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『ボディ・サイレント――病いと障害の人類学』

Murphy, Robert F. 1987 The Body Silent, Henry Holt and Company
=19920630 辻 信一 訳,新宿書房,312p.
→20060209 平凡社,平凡社文庫,440p.


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■Murphy, Robert F. 1987 The Body Silent, Henry Holt and Company=19920630 辻 信一 訳,『ボディ・サイレント――病いと障害の人類学』,新宿書房,312p. ISBN-10: 4880081671 ISBN-13: 978-4880081670 2600 [amazon][kinokuniya] ※ ma.→199706 新宿書房,312p. ISBN-10: 4880082430 ISBN-13: 978-4880082431 [amazon][kinokuniya]→20060209 平凡社,平凡社文庫,440p. ISBN-10: 4582765661 ISBN-13: 978-4582765663 [amazon][kinokuniya] ※ ma.

◆1992年版訳書([amazon])

■内容(「BOOK」データベースより)
全身が麻痺し始めた自らの身体とこれをとりまく社会(関係)をフィールド・ワークした、人類学者による最初の本格的な身体障害のドキュメント。

Book Description
Winner of the Columbia University Lionel Trilling Award. Robert Murphy was in the prime of his career as an anthropologist when he felt the first symptom of a malady that would ultimately take him on an odyssey stranger than any field trip to the Amazon: a tumor of the spinal cord that progressed slowly and irreversibly into quadriplegia. In this gripping account, Murphy explores society's fears, myths, and misunderstandings about disability, and the damage they inflict. He reports how paralysis?like all disabilities?assaults people's identity, social standing, and ties with others, while at the same time making the love of life burn even more fiercely.

About the Author
Robert F. Murphy (1924-1990) was professor of anthropology at Columbia University and the author of many articles and books.

◆1997年版訳書([amazon])

■内容説明
米国の文化人類学者が全身が麻痺しはじめた自らの身体と社会との緊張した関係を死の直前までフィールドワークした記録。人類学者による本格的な身体障害の社会論であり醜老病死を排除する現代社会への抗議の文化論でもある。
■著者紹介
〈マーフィー〉アメリカの人類学者。コロンビア大学で博士号を取得。同大学人類学部の学部長を務める。著書に「社会生活の弁証法」「文化及び社会人類学−序曲」など。1990年没。

◆文庫版([amazon])

■内容(「BOOK」データベースより) 脊椎に出来た「良性」の腫瘍によって神経系が徐々に破壊されるという死に至る病に冒された人類学者が自分自身や家族、周囲の社会をフィールドワークした感動のドキュメント。オリバー・サックスやレヴィ=ストロースも激賞。

■内容(「MARC」データベースより) 脊椎にできた「良性」の腫瘍によって神経系が徐々に破壊されるという死に至る病に冒された人類学者が、自分自身や家族、周囲の社会をフィールドワークした人類学的ドキュメンタリー。

■著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
マーフィー,ロバート・F.
1924~1990。1954年にコロンビア大学でPh.D.を取得。イリノイ大学やカリフォルニア大学バークレー校などを経て、63年コロンビア大学の人類学部教授。69年から72年まで同学部学部長

辻 信一
文化人類学者、環境運動家。1952年生まれ。明治学院大学国際学部教員。「スロー」というコンセプトを軸に環境=文化運動を進める。1999年、NGO「ナマケモノ倶楽部」を設立、世話人を務める。「スロー」「カフェスロー」「スローウォーター・カフェ」「ゆっくり堂」などの会社設立に参加、環境共生型ビジネスに取り組むほか、数々のNPO、NGOにも参加している(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

プロローグ 夜の音
第1部 出発
 徴候、そして症候
 エントロピーへの道
 帰還
第2部 からだ、自己、そして社会
 損なわれた自己
 出会い
 自立への闘い
第3部 生きるということ
 深まる沈黙
 愛と依存
 生という不治の病い


■引用

◆川口による引用
 http://homepage2.nifty.com/ajikun/memo/r_murphy.htm

 「二十世紀中葉の社会学の指導者として君臨したタルコット・パーソンズは、病気の社会的役割についていくつかレポートを書いたことがある[…]。論文は悲しいことにしちめんどうくさい学術用語で書かれているのだが、しかし何とか翻訳してみれば何のことはない、病気になったことがある者なら誰でも知っていることをいっているにすぎない。つまりこうだ。通常の社会的役割――母親、父親、弁護士、パン屋、学生等々――は、その人が病気になったとたんに効力を一時停止する。その人は”病人”という規定を受け、病気の軽重により通常の義務の一部、あるいは全部から解放される。(31)
 通常の義務の一時停止とはいっても、病人という役割を演じる者に義務が全くなくなってしまうということはない。いやむしろひとつの大きいやつを背負い込まされる。つまり、回復に向けて努力を惜しまないという義務だ。」(Murphy[198=1992:31-32])

