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『難病患者の在宅ケア』

川村 佐和子・木下 安子・別府 宏圀・宇尾野 公義 19780501 医学書院,176p.

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last update:20180614

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■川村 佐和子・木下 安子・別府 宏圀・宇尾野 公義 19780501 『難病患者の在宅ケア』,医学書院,176p. ASIN: B000J8OLMQ [amazon][kinokuniya] ※ n02 als

■引用

 「推せんのことば
 難病とは何かという基本的議論はさておくとしても,精神神経疾患の多くは一般的にいって難病的性格が強烈である。が,そのなかでも筋萎縮性側索硬化症(ALS)は,私の知るかぎり,難病中の難病といっても決して過言ではない。あるいは著者の方々の記憶にはないかもしれないか,著者らが難病の地域医療,家庭看護の実践に踏みきるにあたって,神経経疾患をその対象に選んだ時点で,私自身,一つの提案を申しでたことがある。それは,著者らにはあるいは残酷かもしれないが,難病中の難病であるALSをまずその対象に取りあげるべきである,その理由は,そこからそれなりの成果が獲得できれば,神経系の諸疾患をはじめ,他の数多くの難病への対応がより容易であることは間違いない,という側面が期待できるからである,という提案であった。と同時に,いつの日かその成果を忠実,克明かつ科学的に詳述し,そのなかから学際的間題点の数々を,看護の側面を通じて提起してほしい,という希望でもあった。
 ところで,私のこの種の提案と願望は,端的にいって,本著のなかにみごとな開花を示しているといって過言ではない。なぜなら,まずALSのどの医学関係の論文や成書の記載よりも,ALSの医学的本態が,具体的かつ克明な記述を通じて,強烈かつ鮮明にとらえられているからである。一方,一家の支柱である井伊さんがALSに躍患し,進行性かつ絶望的に次第に悪化していく過程で,家庭生活の崩壊とそれへの必死の対応,そこから必然的に派生するやり場のない苦悩と絶望,だが終局的にはそれらを乗り越えた不思議な明るさと前向き姿勢と対応の数々が,患者と家族,ホームドクター,訪間医療チーム,地域社会との相互の力動関係において,単に医学と医療の問題を越えて,社会学,経済学, 心理学,倫理学,宗教△001 学,政治学,行政学等々の諸科学に関連する問題点の数々を示唆し,提起しているからである。言葉を変えると,ALSが難病中の難病であるがゆえに、難病全般に通ずる学際的指向の緊急性と重要性を,みごとに浮彫りさせているといえよう。ここで著者らは,声高らかにこれらの学際的視点を指摘しているのではなく,むしろひかえ目におさえた形で表現し,終始しているだけに、かえって読者の心情により強烈に訴えることになるのは、疑いないであろう。その意昧では,本著は,医学と医療の関係者はもとより,むしろそれ以外の境界領野の方々の目に触れる機会がより多いことをとくに切望するものである。
 やはり本著に原稿を寄せられた大河内先生と私は,かつて井伊さんの自宅に見舞ったことがあるが,その折,すくなとも私は、不思議な明るさに満ちた清潔な雰囲気に一驚した記憶が,現在でも生々い、。しかし考えてみると,その時期は井伊さんにとってはむしろ闘病の末期に近い時期であったし,そこに到達するまでには,言葉に尽くせない絶望と苦悩,また数々の試行錯誤のくり返しかあったことを,本者を通して克明に知ることができたわけである。
 ここで本著の成果のみならず,著者らが実践し,着実に成果な積み重ねつつある難病関係の地域医療が,将来,質量的に拡大し,体系化されるためには,社会保障の理論的中核に位置され,またそれを政治と行政に対して強力に反映できる立場におられる大河内先生への期待が大きいとしても,神経病理学という医学の側面を通じて,長年,日本のみならず,他民族のALSにアプローチしてきた私をはじめとする神経学者の責任もまた重大である。が,全世界的規模でのALSの研究が,長年月にわたって続けられてきたのにもかかわらず,端的にいって,ALSの原因の詳細はまだ不明であるというほかはない。したがってALSの原因的,根源的治療が日の目を見るまでには,今後も苦闘に満ちた看護が必然的に要求されるであろう冷厳な現実がそこにある。
 本著の意義は,ALSのより高次で正確な看護への基盤を提供できた点△002 にあることはもとよりであるが,それ以上に,難病中の難病であるALSも,専門病院と地域の医療従事者との緊密な連けいがあれば,家庭環境においても十分看護できる実態を指摘できた点にむしろ求められるべきであろう。それは,専門病院の不足をカパーするという消極面よりも,むしろそれによって患者の闘病への勇猛心と,それによって家族の生き甲斐に対して建設的役割を与えるという積極面が,より大きく評価されねばなるまい。なぜなら,たとえ患者が不幸な転帰をとったとしても,遺族の方々の将来の生き方が,それによって建設的方向に大きく指向できるであろうからである。
    前東京大学教授 白木博次」(白木[1978:1-3]、全文)

