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『ドキュメント東大精神病棟――恐るべき東大のタブーを暴く』

サンケイ新聞社会部東大取材班 19781030 光風社書店,208p.


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■サンケイ新聞社会部東大取材班 19781030 『ドキュメント東大精神病棟――恐るべき東大のタブーを暴く』,光風社書店,208p. ASIN: B000J8LMO6 [amazon] m.※

 「また、石川〔清〕講師は士族の出身であることを盛んに強調した。祖先は三河の十万石の吉田藩の家老だったという。この家系を継ぎ、祖父は戦艦「三笠」の軍医長であり、司馬遼太郎の小説△089 に登場したこともある。父親は一高−東大を卒魚して、大正二年、東大医学部第三内科にはいった。松本市営病院(信大医学部の初代病院長)を経て、青山で内科を改行していた。石川講師はこのような華々しい家系をみずから積極的に話した。
 彼自身は都立一中(現日比谷高校)をなて、戦時中、医師不足を補うために設置された東大医学専門部に入学、二十四年に卒業、松沢病院(現在は都立)でインターンを経験した。この時、石川講師は東大医学部、白木〔博次〕教授(当時)の執刀によるロボトミー手術を体験、その後、この手術を人体実験として糾弾することになる。そのときのことをこんな表現をつかって語った。「脳の動脈を切ると、血がピューピューと出た。私は患者の脈や血圧を測定していたのですが、そのうちに脈博がなくなり、血圧も一〇〇、ハ〇と下がってしまった。白木教授に手術をやめるようにいくら言っても、フン∞フン≠ニいうだけだった。患者さんは二時間の手術が終わると同時に死んだ。その時、こんな病院は将来、ぶっつぶしてやると決意した」
 インターン一年をへて、文学部哲学科に再入学、二十八年東大付属病院の精神神経科助手。三十三年八月、同医局長、翌年の九月、同病棟医長、三十七年四月から付属病院講師兼東大保健センター精神衛生主任になっている。」(サンケイ新聞社会部東大取材班[1978:])

■言及

◆立岩 真也 2009/04/01 「医療者にとっての「社会」――身体の現代・8」,『みすず』51-3(2009-4 no.570):- 資料

◆立岩 真也 2018 『病者障害者の戦後――生政治史点描』,青土社


UP:20090306 REV:20100710, 20180430
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