■書評・紹介・解説

◆寺山 久美子 19921220 「(本/新刊紹介)ロバート・F・マーフィー著 辻 信一訳『ボディ・サイレント――病と障害の人類学』」,『われら人間』063:32-33
◆立岩 真也 19920831 「書評:ロバート・F・マーフィ『ボディ・サイレント――病い・と障害の人類学』」,『週刊読書人』1948:04
川口 有美子 200508 「ロバート・F・マーフィーの『ボディ・サイレント』における「麻痺」について」
 http://homepage2.nifty.com/ajikun/memo/r_murphy2.htm
◆立岩 真也 20060206 「『ボディ・サイレント』文庫版(平凡社刊)解説」,Murphy[1987=1992→2006:]


■言及

◆Oliver, Michael 1990 The Politics of Disablement, Macmillan,(=20060605, 三島亜紀子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳『障害の政治――イギリス障害学の原点』明石書店).
(pp.x-x)
(2章 「障害の文化的考察」)
 身体障害を真剣に一つの分析的カテゴリーとする人類学者はほとんど存在しなかったが、すぐれた人類学者であるコロンビア大学のマーフィー教授は、自らの障害者としての経験を人類学的枠組みに位置づける試みをした(Murphy, 1987)。彼の著書は障害の人類学ではなく、障害の世界を旅する個人的な考察である。それは、一九世紀の人類学者の個人的な考察や、遠く離れた異国への旅や、そこで出会った風変わりでエキゾチックな人々との出会いに似ていなくはない。彼は、障害には社会的な抑圧が課せられていることを認めているが、社会的抑圧によってディスアビリティが形成されていることを指摘しなかった。障害者が周縁に追いやられていることに関する彼の解釈の弱点については、本章の後半で述べる。
(pp.x-x)
(2章 「障害の絶対的理論」)
 第二の基盤は、ターナーの研究(Turner, 1967)にもとづいており、「境界性(liminality)」という概念を発展させたものである。これは最近、あらゆる社会における障害者の社会的地位を解釈するのに用いられてきた。
 「長期にわたる身体的インペアメントは、病気でも健康でもなく、死んでいるのでも完全に生きているのでもなく、社会から排除されているのでも統合されているのでもない。彼らは人間だが、身体に支障があるか、機能不全があり、完全な人間とされているかは疑問である。彼らは病気ではない。というのは、病気は死ぬか回復するかのどちらかに移行するからである。病人は病気が回復するまで社会的地位は中断された状態のままである。障害者も同様に中断された状態のままで人生を費やすことになる。そこで障害者は得体の知れない、あいまいな存在として社会から中途半端に孤立することとなる(Murphy, 1987, p. 112)。」
 この解釈には二つの問題がある。第一に、すでに指摘したように、障害者個人または集団は、すべての社会で周縁部に位置づけられているわけではない。第二に、障害者の社会的地位に関する解釈は、人間の思想の二元論的な思考(Levi-Strauss, 1977)や、記号論的秩序の研究(Douglas, 1966)に還元されてしまう。この還元主義は以下にもとづいている。
 「特殊な記述的人類学では……、最終的な分析において、社会は社会、経済的連関の具現化ではなく、思考体系が具現化されたものと見なされる(Abberley, 1988, p. 306)。」
 さらに、
 「障害者に不利益をもたらす、現実の身体的、社会的差異から注意をそらす一方で、形而上学的「他者」の観念をそのまま永続させる(Abberley, 1988, p. 306)。」
 また、次のような馬鹿げた見方も導く。
 「しかしながら、身体的なハンディキャップがある人々を組織的に排除し卑しめる決定的な経済的理由はない(Murphy, 1987, p. 110)。」
 実際には、障害者を排除する決定的な経済的理由は存在している。資本主義において社会的、経済的連関が具現化されることで、資本主義社会における障害者の直接的な排除が導かれる。この点に関しては後述したい。
(pp.x-x)
(5章 「女性とディスアビリティ」)
 障害者女性は男性役割に入り込むのが難しいことに気づいているが、同時に伝統的な女性役割に接近することをしばしば拒否している。というのは、障害者女性は無性の存在であり、母性には不向きで、あるいは母性を全うできないと思われているからである。この「二重の障害」こそが障害者女性の経験を構成し、ディスアビリティによる抑圧をとくに増大させるのである。
(略)
 理論的(そして、政治的)観点からすると、こういうことは確かにあり得ることであるが、障害者女性と障害者男性の経験を直接比較するための客観的、あるいは主観的種類の経験的データが十分にはない。これにより、男性の視点(Murphy, 1987)からではあるが、障害者女性の経験は障害者男性の経験よりも抑圧的なものではないかもしれないという議論もなされている。こうした議論を承知しているわけでも、それに同意しているわけでもないが、障害者女性の主張のなかにもこの議論を結果的に支持するようなものも見受けられる。
(略)
 換言すると、障害者が受動的であると想定されていることと、女性が受動的であると想定されていることの間に強い関連があるということだ。障害者に付随したこの受動性は本来的なものではなく、アバーレイ(Abberley, 1987)の用語によれば、「まったくイデオロギー的な」ものにすぎないと認識されるべきである。たとえば、障害者男性と障害者女性との違いについていうならば、その差異がたとえ「実在的」あるいは本来的なものであるかのように見えたとしても、それは必ずしも事実ではない。尿管理(management of bladder incontinence)について考えてみよう。男性よりも女性のほうが困難であると想定されており、それは生物学的差異によって説明されている。しかし、障害者女性の場合は導尿カテーテルと尿取りパットの二つしか選択肢がないにもかかわらず、障害者男性にはさまざまな方法や補装具や装置が用意されているという現状を男女の生物学的差異によってのみ説明できるだろうか。また今日では、外科的移植による膀胱括約筋の電気刺激といった新しい技術も発展しているが、それさえも新しい技術を必要としている女性よりも、それをあまり必要としていない男性のほうがより多く施術されている実態がある。したがって、「失禁は女性問題である」という主張が成り立つのではないだろうか。


