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『レイン わが半生――精神医学への道』

Laing, Ronald David  198509 Wisdom, Madness and Folly: The Making of a Psycoiatrist,McGraw-Hill,160p.=198608 中村 保男,岩波書店,321p.

last update:20110331

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Laing, Ronald David  198509 Wisdom, Madness and Folly: The Making of a Psycoiatrist,McGraw-Hill,160p.=198608 中村 保男訳,『レイン わが半生――精神医学への道』 岩波書店→ 19900309 中村 保男 訳r,『レイン わが半生――精神医学への道』,岩波書店,同時代ライブラリー 13,321p.ISBN-10: 4002600130 ISBN-13:978-4002600130 \1155 [amazon][kinokuniya] ※→20020215 中村 保男 訳,『レイン わが半生――精神医学への道』,岩波書店,岩波現代文庫,332+vip.  ISBN-10: 4006000782 ISBN-13: 978-4006000783 \1100 [amazon][kinokuniya] ※+[広田氏蔵書] m.

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出版社/著者からの内容紹介
少年期に抱いた人間への果しない疑問.やがて陸軍病院や女子病棟で閉ざされた心とふれあった青年医師の存在への問いは,分裂病の実存研究『ひき裂かれた自己』に結晶する.《あなたと私》とは誰か,《われわれ》はどこから来てどこへ行くのか.伝統精神医学を問い,新しい分裂病論と対人関係論を拓いたレイン 30歳までの自伝.

内容(「BOOK」データベースより)
少年期に抱いた人間への果しない疑問。やがて陸軍病院や女子病棟で閉された心とふれあった青年医師の存在への問いは、分裂病の実存研究『ひき裂かれた自己』に結晶する。《あなたと私》とは誰か、《われわれ》はどこから来てどこへ行くのか。伝統精神医学を問い、新しい分裂病論と対人関係論を拓いたレイン 30歳までの自伝。

■目次

序 (1)
1 今日の精神医学 (5)
2 家族そして学童時代 (63)
3 大学生活 (137)
4 軍隊経験 (187)
5 病院勤務 (231)
6 精神科 (257)
後記 (299)
訳者あとがき (303)
岩波現代文庫によせて (313)
解説(中井久夫) (315)

■タイトルについて

「私(伝道者)は……知恵〔wisdom〕と物事の道理を求めようとし、また悪の愚か〔folly〕なこと、愚痴の狂気〔madness〕であることを知ろうとした」(旧約聖書「伝道の書」第七章より)

■引用


◆中井 久夫 19900309 「R・D・レインの死」(『レイン わが半生』解説),Laing[1985=1986]*→中井[19950922:201-222]
*中井 久夫 19950922 『家族の深淵』,みすず書房,389p. ISBN-10: 4622045931 ISBN-13: 978-4622045939 2884 [amazon][kinokuniya] ※ m.(増補)

 「<0209<
 英国陸軍の軍医精神医学は、何と患者に話しかけることを禁じていた。彼は、中尉という地位を利用してこれに逆らい、患者に語りかける。続く軍隊精神医療の「テントの中」的体験はレインの後の実験病棟キングズリ・ホールに通じているかもしれない。一見梁山伯のような雑駁な施設を運用できる実務能力は、しばしば軍隊経験が与えるものだ。除隊した彼はグラスゴーの王立精神病院に勤務し、院長と婦長の支持の下に十一人の患者を選んで最初の実験病棟を作っている。この成功が「わが生涯の最も感動的な体験であった」。一年半のうちに全員が退院したが、その一年後には全員が再入院していた*。これが、彼に分裂病の社会因説を示唆したのではないか。それまでの彼は、神経学と精神医学の統合のほうに賭けていた科学的青年医師だったのである。
  * サリヴァンは、すでに一九二〇年代に、精神病棟内の雰囲気の改善は退院後の社会との落差を大きくし、再入院率を高めることを指摘していた。

 レインの精神病恐怖はあとまで尾を引いていると思う。『ひき裂かれた自己』は、分裂病の破壊的な面を濃い陰影と恐怖感をもって描き、そのあまり、この病いの生命維持的・自然回復的な面が覆われている。精神医学の理論が患者にこびる羊頭狗肉的なものであってよいわけはないが、いたずらに患者(あるいは医師)を絶望させるのもよい医学理論ではない。「自己がバラバラになっている」とか「自己の死」とか言いっ放しにしてよいものだろうか。精神医学の理論はどこか患者を納得させ、患者のためになるようなものの方がよりいいと私は思う。<0210<
 実践的楽観主義とでもいうべきものが治療に必要であるとは、統計の示すところである。分裂病は治ると考えている医師の治癒率は、治らないと考えている医師の治癒率より確かに高い。おそらく、前者は好ましい芽を自説の確証と考え、悪化を一時的現象とみるであろう。後者は、逆に、改善を一時的現象とみるであろう。この違いが長期的には大きな差を生むとしても不思議ではない。
これは、神の存在に賭けるほうが利益が大きいと説いたパスカルの賭けと同じ論理である。 私にとってレインはむしろ僚友的な存在だが、同時にその毒によって精神科医あるいは患者が萎縮しないことを望んでいる。

