉死の慣習を詳細に検討した、現代思想の到達地平。

「MARC」データベースより

従属的地位にあるサバルタンの女性について、知識人は語ることができるのか。フーコーやドゥルーズを批判しながら、インドの寡婦殉死の習慣を詳細に検討し、ポストコロニアル批評の到達地平をしめす。


■目次



■言及

◆鈴木智之, 20020215, 「訳注」Frank, Arthur W., 1995, The Wounded Storyteller: Body, Illness, and Ethics, Chicago: University of Chicago Press(=20020215, 鈴木智之訳『傷ついた物語の語り手――身体・病い・倫理』ゆみる出版).
(pp. 253-254)
(*1)脱植民地主義、G・Ch・スピヴァック

宗主国に対する政治的独立を果たした後においても、その地に生きる人々の生活の過程にはさまざまな形で植民地支配の「負の遺産」が残される。「植民地支配を脱した社会」の人々が、その社会経済的な組織において、文化において、あるいは知の編成においてなおも被り続ける「排除」や「周辺化」や「抑圧」のメカニズムを問い直し、解放のための闘争を継続しようとする知的・政治的運動が「脱植民地主義」である。その運動は、多様な形態をとりながら、いずれも西洋・近代の知識人が立脚する知的前提への根源的な反省を要求する。

そうした脱植民地主義的な知の運動の一角を形成するものとして、「サバルタン研究」がある。「サバルタンSubaltern」とは、「従属的・副次的(存在)」あるいは「下層の人びと」を指す言葉であり、「植民地主義が不可避的に組み込まれた支配がつくりあげ再生産する社会的諸関係において『従属的・副次的』であり『下層』であることを刻印された人びと」(崎山政毅『サバルタンと歴史」14頁)に向けて用いられる。「サバルタン研究」は、198O年代初頭にインドの歴史家ラジナット・グーハらを中心に研究グループが組織されたところから、歴史記述への方法論的な反省の運動として台頭してくる。崎山によれば、「脱植民地化の歴史過程を、宗主国の歴史に還元する植民地主義史観や、エリートに表象される分割不可能な国民的自己同一性を主体においた物語として描いてきた国民主義史観への批判が、サバルタン研究の歴史記述を追究する起点となっている」(16頁)のであった。すなわちそれは、他者あるいはエリートの視点から、単一の国民的主体を前提として書かれてきた歴史に異議を申し立て、それまで「声」を奪われてきた「民衆」の視点から歴史を記述し直そうとするものである。

ここでフランクが引用するスピヴァックの発言は、この「サバルタン研究」に対する共感と批判の相半ばするところから発せられているものである。一方でスピヴァックは、「サバルタン研究」が「インドの植民地の歴史編集の発達史を農民暴動の視点から書き直しているものとして」「最も意欲的な脱構築的歴史編集の例」であると評価する(G・Ch・スピヴァック、清水・崎山訳、『ポスト植民地主義の思想』、彩流社、1992年、233頁)。しかし彼女は、サバルタン研究が、「サバルタン」を、自らを被抑圧者として認識し、その歴史を語りうる主体として構築してしまうことに対して批判の目を向ける。(フーコーやドゥルーズの発言を批判の俎上に乗せながら)スピヴァックは、彼ら知識人が、「被抑圧者たちは(…)、もし機会を与えられたならば(…)、そしてもし連合のポリティクスをつうじてのプロレタリアとの連帯の途上で(…)、かれらの置かれている状態を語り知ることができる」という前提に立ってしまっていることを指摘し、「サバルタンは語ることができるのか」(G・Ch・スピヴァック、上村忠男訳、『サバルタンは語ることができるのか』、みすず書房、1998年、36頁)という問いを投げかける。もちろんこれは、サバルタンは語りえない、という叙述命題を導くものではなく、知識人が「植民地的主体を他者として構成してしまう」(同30頁)ことに含まれる「認識の暴力」を再度問いただそうとするものである。