◆Frank, Arthur W., 1995, The Wounded Storyteller: Body, Illness, and Ethics, Chicago: University of Chicago Press(=2002, 鈴木智之訳『傷ついた物語の語り手――身体・病い・倫理』ゆみる出版).
(pp182-184)
 こうした自己の変化のありようは明らかにジェンダーによる偏りを持つものではない。ロードのそれと同様の物語は、あらゆる点で彼女のそれとは異質な人口学的プロフィールを持つロバート・マーフィーによっても語られている。マーフィーは、著名なる学究的人類学者であり、コロンビア大学の学部長の職にあった時に病状に気づき、それは脊柱における良性の腫瘍であると診断されることになる。この腫瘍の肥大は、最終的に彼を手足の麻痺へと追い込んでいく。彼の病いの物語は、その身体能力の低下と縮小を示しながらも、同時に彼の精神が広がりを獲得していく過程を描く。マーフィーは、病いを人類学的な調査旅行と比較し、自分が入っていこうとしている医療の世界を、調査のために渡り歩いてきたジャングルにも「負けず劣らず新奇な」世界として発見する(31)。
 彼自身の行ってきた調査の中から、マーフィーは変容した自分とこれまでの自分とを結びつけるメタファーを発見する。その本を執筆する間、彼はほぼ完全な麻痺状態にあり、椅子に体を縛りつけて、ただコンピューターのキーボードの上で指だけを動かしていた。彼はこう記している。「私の語り方は……ペルー・アマゾンのシャーマンによる神話の語りと不気味な類似を示している。シャーマンたちは、自分の体を完全に不動の状態に保ったまま、神話を伝えていくのである」。マーフィーの変化の信憑性も、同時にまたその道徳性も、彼の過去と現在とをつなぐこうしたメタフォリカルな結合のうちに存在する。ここでは、いかなる約束手形も発行されない。メタファーがそれ自体において、そこで約束されたものを引き渡しているのである。
 マーフィーは、彼自身による記述においては、伝達する身体の理念型に適合するものではない。彼自らの描くところによれば、マーフィーは自分の身体能力の低下を、[自己を]身体から「徹底して切り離す」ことによって処理しようとしている。こうした切り離しは、彼が「これまで一度も自分の肉体に誇りを持ったことがなく、……そのかわりに知恵を磨いてきた」がゆえに、比較的たやすいことであった。私にはマーフィーの自己描写そのものに異論を唱えることができるわけではない。しかしそれでも、彼は語ること(テリング)の中で、自分の身体と結びついていったのだと主張することができるだろう。シャーマンのメタファーにおいては、マーフイーの身体は単にその主題にとどまるものではなく、その身動きの取れない姿勢そのものにおいて、語りの媒体となっている。シャーマンの語りがどこかその身体の保ち方に負っているのと同様に、マーフイーの語りもまたその身体に依存しているのである。彼の人生のそれ以前の段階では、マーフィーは自分の身体にさほど誇りを持っていなかったかもしれない。しかし、書いていく中で彼は、メタフォリカルで神話的ですらあるずっしりとした重みを、身体に預けていくのである。
 マーフィーの物語が機能するのは、彼の身体がその重みを支えているからである。それはちょうど、ロードの生活やサックスの著述活動が、自らの身体を通して要求されているものを支えているのと同様である。彼らは、自らの病いの物語を語る中で、それぞれに、危急の時を乗り越えること以上の何かをなしとげている。書くということが人格を測定することになり、その営みの中で再帰的にその人格が論証されている。
 それまでにもずっとそうであった自分、本当の姿としてあった自分を実現することによって、彼らはそれぞれにその自己の、再創造された道徳的な姿となる。さもなければそうなるための準備を整える。こうして、人格を提示する中で、記憶は改訂され、中断は消化され、目的が把握される。物語の語り手は英雄として主張する。「私に何が起こったとしても、あるいは何が起ころうとも、目的は私自身の定めるべきものとしてある」と。
(p233)
 すべての病いの物語は、「人間の条件の実存的普遍」としての苦しみにその共通の根を有している。この共同性は、さまざまな病いの類型ばかりでなく、人種や性別を超えて存在している。オードリー・ロードの物語は、ロバート・マーフィーのそれと隠喩的には相似的である(第六章「自己物語としての探求」を参照)。しかし、こうした相似的な隠喩性を作り上げている筋書きは、二人の著者の「それぞれに個別的な世界」の違いを反映している。同様に、ロードの予言的な義憤とオルソップの貴族的な忍従の間にある差異も、それぞれのパーソナリティの違いからではほとんど説明がつかない。つまりそれは、またべつの問いかけを要求する事柄なのである。彼らの物語は、それぞれが生きている世界が、それぞれに生みだしたものである。しかし同時に、この個別的な世界は、共同体が彼らのものとして認知する個々の物語に解釈を施すたびに、そのつど新たに形成されるものでもある。それぞれに個別的な世界が物語を作り上げていくのであるが、同時に物語とその解釈とが、その個別的な世界を統合していくのである。


