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『あなたの「老い」をだれがみる』

大熊 一夫 19860531 朝日新聞社,261p.


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大熊 一夫 19860531 『あなたの「老い」をだれがみる』,朝日新聞社,朝日ノンフィクション,261p. ISBN-10: 4022555408 ISBN-13: 978-4022555403 1100 [amazon][kinokuniya]→199003 朝日新聞社,朝日文庫,307p. ISBN-10: 4022605898 ISBN-13: 978-4022605894 480.[amazon][kinokuniya]

■内容(「BOOK」データベースより)
 かつて、アル中患者になりすまし精神病院に潜入、『ルポ・精神病棟』を著して衝撃を与えた朝日新聞の大熊一夫記者が、このたびは「ボケ」「寝たきり」問題に鋭く切り込んだ。現代姥捨病院の実態、ボケ研究の現状のほか、家庭の悲劇、年寄りとつき合う法、寝たきりをつくらぬ秘訣、住宅のあり方、在宅老人救済網の実例など、「老い」が抱える多くの問題とケースをとり上げ、長寿国日本の「老い」の実相を鮮かに描き出すとともに、明日のあなたや、あなたの家庭の問題でもある「老い」をとりまく環境の改革と高齢化社会の展望を切り開くことが、われわれにとっての緊急課題であることを切々と訴える。

■引用

「本書は、『週刊朝日』昭和60年(1985年)3月22日号と同年7月19日号からどう12月20日号、および昭和61年(1986年)1月31日号に掲載された『ルポ 老人病棟・あなたの「老い」をだれが看る』をまとめた
ものである。」(大熊 1986:6)
 「閉鎖性の強い精神病院に閉じ込められている人々は、この世でも最も虐げられた階層である。そんな病棟の中でさらに最下層におかれているのが、いわゆる「ボケ老人」たちであることを、私は初めて知った。人生の最終楽章をこんな形で送る人々がいるのは、ひどく気になった。
 その後、老人たちをめぐる情勢は逼迫(ルビ:ひっぱく)の一途をたどっている。日本の平均寿命の長さは昭和六〇年で三年連続世界一。とくに、女性の皆さまはこの年、世界ではじめて八十歳代にのった。(以下、略)」(大熊 1986:8)

 「小説『楢山節考』でおりん婆さんが捨てられたのは、人里は離れた雪山だった、しかし、現代の姥捨山(ルビ:うばすてやま)は、大都会周辺部の田んぼの中に立っていた。
 首都高速を筑波の例の科学万博会場方面へ二十分ほど走り、三郷(ルビ:みさと)インタで降りてUターンし、南へ六、七キロ下ったあたり、そこに三郷中央病院はあった。(中略)<28<
 いったい、どんな診療が行なわれていたのか。
 埼玉県生活福祉部には「三郷中央病院事件とその教訓」と題した取扱注意のマル秘文書がある。それによれば、その乱診乱療ぶりは、次のような<29<経過で明らかになっていった。
 同病院から提出された国民健康保険のレセプト、つまり診療報酬請求明細書によれば、五十六年六月から同年十一月までの月割りの患者一人当たり請求額は七十五万余円。これは、県内五十以上の老人病院の中でも群を抜いて高かった。埼玉県の五十五年度の国保での老人一人当たり入院費は約四十万円だった。この県内平均四十万円という額自体も高すぎて、埼玉県内の老人病院がおしなべてあまり上等ではなさそうな雰囲気を感じさせる。
 権が同病院のレセプトの内容を分析してみると次のような疑問が出てきた。
 @入院時の病名、入院後の併発病名などが、画一的である。
 A注射や検査も画一的で本当の病名にそっているとは思えない。
 B内服薬は種類、量とも多すぎる。
 C禁忌(ある病気にはけっして使ってはいけない)薬剤が数ヶ月にわたって処方されている。
 D点滴が異常に多く、請求額の六〇〜八〇パーセントを占めている。
 Eテレメーター(患者の心臓の動きをFM電波によって遠隔監視する装置)による連日監視が多すぎて、レセプトの治療内容にそぐわない。
 Fおびただしい検査が行なわれ、しかも医師がその結果に応じた治療処置をやっているとは思えない。
 七つの疑問を解くため、同部は五十七年三月末に立ち入り検査を開始した。(中略)<30< (中略)<31<
 悪徳病院と「点滴ぜめ」は、切っても切れない関係にある。もっとも、最近は「点滴ぜめ」はやや下火で、代わりにチューブで胃へ直接に液状の食物を送り込む「経管栄養ぜめ」が、悪い病院で流行しはじめたという。
 ボケが進み、体力もないお年寄りには、こんな点滴はこたえたと思われる。元職員たちの記憶によれば、点滴を受けると、どの顔もむくんでいった。肝臓の処理能力を超えて液体が血中に入っていた証拠である。
 点滴を嫌って逃げ回る人もいた。また、無意識に動いて注射器を抜いてしまうような人も大勢いた。<32<そんな人々は、ベッドの柵に腕をしばりつけられた。こうして「寝かせきり」にしておくと、たちまち「寝たきり老人」になってしまう(第19章に詳述)。筋肉や関節というものは、使い続けていないと、たちまち衰えて使いものにならなくなる。しかも元に戻らなくなる。実際、この病院に入った老人は、次々と「廃用性歩行不能」になってしまった。
 なんの楽しみもない病棟で、おむつをあてられ、点滴ぜめにされれば、食欲も細る。体も弱る。褥瘡(ルビ:じょくそう)もできる。尿路感染症、肺炎も起きやすくなる。かくして……。
 大半の職員は、院長の命ずるままに黙々と働いた。しかし、少数ながら、この事態を見るに見かねて県に内部告発した職員がいた。五十七年二月になると、新聞が乱脈ぶりを報道し始めた。四月には警察も動きだした。県は、五月末で院長の保険医の資格を、また病院の保険医療機関としての資格を取り消した。病院は、五十七年六月一日、廃院届を県に出した。」(大熊[1986:28-33])

