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『今日もせっせと生きている』

小林 茂 19811120 風媒社,118p.

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last update:20190131

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小林 茂 19811120 『今日もせっせと生きている』,風媒社,118p. ASIN:B000J7O4YM 1400+ [amazon]

■内容

本書:2ページより

プロローグ

この写真集は障害児・者の親の集まりである「知多市手をつなぐ親の会」(愛知県)の中の「療育グループ」の活動記録である。7年ほど前から名鉄古見駅の近くの公民館に障害者たちが集まり療育活動を始めた。二人の重症児をもった母親が、わが子の世話の仕方を学んでいくうちに、ふと回りを見わたせば、身近な地域に放ったらかされている人たちがたくさんいることに気づいたことが発端であった。何の援助もない無からの出発である。

集まってきた人たちの年齢は巾広く、「障害」の内容も重度から軽度まで多様であった。一般的には「ちえおくれ」といわれるメンバーが多く、平均年齢も高い。学校へ行ったり働いたことのある人もいる。

撮影を始めたころの療育グループの活動は、ピンチ(洗濯ばさみ)作り、自動車部品のゴム輪フチ取り作業が中心であり、他に畑仕事、レクリエーション、体操といったものであった。ボランティアや母親たちが給食をつくった。指導員三人。

そこはある人にとっては「学校」であり、ある人にとっては「工場」でもあった。日頃の生活と違った世界だ。仲間がいて、新しい人との交流があり、そしておいしい給食もある。親たちにとっても、そこはさまざまな交流と新しい体験の場であった。

療育グループを訪ねた者は、まずは歓迎の意味で、ケンちゃん(ブッチャーに似ている)の強烈なマッサージで悲鳴をあげる。そのあと、接近の機会を狙っていた各メンバーの個別的接待を受ける。独楽回しの特訓、ビーズ玉の話にパチンコ玉の話と忙しい。もちろん作業もやらされる。初めての経験に驚きの連続だ。

なにが何だかわけのわからんうちに一日が終わると、複雑な気持ちにとりつかれる。名前はまだ覚えられないが、それぞれのメンバーの「存在感」が強く残っている。迫力があったということだ。笑い声も、大きな泣き声も聞いた。そして恥じらうような青春もあった。重度のメンバーの世話をよくしていたなあ。それにしても、みんなにとてもやさしくされた気がする。

あの明るさは何だろうか。あっけらかんと生きている感じの彼ら。メンバーたちの大胆な表情の変化はもう今の自分にはないものだろう。うまく社会規範に溶け込み「大人」として成長していく過程のなかで削り取られていった、荒々しくもやさしい人間の「生」としての躍動感を、彼らは内包しているような気がしてしかたがない。しかし、そんなことにはおかまないなく、そう、彼らは今日もせっせと生きている。   (小林 茂)



■目次


■引用


■書評・紹介


■言及



*作成:岩ア 弘泰
UP:20190131 REV:
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