◆Barnes, Colin ; Mercer, Geoffrey ; Shakespeare, Tom 1999 Exploring Disability : A Sociological Introduction, Polity Press(=20040331, 杉野昭博・松波めぐみ・山下幸子訳『ディスアビリティ・スタディーズ――イギリス障害学概論』明石書店.
(pp.x-x)
(3章 「3. 「慢性病と障害」の経験」)
 対処戦略の選択は、インペアメントをもつ人に対する一般の人々と専門家の態度によって、ひどく制約されている。マーフィー他(Murphy et al., 1988)によると、インペアメントとは、人々が自分からは距離をおきたい脅威とみなすものであり、したがって、障害者のことは異端者あるいは象徴的な“他者”として位置づけられてしまうのである。またマーフィーは、人としての価値下落のヒエラルキーというものを示唆しており、その段階は、「障害の程度や種類」によって、あるいは「標準的な人間の様式からどれだけ距離があるか」によって位置が変わるのである(Murphy, 1987: 132)。マーフィーはこうした“やっかい”な状況をとらえるのに、“リミナリティ(境界性)”という用語を用いた。そこに含意されているのは「社会的に宙ぶらりん」の状態であり、そうした宙吊り状態のなかで障害者は「社会の外にあるというのでもないが、完全に社会のなかに包摂されているわけでもない」のであり、過去の役割やあるべき像が失われているがそれにかわる新しいものはまだ生まれておらず、その結果として障害者は「定義しがたい曖昧な者たちとして、社会から半ばはみ出している」のである。
 別の医療社会学の潮流としては、患者の経験の主観性をより現象学的に強調しようとする動きがある(G. Williams, 1996)。この動きは、自己の再構成や、語りを通したアイデンティティの折衝・再折衝に関心を向けている(Sacks, 1984; Charmaz, 1987; Mathieson & Stam, 1995)。これらの研究の特徴は、個人の経験に大きな関心を寄せていることだ。自己の身体とは通常は意識にのぼらず、自明のものだとすれば、発病したりインペアメントをもったりすることは、そうした意識を全面的に変えることになる。これらの研究は、人がどのようにして“何か具合が悪い”と気づくようになるのか、そして何が起こっているかを徐々に察するうちに、いかにして“自分の身体を意識する”ようになるのかについて、かなり詳細に調査している。特に、自分自身が癌や神経難病や心臓発作に見舞われたことがある人々が自らの経験を深く探索しようとした現象学的な分析には、見るべきものがある(Murphy, 1987; Frank, 1991)。
 しかしながら、現実世界から距離をとるようなこの種のアプローチこそが、ディスアビリティ理論家からの強い批判を引き起こしてきた。こうしたアプローチは自己耽溺的で、かつ“悲劇的”な障害者のステレオタイプを補強するものとして退けられた。このディスアビリティ理論家による批判は、数多くの社会学者に不安を抱かせてしまうものだった。あまりに自明のことであるが、医療社会学者とディスアビリティ理論家との間で建設的な対話をするためには、環境とインペアメントの関係をさらに深く探索することに焦点づける必要があるだろう。現在のところ両者の間には、アプローチの仕方において明快な相違点がある。

Murphy, R. (1987) The Body Silent, London: Phoenix House. (ロバート・F・マーフィー〔辻信一訳〕『ボディ・サイレント――病いと障害の人類学』新宿書房、1997年)
Murphy, R., Scheer, J., Murphy, Y. and Mack, R. (1988) 'Physical Disability and Social Liminality: A Study of the Rituals of Adversity', Social Science and Medicine, 26 (2), 235-42.


