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山本 俊一 19820625 中央公論社,中公新書,207p. ■山本 俊一 19820625 『浮浪者収容所記――ある医学徒の昭和二十一年』,中央公論社,中公新書,207p. ASIN: B000J7N9RK [amazon] ※ b ■引用 敗戦と卒業延期 「おそらく私たちは[…]九月末日に卒業することになっていたのらしいのであるが、八月十五日に突如として終戦が来た。これが私たちにもたらしたものは、<0006<眼の前に来ていた卒業が、無条件に延期されたということであった。さらに工合の悪いことには、その後しばらくして占領軍の命により、卒後研修すなわちインターン制度の実施が追い討ちをかけるように私たちに課せられることになった。 これに対しては、その後私たちはほとんど全員で反対運動をすることになるのであるが、結局は占領軍命令として実施されることになってしまった。ただし特例として、その期間は今回に限り一年のところを、半年に短縮するということであった。 いずれにしても、この一連の措置によって、私たちはいわば、大学からは閉め出され、社会からは受け入れてもらえない、中途半端な状態になり、全く途方にくれることとなった。というのは、すでに卒業試験は終わっているので、当然のこととして、大学側は私たちのために授業をやってはくれない。しかも、卒業は認めてもらえないので、それまでの一年余は、それぞれ適当に自活して、時期の来るのを待っていなければならない。終戦直後の最も社会が混乱したこの時代にあっても、学生という身分はこの上なく不安定であり、一方的に卒業時期の変更を申し渡されただけでなく、さらに医師の資格を獲得するために、インターン研修と国家試験という新たな条件を課せられた私たちの不安は、非常に大きいものであった。」(山本[1982:6-7]) この年鴨居引揚者収容所でアルバイト。それもきっかけとなり「在外父兄救出学生同盟」で活動。厚生省が管理していた軍病院の薬品の提供を求めて厚生省の薬務課と交渉。課長に提供の約束をとりつける。 「それから二十余年を過ぎた昭和四十三年に、東大医学部に大きなストライキが起こり、学生たちが教授団に対して大声を張り上げて私たちを難詰する学生を見ながら、私が薬務課長を追及した当時の光景を思い出していた。立場が全く逆になってしまったが、その間の時間の流れは長かったようでもあり、また、短かったようでもあった。」(山本[1982:29]) 浮浪者と伝染病 123 伝染病の脅威 129 UP:20080102 ◇山本 俊一 ◇身体×世界:関連書籍 ◇BOOK |