『労働のメタモルフォーズ 働くことの意味を求め
て――経済的理性批判』
Gorz, Andr´e 1988 M´etamorphoses du travail Qu^ete du sens :
Critique de la rasion ´economique,Galil´ee
19970415 真下
俊樹訳,緑風出版,413p.
■Gorz, Andr´e 1988 M´etamorphoses du travail Qu^ete du sens :
Critique de la rasion ´economique,Paris,Galil´ee=19970415 真下
俊樹訳,『労働のメタモルフォーズ 働くことの意味を求めて――経済的理性批判』,緑風出版,413p.
ISBN-10: 4846197018 ISBN-13: 9784846197018 3200+税
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■内容(「BOOK」データベースより)
本書は、古代ギリシアからマルクスを経て現代に至るまでの、労働と労働哲学の変遷を解明し、現代工業社会において、働く意味とは何なのかを問い、今日の危
機を労働の解放、人間の解放に転化する道を提起する。
内容(「MARC」データベースより)
古代ギリシアからマルクスを経て現代に至るまでの、労働と労働哲学の変遷を解明し、現代工業社会において働く意味とは何なのかを問う。労働と生活の分裂な
どの今日の危機を、労働の解放、人間の解放に転化する道を提起する。
■目次
凡例
序
第一部 労働のメタモルフォーズ
1 労働の発明
2 マルクスにおける労働のユートピア
3 機能的統合あるいは労働と生の分裂
4 機能的統合から社会的脱同化へ(そして代償的消費から全面的国家化へ)
5 労働ヒューマニズムの終焉
6 労働イデオロギー、最後の変身
7 労働、最後の変身(意味を求めてT)
8 ポスト-マルクス主義の人間の条件(意味を求めてU)
第二部 経済的理性批判
1 「もうこれで十分」から「多ければ多いほどいい」へ
2 市場と社会、資本主義と社会主義
3 経済合理性の限界(意味を求めてV)
経済的意味での合理的労働
A・商品活動
1・解放としての経済的意味での労働[(a)+(b)+(c)+(d)]
2・召使いの労働[(b)+(c)+(d)]
3・機能、世話、看護[(a)+(b)+(c)]
4・売春[(a)+(b)+(d)]
4(追加)・母性、母性機能、代理母
B・非商品活動
1・自分のための労働
2・自律的活動
4 社会学と社会化の限界 「実体験された世界」概念に関する方法論的余論
第三部 方向づけと提案(意味を求めてW)
労働時間短縮、争点と政策
1・目標時期の戦略
2・今よりも少なく、より良く、今とはちがうやり方で
3・断続的な労働、自分の時間
4・所得の減少をともなうか、ともなわないか?
5・所得権、労働権
(a)保障所得、保守の見方
(b)保障所得、左翼の見方
付録 労働組合員などの左翼活動家のための要約
1 労働の危機
1・1 労働のイデオロギー
1・2 労働倫理の危機
1・3 努力という新保守イデオロギー
1・4 皆が働くために働く量を減らす
1・5 労働の形態
1・6 ユートピアの終焉
2 労働の危機、社会の危機
2・1 変化に意味を与える――時間の自由
2・2 自分の生活に対する権力を取りもどす
2・3 五〇%のアウトサイダーに向かって
2・4 新たな召使い
2・5 新協調主義の危険
3 皆が働くために働く量を減らす
3・1 年一〇〇〇時間労働に向けて
3・2 新たな価値、新たな使命
3・3 より少なく働き、より良く生きる
4 労働量から切り離された所得
4・1 社会民主主義の立場
4・2 自由主義の立場
4・3 労働組合の立場
4・4 随伴する政策
結論に代えて
索引
訳者あとがき
■引用
「要するに、労働者大衆にとって、指針となるユートピアとは「労働者権力」ではもはやなく、労働者として機能しなくても済むことなのだ。重要なのは、労働
のなかでの解放というよりも、むしろ労働からの解放――完全な所得保障をともなった――なのだ。」(p.105)
「すべての問題はここにある。ある労働に内在的おもしろさがあるからといって、その労働に意味があるわけではないし、労働を人間的なものにしたからといっ
て、それが奉仕している目的が人間的になるわけでは決してないということなのだ。労働を人間的なものにすることによって、労働に参加する者が途方もない野
蛮行為を魅力あふれるものと感じるようにすることもできるのである。労働が、自律的に行動する能力も含めた人間の能力を発達させ、しかもその人間の職業的
自律性が道徳的自律性、つまり公の場で議論されていない目的、自分で検証して責任を取ることができない目的には奉仕したくないという欲求をかき立てないこ
ともありうるのだ。いま考えるべきなのは、技術的責任と道徳的責任のあいだ、職業的自律性と実存的自律性のあいだにあるこの不一致なのだ。」
(p.145)
「逆に、賃金労働者の共通の利害とは、たがいに競争をするのをやめ、経営者に対抗する組合を結成し、自分たちの雇用条件について集団で経営者と交渉するこ
とである。組合運動は、この共通利害の表現なのである。
全員に行き渡るだけのフルタイムの有給労働がない状況では、労働イデオロギーを放棄することが労働組合運動が生き残って行くための至上命令なのである。
この放棄は、組合運動の否定ではまったくない。労働からの解放というテーマも、また「皆が働くためにより少なく働く」というテーマも、労働運動の誕生以
来、闘いの原動力になってきたのである。」(p.365)