◆江口重幸, 20000730, 「病いの語りと人生の変容――「慢性分裂病」への臨床民族誌的アプローチ」やまだようこ編『人生を物語る――生成のライフストーリー』ミネルヴァ書房:39-75.
(p56)
 こうした接近は、自らの進行性の脊髄腫瘍をひとつの民族誌を書くように描き出した人類学者マーフィーの名著『ボディ・サイレント』(Murphy, 1987)に代表される、ローカルで個別的な「病いの再発見」とも呼びうる一連の現象に結びついている。これまで何回か紹介してきた(江口、1992,1998)が、この時期の医療人類学の定式化した「疾患カテゴリーから文化的コンテクストヘ」(Littlewood,1990)という言葉で表現される大幅な視点の変更と、先の「説明モデル」アプローチを前提とした、グッドらによる精緻に組み立てられた「意味を中心とするアプローチ」(Good & Good, 1981)は、こうした初期の医療人類学の到達点を示す重要な里程標石(マイルストーン)なのである。


◆楠永敏惠・山崎喜比古, 2002, 「慢性の病いが個人誌に与える影響――病いの経験に関する文献的検討から」『保健医療社会学論集』13(1):1-11.
(p4)
 このようにBuryは、個人的な病いの経験に共通する概念、つまり慢性の病いは症状のみならず「個人誌の混乱」をも起こすこと、を導いた。同時に、「病いの意味」はネガティブなものであり、「病いに適応するための戦略」にも困難を伴うことが示されたのである。この「個人誌の混乱」は、人類学者のMurphyが自らの病いの経験を如実に綴った記述の中に覗うことができる。Murphyは、50歳代に脊髄腫瘍と診断され、車椅子での生活を余儀なくされるようになり、さらに進行する四肢の麻痺などの症状を経験したのである。
 「家族や友人の献身的な励ましにもかかわらず、私は一人ぽっちで孤独だった。そして今の私は以前の私の劣悪化し縮小したもの、と感じられるのだった。これは貧乏の中から世の尊敬を集める地位にまで這い上がった私のような者にはことさら恐ろしいことだろう。中身のある人間になりおおせたはずの自分の、その中身が今漏れてなくなっていく、という感じだ。ヨランダと私とが長年かけて築いてきたものすべてが揺さぶられていた。私たち中年夫婦の足元が突然、震動し始めた。なぜ、そしてどのようにして、こういうことが起こりうるのか、私には答えようもなかった。」(邦訳、p112-113、ヨランダとはMurphyの妻。)
(p5)
 では、人は「個人誌の混乱」にどう対応するのだろうか。Buryは「混乱への反応」と表現したが、より継続的で動的な個人誌を作り直す営みを表した研究も見られている。また、病いは自らを学ぶ機会となるといった見方もあり、ポジティブな「病いの意味」も見出されているといえる。ここでは、混乱した個人誌の再構成(biographical reconstruction)をみていくが、これは混乱した個人誌を作り直す、つまり自己の人生を再解釈する営みを指すものである。先のMurphyは、これに関し以下のように記している。
 「私のからだはひどく損なわれていたが、しかし私の生命がその分減ってしまったかというとそんなことはない。残された機能をフルに使ってやっていくしかなかった。そのうち私はふと気づいた。これは結局のところ、普遍的な人間のありようにすぎないではないか、と。人間は誰だって与えられた限界の中で、何とかかんとか生きていくしかないのだ。私にはいくらかの身体的なハンディキャップがあるが、逆に多くの長所もある。私の頭脳は神経中枢の中で唯一、いまだよく機能している場所であり、そのおかげで私は生活の糧を得ているのだった。(中略)日々の私の存在そのものが脅威にさらされたおかげで、私は一日、一週、一月、一年を贈りものとみなすようになった。私は現在に生きるようになった。」(邦訳、p88-89)
 (1) 混乱した個人誌の再構成の結果 生き方の変化と新たな「病いの意味」
 混乱した個人誌の再構成の結果、またはその途中の段階において、Murphyの記述に示唆されているような、病む人の生き方が変化したと捉えられる研究結果が報告されている。