  *

 ここまでの文章は、一九八九年夏のレインの死に際して、『朝日ジャーナル』誌より求められた「追悼文」である。このたび、レインの自伝の「解説」として再録することを求められたけれども、これはとうてい解説ではない。死の知らせを聞いて思いのさまようままをつらねたもので、決してレインの業績の解説になっていない。舌足らずであったところを補って、解説に代えて参考までに、ほぼ同時代の一精神科医の感慨を伝えるものとして掲載を承諾した次第である。多少の補足と事情説明を加えておきたい。
 レインの追悼のお鉢が私にまわってくるということ自体が、レインの置かれている現在の位置を雄弁に物語っている。もし、二十年前といわずとも、十年あまり前であったならば、追悼者にも解<0211<説者にも事欠かなかったであろう。
 なるほど、いかなる作家も、死後十乃至二十年はいったん忘却される。これを地獄の縁にある「リンボ」(「縁」という意味であるが)にはいったとフランスではいうそうである。しかし、レインは、生きながらにして忘れられたようにみえる。レインは少し長生きしすぎたのだろうか。六十一歳という年齢は、通常の意味では、そうではない。それでは、レインはもはや乗りこえられたのだろうか。あるいは、誤謬の淵に沈んでしまったのだろうか。レインはもう復活しないのだろうか。
 あるいはそうかもしれない。しかし、いかなる意味においてか。
 私はレインを「僚友」と書いた。これはどういう意味かときかれたことがある。これまで私はレインを口にしたことさえほとんどないからである。
 レインを精神病理学者としては評価するが、実践家としては評価しないという見かたがある。私の感じ方は、おおむね反対である。彼の著作は私には衝撃的でなかった。『ひき裂かれた自己』さえも。詩のいくらかをすこし面白いと思う。同時代のビートルズと照らしあうものがあるとも思うが、とうていビートルズに及ばない。詩にしても、その後の著作にしても、ひどく生焼けのままを投げ出す人だと思った*。それを好む人もあり、おのれに馴染まないと思う人もあるだろう。
  * 『ひき裂かれた自己』で一躍有名になった後のレイン家には出版社の人が押しかけ、まだ形をとっていない著作のためにどんと札束を積んだそうである(当時英図在住の精神科医S氏の話)。「これはいかん」と私は思った。