スピヴァックが「サバルタン研究」に対して放った問いは、本書の議論にとっても重要な意味を持っている。近代医療による身体の植民地化に抗して、「病む者」を「自己の物語を語る主体」として呼びだそうとするフランクの立論は、その内側から「病者は語ることができるのか」という問いを突きつけられることになる。むろんフランクはその問いの所在に対して十分に自覚的であり、そうであればこそ「混沌の語り」という逆説的な概念を導入しているように思われる。

◆飯田祐子, 20010220, 「文学とジェンダー分析」上野千鶴子編『構築主義とは何か』勁草書房:85-107.
(pp98-101)

そうした方向性を確認したうえで、視点を移して、主体のレベルを扱うことに話を進めるのは、ジェンダー・システムを抽象的なレベルに限定して抽出する分析では扱えない問題もあるからだ。

一つは、構造化されたジェンダー・システムの亀裂や矛盾である。一つの分析で何もかもを扱うことは不可能である。先の場合は、矛盾や亀裂がありながらも、ジェンダーについての意味が構造化され生産されていく過程を描くことに目的がある。ジェンダーという記号が、いかに強烈な効果を意味生産において果たすかということを指摘することは、重要である。しかしそれゆえに、一方では、システムの綻びを積極的に抽出する作業とはなりにくい。ジェンダー・システムの強固さを強調することにもなり、それを変化させる方向については、提示が難しいともいえる。

カテゴリー分析のみでは扱えないもう一つの問題は、残らなかった声の抽出である。ジェンダー・システムが十全に機能すれば、〈女〉の声は残らない。ある段階で残らなかったこの声を、さらに無視し続けることは、当然現在において同じ構造を再生産することに加担することになりかねない。残らなかった声を、拾い出す作業は、その意味で必要であり続けている。さらには、カテゴリー化すらされない存在というものがあるはずだ。カテゴリー化されたもののみでシステムは説明される。しかし、その分析によって排除されてしまう問題にどのように対応するかという別の問題が、そこには残っている。

この二つの限定性の外に出るために、ジュディス・バトラーとガヤトリ・スピヴァックの議論を参照しよう。

はじめに、ジュディス・バトラーの議論(Butler[1990])を参照したい。前章まで、カテゴリーのレベルと主体のレベルを分離して考えてきたが、カテゴリーがカテゴリーとして流通するためには、それを使う主体が不可欠である。使われない言葉は言葉にはならず、単なる音になってしまうからである。カテゴリーは主体から離れて、抽象的に存在しているわけではない。と同時に、主体は、言葉から超越して存在し得るわけでもない。言葉は使う前からあるのであって(ただし、起源が特定しうるわけでは、もちろんない)、主体に可能なのは引用なのであり、しかも言葉の効果を制御しきることは不可能であるからだ。カテゴリーのレベルと主体のレベルは、理論的に分節する必要があるのであって、判然と分離できるわけではない。さて、バトラーは、こうした言葉と主体の行為遂行的な関係を明確にするために、主体という語を、行為体という語に置き換える。行為遂行性が重要なのは、言葉が常に正確に反復・模倣されるとは限らないというということを意味するからだ。バトラーは、この反復という行為に孕まれる可変力に光を当てる。「抽象的に言えば、言語とは、理解可能性をたえず作りだすと同時に、理解可能性に異を唱えることも可能な、開かれた記号体系なのである」(Butler[1990=1999:254])から、「起源なき模倣」(Butler[1990=1999:243])や「撹乱的な反復」(Butler[1990=1999:256])が、起こりうるのである。前節までの枠組みでは、可変性は、ジェンダー・システムの歴史的な変化の過程を描き出すことによって普遍性を否定することで、論理的に示されていたが、バトラーは、言葉と主体(行為体)の、決して安定することのない複雑な関係を浮かび上がらせながら、ジェンダー・システムが根本的に孕む可変性を明らかにし、主体(行為体)の可変力に光を当てるのである。