◆浮ケ谷幸代, 20040720, 『病気だけど病気ではない――糖尿病とともに生きる生活世界』誠信書房.
(pp.x-x)
(5章 3節)
 アメリカの人類学者であったロバート・マーフィ(Murphy, Robert)は、命がつきるまで、自分の身体が全身麻痺化していく様子を変身のプロセスとして凝視し続けた。マーフィによれば、障害者になるということは、単に腕や足を失うことではなく、周囲の世界と結びつけている身体感覚を失うことであり、障害者としての自分に注ぐ周囲の人たちの視線を経験することなのだという(96)。それは、自己の身体に対する全能感が喪失するだけではなく、とりわけ社会や世界とのつながりが喪失することでもある。けれども、身体を、偶発性を受け入れる存在として、あるいはパトス的存在として捉えるとき、身体は相互依存性や相互伝達性を帯びたものとなり、他者や世界に向かって開かれていく。苦悩の経験は、必然的に家族や友人、同僚、同病者、そして医療スタッフなど、病者を取り巻く人たちとの社会関係のあり方を再び呼び起こす。
 マーフィは、自分の身体と周囲の人たちとの相互関係のなかから、四肢麻痺という障害のある自分のからだを第に受け入れていくプロセスについても克明に描いている。「自分のからだ」の発見に導かれるのは、こうした社会関係の網の目に自己が再配置されることによって可能になる。「自分のからだ」と向き合うことは、「病気になる」ことで、いったんは失われた人と人とのつながりを復活するための契機となりうるのである。たとえ医療的言説に規定されていたとしても、医療的言説を内面化した「医療的身体」とは異なる「自分のからだ」の発見や、外的世界とのつながりをここに見ることができる。
(pp.x-x)
(5章 4節)
 自覚症状がないまま「病気である」と診断されると、客観的な数値あるいは実証的な図像写真などによって、私たちは「病気である」と認識させられる。すると、「<自分のからだ>は普通(健康)ではないらしい」ということになり、このときから自分の身体を「医療的身体」として捉えるようになる。マーフィは、病気が発症する前に自分の身体を<私の足>(my leg)、<私の腕>(my arm)と呼んでいたが、四肢麻痺が進むにつれて<その足>(the leg)、<その腕>(the arm)と呼ぶようになったと告白している。彼は、その身体の非人称化のプロセスを「脱身体化」(disembodiment)(*8)と呼んでいる(96)。
 私たちもまた、自覚症状や身体状態に違和感があれば、医師の診断や検査の結果によって非人称化した「医療的身体」として「自分のからだ」を客観視せざるを得なくなる。自覚症状がないとき私たちは「胃」の存在を意識しないが、「胃がむかむかする」といったとき、「その胃」という意味で「胃」の存在に気づく。このときの経験は、たとえ自分の手足が思うように動かないという経験ではなくても、マーフィのいう「脱身体化」の経験と重なり合う。
(pp.x-x)
 (*8)マーフィは、脱身体化のプロセスだけでなく自分の身体と周囲の人びととの相互関係のなかから、四肢麻痺という障害のある「自分のからだ」を次第に受け入れていくという「再身体化」(re-embodiment)のプロセスについても言及している(マーフィ、一九九二、一三〇-一三五頁)。

(96)マーフィ・R・F『ボディ・サイレント――病いと障害の人類学』辻信一訳、新宿書房、一九九二年、一三〇-一三三頁。(Murphy,R., The Body Silent. Henry Holt and Company, Inc., 1987.)


◆三井さよ, 20040825, 《ケアの社会学――臨床現場との対話》勁草書房.
(pp27-28)
 このように、患者の「生」はその人固有のものである。疾患の進行状況によって、その人の生活によって、あるいは生活や自己への意味づけの仕方によってそれぞれ異なる。さらに、同一人物であっても時間的経過にともなって様々に変化しうる。ある程度の共通性や類似性を見出すことはもちろん可能だが、いかに共通性が見出され類似する点があるにしても、やはりその人固有の「生」であり、全く同一のものはあり得ない。
 そして、疾患もまた、ときに「生」の固有性を際立たせるものである。ストラウスらをはじめとした慢性疾患患者の経験に関する研究が明らかにしてきたのは、重篤な疾患や生活に影響を与える疾患が、患者にとって、自らの生活や自己像を大きく変えられるような経験となるということであった(Corbin & Strauss [1987])。疾患や障害を抱えることは、しばしば患者に自分を振り返る契機を与える。たとえばR・F・マーフィーは、腫瘍によって車椅子生活を余儀なくされるようになってから、「私はたしかに自己の一部をなくしていたのだった」「私が私自身に対して前とちがう感じ方をするようになった」「自分自身の心の内で私は変わった。自分自身に対するイメージが変わった。私という存在の根本条件が変わった」(Murphy [1987=1997:112])と述べている。


