HOME > BOOK >

『精神科治療の覚書 (からだの科学選書)』

中井 久夫 19820420 日本評論社,346p

last update:20110301

このHP経由で購入すると寄付されます

中井 久夫 19820420 『精神科治療の覚書 (からだの科学選書)』,日本評論社,346p. ISBN-10:4535804036 ISBN-13: 978-4535804036 \2247 [amazon][kinokuniya] ※ d/m

■内容

精神科の患者ととりくみ、治療の厚い壁に挑んだ長い歳月の、苦行ともいえる実践からにじみでた泉のようなメモワール。説得力ある記述と、随所にちりばめられた機智と洞察、治療の曲折を語ってなお医療の本質に迫る。

■目次

精神病院とダムの話
身体のリズムと睡眠のリズム
回復のリズムと治療のリズム
治療の滑り出しと治療的合意
服薬の心理と合意
発病の論理と寛解の論理
治療のテンポと律速過程
急性精神病状態
 ─心理的なことから
急性精神病状態
 ─生理的なことから
診断・分類・初期治療
治療を決めるもの
入院治療を決めるもの
往診のすすめ
精神病院開放化の視点変換
気働き文化の力
急性精神病状態の治療原則
 ─家族への援助
急性精神病状態の治療原則
 ─患者への援助1
急性精神病状態の治療原則
 ─患者への援助2
急性精神病状態の治療原則
 ─患者への援助3
外来の工夫・入院の工夫
精神科医についての断章

■引用

精神科治療の覚書

一九六三年以降のアメリカの「大解放」は当時の入院患者数を一挙に半減させるものだっ
たが主に医療費節減のためだったことが今では判りだしている。そうでなくても、社会の好不況は巨視的には放流量を微妙に左右するだろう。たとえば、足ならし的なアルバイトがいくらでもある時代と、そんな準備期間ぬきでただちに本職に戻らなければ職をやめなければならない時代と。
(p14)

多くの病院において、おそらく、朝日新聞のキャソペーソ(『精神病棟』−−大熊記者)と金沢学会にはじまる精神科医の闘争による変化がみられたと推定される。いくつかの病院においては、それは減少率の鈍化、時には一時的にせよ入退院者数の増大を来した。しかしまた、ある種の病院においては減少率の加速を来した。それは、大学医局から患者を紹介するシステムの消滅や変化―"よい〃病院にもっぱら紹介する―のためであろうと推定される。(p20)



次の(A)、(B)を較ぺたとする。

(A)開放ペース
閉鎖の規準(クライテリア)
@自殺のおそれが強い
A行方不明になるおそれが強い

(B)閉鎖ベース
閉鎖の規準(クライテリア)
@自殺のおそれがない
A行方不明のおそれがない
<237<
(A)も(B)も、同じ内容を観点といい廻しをかえただけにみえる。結果的には同じことになるだろうか。理論上は別として、現実には大きな差が生じるだろうと私は思う。なぜなら、「自殺のおそれ」ひとつを取り上げても、実際には「おそれがある」「ない」とハッキリいいうる患者は一部で、多くはその中間帯に位置するからだ。そこで、(B)を採れば規準を厳密にしぼるほど、中間帯のグループは閉鎖に残されることになる。(A)でいけば開放に繰り込まれることになろう。開放化の課題が、大半を占める中間帯の患者をいかに開放患者としてゆくかにあることはたやすく理解できるところだろう。
 述ぺられてきたマイナス面は、〃開放ベース〃をとれば、すっかりといわぬまでも、かなり解消できるような気がする。また、ごく常識的に考えても、患者の人権と自由に制限を加える方、つまり「閉鎖」とする方に具体的で厳密な規準を設けるべきで、その逆であってはなるまい。「閉鎖」の規準は、その病院なりの実情にあわせて、治療スタッフの間で合意しえた線で、具体的に定めるのが実際的で無理の少ない方法だろう。最初は慎重を期して、かなり広く規準がとられてもよいので、開放化を進める過程で、経験をつむとともにより狭く絞ってゆくようにすることが望ましいであろう。いたずらに「開放率」を誇ることは虚栄であり、長期的にみて不毛だろう。(pp237-8)


 精神病院改革のもうひとつの困難は、航海を続けながら船を改造する困難である。せめて一年位はドックの中で休んで改造にかかれたらずっと容易だろう。
 開放化の途上で、治療スタッフ全体の意気沮喪を招くほどの思わぬ事故がおき、そこで一頓<239<挫をきたすといったことは、決して稀ではないように思う。そしてたいていの場合、事故の原因は大胆な開放化を不用意にやりすぎた結果というのではなく、一瞬のエアポケットに落ち込むように、治療者が普段ならまずしない手抜かりをおかしていたというようなことにある。
 病院をなおすのと患者をなおすのと二つの仕事を同時に進めることが、治療者にある無理を強いるのだと考えるのがよさそうである。全体として仕事量が増えることもさることながら、質の違った二つのことをする負担が大きいだろう。(治療の進め方の波長が不安定になりやすくなるといおうか。)
 病院をより治療的なものにするべく努力が進められると、その病院の治療能力は―少なくともその期間中は―低下するというのは、深刻な逆説である。よい解決法は思い浮かばないが、そういう現象があることをよく知っておくことは、改革をも治療をもより慎重で副作用の少ないものとしてくれるだろう。〔滝川〕(pp239-40)


協力者の滝川、中里、向井の三医師は、はじめ読者であったが、次第に、私の書いているところを補完するような内容の感想や刺激的批評を与えてくれ、ついには、とくに後半の一時期において、一部共同執筆者となった。三氏なくしては、本書は、その射程と奥行きとが、とくに後半において、格段に浅いものになったであろう。私個人としては「共著」とさえ言いたい心情であり、事情がそうならなかったのにいささかの心残りを感じる。協
力者の見解によった部分は、その旨明記した。(p245)

■書評・紹介

■言及



*作成:三野 宏治
UP: 20110301 REV:
精神障害/精神医療   ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
TOP HOME (http://www.arsvi.com)