スピヴァックの議論(Spivak[1988])からは、より積極的に、残らなかった声を扱う方法を学びたい。スピヴァックもまた、歴史的に構築された意味に対する介入主義的な「書き直し」(Spivak[1988=1998:113-116])として、サバルタン女性の行為に光をあてる。そのうえで、スピヴァックは、「サバルタンは語ることができない」(Spivak[1988=1998:116])という。主体のレベルにおける可変力は、何かの属性に限定して発生するものではない。しかし、過去を素材に分析を試みる場合、明らかに残らなかった声に可変力を認めるのには、無理がある。あたかもそれに力があったかのように語ることは、システムの強固さを倭小化することになる。さらには、語らなかった声を、代弁し、搾取することにすらなる。スピヴァックの議論からは残らなかった声を扱うことについて、重要な示唆を得ることができる。語ることができなかった声を扱うときに、重要なのは、それを記述する私たちの現場に対する判断である。まずは、その一つの選びうる方法として、失敗を失敗として扱うことを学びたい。システムの強固さを無視せず、しかもその声について触れることを可能にするからだ。語り得ない主体(行為体)という枠組みを設けることによってはじめて、説明することのできる問題がある。

◆中島浩籌, 20020720, 「人と人とのかかわりをどのように考えるか」小沢牧子編『子どもの〈心の危機〉はほんとうか?』教育開発研究所:240-253.
(pp243-244)

フーコー、ドゥルーズの表象についての考えをさらに鋭く展開していったのが、アメリカ在住のインドの思想家G・C・スピヴァクである。

もし、他人の代わりに語ることが問題だとするならば、その人自身に話させればよい。その人の話をじっくり聴けばよいのだという意見が当然でてくる。フーコー、ドゥルーズの対話でも、抑圧された人々は自分のことはよく知っているのだから、知識人が代弁し、方向性を示す必要などない、といったニュァンスの発言がみられる。そうであるとすれば、被抑圧者は自分のことや状況をよく知っているのだから、知識人は何もする必要はなく、被抑圧者の話を聴けばよいということになる。

これに対し、スピヴァクは、どんな人であっても表象的システムから逃れられないと指摘する。そして「抑圧された人々は自分のことを自由に語ることができる」とするのはあまりにユートピア的だと指摘する (3) 。

抑圧された人々が自分自身の言葉で話そうとしてもなかなかむずかしい。その「自分の言葉」というものさえ専門的な用語やマスメディアの用語、さらには自分の周囲の人々の関心から大きく影響を受けるのである。心理治療に疑問を持ち、自分の言葉で自分の経験を見ていこうとしている人でも、どうしても精神分析やカウンセリングの用語で自分を見ていってしまう、トラウマやアダルト・チルドレンといった言葉をつい使ってしまう、そう述懐する人も少なくない。

そして誰かに聴いてもらっているときはなおさら、自分の話にじっくり耳を傾ける人の関心に大きく引きずられてしまうのだ。なんの影響もなしに自分の言葉で自分の経験を自由に語るという場面を設定することは、まさにユートピア的といえるだろう。

ロジャーズ派のカウンセリングはこれにあたる。指示を出さずに「クライエント」が語ることをただひたすら聴いていく。そうすれば、クライエントは自分のことをきちんと見つめていくようになるというのだ。しかし、この過程でも「クライエント」の語りは自由ではない。クライエントのため for を思ってひたすら傾聴しているカウンセラーの関心に影響を受けざるをえないのだ。

そこで、スピヴァクは耳を傾ける listen to でもなく、代わりに語る speak でもない関係を求めていくべきだと主張する (4) 。そのためには、今まで学んできた表象的・専門的知を忘れていかなければならないという。自分たちのなかにしみ込んでいる表象的知を問題化していかないかぎり、「〜のために」でもなく耳を傾けるのでもない関係は築いていくことはできないというのである。

スピヴァクの理論展開は複雑なのでこれ以上追っていくのはやめておく。しかし「 listen to でも speak forでもない関係を」という言葉は、「かかわり」を考えるうえで非常に重要な指摘だと思う。

◆草柳千早, 20040820, 『「曖昧な生きづらさ」と社会――クレイム申し立ての社会学』世界思想社.
(pp. 227-228)