◆立岩真也, 20041115, 『ALS――不動の身体と息する機械』医学書院,449p. ISBN:4260333771 2940
(p60)
 病気の場合には、闘病すること、病気と闘うことはよしとして、それ以外の社会的責務が免除されることがあることが言われる。米国の人類学者が、良性骨髄腫瘍で全身が麻痺していく自らとその周囲の世界とをフィールドにして書いた著名な本には次のように紹介されている。
【113】 パーソンズの《論文は悲しいことにしちめんどうくさい学術用語で書かれているのだが、しかし何とか翻訳してみれば何のことはない、病気になったことがある者なら誰でも知っていることをいっているにすぎない。つまりこうだ。通常の社会的役割――母親、父親、弁護士、パン屋、学生等々――は、その人が病気になったとたんに効力を一時停止する。その人は“病人”という規定を受け、病気の軽重により通常の義務の一部、あるいは全部から解放される。/通常の義務の一時停止とはいっても、病人という役割を演じる者に義務が全くなくなってしまうということはない。いやむしろひとつの大きいやつを背負い込まされる。つまり、回復に向けて努力を惜しまないという義務だ。》(Murphy[198=1992:31-32])
 それで楽ができる時もあるのだが、それはその人が社会的行為者としては認められにくいということでもある。病人は黙っているものだとされてしまうと、何か言いたいことがある時には困る。もちろん、病人だからといってこの役割を担なければならないということはないのだから、病人のままでこの役割を拒絶すればよいのではある。ただ、病気と治療にだけ関心が向けられると、それ以外の部分に向けられてよい力が削がれるということはある。


◆田中みわ子, 20050825, 「障害と身体の「語り」」『障害学研究』1:111-135.
(pp.x-x)
 (*8)からだが麻痺していることによって、他の人たちと共通の表情や身振りが用いられないことを、ロバート・マーフィーは「四肢麻痺者の身体は、ことばで表わしにくい感情もしくは概念を表現したりする『沈黙の言語』をもはや使うことができない。なぜなら、思考とからだの運動のあいだにある微妙な連絡の環は断たれてしまっている。近接性、身振り、身体的構えは黙らせられ、思考を結びつける身体の能力は静止されている」(Murphy, 1987, p.101=1992, pp.134-5)と述べている。なお邦訳を変更した。


◆立岩真也, 2006, 「他者を思う自然で私の一存の死・三」『思想』2006-2:
(pp.x-x)
 もう一つ、あなたの死を悲しむ人がいる、生を望んでいるという言い方がある。あなたが死んだら人が悲しむから、お母さんが泣くから、死んではならないと言う。だから一人で決めてならない、勝手に死んではならないと言う。実際そのように言われて生きることにした人はたくさんいる。これが効く場面が多くあることは認めよう。そしてそれは「自我の確立」が十分でないこの国の人だけに起こることではない。例えば、マーフィーの本(Murphy[1987=一九九二])にもそんな記述がある。その人類学者は良性の骨髄腫瘍によって全身が次第に動かなくなっていき、死のうと思ったのだが、妻に止められて思いとどまったのだった。
 しかし第一に、人が悲しむことをしてはならないとは常には言えないだろう。立岩[二〇〇〇b]では、親が悲しむ相手と結婚してはならないとは言えないだろうと、そのことを述べた。第二に、悲しんでくれる人がいない人がいるだろう。例えば誰ともうまくいかないで今まできた人がいる。むろん、それでも誰かはいる、とはきっと言えるのだろう。しかし、少なくとも、本人が説得される誰かを連れてくることができないことはあるだろう。


◆細田満和子, 20061108, 『脳卒中を生きる意味――病いと障害の社会学』青海社.
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(序章 「「絶望」の中から再び〈生きる〉」)
 自身も四肢麻痺を持つ人類学者R. マーフィーは,「社会における個人のあり方の最も崇高な形が, 傷ついた生による果敢な闘いの中に凝縮されている」といった[Murphy1987=1997]。脳卒中になった人々が,痛みや苦しみに晒された「絶望」の只中で,闘いと言いうるような体験を重ね,それに反省を加えて新しい経験としていくという過程に,人が社会の中で〈生きる〉ための根源的な条件を見出すことができるだろう。
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 (*6)(略)脳卒中に対するマイナスのイメージは,欧米にも共通している。神経科医O. サックスは,自身の麻痺体験を描いた書物の中で,脳卒中という病いはおよそあらゆる病いの中で「最悪のもの」と書いている。サックスは左足の麻痺を脳卒中によるものであると信じ込み,「凍りつくような絶望」を感じ,自殺を考えたという。そして,「ふと,ある光景が浮かんできた。ひどく詳細だが屈辱的な情景だ。重い卒中におそわれたあとのみじめな半生」[Sacks 1994=1984:94]を思ったという。そして自分が脳卒中でないと分かり,「心の底から笑いがこみあげ」,まったくなくなっていた食欲を取り戻し,看護師に食事を持ってくるように頼んだという。また,文化人類学者のR. マーフィーは,腫瘍が次第に脊椎を取り囲んで神経を麻痺させ,四肢が動かなくなる病気を罹っていたが,入院中の見聞から,自分を含めた患者の中で脳卒中患者を最も抑うつ的な存在と書いている。そして,「病院で彼らを見出すのは難しいことではない。というのは,彼らは無表情で沈みきって,ただぼんやりと虚空をみつめているから」[Murphy 1987=1997:73]という。これらから,脳卒中があらゆる病気の中で最悪の病気と位置づけられていることが分かる。アメリカでは1980年代後期から,麻痺(paralysis)という言葉は差別語として,使うことを反対されている[Murphy 1987:14]。しかしこうした記述が,脳卒中に対する過剰に否定的なイメージを喚起する点に,書き手は十分慎重になる必要があろう。
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(1章 「2-A 病人役割とその限界」)
 聴き取りに即して考えてみれば,中年期に脳卒中になった人々は,健康で効率よく働けるこの社会における多数者として,規範を遵守するかのように選択してきた人々であった。彼らは,脳卒中になった時,それまでに蓄えてきた経験を参照し,生命の危機から脱した後は,元のように話せるようになりたい,元のように動けるようになりたいと思い,そのために一生懸命にリハビリ訓練をする。
 これは彼らにとって, それまでの経験を参照にした当然の行為であり,パーソンズが病人役割で示した姿と重なる。病気になった後,回復を目指して病人役割に徹することは,きわめて常識的な当たり前のことなのである[Murphy 1987=1997:31-32]。彼らは,まずは危機に陥った各位相を元通りに取り戻して,バラバラになった〈生〉を再び統合しようとするのである。この意味で,病人役割は内部者の視座から正当化されうる部分もある。


