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『インスティテューショナリズムを超えて――精神科医からのメッセージ』

計見 一雄 19790620 星和書店,253p.


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計見 一雄 19790620 『インスティテューショナリズムを超えて――精神科医からのメッセージ』,星和書店,253p. ASIN: B000J8GI1I 2900 [amazon] ※:[広田氏蔵書] m.

 「(三)社会的問題行動への恐怖
 私たちが開放化を始めてから最も薄氷を踏む思い、いちばんおっかない思いをした経験を語らなくてはならない。<0151<
 まだ六五%の開放率であるから、ごく初めの頃のできごとである。一人の思者が離院して家まで歩いて帰ってしまったことがある。
 この人は、蒐集癖のある人で、東京の夢の島などへでかけて行ってガラクタを拾い集め自室にぎっしり天井まで積み上げている。女性の衣類、靴なども集めている。一度退院しかけた時には、シーツにくるんだ大荷物を持って出ようとして、中をあらためると他の患者の持物や、病棟のゴミ箱の中味、はきもの、その他が山のように出て来たことがある。入院したきっかけは、外を走る自動車に石を投げるという行為があったためで、精神医学的診断はなかなか下し難い人であった。
 この人が離院した、その当日、ちょうど病院から家までに至るその道筋で一つの犯罪事件が起きた。事件の詳細は語る必要がないので省略するが、この件の真犯人が後に逮捕され、裁判で有罪となり無期懲役の刑に服しているという事実を記せば、相当に重大な犯罪であったことを示すに充分であろう。
 要するに、この事件と上記の患者さん(仮にP君とする)との間には何の関係もなかったのだが、一時私たちはこれが結びつくのではないかという疑惑にとらわれたのである。はっきりそうではないという具体的事実をつかむまでの約三日間――三日間とは、その間に明確に否定的な事実が見つからなければ、警察の捜査に対して一情報として提供すべきであるという限界として私たち設けた期限なのであるが――私たちの議論は沸騰した。そして、その議論は、強い恐怖にさらされつつ交わされたのである。<0152<
 当時は、上にも記したように、開放の実践を慎重に瀬踏みしながら開始した時期であり、対対外的に非常に神経を張りつめていた。病院外社会に対して、もし犯罪というような形で迷惑をかけたら、そのことは直ちに開放の誤りという形式で断罪され私たちの始めた実践は瓦解するか、何年間にもわたる後退を余儀なくされ、そのことは結果的にこの国の精神医療の展開にも影響するだろうというふうに考えていた。
 これがこの件について考える時に私たちを惑わせた恐怖のいわばオリジナルである。
 ところで、恐怖は恐怖を呼ぶ。もしそうだとしたら、責任はどういう形で問われるだろうか、損害賭償たろうか、その他諸々の要因も重なって病院の閉鎖にまで追い込まれるかもしれぬ、世の精神科医たちは何というであろうか、それに私たちの医師資格まで問われることになりはせぬか……オリジナルから発生した派生的恐怖はどんどんふくれあがる。」(151-153)

 「こういう時には、ごちゃごちゃした議論を避けて、大なたをふるうに限るので、問題を私たちとあなたたちというふうに立ててみる。私たちとは精神科医療に従事するものの総体を、あなたたちとは、現在収容されている三〇万余の人々と、陸続として収容され続けようとしている人々を指す。
 戦略目標は、三〇万余の人々を一人でも多く、一日でも早く社会にもどすことであり、収容されかかっている人々を一人でも多く、一日でも長く社会の中にとどめておくことである。
 このように枠組みを立てた上で、この章では、地域精神医療(とされているもの)の仕事の整理をしてみることにする。なぜ地域かという理由は以下の三つにまとめられる。
 (一) 現状の地域精神医療は名のみあって実体がなく、現実的な有効性を発揮し得る潜在的なポテンシャルを保ったまま、頓挫しかかっており、
 (二) その結果として、またその原因の一つとして、実践に当る人々が<何をやっているのか、何を目標としているのか、自らの営為はどの辺に位置づけられるのか>についてまったくの昏迷状態<0186<に陥っていること。
 (三) 更に、病院医療を客観的に眺めるボジョンとしては地域は一定の優位性を保持しており、精神病院医療への有効な批判を構築し得る場としての可能性を有しているからつである。」(185-187)


UP: 20130803 REV:20130905
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