当初の構築主義的社会問題研究において、社会問題は「クレイム申し立て」として捉えられていたことを思い出そう。そこでは、「問題」は、可視的な「クレイム申し立て」によって定義され、まさしくその活動を通して「存在」するものであった。そうした「社会問題活動」を図とするならば、その活動が見られない「通常の」ルーティーンの日常は、いわば地であり、没「問題」的な背景をなすものであった。そうした日常の領域は、人びとにとって没「問題」的であると同時に、研究者にとってもさしあたり没「問題」的なのであった。しかしいまや、日常世界はあらゆる局面において潜在的に「問題」的となる。「社会問題活動」が活性化している状況は、「問題のない状況」に対する「問題のある状況」なのではなく、「問題」の不可視化されている状況に対する、「問題」の顕在化している状況である。われわれは、「クレイム」が周縁化され何ら「問題」はないものとしてやり過ごされている、没「問題」的な状況を自明のものと受け取るべきでない。そこでは何が行われているのか。誰も文句を言わない状況であればあるほど、「クレイム」の周縁化と不可視化の徹底した状況かもしれない。それを見ないことは、単に見ないという消極的な実践ではなく、意味をめぐる闘争における政治的な達成の過程を不問の前提として見落とす恐れがあり、そればかりか、「クレイム」の周縁化に加担する、ということにさえなるだ〈25〉ろう。

(p. 238)
(*25)スピヴァクがサバルタンの女性について述べたように、「それを無視するということは、それ自体、ひとつのそうとは認識されていない政治的な所作なのである」(Spivak 1988 : 訳74)。

◆橋本摂子, 20060331, 「空白の正義??「他者」をめぐる政治と倫理の不/可能性について」佐藤俊樹・友枝敏雄編『言説分析の可能性??社会学的方法の迷宮から』東信堂:123-152.
(p. 145)

声を奪った後に声のない者/聞くことができない者として、感傷とともに見出し、そこで思考停止してしまうこと。そして声なき者の声をその不可能性のただ中で繰り返し表象/再現前し、正解のないまま考えつづけること。この二つの峻別は難しく、時折、似通ってみえることもある。しかし両者の決定的な違いは、政治と倫理が接続される仕方にある。前者において倫理は、単に政治的行為による帰結の不当性を補償するアリバイであり、両者は相補性のうちにその差異を消滅させる。しかし後者において、倫理は政治へのアンチテーゼであり、政治的にあることそのものへの問いかけとなる。そこでは他者からの言葉は解けない謎であり、倫理によって強いられる反芻のうちにのみ、政治の可能性がひらかれる。たとえばスピヴァクの「サバルタンは語ることができない」(Spivak, 1988)という言明は、政治-倫理の共謀による二重の排除に対する警告であり、その後の取り消しは解釈を終結させることへの逡巡ではなかっただろうか(*10)。

(p. 150)

(*10) スピヴァクの論文「サバルタンは語ることができるか」(Spivak ibid)における“The subaltern cannot speak”(p.308)は、その後の改訂版において削除されている(Spivark, 1999)。なお、この変更については邦訳者による解説がある(上村、一九九九)。

Spivak, G. C., 1988, "Can the Subaltern Speak?," C. Nelson and L. Grossberg eds., Marxism and the Interpretation of Culture, Urbana and Chicago: University of Illinois Press, 271-‐313. = 一九九八年、上村忠男訳『サバルタンは語ることができるか』みすず書房。

Spivak, G.C., 1999,A Critique of Postcolonial Reason, Cambridge and London: Harvard University Press. (= 二〇〇三年、上村忠男・本橋哲也訳『ポストコロニアル理性批判』月曜社。

上村忠男、一九九九年「得策でなかった結語?」『現代思想』Vol.27‐8:190‐193'青土社。



■引用

私は自分のとっている位置がどんなに根拠の危ういものであるかを徹底して全面に押し出そうとするつもりだが、そうした所作をとるだけではけっして十分でないことはよく承知している(p.2)。

