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『オリエンタリズム』(上・下)

◆Said, Edward W. 1978 Orientalism. =198601 今沢 紀子 訳『オリエンタリズム』,平凡社 *,424p.=19930630 板垣 雄三・杉田 英明 監修、今沢 紀子 訳,『オリエンタリズム』(上・下),平凡社, 456+474p. ※ *


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Said, Edward W.  1978 Orientalism,Georges Borchardt inc:NewYork,394p. =198601 今沢 紀子 訳, 平凡社, 424p.=19930630 板垣 雄三・杉田 英明 監修、今沢 紀子 訳,『オリエンタリズム』(上・下),平凡社, 456+474p. ※ * ISBN-10:4582760112 ISBN-13: 978-4582760118 \1553+1553 [amazon][kinokuniya]  ※

■内容
Amazon.co.jp
「オリエンタリズム」とは西洋が専制的な意識によって生み出した東洋理解を意味する。
本書(邦題『オリエンタリズム』)はその概念の誕生から伝達までの過程をあますところなく考察した1冊だ。
サイードは、東洋(特にイスラム社会)を専門とする西洋の学者、作家、教育機関などの例を挙げ、
彼らの考えが帝国主義時代における植民地支配の論理
(「我々はオリエントを知っている。それは西洋とはまったく違った、なぞめいた不変の世界だ」)から
脱却しきっていないと厳しく批判している。 --このテキストは、 ペーパーバック 版に関連付けられています。

Book Description
The noted critic and a Palestinian now teaching at Columbia University,
examines the way in which the West observes the Arabs.
--このテキストは、 ペーパーバック 版に関連付けられています。

■目次

上巻
第1章 オリエンタリズムの領域
一 東洋人を知る
二 心象地理とその諸表象―オリエントのオリエント化
三 プロジェクト
四 危機

第2章 オリエンタリズムの構成と再構成
一 再設定された境界線・再定義された問題・世俗化された宗教
二 シルヴェストル・ド・サシとエルネスト・ルナン―合理主義的人類学と文献学実験室
三 オリエント存住とオリエントに関する学識―語彙記述と想像力とが必要とするもの
四 巡礼者と巡礼行―イギリス人とフランス人)

下巻
第3章 今日のオリエンタリズム
一 潜在的オリエンタリズムと顕在的オリエンタリズム
二 様式、専門知識、ヴィジョン―オリエンタリズムの世俗性
三 現代英仏オリエンタリズムの最盛期
四 最新の局面

オリエンタリズム再考

■引用
◇上
 観念や文化や歴史をまともに理解したり研究したりしようとするならば、必ずそれらの強制力――より正確に言えばそれらの力の編成形態(コンフィギュレーション)――をもあわせて研究しなければならない。オリエンとはつくられた――あるいは私の言葉でいうと「オリエント化」された――ものだと考える場合、それはもっぱら想像力がそれを必要とするからこそ起こることだと考えたりするのは、事実を偽るものである。西洋(オクシデント)と東洋(オリエント)のあいだの関係は、<026<権力関係、支配関係、そしてさまざまな度合いの複雑なヘゲモニー関係にほかならない。この関係は、K・M・パニッカル〔インドの外交官、一八九四-一九六三〕の名著『アジア、そして西洋の支配』の書名のなかに、まことに的確に示されている。オリエントがオリエント化されたのは、十九世紀の平均的ヨーロッパ人から見て、オリエントがあるゆる常識に照らして「オリエント的」だと認知されたからだけではなく、オリエントがオリエント的なものに仕立て上げられることが可能だった――つまりオリエントはそうなることを感受した――からである。しかもそこには、ほとんど合意というものが見出されない。例えば、フローベール〔フランスの小説家一八二一-八〇〕がひとりのエジプト人娼婦と出会ったことから、広範な影響を与えることになるオリエント女性像が創造された場合がそれである。そのエジプト人娼婦はみずからを語ることによって、自分の感情や容姿や履歴を紹介したのではなかった。彼、フローベールがその女性のかわりに語って、その女性を紹介=表象したのである。フローベールは、外国人で、相当に金持ちで、男性であったが、これらの条件は、支配という歴史的事実にほかならない。この事実のおかげで、フローベールはクチュク・ハネム〔娼婦の名前。トルコ語で「小さな婦人」の意味〕の肉体を所有するだけではなく、彼女の身代わりの話し相手となって、彼女がどんなふうに「典型的にオリエンタル」であるかを、読者に物語ることができたのである。ただし問題はフローベールがクチュ・ハネムに対して優位であった状況が決して例外的なものではなかったことである。(サイード 1993:26-27)