 「まえがき
 神経難病に対し、行政との協力下に、研究者たちが積極的にその解決に乗り出してから、すでに6年を経過した。そして、数ある難病のなかで、あるものはその要因についてかなり核心にせまる研究成果がみられ、より効果的な治療法が開発された。そしてある種の難病に対し、医療費の公費負担が国および地方自治体で実施されるようになったことは、福祉国家として喜ばしいことである。
 しかるにここに、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALSと略す)という、きわめて頑固な、そして厳然として研究者を一歩も寄せつけず、はては残酷無道なまでに患者をむしばむ、いわぱ神経難病の最たる疾患がある。そしていま、ALSを含む広義の運動ニューロン疾患は、日本に約5,000人またはそれ以上が概算され、日夜、物心両面にわたる苦悩を背負いながら生活し、あるいはぺッドに畔吟しつつ、いつ訪れるかわからない死の宣告を待っているのである。
 本書で紹介する事例は、井伊政幸さんというALS患者の、発病から死に至る6年10か月の克明詳細な記録である。その記録は、内外の神経学教科書にもけっしてみられないほど、きわめて具体的かつ切実である。すなわち、発病後、身体の自覚的、他覚的症状がどんな順序で現われ、それが日常生活上、どんな形で支障をきたしていったか、また、この病気に関連して患者さんの周囲の人々による介護や援助、とくに奥さんの心労はいかばかりであったか、さらに、患者自身および家族の職業・学校などの経済上の問題、入院生活と自宅療養におけるホームドクターの役割の重要性や、自宅における生活上の種々の工夫、とくに末期症状である全身骨格筋(ただし、眼球運動筋、膀胱および肛門括約筋は最後まで保たれる!)の△004 脱力や萎縮によって起こる言語障害、嚥下障害、喀出障害、呼吸障害、手足の完全萎縮麻薄、そして遂に訪れた死の転帰に至るまで、詳細に述べられている。ALS患者および家族の受ける有形無形の悲惨さが、これほど余ずところなく描写されているドキュメンタリーを私は知らない。
 さて問題は、このような癌にまさる恐るぺき倣慢な難病にとりっかれた患者を治療・看護し、少しでも延命を図り、残された短い生命をいかに有意義に生活させ、患者に満足と安堵感を与えるかを、われわれ医療従事者は真剣に考えねばならないことである。本書にみられるごとく、ALS患者はある時期にその病名を知り、その不治なるを悟り、あるいは治療にもかかわらずそれと無関係に症状の進行が日に日にみられるとき、患者はそれを嘆き悲しみ、ときには自暴自棄となり、はては精神錯乱状態をきたし、また自殺を図る場合さえもときにはみられる。しかも全身骨格筋の萎縮・脱力により、自らの手で首を絞めたり、毒物を飲んだり、ガス栓をひねることすら許されない。こんな無残な、進行の早い成人の病気は、ALS以外には考えられない。
 患者はやがて平静を取りもどしながらも、絶えず苦悩に明け暮れ、病状の進行とともに周囲の人々とのコミュニケーションも種々工夫されるが、漸次表情筋もおかされているため、喜怒哀楽をつぶさに示すことすらできなくなる。
 このように、言語、廉下、喀出、呼吸のみならず、身体全体の運動能力がすべておかされ、はては意志表示すら満足にできない患者に対し、われわれは医療、看護、運動練習、食事、入浴、排池、衣類の工夫、その他日常生活上のケア、風邪など合併症の対策、人工呼吸、コミニニケーシ三ンの工夫など、個々の症例についていかに指導すべきであろうか。上述の課題は各症例により異なり、それぞれに適応した処置を講ずるのはもちろんであるが、その他あらゆる予測される突発事態に対し、あらかしめ十分な知識と対策法を心得ておかねばならない。
 ALSに対する薬物療法に、現在なんらの期待も持てず、蛇の生殺し=「005 的生活を強いられる患者にとり、やはり必要なのは、医療従事者によるゆきとどいた対症療法と、規則正しい運動練習、そして障害度に応じた日常生活上の工夫、さらに周囲の人々からの暖かい絶えざる励ましにより、少しでも進行を食い止めようとする意欲を、患者自身に持たせることであろう。これらの一貫した努力により、比較的長期間良い経過をたどり、患者によっては10年あるいはそれ以上にわたり生命を維持させ、かなり充実
した日々を送らせることができるのである。以上の意味あいから、本書は、一般の神経学や看護学と異なった、きわめて具体的、実用的かつ内容の濃厚な指導書といえる。そして、神経難病の医学に携わるすべての医師、看護婦、保健婦、リハビリテーション訓練士、ケースワーカー、ボランティア、患者の家族の皆さんが、本書の事例を通して難病≠ネるものの本質を十分に理解され、今後の難病医療・看護に活用されんことを願うものである。
   昭和53年3月
                          宇尾野公義」(宇都宮[1978:4-6]、全文)

