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『精神医療と社会』

藤澤敏雄 19821106 精神医療委員会,253p.


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■藤澤敏雄 19821106 『精神医療と社会』精神医療委員会,253 p. 1880 

■紹介・引用
「「薬づけ」を「質的にも量的にも不必要な精神安定剤を投与して患者を過剰に鎮静させること」と一応定義してみよう。「薬づけ」は、一部の「悪徳病院」や 「悪徳医師」においてのみあることだとはいえない。どの病院にも、どの医師にでも「薬づけ」におちこむ危険性がたえずつきまとうと考えた方が正しい。」 (p119)

「「おしおき電気」について語る患者さんによく出会った。ささいなことでカッとして、電気ショックをかける医師についての話である。患者が攻撃的であった り批判的であったりする時に、「おしおき電気」にさらされる。(中略)「おしおき電気」が成立するのは、人間の行動を一方的な視点で判断しうるという確信 がなければならない。その確信とは実は、治療手段を医師の権威をまもる道具として使ったり、脅迫の武器として使うことへの無自覚ということなのである。」 (p120)

「しかし「働きかけ」が何でもよく、患者を動かすことがよいことだというのであれば、「精神障害者」が精神病院に入らざるをえなかったり、精神医療とかか わりを持たざるをえなくなった「困難」について、家族や社会は「働きかけ」を熱心に行ったのであり、それは「説教」や「非難」や「邪魔者扱い」をも含むの である。そして生活指導は「説教療法」「非難療法」「排除療法」の精神医学的集大成ということになる。生活療法が生活指導的発想を基礎にすえるかぎり、 「説教―非難療法」なのであり、治療というに値するものでないばかりか有害なのである。」(p122)

「こうした視点の上に組み立てられた生活療法が、真に治療たりうるはずはなく、抑圧的な役割をにない「病者」の絶望を深め自立性を奪い取るのである。」 (p123)

「私自身もそうであったと告白した事実、すなわち薬物療法がはじまってからすべてがはじまりえたのだという呪縛から、われわれはもっと早く解放されなけれ ばならなかったのである。薬という武器なしに見えていたこと、あるいは見ていた人びとの発見に、もっと本格的に取り組まなければならなかったのだ。そのこ とをぬきにして、薬に依存しその日暮らしをして来たわが国の精神医療が、いま「薬の限界性」とともに歴史的に反復される「悲観主義」におちいっているので ある。かつて問題となった「中間施設幻想」にしても「地域精神医療」にしても、生物学主義と形式的社会派との合体が生みだしたものにすぎなかったのであ る。」(pp126-pp127)

「何度もくりかえすことになるが、私は一九六二年に精神科医となった。「精神病は治る」という本が出版されたり、「早期発見・早期治療」が叫ばれだした時代である。精神科医としての初期研修がどうしても大学の精神科教授室で行われるので、若い私なども「精神病は治る」「早期発見・早期治療」などというお先棒をかついだところがあったにちがいない。なにしろ向精神薬が一般化して四、五年という時代であったから、向精神薬に対する信仰がひろがっていたし、薬を使うなら一刻も早く入院をといった考えにもなったのである。しかし、いわゆるパート医として、あるいは勤務医として、精神病院にどっぷりとかかわるようになると、「精神病は治る」とか「早期発見・早期治療」などと楽天的なことを言っているのがはずかしいような現実が見えて来るのである。」(p237)

*作成:松枝亜希子
UP:20071207
BOOK ◇精神障害/ 精神障害者

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