◇下
 私が立ててみた、そして現在もなお用いている主要な作業仮説は次のようなものであった。まず第一に、学問の諸分野は、社会によって、文化的伝統によって、世俗的諸条件によって、そして学校、図書館、政府のような固定的な方向に働く力によって、抑制されたり、影響されたりしており、しかもこのことは、もっともエキセントリックな芸術家の作品にさえ当てはまるということ。第二に、学問的著作も文学作品も、それらが用いうる形象・仮定・意図は限られており、決して自由ではないということ。そして最後に、オリエンタリズムのごとき「科学」が学術的な形態をとってなしとげる学問的成果も、往々にして我々が信じたがるような客観的(p. 12)心理などではないということ。(pp. 12-13)

 したがって、オリエンタリズムは、単にいつの時代にも西洋に内在してきたオリエントについての実証的な教説であるというにとどまらない。それはまた(オリエンタリストと呼ばれる学問上の専門家を問題にするとき)、絶大な影響力をもつひとつの学術的伝統なのであり、同時に、オリエントを特定の場所・住民・文明についての特定の知識とみなすような旅行者たち、商業的企て、政府、軍事遠征隊、異国趣味豊かな冒険小説や物語の読者、博物学者、巡礼者たちがこぞって定義づけてきた、関心対象としての一領域なのである。(p. 16)

 したがって、すべてのヨーロッパ人は、彼がオリエントについて言いうることに関して、必然的に人種差別主義者であり、帝国主義者であり、ほぼ全面的に自民族中心主義者であった、と言ってさしつかえない。ついでに、人間社会というものは、いや少なくとも先進的な諸文化は、「異」文化を扱うための手段として、ほとんど例外なく、帝国主義・人種差別主義。自民族中心主義のみを個々人に提供してきたという事実を思い起こすならば、これらのレッテルに我々が感じる直接的な良心の呵責も幾らかは和らぐことであろう。(p. 17)

 だが、忘れてはならないのは、オリエンタリストの実在が、オリエントの実質的不在によってはじめて可能になるという点である。こうした代替と置換とでも呼ぶべき事実は、明らかにオリエンタリストの側にも圧迫を加えており、その結果、彼らは、多くの時間をささげてオリエントを解明し提示しようと努力した後でさえも、それをみずからの著作の中で矮小化させざるをえないのであった。(p. 27)

 イギリスもフランスも、その立場の相違にかかわらず、オリエントをひとつの地理的――そして文化的、政治的、人口統計学的、社会学的、歴史的――総体とみなし、その運命を左右する資格が伝統的に自分たちに属しているものと考えていた。彼らにとって、オリエントとは突如として発見さ(p. 52)れたものでも、単なる歴史上の一事件でもなかった。それは、ヨーロッパを基準として一義的に価値を定められた、ヨーロッパの東方にひろがる地域のことであった。(pp. 52-53)

 一方には、現在の生を営む人々の集団があり、他方では、それらの人々が――研究対象として――「エジプト人」「イスラム教徒」「東洋人」となる。研究者のみが、これら二つのレヴェルのあいだのずれを見きわめ、これを操作することができる。前者はつねに多様性を増大しようとする傾向をもつが、この多様性は常に下向き・後ろ向きに抑制され、圧縮されて、根源的な一般性の極点へと向かわせられる。(p. 81)

 だが、その歴史の後半に関していえば、第一次大戦の直前と直後の時期のあいだにみられる差異こそ、ここでの我々の関心の対象となるものである。前半期と同様、後半のこの二つの時期においても、オリエントがオリエント的であるという点に関して両者に差異はない。そこにいかなる特殊例があらわれ、それがいかなる様式や技術で叙述されようとも、オリエントはあくまでオリエント的なのである。ただ両者にみられる差異は、オリエンタリストがなぜオリエントの本質的オリエント性を見きわめる必要があるのかという理由づけに存している。(p. 131)

 つまりオリエントの諸言語は――これまでもある程度まではつねにそうであったように――ある政治的目標の一部分なのであり、たゆみない宣伝活動の努(p. 210)力の一部なのである。いずれの目的にせよ、オリエントの諸言語の習得は、宣伝活動に関するハロルド・ラスウェルのテーゼ、すなわち、重要なのは、人々が何者であり何を考えているかではなくて、かれらを何者にし、何を考えさせることが可能かという点にあるというテーゼを実行する道具となっているわけである。(p. 210-211)

 私は、オリエンタリズムの欠陥が知的なものであると同時に、人間的なものであったと考えている。なぜならオリエンタリズムは、自分とは異質なものとみなされる地球上の一地域に対し、断固たる敵対者の立場をとらねばならなかったために、人間経験と一体化することができず、人間経験を人間経験とみなすこともできなかったからである。(p. 286)