 「「老人病院」には、どこか、うさん臭いイメージがついてまわる。そうなった理由は、はっきりしている。
 この日本には、残念ながら、医療の名に値しない姥捨山的な病院がすくなからず存在する。そのいくつかが、あまりにもあこぎに走りすぎて新聞記者や警察に尻尾をつかまれ、おそるべき実態の一部が世に知られるところとなる。本書第3章に紹介した三郷中央病院、幽霊看護婦で荒稼ぎをして、六十年夏に話題になった北九州グループ、チェーン病院の中でお年寄りをタライ回しにして巨額の収入をあげ、脱税し、院長がおめかけさんに入れあげていた荻中病院などは、その見本である。
 一方で、お年寄りの身を案じてくれる真面目な老人病院が、ないわけではない。そのいくつかは本書にも登場した。実際の数はつかみにくいが、しかし世の人々が「良い病院」を探すときのなみなみならぬ苦労から推して、真面目派病院は多数勢力になり得ていないようである。(中略)<212<
 そのうえ、もっといまいましいことがもちあがった。三郷中央病院など悪徳病院の摘発をきっかけにして、昭和五十八年二月に生まれた「老人保健法」という法律のおかげで、お年寄りの患者によかったと思われる診療が十分にできにくい雰囲気になってしまった、というのである。
 そんな状況に腹をすえかねて、立ち上がった老人病院の院長さんがいる。東京・多摩ニュータウン近くにある天本病院(多摩市買取)の天本宏院長は、五十九年秋、同じく志を抱く老人病院の院長に呼びかけて「老人の専門医療を考える会」をつくった。「本物の老人医療を志向する院長さんは、この指とまれ」というわけである。そして、この一年で、四十人の病院長が天本院長の指にとまった。」(大熊[1986:212-213])

 「天本さんは「お年寄りだから」という理由で、治療の手を差しのべないのは罪悪だと考えている。
 こんな事件があった。
 老人保険法が施行されて四ヶ月後の五十八年六月、医療費請求額三千万円のうち約一割の三百万円分が保険の審査会でバッサリ減額された。「減点通知書」にはこう書かれていた。
 「特定患者収容管理料算定の症例に対する運動療法は妥当と認められません」
 この患者さんは、ひらたくいえば、寝たきりで全面介護を必要とする鼻腔栄養の人であった。寝たきりになった人にはリハビリは不必要だから、そんな請求はダメだというのである。「脳軟化症の(人の)腰痛に運動療法は認められません」という通知書もあった。これに対して、天本さんは猛然と意義を唱えた。」(大熊[1986:217])

■言及

◆立岩 真也 200802101 「(連載・29)」,『現代思想』


UP:20071225 REV:20080114
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