この論文でスピヴァクが言いたいこと

主体としてのヨーロッパの歴史は西洋の法、経済、イデオロギーによって物語化されたものであるにもかかわらず、この隠蔽された主体はそれが「地政学的規定をもたない」と言いつくろう(p.3)。

→スピヴァクがその例として取り上げたテクスト
「知識人と権力――ミシェル・フーコーとジル・ドゥルーズとの対談」

なぜこのテクストをスピヴァクは選択したのか

厳と構えた理論的生産活動と対談という無防備なやりとりとのあいだの対立を解消して、そこに潜むイデオロギーの痕跡を垣間見ることを可能にしてくれているからである(p. 4)。

フランスポスト構造主義理論のもっとも重要な貢献

  1. 権力/欲望/利害のネットワークはきわめて異種混交的なものであって、それらをひとつの首尾一貫した語りへと還元することは反生産的であり、このような還元の試みにたいしてはたえざる批判が必要とされるということを明らかにしたこと。
  2. 知識人は社会の他者の言説を明るみに出し、知るように努めるべきであると主張したこと。
二人とも、イデオロギー問題およびかれら自身が知的ならびに経済的な生産活動の歴史のなかに巻きこまれているということにまつわる問題については、これを一貫して無視している(p.4)
労働者たちの闘争へのドゥルーズの言及も、同様に問題をはらんでいる。その言及のしかたは明らかに拝跪(ひざまづいて拝むの意)そのものである(p.5)。
労働者たちの闘争への結びつきは、いとも単純に、欲望のうちに位置づけられている。別の場所でドゥルーズとガタリは、精神分析によって提起された欲望の定義に修正をくわえて、欲望の新たな定義づけを試みたことがあった。
「欲望はなにものも欠いてはいない。それはその対象を欠いてはいないのだ。むしろ欲望において欠けているのは主体である。あるいは固定した主体を欠いているのが欲望なのである。固定した主体が存在するのは、抑圧をつうじてでしかない。欲望とその対象とは一体をなしており、機械の機械として、機械をなしている。欲望は機械であり、欲望の対象もやはりこの機械に接続されたもうひとつの機械である。その結果、生産物が生産の過程から抜き取られるのであり、そしてなにものかが生産から生産物へとみずからを遊離し、遊牧し放浪する主体に残余をあたえるのである」(p.8)。
これらの哲学者たちは、どうやらイデオロギーという概念を口にするあらゆる議論をテクスト論的というよりはむしろたんに図式的にすぎないものとして拒絶することを余儀なくされているようである。そのため、利害と欲望との間に機械的に図式的な対立を措定することをも余儀なくされるのである(p.10)。
ドゥルーズが感嘆して評しているように「囚人たち自身が語ることのできるような状態をつくりあげる」「客体存在」として価値づけようとすることがそれである。これにフーコーは付け加えて述べている。「大衆は、完全によく、はっきりと知っています」――ここでもまた、大衆は欺かれているのではないというテーマが顔を出している――「大衆は[知識人よりも]はるかによく知っていますし、そのことをたしかにはっきりと言明してもいます」 (p. 12)
実のところ、囚人、兵士、生徒たちの政治的アピールの保証人である具体的経験が明るみに出されるのは、あくまでもエピステーメーの診断者たる知識人の具体的経験をつうじてなのだ。どうやらドゥルーズもフーコーも、社会化された資本の内部にいる知識人は具体的経験を振り回すことによって労働の国際的分業の強化に手を貸すことになっていることに気がついていないようである。(p.13)
マルクスは欲望と利害とが一致するようなひとつの未分割の主体をつくり出そうとしているのではないということである。階級意識はそのような目標にむかって作動するのではない。経済の領域(資本家)においても、政治の領域(世界史的個人)においても、マルクスは、その諸部分が連続的でもなければ相互に一貫してもいない、分割され、脱臼を起こした主体の諸モデルを構築することを強いられている(p.17)。
こうしてわたしたちは、権力のシーンについてのポスト・マルクス主義的な記述の装いのもとに、はるか昔の論争に際会することになる(p.17)
被抑圧者が「自分で語る」実践的なポリティクスと結びつけられた「リビドー経済」や規定的役割をはたす利害としての欲望についての現代のさまざまな主張は、主権的な主体のカテゴリーを、それをもっともよく問題化しているように見える理論の内部に復活させてしまっている(p.21)。
実証主義者流に「女性」を一枚岩的な集合体として被抑圧者のリストのなかに括りいれてしまったところで、解決策になるわけではない。被抑圧者の分裂していない主体性こそが同じく一枚岩的な「同一システム」に対抗して自分で語ることを可能にするというのだが、そんなことは断じてないのである(p. 22)。
イデオロギーの理論は、世界の現実のなかにあっては「英雄たち」、父権的代理人たち、権力の代弁者たちの洗濯が行われており、またこれらのものたちが必要とされているという事実――Vertretung――世界の上演――それの記述シーン、それのDarstellung――がどのようにして包み隠しているかに注目しないわけにはいかないのである(p. 25)。
フーコーとドゥルーズの対談においては、(中略)理論とは実践の中継者である(こうして理論的実践にまつわる諸問題を葬り去ってしまう)、被抑圧者は自分で知り語ることができる、ということのようである(p. 26)。