 「第1章 事例紹介
 1.井伊氏夫妻の紹介
 井伊政幸氏は、身長約170cm、骨太のがっしりした体格の方でした。体力と知力に自信のある彼は、横浜国立大学を卒業後、いくつかの仕事を経験し、サイドビジネスとして経営コソサルタントも手がけていました。
 通勤の車中で知り合い、愛し合って結婚したなか子夫人は、小柄で色白の美人です。長女やっちゃんが生まれて1か月後、喜びも束の間、政幸氏は発病したのです。政幸氏は40歳でした。
 それから6年10か月、井伊氏夫妻の病気との闘いが続きました_それはたいへん辛い日々だったのです。自宅にいる病人に対する医療や看護や生活援助が不足しているために、多くのこどう二人できりひらいていかなければなりませんでした。病気が日々進行していく苦しさの中で、家庭では処置できないと一般に考えられている処置を完全に行ない、
レスピレーターを取り寄せ、生命は守られていたのでした。二人の懸命な努力は周囲の人々をとり込み、ホームドクターの佐藤先生は、言葉に尽くせないほど尽くしてくださいました。政幸氏はやっちゃん に「佐藤先生の恩は山よりも高く、海よりも深い」と教えていました。どんなに心強かったことでしょう。
 多くの人々の直接・間接の支援を得て、3年間の生命と推察されていた政幸氏は、6年10か月まで延命し、最後まで家族とともに、社会の人々△001 の中に生き生きと生活していました。
 筆者らは、これまで50人を越えるこの病気の方々に接してきましたか、井伊氏のように勇敢に闘った方を知りません。今回、なか子夫人から、闘病の日々について話を伺う機会を得ましたので、これを紹介し、あわせて他の方々の忍耐強い闘病生活を紹介し、この病気に対する技術をまとめるとことにいたしました。
 2.闘病生活の経過
 井伊氏の闘病生活は、昭和44年5月から昭和51年3月まで、6年10か月であった。
 なか子夫人の話をより理解しやすくすために、まず全期間を6期に区分し、その概略を示すことにする。」([1-2])

■書評・紹介・言及

◆立岩 真也 2018/08/01 「七〇年体制へ・下――連載・148」,『現代思想』46-(2018-08):-

◆立岩 真也 2018 『(題名未定 2018b3)』,青土社 文献表


*作成:立岩 真也
UP:20180614 REV:
井伊 政幸  ◇川村 佐和子  ◇白木 博次  ◇病者障害者運動史研究  ◇「難病」:文献  ◇「難病」:歴史  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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