■言及
吉見 俊哉 19920925 『博覧会の政治学――まなざしの近代』, 中公公論新社, 300p.
ISBN-10: 4121010906 ISBN-13: 978-4121010902 \840 [amazon]
[kinokuniya]

 博物館的まなざしは、ある段階的な優劣の、あるいは主客の分離という機制を内包していた。たとえば、中近東に焦点を当てるなら、エドワード・W・サイードは、18世紀後半のヨーロッパで、オリエントに関する知識が飛躍的に増大したことを背景に、オリエンタリズムが制度化されていったことを指摘している。オリエンタリズムとは、「優越する西洋と劣弱な東洋とのあいだに」根深い区別を設けること」であり、このような関係を再生産していく言説的編成のすべてである。そこにおいて「東洋人」は、「あたかも法廷で裁かれるような存在として、あたかもカリキュラムに沿って学習され、図画として描かれるような存在として、あたかも学校や監獄で訓練を施されるような存在として、またあたかも動物図鑑において図解されるような存在として」描かれる。サイードによれば、こうしたオリエンタリズム成立の重要な前提となったのが、リンネやビュフォンによる博物学の体系化であった。博物学が可能にした、事物の広がりを「単に眺めるものから特徴的諸要素を正確に測定す<013<る対象へと変換しうるような知的プロセスは、きわめて広い範囲に及ぶものとなった」のだ。同じことは、インドや中国や日本、南北アメリカやアフリカ、南太平洋についても当てはまる。実際、この時代、「人間の博物学」と呼ばれる知が、ビュフォンの博物学とアダム・スミスの富の分析の影響を受けながら発達していた。人間社会への博物学的まなざしの拡張のなかで、かつての「幸福のアラビア」や「高貴な野蛮人」の観念は背景に退き、全世界の人類を分類し、序列化していくことが可能であるという意識が広がっていくのである。とりわけビュフォンによる動物分類法は、オリエンとでも、アメリカでも、その地方の人間の「劣性」を「科学的に」証明する有効な手段として利用されていった。(吉見 1992:13-14)


◆松田京子 20031101 『帝国の視線』,吉川弘文館, 225p.
ISBN-10: 4642037578 ISBN-13:978-4642037570 \6300[amazon][kinokuniya]

 周知のようにサイードはその代表的著書『オリエンタリズム』のなかで、オリエンタリズムを次のように定義する。「『東洋(オリエント)』と(しばしば)『西洋(オクシデント)』のあいだに設けられた存在論的・認識論的区別にもとづく思考様式」であり、かつ「オリエントを支配し再構成し威圧するための西洋の様式(スタイル)」だと。
 ここで本書との関連で、とくに注意しておきたいのは次の二点である。
 まず一点めは、オリエンタリズム批判とは、社会的・歴史的コンテクストから切り離すことが可能であるような、哲学的、認識論的な「知」の様式についての問題提起ではないという点だ。つまりサイードがいう哲学的・認識論的な「知」の様式としてのオリエンタリズムとは、十八世紀末以降の「世界史」の展開と切り離すことができない、近代世界特有の問題として把握する必要があるだろう。いいかえればオリエンタリズムとは、オリエントについて代弁する権力をオクシデントの側に付与し、沈黙した<005<存在としてオリエントを想定することが可能な社会的状況、つまりオクシデントの側の圧倒的な力の優位性と、相即不離な関係性のなかに存在するものなのである。「他者」を「支配し再構成し威圧するための」「思考様式」としてのオリエンタリズムとは、その社会的・歴史的コンテクストとの緊張関係のなかで、批判的に検討されるべきものだといえるだろう。
 また一点めとも関連するが、「存在論的・認識論的区別にもとづく思考様式」としてのオリエンタリズムによって「オリエント」として名づけられたものは、観念論的・抽象的な存在でとどまるわけではないということを二点めとして確認しておきたい。それは相即的に、地理的実態をもつ「場」と対応し、かつその「場」へのさまざまな実践――権力の行使、支配の実践――を内包していくという側面である。言葉をかえていえば、「オリエント」として把握された「場」は、実践的に「オリエント化」されていくのである。その意味で言説としてのオリエンタリズムは、実態から切り離されたものではなく、むしろ逆に次の実践を規定していく「力」(power)を持つものだといえる。
 つまり認識か実態か、思想か実践かといった二項対立的な立論の枠組そのものを批判する問題提起として、サイードのオリエンタリズム批判は受け止めるべきであろう。(松田 2003:05-06)

*太字はすべて作成者による。


*作成:松田有紀子伊東香純
UP:20081031 REV: 20170505
Said, Edward W.  ◇博覧会身体×世界:関連書籍  ◇BOOK 
 
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