これはすくなくとも二つのレヴェルにおいて構成的な主体を再導入する結果となっている(p.26)。
  1. 還元不可能な方法論的前提としての欲望という権力という〔大文字で始まる〕主体
  2. 被抑圧者という自己同一的ではないにしても自己近似的な〔こちらのほうは小文字で表記された〕主体とである。

サイードのフーコー批判に加えて・・・

権力と欲望の密やかな主体の存在が知識人の透明性によってマークされているという点 (p. 28)
知識人が自己の影とし手の他者のたえまない構成に関与している可能性を前にして、知識人にとっての政治的実践のひとつのありうる方策は、経済的なものを「抹消のもとに」置いてみることであろう (p. 29)

2

インドの事例は、すべての地域や国民や文化等々の、自己としてのヨーロッパの他者として引き合いに出しても良いような代表例として受け取られるわけにはいかない (p. 32)
わたしが主体としての他者はフーコーとドゥルーズには接近不可能であるというとき、わたしが指している「他者」というのは(中略)非アカデミックな人々のことなのだ。これらの人々にむけてエピステーメーはその無言のプログラム機能をはたらかせているのである (p. 36)。
フーコーとドゥルーズによれば、被抑圧者たちは、もし機会をあたえられたならば、そして連合のポリティクスをつうじてプレレタリアートとの連帯の途上で、彼らの置かれている状態を語り知ることができるという (p. 37)

→この認識にたち向き合う
帝国主義的な教育と法律が発動する内側(および外側)にあってサバルタンは語ることができるのか?

〔獄中ノートにおいて〕グラムシはサバルタンがヘゲモニーをめざして展開する文化的および政治的な運動のなかで知識人のはたす役割に関心を寄せている。このサバルタンの展開するヘゲモニーをめざしての運動こそは(真実の)ナラティヴとしての歴史の生産を規定するはずのものなのだ (p. 37)。

『サバルタン・スタディーズ』グループというひとつの知識人グループが、フーコーの影響力を認めている。これはスピヴァクによるとサイードが議論する「語ることの許可」の問題である。

植民地されたサバルタン主体というものはどうしようもないほど異種混交的であるということは強調しておかなければならない (p. 39)。
グハは、(中略)人民について、その同一性はあくまでも示唆的関係のうちにあっての同一性でありえないような定義をつくり上げている (p. 40)。

グハが提示したリスト・・・p.40 の第3の集団において、デリダが”antre”〔隠れ穴〕として描き出したことのあるものである(p.40)。

その構成において異種混合的であり、また、それぞれの土地での経済的およい社会的な発展の性格も均一でないため、〔それが支配と被支配の関係全体のなかで占める位置も〕地域ごとに異なっていた。ある地域では支配的であった同じ階級や要素が他の地域では支配される者のうちに入れられることもありえた(pp.41-42)。→p.43の土着の支配集団に関してのグハの記述参照