<0212<
 二十七歳の若書き『ひき裂かれた自己』は、本国の英国でも日本でも熱烈に歓迎された。不毛であった英国精神病理学に新進気鋭のスターが現れたと、多くの人は思った。そう、レインはスターであった。スターは回顧されても復活はしない。あるいは、スターとして出発したことにレインの不幸とはいわずとも不運があったのかもしれない。スターになった精神科医ははなはだ落ち着くまい。多くの患者を苦悩のままに置きながら、おのれのみが脚光を浴びることは、精神の不均衡を生むであろう。ことにレインはそういう人であったろう。その後の彼の彷徨は、この不均衡からの自己救済だけではないにしても、一般に患者でなく自己の救済を動機として生まれたのではないかと私は思う。彼は永遠の求道者であるという見かたをする人は、その面に光を当ててのことであろう。もっとも、私には、道を求める人というよりも、救いを模索する人に見える。しかし、彼が、ラカンのような「導師」でなかったことは、私にすれば彼の不名誉ではない。
 『ひき裂かれた自己』だけは、若書きの常として、野心的であり、自己承認を社会に迫る秀才青年の勉強の成果という一面を持つ。当時の英国精神医学の虚を突いたのである。大陸精神医学、アメリカ精神医学、その基礎をなす実存哲学、フロイトの思想――こういうものは、その後の英国精神医学が摂取したところのものである。また、現象学的視点、分裂病質論、自我心理学、対人関係論、家族精神医学――これらが『ひき裂かれた自己』にきらびやかに総合されている。これは、その後の平均的な折衷派的精神科医の頭に同居するようになった混合物の代表的構成物件である。まわりの精神科医を見回せばよい。 <0213<
 もちろん、衝撃力は多くの人にとって強いものであった。英国でも、この本によって精神科医になった人が多い、私もそうだと、彼地のある追悼文は述べる。わが国でも、一世代若い精神科医が、いかに熱っぽく、この本を手にして私に議論をしかけてきたことか(わが国ではDivided Selfを「分割された自己」でなく強調的に「ひき裂かれた自己」としたために、いっそう強烈な印象が生まれた)。そうであっても、精神分裂病患者といわれてきた人たち、あるいは分裂病質といわれる人たちから世界を見れば、特に対人世界を見れば、このように不安定であって、彼らの生きようとする努力が自己破壊に終わりがちなことを、多くの精神科医は、この本によって知った。精神科医が分裂病患者や分裂病質の人を、ひとごとでなく、わがこととして感じるような視点の変換である。ある友人は、レインを読んではじめて、分裂病を治療しようという勇気を持てたと語っている。もう一つ、レインの重要な読者には患者たちがいる。彼の著書によって患者ははじめて自己正当化の根拠を見出した。レインは患者の弁護士であった。いささか弁護の対象に過剰に自己同一化した弁護士であったとしても、そもそも患者の弁護士は少ないのである。
 私が、レインを「僚友」と表現したのには、目下精神医学界においてはなはだ不評であるレインのためにいささか挑発的言辞を弄したくなった気味があるけれども、レインが直面していたものと私が直面していたものとがおおむね同じであるという感覚である。
 彼自身が、相当の挑発者であった。彼は精神科医たちを、社会を、家族を怒らせようとしていた面がある。しかし、レインという現象は、精神医療の現実とかけはなれた絵空事ではない。私はレ<0214<インをその面で評価する。
 たとえば、患者は、社会の無意識の共謀によって精神分裂病になると彼は挑発した。今日では社会の条件のいかんによって「事例 case」として析出するかどうかが決まるという。
 病者は、精神科医、看護婦、その他その他によって患者に仕立て上げられると彼は挑発した。今日では病院環境、医療者の応対、家族の態度その他が病状を、予後を大いに決定するという。
 患者は家族のスケープゴートであると彼は挑発した。今日の家族研究は、患者を、家族という複雑な網の目の中で患者と指定された者という。家族精神医学では、患者といわず、IP(identified Patient 患者とされた者)というのである。
 彼は、患者と治療者の区別を撤廃し、挑発的な実験病棟――一種の避難所、共同体を作った。現在、治療共同体という概念が市民権を得、種々のアジールが、さまざまな名のもとに生まれている。
ヴォランティアが参加するようになった。
 精神分裂病は、より積極的な生への旅路であると彼は挑発した。この旅路が、一部に言われているような快いフーガからは程遠く、途中で力尽きる者が多いとしても、これは、病いの重要な意味づけであり、今日の伴侶的精神療法の概念は、何よりもまず、患者の病いの旅路の伴侶という意味であるはずである。
 彼は、症状は精神科医が作り出すものだといい、自分の患者はほとんど症状を語らないと挑発した。ロールシャッハ検査において、異常反応をよく出させる検査者とそうでない検査者とがあるよ<0215<うに、症状の意識化は治療関係によって左右される部分が予想外に大きい。そもそも、症状から生へと焦点を移動させることが、治療の成功の尺度である。
 精神分裂病は資本主義の所産だと彼は挑発した。私は歴史的にみて賛成しないが、産業革命以後であるという説がさまざまな論拠を挙げて存在しつづけている。
 結局、レインの毒は薄められた形で今日の精神医学にずいぶん取りこまれている。
 もし、人を、その最低点で評価すれば、レインを切り捨てることはやさしい。しかし、そのもっとも有意義な点を以て評価するならば、レインの出発した精神医療の現実は、ほぼ、われわれの出発した現実であり、私もそこから出発した。私のことはともかくとして、誰もまだレインを嘲笑できるほどには、この現実は解消していないと私は思う。また、レインの著作には、患者がレインをとおして語っているようなところがある。それは、精神医学が、多くの患者の現状を棚上げにして自己満足に陥らないための有用な毒であると私は思う。レインの肉体は地上を離れた。テニスコートでの突然死であったというから、いちおう幸福な死であろう。レイン個人についてはそうであるが、レインが地上に残した毒をもはや精神医学が必要としなくなっているかどうか。そうなる時には、レインは安んじて二度目の死を死ぬのであるまいか。」(中井[1986:210-216])


*作成:野口 陽平 更新:山口 真紀
UP:20080926 REV:20110331, 0714
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