◆秋風千恵, 20080228, 「軽度障害者の意味世界」『ソシオロジ』52(3):53-69.
(p55)
 健常者の身体を最善のものととらえ、身体を障害の程度によって序列化する、いわば障害のヒエラルキーとも言うべきものがあるとロバート・F・マーフィーは言う。
 「同じ身障者の中でも、ある種の障害をもつ者が他の者より嫌がられるということもある。障害の重度や種類によって評価の決まる一種の階層制(原文ではhierarchy―引用者註)である。その一番下層に属するのが明らかに変形したからだをもつ者だ。車椅子は中間層というところか。評価の基準は、どれだけ標準的な人間のかたちから離れているか、ということだろう。」(Murphy、1987=1997:176-177)
 以後、本稿ではマーフィーの言う「一種の階層制」を「障害のヒエラルキー」と記述する。これを採用すれば、軽度障害者はヒエラルキーの上層にあるということになる。そして、実際にそのようにとらえられ、たいしたことはないという評価を受けて、軽くあしらわれるようである。
(p57)
 障害のヒエラルキーは、脈々として歴史的に構築されてきたと言えよう。近代産業社会は人間の身体を「規律・訓練」(Foucault、1975=1977)によって標準化し、社会に適合できる「正常」な人間、標準化された身体だけを受け入れるとしてきた。そして、障害者は労働に適さない身体として国家によって隔離され、医療・保護の対象とみなされてきた 。隔離や保護が、障害の重そうな身体から対象になっていったであろうことは想像に難くない。障害のヒエラルキーが障害を“個人的悲劇”の具現ととらえており、「個人モデル」に連なることは疑いのないところであろう。
 「正常」な身体の標準から離れれば離れるほど排除に向かうとマーフィーは言う。だが、ここには疑問が残る。近代産業化の初期ならばそうであったかもしれない。しかし、わたし達が暮らす社会はそう単純ではない。この社会は障害者を排除するが、それをあからさまにしない分別もわきまえている。
 重度で可視的な障害者は一方で忌避されながら、一方で理解を示される。障害の重さと生きづらさは比例するという社会通念は、より重度な者により理解を示せと告げる。
(pp58-59)
 マーフィーは障害者を境界状態(リミナリティ)の一形態だとする(Murphy、1987=1997:174)。リミナリティは、通過儀礼の概念に含まれる言葉である。「リミナルとはもともと敷居という意味で、正式に社会システムの中に入れないでいる『宙ぶらりん』の状態」(前掲:174-175)である。マーフィーは、アメリカにおける身体障害者をリミナリティの一形態としてとらえ、身障者はアメリカ文化の中にあって“どっちつかず”という曖昧な位置をしめていると言う。「病気というのでもなく、健康というのでもない中途半端なあり方をしている。死んでいるわけではないが、かといって十二分に生きているというのでもない」(前掲:175)と言うのである。
 しかし、マーフィーの分析は、「身障者一般」が社会システムすなわち健常者社会のシステムに入れないで曖昧な位置にいるというにとどまっている。この分析では、健常者社会外である障害者社会には受け入れられているとも考えられる。だが、軽度障害者を考えた場合はどうだろうか。彼/彼女らは健常者社会にも、障害者社会にも帰属できなくて周縁化されているといえるだろう。


◆立岩 真也 2008 『…』,筑摩書房 文献表


*作成: 追加:植村 要
UP: 20080424 REV:20080511, 20100602
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