〔人民またはサバルタンという〕理念的な存在は、それ自体がエリートからの差異として定義されるのである。探究はこのような構造へと差し向けられているのであって、ここでグループが直面しているのは第一世界のラディカルな知識人がみずからを透明な存在であると自己診断しているのとはいくぶんか異なった状況であるといってよい (p. 43)。

サバルタンの歴史記述はそういった所作がそもそも不可能とされているのだという事実に取り組まなくてはならない(p.50)。(たとえば女性的なるものという概念に無規定的な存在という規定をあたえたら男根中心主義に意図せざる結果として資してしまうように)

労働の国際的な分業の圏域の外側には、もしわたしたちが同類や自己という席に座っているわたしたち自身の場所にのみ引き合わせて一個の同質的な他者を構築するだけでおわってしまうならばわたしたちにはその意識をつかまえることの不可能な人々が存在する(p.54)。…最低限度の生活を維持できる自作農民や街頭や田舎にたむろするゼロ労働者

かれらと向き合うということは、かれらを代表(vertreten)することではなく、わたしたち自身を表象(darstellen)する方法を学ぶことである (pp. 54-55)。
ドゥルーズは第三世界についての考察をこれらの理念的にはサバルタンである現地の古い地方的エリートに限定している。(中略)善意に満ちた第一世界がこのようなかたちで他者として第三世界を領有し書き込み直そうというのが、今日アメリカ合衆国の人文系諸科学の分野にあふれかえっている第三世界主義の基本的特徴にほかならないのである (p. 56)。

空間の――ただし医者による管理、行政の――ただし精神病院での発達、周辺の――ただし精神異常者や囚人や子供にかんしての考察、等々。診療所、精神病院、監獄、大学――これらはすべて、帝国主義についてのより広いさまざまなナラティヴを読むことをあらかじめ封じてしまうための目隠しのアレゴリーのようにおもわれてくるのだ(p.61)。→ドゥルーズの脱領土化にしても同じ

3

デリダの批判はわたしたちをテクストの内部へと連れこんでいき、フーコーの批判は内と外へと連れて行く(p.64) by サイード

第一世界の知識人がみずからは不在の非代表者を装いつつ被抑圧者たちに自分で語らせようとしているのにくらべれば、デリダは、理解されさえすれば、危険度ははるかに少ないのである(p.64)。

問わなければならないのは、自民族中心主義的な主体があるひとつの他者を選択的に定義することで自己を確立してしまうのを避けるにはどうすればよいか、ということである(p.65)。→こういう問いを引き受けてないひとたちは善意に満ちた西洋知識人

デリダが書いているところによれば、一七世紀のヨーロッパにおいては、文学の歴史を研究するさいに三種類の「偏見」が機能していて、それが「ヨーロッパ的意識の危険の…兆候」をなしていたという。→「神学的偏見」、「シナ的〔中国的〕偏見」 、「ヒエログリフ〔神聖文字〕主義的偏見」(p.66)。

こうして中国ふうエクリチュールの概念は、一種のヨーロッパの幻覚として機能していた (p. 67)。by デリダ

グラマトロジーの企てというのは、現前の批判ではないのであって、自己自身の批判を遂行するなかで現前の言説がどのような道筋をたどるのかを自覚することなのである(p.68)。
デリダが、ひとりのヨーロッパの哲学者として、ヨーロッパ的主体には自民族中心主義にとっての周辺的な存在として他者を構成しようとする傾向があることを明確にするとともに、それをあらゆるロゴス中心的な努力、ひいてはまたあらゆるグラマトロジー的な努力を(というのも、この章の主要なテーゼは両者のあいだには共犯関係が存在しているということなのであるから)ともなった問題として位置づけていることである (p. 69)。
デリダは、一七世紀末期から一八世紀末期にかけてのヨーロッパのエクリチュールの学における自民族中心主義をヨーロッパ的意識の一般的な危機の徴候であると呼んでいる (p. 70)。
デリダが「他者(たち)に自分で語らせる」 ことをもとめず、むしろ、「まったき他者」(自己をうち固めるための他者とは対立する関係にあるものとしてのtout-autre)への「呼びかけ」をおこなって、「わたしたちのなかの他者の声である内なる声にうわ言をいわせる」ことをもとめているのは、こういったことを用心してのことにほかならない (p. 70)。

    ↓

ポストコロニアルの批評家や知識人は、そのテクストに書き込まれた空白を前提として、はじめて自分たち自身の生産活動を転移させることを試みることができる。(中略)同化による他者のお構いなしの認知がなされていることを隠蔽している (p. 70)。

4

みずから学び知った特権をわざと忘れ去ってみるということはポストコロニアルの言説をそれが供給しうる最良の道具を用いて批判するすべを学び知るということ (p. 74)。
フロイトが女性たちをスケープゴートとして使用しているのは、深く両義的なことにも、ヒステリー患者に声をあたえ、彼女をヒステリーの主体に変えたいという、当初の、そしてその後も持続する願望にたいする、ひとつの反動形成なのであった (p. 78)。
「白人の男性たちが茶色い女性たちを茶色い男性たちから救い出している」というセンテンスを「子供が叩かれている」というセンテンスについてのフロイトの諸研究のなかで出会われるのと変わらない精神でもって組み立ててみたのであった (p. 78)。

「白人の男性たちが茶色い女性たちを茶色い男性たちから救い出している」

「女性たちは実際に死ぬことを望んでいた」

    ↓

弁証法的に連動した二つのセンテンスを眼前にして、ポストコロニアルの女性知識人は単純な記号作用からなる問いを問う?〈これはなにを意味しているのか〉と。 (p. 82)
善き社会の設立はそのような新しい時代の幕開きの時点において?中略?ほかでもない女性の保護がそういった善き社会の設立のためのシニフィアンになっているということである。(p.83)。
寡婦がわが身を犠牲に供するという儀礼の場合には、儀礼は迷信としてではなく、犯罪として定義し直されようとしている。サティーのもつ引力は、それが「報奨」というようにイデオロギー的な備給を受けていたことにあった。そして、それは帝国主義の引力が「社会的使命」というようにイデオロギー的な備給を受けていたことにあったのと同じである。 (p. 93)。
主体の地位にかんしての、このようにプログラムされた法律上の非対称性は、明らかに法律上対象性をそなえた男性の主体?地位の利益になるようなかたちで作動している。 (p. 98)

ジャウハルはレイプを男性の自然な行為として保存するものにほかならない。

白人の男性たちは、茶色い女性たちを茶色い男性たちから救い出そうとしているのだと言いながら、そのような言いかたのもとで、実は言説的実践の内部にあって、良き妻であることと夫の火葬用の薪の上で自己を犠牲にすることを絶対的に同一視することによって、それらの女性たちにいっそう大きなイデオロギー的強制を課す結果となっているのである。 (p. 105)
家父長制と帝国主義、主体の構築と客体の形成のはざまにあって、女性の像は、原初の無のなかへとではなくて、あるひとつの暴力的な往還のなかへと消え去っていく。その往還こそは伝統と近代化のはざまにあってとらえた「第三世界の女性」の転位態にほかならないのである。 (pp. 109-110)
わたしはデリダ的脱構築を利用するとともにそれを超えようと試みてきたが、それをフェミニズムそのものであるとして称えているわけではない。しかしながら、わたしが語ってきた問題機制のコンテクストにおいては、デリダの形態学のほうが、フーコーとドゥルーズの、より「政治的な」 争点への直接的で実質的な関与――ドゥルーズの「女になる」ようにとの誘いかけ――よりも、はるかに実があり有用であるとわたしは認識している。 (pp. 115-116)


■書評・紹介



■言及





*作成:植村 要
UP: 20080511 REV: 20080926, 20091019(中田 喜一), 20191117(岩ア 弘泰
ナラティヴ・物語  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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